三原山から富士山を望み、役行者の超能力を疑似体験!/松原タニシ超人化計画・伊豆大島(2)
日本史上屈指の超人、役行者の足跡を追って伊豆大島にやってきたタニシ。さっそく「役行者が自分で彫った行者像がある」との有力な情報をゲットし、さらに調査を進める。目的地に着いてから大ネタを引き当てるのがタ
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伊豆諸島のタブー風習「海難法師」は、悪霊ではなく神を迎える儀式だったーー。新島取材を軸に、タブーの背景を考察する。
2023年1月24日。新中央航空の小型機で新島空港に降り立った。新島といえば(世代にもよるだろうが)サーフィンやダイビングのスポットとして人気で、海が荒れる冬場にわざわざ観光で訪れる人は少ない。
平日の1月24日を選んで新島へ行った理由は、この日が「海難法師」の日だからだ。
漫画「地獄先生ぬ~べ~」で知っている人も多いであろう「海難法師」は新島に伝わる怪奇譚。1月24日の夜に海から海難法師が現れ、その姿を見たものには災いが降りかかる……。そのため島民は、毎年1月24日の夜に家の中で過ごすのだとか。戸や窓には魔除けのトベラを刺し、トイレを我慢するために餅を食べておくという“タブーへの備え”が有名だ。
もっともトイレ対策の餅については離れに便所があった時代のことだが、ともあれ新島では「1月24日の夜は外出禁止」なのである。
今回の滞在では、新島の島民であり怪談師・YouTuberとして活動するうえまつそう氏に案内をしていただいた。「海難法師」の当日、2023年1月24日にいったい何が起きているのか…というのはうえまつ氏による別記事(https://web-mu.jp/history/16131/)も参照していただくとして、ここでは筆者視点のレポートをお届けする。
新島へは初の来訪となる。アクセスとしては竹芝や下田からの船(大型船か高速船)または調布飛行場からの小型機だ。スケジュールの都合で空路を選んだが、海が荒れたために船は欠航となっていたので空路で正解だった……が、天候不良のために40分ほど遅れるというアナウンスには、「タブーの日に見物気分で行こうとするからだろうか」と焦る気持ちもあった。
着いてみれば風は強いものの雨もなく、早速レンタル自転車を使って島の中心部をぐるぐる巡ることにした。
滞在した宿やレストランなどの入り口を見ると、やはり魔除けのトベラが刺してある。
行く先々で「海難法師の日なので来てみました」と言うと、「こんな日に来るなんて……外に出ちゃいけないんですよ」と顔を曇らせる人もいれば、「あ~今日は海難法師なので、せっかく来たのに夜はなにもできませんね~」という反応などなど。とある商店の主人は「普段から人はいないけど」と笑って前置きしつつ「今日はなおさら誰もいないよね」と真顔で語る。
聞いてみれば、1月24日の夜は全員が外出禁止の「親だまり」で、さらに翌25日の夜は子供だけ外出禁止の「子だまり」だという。「小学校でもこの2日はまっすぐ帰って寄り道してはいけないと教わりますから」……そう語る島民の顔はマジであった。
「外出禁止」は昔話の世界ではなく、今現在も守る風習として根付いている。
自分は島民でもないし、夜になったらちょっと外に出て通りを歩いてみようかな……正直にいえば、そんな目論見もあったのだが、島民たちのマジな感触を知り、そんなイタズラ心は控えておくことにした。
さて、この奇妙な風習はいつ、どのように始まったのか?
「海難法師」でネット検索すればいくつかの解説には行き当たるが、改めて島の博物館で郷土資料にあたった情報を以下にまとめておこう。
始まりは江戸時代、寛永5年(1628年)のこと。島民たちは伊豆諸島を治めていた代官、豊島忠松の悪政に不満を募らせていた。そこで、海の荒れた1月24日の夜、悪代官を誘い出して船に乗せ、沈めて殺してしまったのだ。しかしそれ以来、毎年1月24日になると海から悪霊「かんなんぼうし」が現れるようになり、見たものは凶事に見舞われたという。そこで1月24日を「物日」とし、外出せずに難を避ける行事をするようになった。
現在は外出しない程度に簡略化されてはいるが、かつては各世帯で物忌の儀式を行っていたという。今は旧家に数えられる2つの家、シチベー(山下家)とニデー(前田家)では当主が海に入って身を清め、家では祠を立てて無言の行をし、悪霊を鎮める勤めを果たしている。両家が今でも行事を担うのは、代官が海に沈んで死ぬ光景を事前に夢で見ていたからだ。両家の当主が同じ夢を見て、またそれが現実となったことが、慰霊役のきっかけとなったという。
