コトコト、コトコト…「人骨呪物」からの囁き/吉田悠軌の怪談解題・呪物編

文=吉田悠軌

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    死をダイレクトに象徴する「骨」。それは本能的な恐怖を呼びおこすものであり、人骨にまつわる怪異怪談は古来数多く語り継がれてきた。オカルト研究家、怪談師として長く活動する著者もまた、骨にまつわる怪現象を実際に体験したひとりだった――。

    怪異を呼びよせる人骨笛の音色

     虎は死して皮を残し、人は死して名を残す。ただ死後に残るものは他にもある。「骨」だ。 それは死そのものを表す象徴でありながら、確かにこの世に現存する物体として、ごろりと私たちの目の前に転がっている。
     あの世とこの世の繋がりを託されるオブジェが「呪物」なのだとしたら、おそらく人類最古の呪物とは、骨だったのではないだろうか。

     骨を使った呪物といえば、チベットの密教法具が有名だ。そして私の怪談仲間である由乃夢朗さんこそ、その手の蒐集において右に出るものはいない。夢朗さんがよくイベントに持ってくるのが人骨笛「カンリン」。人間の大腿骨を笛に仕立て直したもので、その音によって霊的なものを呼び寄せる。主に罪人の骨が使われるらしく、その理由は「生きているうちに良き行いができなかったのが罪人であり、人間の良い部分が骨の中に残ったままであるからという解釈による」(由乃夢朗『呪物紀行』)。
     夢朗さんはイベントや配信の際にカンリンを吹くようにしているが、自宅での配信時に不可解な声が入ることがたびたびあるという。または宮城の心霊スポット、太白山トンネルでカンリンを吹き、「どなたかいらっしゃいますか」と呼びかけたところ、キチキチキチ……といった音が鳴り響いた。動画で確認してみると、それは人の声を早回ししたような音に聞こえたという。さらにスロー再生すると、その声は「あきもとげっと」としゃべっていたのだとか。
     秋元ゲット? 人の名前か、秋元をゲットするということか? 言葉の意味については、いっさい心当たりがない。

    由乃夢朗氏が所蔵する人骨笛カンリン。本物の罪人の骨を使ったものだとされる。
    由乃氏の著書『呪物紀行 由乃夢朗編』(スタンダーズ刊)

    筆者が入手したキューバの人骨呪物

     私自身の体験談も紹介しておこう。

     私は以前、「エレグア・デ・ドスカーラス」という呪物を、キューバの呪術研究家から譲り受けたことがある。エレグアとはアフロ・キューバ系の信仰において、道や扉、敷居を司る神。ドス・カーラス(ふたつの顔)の名のとおり、喜怒両面のふたつ顔があわさった造形の、木彫りの像である。扉と敷居の象徴である玄関先に置き、供物としてラム酒や葉巻の煙を吹きかけるのが習わしだ。すると木像に宿る霊が、持ち主の人生をよい方向に導いてくれるのだという。
     像の内部には、なんと人の骨が籠められている。封印された頭頂部の奥に、黒人奴隷の足の指の骨が入っているのだとか。おそらくキューバの歴史において虐げられてきた先人たちへの、祖先崇拝が混じってもいるのだろう。

