「踊らずにはおれん!」 ムー超能力研究所は自分の身体の神秘を体感する空間だった!<マンガレポート>
漫画家・蛸山めがねさんが、超能力体験! SUPERNOVA KAWASAKIの「ムー超能力研究所」で動き出したのは…ハートとボディの両方だった!
記事を読む

カナザワ映画祭2025「聖なる映画」で行われたトークイベントを振り返る。八幡書店社主・武田崇元氏を語り手に、現代魔女・円香(まどか)氏を聞き手に迎えた「知覚の扉を開け! アルタード・ステーツ全史」では、ハクスリー、リアリー、ドリームマシン、ホロフォニクスなどを通して、人類が追い求めてきた「変性意識」の文化史が語られた。
目次

イベントではまずドキュメンタリー映画『ジャーニー・トゥ・ザ・エッジ・オブ・コンシャスネス』(ロブ・ハーパー監督)が上映された。
本作は、オルダス・ハクスリー、ティモシー・リアリー、アラン・ワッツという精神世界のパイオニア3人が経験したサイケデリック・トリップを、アニメーションで再現した貴重なドキュメンタリーだ。
サイケデリックスは「精神展開剤」と訳され、代表的な物質にはLSDやシロシビンなどがある。MDMAも、意識や知覚を変容させる物質として、広い意味では同じ文脈で扱われることがある。これらの多くは法的に厳しく規制されているが、近年では、シロシビンやMDMAなどについて、うつ病やPTSDなどへの治療応用を探る臨床研究が進められている。ただし、効果や安全性、適応については、なお検討が続いている。日本でもNHK番組『サイケデリック・ルネサンス 精神医療の最前線』が2025年に放送され、注目を集めたのは記憶に新しい。
サイケデリックスなどによって引き起こされる意識状態は、「変性意識(アルタード・ステイツ)」と呼ばれることが多い。意識が一時的に通常とは異なる状態へ変化し、知覚が平常時より鋭敏かつ異質になることを指す。変性意識状態については、他次元の存在との交信、臨死体験、神秘体験などとして語られる、オカルト的な体験談も数多くある。
本稿では、長年ブレインマシンKASINA(カシーナ)を世に紹介してきた武田崇元氏が、「変性意識」をめぐる歴史を解説したトークイベント「知覚の扉を開け! アルタード・ステーツ全史」を紹介する。
武田氏は、まずオルダス・ハクスリーの紹介から話を始めた。

「オルダス・ハクスリーはイギリスの作家で、1954年に著した『知覚の扉』は、変性意識の出発点となった非常に重要な本です。ハクスリーは、ヒンドゥー教の指導者ヴィヴェーカーナンダの弟子と交流があり、またクリシュナムルティの神智学から影響を受けていた。特に重要なのは、鈴木大拙の禅から影響を受けていたということ! なんと日本人!
そして、もう一人の60年代の精神世界探求のリーダーが、アラン・ワッツ。彼は1957年に『禅の道』という本を出したけど、完全に鈴木大拙の影響下にある内容なんですね。
鈴木大拙は、ハクスリーとワッツの二人に影響を与えていた。ということは、実は日本人がアメリカのカウンターカルチャーに非常に大きな役割を果たしていたわけです」
アメリカのカウンターカルチャーといえば、ラブ&ピースを唱え、反戦運動を展開したヒッピーたちのイメージが強い。鈴木大拙が海外に禅を広めた人物であることくらいは筆者も知っていたが、ヒッピーに大きな影響を与えていたとは知らなかった。冒頭から武田氏のトークに引き込まれていった。
「アメリカの変性意識をめぐる探求は、50年代のビート・ジェネレーションから始まっていました。ジャック・ケルアックの『オン・ザ・ロード』とか、アレン・ギンズバーグ、ウィリアム・バロウズの『裸のランチ』あたりが有名ですよね。彼らは、第二次世界大戦の最中から前衛的な活動をしていた。
この頃の前衛文化は何だったかというと、ジャズなんですよ。即興演奏が最前線だった。面白いのは、ジャズの即興と禅の“公案”が似ていると言われていること。自分にはよく分からないけど笑」
アメリカで鈴木大拙が受け入れられた背景には、ジャズとの親和性もあったということだろうか。
「ただ、大拙は厳密には得度したわけじゃないので、お坊さんじゃないんです。だから宗派の人たちからは“本当の禅じゃない”って言われたりもするんだけど、宗派にとらわれないノンセクトであることが、ビートニクたちには響いたわけです。つまり、《ノンセクト禅》なんですよね」
アメリカでは「ZEN」と表記され、日本の禅とは区別されている印象がある、と円香氏は話す。
「とにかく、アメリカで禅といえばアラン・ワッツなんですよ。このときのカナザワ映画祭のテーマ『聖なる映画』と同じ題名のポール・シュレイダーの本がありますが、そのなかにも鈴木大拙の名前がけっこう出てくる。まあ、鈴木大拙そのものというより、アラン・ワッツの言葉を通した鈴木大拙なんですが。それくらい、アメリカ人が思い描く「禅」の背後には、アラン・ワッツと鈴木大拙がいるんです」
ちなみに、昨年の会場となった金沢21世紀美術館の近くには、鈴木大拙記念館がある。この場所で変性意識について語られたことには、霊的な必然性があるのかもしれない。