さらに、うえまつ氏の紹介で新島の青沼邦和村長にも「海難法師」について伺うことができた。青沼村長によると、「現在は両家のうちひとつは行事の担い手を引退し、慰霊の伝統はひとつの家系に委ねられている」という。どんな儀式が行われているかは先に記した文献以上のことはわからないとし、「見てはいけないし、知ろうとも思わない」と言いつつ、「毎年、海が荒れるが、深夜にふと風が止むときがある」と教えてくれた。
この伝説の発祥は大島の泉津地区とされる。ただ、大島の場合は殺された悪代官ではなく、船を沈めた若者25人が悪霊となってやってくる。代官を殺した25名はどの港にも受け入れてもらえず、そのまま水死し、さまよう霊「日忌様」となった……というのだ。同じ事件をもとにしつつも悪霊そのものが異なる。
さらに、大島と新島だけでなく同種の伝説は八丈島と青ヶ島を除く伊豆諸島全域に伝わっている。利島では海難法師またはヤダイジー、神津島では二十五日様、三宅島では忌の日など悪霊ないし伝統の呼称はさまざまで伝説の細部も異なるが、いずれも新年にあたる日の夜に物忌・外出禁止の風習であることは共通している。
まとめてしまえば、悪代官にまつわる殺人事件が、見たものに祟る悪霊の怪談になり、外出禁止の風習となった……というわけなのだが、いくつか疑問もある。
怪談研究家の吉田悠軌は『禁足地帯の歩き方』(Gakken)にて、伊豆諸島に伝わるこの風習を新年に来訪神(歳神)を迎える信仰文化だと解説している。というのも、豊島忠松なる八丈島の代官は実在し溺死した記録があるものの、その時期は伝説にある「寛永5年1月24日」ではないというのだ。
また菅田正昭は『伊豆諸島・小笠原諸島民俗誌』(ぎょうせい)で、海難法師を「海の向こうからやってきたマレビト神としての祖霊」が「零落して亡霊のような存在になった」と指摘する。また同書では柳田国男がこの来訪神について「赤い帆を掛けた神の船」と記録しているとの指摘がある。
どうやら海難法師の正体は悪代官の怨霊ではなく、姿を見てはいけない、畏れ多い存在のようだ。そもそも海難法師の表記は当て字であり、もともとは「カンナンボーシ」。海の事故を連想する海難法師という当て字が悪代官の溺死と結びついたことで、「見てはいけない畏れ多い存在」が「見れば祟る悪霊」に変化してしまったのだろう。
新年の神を物忌で迎える風習自体は珍しくないが、奇妙に思うのは、三宅島の伝説バリエーションについてだ。三宅島の神着地区ではカンナンボーシは「首様(こうべさま/こうろべ)」とも呼ばれ、1月24日に「首だけの馬」が村中を飛び回るという。
「首様」のいわれも独特で、こういったものだ。
――あるふしだらな娘が山の方に向かって用を足していたところ、野生の馬が「お前を嫁にしたい」と言い寄ってきた。女が「お前の額に角が生えたら」と無理な条件を出したが、翌日、馬は立派な角を生やしてやってくる。その家は驚いたものの女に白い布をつけて馬のものへやったが、馬は女を角で一突きし殺してしまう。人々は馬の首を斬り落として神社に祀った。この馬の首が1月24日の夜、村中を飛び回り、行き合う人に害をなすというーー。
三宅島の「首様」伝説には、悪代官も溺死事件はまったく出てこない。海の向こうからやってくる来訪神ではなく、山の神の祟りを思わせるではないか。
八丈島には「首切れ馬」伝説があり、もしや首無し・首切れで関連があるのかと思えてしまうが、馬と娘の交流、馬を殺す顚末、女と白い布などの組み合わせは、東北地方の「オシラサマ」に通じる。
また、首切れ馬の伝説は各地にあり、徳島県で大晦日に片袖の着物の姫が首切れ馬に乗って山からやってくるという「夜行さん」が有名だ。夜行さんが来る日は忌日とされ、その姿を見てはいけない……と、海と山の違いはあるもののカンナンボーシの正体(といえそうな)、「見てはいけない歳神様」という点で合致していく。
各島に伝わる伝説が日本各地の要素をミックスしたものになるのは、伊豆諸島が全国各地から集まってきた流人の地であるからだろうか。
「馬に乗る女」は巫女の定型でもあるが、ここでは馬殺しに着目する。「日本書紀」から雨乞いで馬(ないし牛)を捧げる記述があるように、馬は水神(ひいては龍神)につながる媒体である。古来、殺牛・殺馬が特定の家系が担う隠されるべき秘儀として営まれてきた歴史からすれば、三宅島の「首様」は、荒れた海を鎮めるために水神に捧げられる生け贄の馬を伝えるものではないか。
「カンナンボーシ」では、儀式の詳細は伏せられている。
もしやそれは、歳神として荒れた海を渡ってくる神に、何かを捧げるためのものではないか。
伊豆諸島の伝説を見返すと、見てはいけない歳神様と、見せてはいけない生け贄の儀式が重なりあうように思えるのである。
参考文献
「新島炉ばなし」武田幸有 著
「ふるさと新島」蜂谷義雄 編著
松雪治彦
ムー歴は浅めのライター。
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