     私はアドバイスどおり、この呪物を玄関先に保管していたのだが、ほどなくして思わぬ事態が勃発する。

     いか八朗という芸人をご存じだろうか。映画『テルマエ・ロマエ』に出演しているお爺ちゃん、ビートたけしに「昭和演芸界の奇人」といわしめた怪芸人である。私は生前のいかさんと多少仲よくさせてもらっていた関係から、とある奇妙な相談を受けた。
    「コンビニに置いてある母ちゃんの骨を、ちゃんと埋葬してやりてえんだよ~」
     いかさんはたいへんな貧乏芸人のため、母親の骨壺を埋葬することもできず、ずっとボロアパートにて保管しつづけていた。その部屋もゴミをため込みすぎたせいで床が抜けてしまい、ついに追いだされてしまう。仕方なく、近所のコンビニに頼み込んで、骨壺を預かってもらったのが14年前のこと。それ以来ずっとコンビニ倉庫に放っておかれている母親を、自分が死ぬ前になんとか埋葬してあげたいとのことだった。
     周囲の人々の協力により、埼玉のNPO法人が運営する霊園へと納骨する手配はとれた。私に課されたのはだれも希望しない役割、すなわちお母さんの遺骨の回収だ。豊島区の某コンビニ店舗を訪問すると、案内された倉庫の奥には、骨袋にくるまれた骨壺、服やカセットテープを詰め込んだ数箱の段ボールが保管されていた。ただの常連客に過ぎない老人の、ゴミのような私物と骨壺を14年も保管しつづけてくれたのだから、なんとも人情に篤い話である。

     しかし問題は保管場所だ。行政への埋葬申請も私に押しつけられ、許可証をもらうまで骨壺を預かる流れとなった。 つまりわが家の玄関先に、人骨入りの呪物と、見知らぬ女性の遺骨とが並ぶ羽目になったのである。

    ふたつの人骨が招いた? 怪談師を襲った怪異体験

     間をおかず、私は体調を崩して寝込んでしまった。高熱と謎の吐き気に襲われ、夜中に汗だくで飛び起きてしまう。コロナやインフルエンザ、ノロウイルスにかかった経験もあるが、それらとは異なる症状だった。ふたつの人骨の食い合わせが悪かったのか、あるいは共鳴してしまったのだろうか。熱に浮かされるうち、玄関から音が聞こえてくるようになった。コトコト、コトコトと細かいものが振動するような音が。

     骨が震えている。朦朧とした意識のなか、そう確信した。そして数年前に親族が亡くなった際、葬儀社の担当から聞かされた話を思い出していた。
    「ご遺骨はよきタイミングで納骨してください。ずっと家に置くのは控えたほうがいいです」
     なぜですか。私が尋ねると、「骨が震えるからです」と担当者は答えた。
     彼は昔、交通事故で死亡した親子の葬儀を担当したことがあったそうだ。3人家族のうち、夫と息子が同時に亡くなってしまい、残された妻は傍目にも憔悴しきっていた。葬儀自体は無事に終わったのだが、1年ほどたったころ、遠方に住む妻の親族からまた別の相談を受けることとなった。
     妻が夫と息子の骨壺を埋葬せず、いつまでも家に置きつづけている。心配なので、そちらでお寺を紹介してもらい、納骨の手続きを進めてもらえないだろうか、と。
     そんなことは強制できないのだがと思いつつ、妻に電話で連絡をとってみると。
    「いえ、納骨する気はありません」
     否定的な言葉とは裏腹に、明るいトーンの声が返ってきた。
    「だってふたりの骨が鳴ってるんですよ。コトコト、コトコトって、壺を震わせて。それを見てると、ああ主人と息子が会話してるんだなあって、嬉しくなるんです」
     説得はあきらめた。それから少しして妻が自殺したと聞いたときも、さほど意外には思わなかったそうだ。その葬儀も、彼が担当することになった。
    「親戚が喪主を務めにきたけど、それきりです。権利関係のせいか、だれもいなくなった家がずっと残されたままになっていて」
     おそらくその家ではまだ、みっつの骨壺が並んだままになっているはずだ。そして夜ごと、家族で会話を交わしているのだろう。コトコト、コトコトと震えながら。
    「だからご遺骨を置いたままにするのはやめてくださいね」
     そんな忠告を思い出しながら、私は布団にくるまり、耳を澄ましていた。3日ほどして体調が回復するとともに、奇妙な音は止んだ。いかさんの母親もめでたく納骨され、それ以降、似たような音を聞いたためしがない。