武田氏の話は続く。
「ビートニクの後に登場するのが、ティモシー・リアリー。彼はハーバード大学で臨床心理学を研究していて、1960年にメキシコでマジックマッシュルームを体験し、大きな衝撃を受けた。そして、ハーバード・シロシビン・プロジェクトを立ち上げます。マジックマッシュルームに含まれる成分シロシビンを使い、意図的に意識を変容させたときにどのような影響が生じるかを実験したんです。
たとえば、1962年の《マーシュ礼拝堂実験》では、ボストン大学のチャペルで、大学院生20人のうち半数にシロシビンを、残る半数に偽薬(プラシーボ)を投与した。すると、シロシビンを飲んだグループは強烈な宗教的恍惚感を覚えたという結果が出た。
さらに、コンコード刑務所実験では、囚人32人に対してシロシビンを使った集団精神療法を実施した。その結果、研究チームは、シロシビンを使用した囚人の再犯率が低下したと報告した」
集団精神療法については、後年の追跡研究では、当初の比較方法などに問題があり、大幅な再犯率低下を裏づけるには不十分だったと指摘されているが、ともあれ、すでにリアリーが行った数々の実験には興味をそそられる。
そして、彼の真骨頂は、むしろここからと言えそうだ。
「そうした実験を重ねていたリアリーの前に、マイケル・ホリングスヘッドという変なおっさんが現れて、こう言う。
『シロシビンなんて子供のおもちゃだ! もっとすごいのがあるぞ!』
そして、LSDが登場する!
これにより、リアリーの人生はそれまでとは別の方向へとシフトしていく。
リアリーはその頃、家庭が崩壊し、妻が自殺するなど大きなストレスを抱えていた。LSDが引き金になったのか、感情が一気に爆発し、『この世の中は全部インチキじゃないか!』と思うようになる。
そして1963年、数々のセンセーショナルな実験をめぐってハーバード大学との間に軋轢が生じていたリアリーは、大学を解雇される。だが、裕福な支援者ペギー・ヒッチコックから資金援助を受け、ミルブルック・アシュラムと呼ばれる拠点を設けることになる」
アシュラムとは、ヒンドゥー教の用語で修行場を意味する。リアリーが東洋への憧憬を抱いていたことがうかがい知れる。ミルブルック・アシュラムは一種の共同体となり、世界中からヒッピーが集まり、アラン・ワッツやアレン・ギンズバーグなどの著名人も足を運ぶようになる。
「1966年、彼は世界的に有名なスローガン『Turn on, tune in, drop out(目覚めよ、波長を合わせよ、社会から降りよ)』を生み出した。
この言葉はカウンターカルチャーの代名詞となり、ベトナム反戦運動とも結びついていった。
実は、ジョン・レノン&オノ・ヨーコがベッドの上で平和を訴えたパフォーマンス『ベッド・イン』(1969年)には、リアリーも関わっている。
彼は大学を追放されたが、カウンターカルチャーのスターになっていくのだ。
だが、そんな絶好調だったリアリーも、1970年に収監されることになる。しかも、たかが《マリファナを所持していた》という罪で、過去の事件と合わせて合計20年の刑を言い渡される。アメリカ政府は、リアリーの影響力が増すことでカウンターカルチャー勢力が拡大するのを警戒したんでしょうね。『リアリーは侮れない!』って。だけど、彼は同じ年に刑務所を脱獄してしまう!笑」