    コンビニの倉庫からお骨をひきとる筆者。
    母のお骨を持つ、生前のいか八郎さん。

    解題__「本物の人骨骨格標本」は実際に存在していた

     動物は死ねば動かなくなる。しかし動かない死体であるはずの骨が動くというイメージを、人類は共通して抱いてきた。ペストが大流行した中世ヨーロッパでは、骸骨たちが踊る「死の舞踏」が教会の壁画として描かれた。日本各地の伝承にも、シャレコウベが歌う「歌い骸骨」や、全身で踊る骸骨の怪談は数多く残されている。

     現代でも、人骨模型や人体模型が動きだすというのは定番の学校怪談だ。夜中になると理科室に置いてあるそれら標本がひとりでに活動を始める。人体模型は廊下などを徘徊することが多いが、人骨模型については踊りだすパターンが散見されるのは、やはり昔ながらのイメージを継承しているのだろうか。

     2019年、驚くべきニュースが報道された。産経新聞が全国都道府県の教育委員会に取材したところ、少なくとも14府県の学校において、本物の人骨が標本として使われていたことが判明したのだ(「本物人骨標本、全国14府県に拡大 学校現場に動揺」2019/4/11記事)。その多くは、地域の医学校が廃校となった際、各校へと寄贈されたものではないかと見られている。となると「踊る人骨標本」の怪談の一部は、本物の骸骨について語られたものだったという可能性もある。

    中世ヨーロッパで数多く描かれた「死の舞踏」。その流行はペストの蔓延と大量死が契機とされる(メトロポリタン美術館蔵)
    骸骨をモチーフとした絵画は日本でも多く描かれた。図は死後にも宴会をする骸骨たち( 国立国会図書館デジタルコレクション)。

    多くの事例が明らかにした「人骨は震える」という事実

     また解剖学者・養老孟司は、伊集院光との対談集『世間とズレちゃうのはしょうがない』にて、骨にまつわる自身の体験談を披露している。

     献体された遺体の、解剖を終えた後のことだという。養老の所属する東京大学にて火葬をし、骨壺を白木の箱に収める。それを遺族に返すため、東大赤門を出たところで。
    「そのお骨が突然、動き出してガタガタガタガタ。はっと立ち止まるわけですよ。僕が揺すったわけじゃないから」
     養老はとっさに「このお骨は泣いてるのかな、笑ってるのかな」と思った。つまり遺族のもとに帰りたいのか帰りたくないのか、どちらを望んでいるのだろう、と。
     遺族へ連絡したところ、献体の男性は生前、重度の障害を持っていた。生まれてからずっと母親が世話をしており、解剖のため東京大学が預かった1年間が、その男性が母親のもとを離れた最初で最後の期間だった。「久しぶりに自宅へ帰ることができる。ああ、あれはうれしくて笑ったに違いない」と養老は確信したそうだ。

     これに対し、オカルトに否定的な伊集院光は、解剖学という科学と「このお骨は笑ってる」という感覚が両立するのかと疑問を呈した。養老は科学的な見地として、大型トラックがそばの道路を通った振動で、音叉のように共振し、固有振動を起こした可能性も否定しない。その骨が震えたことに対し、「お骨が笑った」と解釈してもいいし、ただのカルシウムの物質が物理的振動で揺れたと解釈してもいい。いずれの捉え方もが排除されずに両立するのだと、伊集院に諭したのである。
     そう、骨は震えるのだ。笛として奏でられ、骨と骨とが共振し、揺らいで音を鳴らすのだ。その震えを私たちは、歌い、踊り、笑い、語りあっているのかと捉える。メメント・モリ。私たちは、そのようにして死を想うのである。

    (月刊ムー 2026年11月号)

    吉田悠軌

    怪談・オカルト研究家。1980年、東京都生まれ。怪談サークル「とうもろこしの会」の会長をつとめ、 オカルトや怪談の現場および資料研究をライフワークとする。

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