ジェットコースターのような人生とは、まさにこのことだ。華々しい人脈を持つスターから一転して塀の中の住人に転落し、それだけでもセンセーショナルなのに、すぐさま脱獄囚となる。リアリーが現代にいたなら、間違いなくSNSのトップインフルエンサーになっていただろう。しかし、脱獄など実際に可能なのだろうか?
「そもそもリアリーは優秀な心理学者で、若い頃に刑務所で囚人向けの心理テストや再犯防止プログラムを考案していた。だから、刑務所のどこに穴があるのかを知っていたらしい。できる限り規則や警備が緩い刑務所に行けるよう、画策したわけ。
そして数か月後、支援者側が武装過激派組織・ウェザーマンに25,000ドルを支払い、脱獄を手助けしてもらったわけです」
つまり、結果的にリアリーは、自分が将来脱獄するためのお膳立てを若い頃に整えていたことになる。なんという運命力だろうか。
「アルジェリアに亡命したリアリーは、ブラックパンサー(※)のエルドリッジ・クリーバーのもとに身を寄せる。反米思想を掲げるクリーバーはアルジェリアに亡命政府(※)を樹立していたので、アメリカから落ち延びてきたリアリーも、その庇護を受ける形となった。
ところが、リアリーはクリーバーと喧嘩してしまう笑 リアリーは生粋の自由人だから、行動を束縛されることをひどく嫌う。どうも、アルジェリアにカウンターカルチャーの連中を呼び寄せ、フェスを開こうとしたみたい。
クリーバーは『自分の立場が分かってるのか?』と激怒し、リアリーに銃口を突きつける事態にまでなったらしい。 それでリアリーはアルジェリアにもいられなくなり、スイスなどを転々とする。だが1973年、アフガニスタンでアメリカ当局に拘束され、アメリカへ送還されるわけです」
※ブラックパンサー:1960年代のアメリカで黒人の権利と武装自衛を訴えた急進的な黒人解放運動組織。
※亡命政府:自国での活動が困難となった政治団体が、国外に拠点を移して正統な政府であると主張しつつ政治活動を続ける形態。
このときリアリーは52歳。ベッド・インから約4年後のことである。
「さて、監獄に舞い戻ったリアリーは、宇宙人との交信やテレパシー実験を始めてしまうわけ。今回は詳しく語りませんが、このあたりのリアリーについては『コスミック・トリガー』(ロバート・A・ウィルソン、八幡書店刊行)に詳しく書いてあります。在庫僅少なので、興味のある方はご注文ください!」

円香氏も『コスミック・トリガー』が大好きだという。
「この本がすごいのは、魔術とサイケデリックス、そしてオカルトとドラッグカルチャーのつながりを一気に見せてくれるところだと思います」と語った。
それに対し、武田氏はこう答えた。
「普通に考えたら『なんでムー大陸とLSDが関係あるんや?』って思うじゃない? でも、アメリカではオカルト言説とサイケデリックスを同じ地平で語るのが当たり前だった。日本では意識拡大と陰謀論を一緒に語る人はあんまりいないけど、『コスミック・トリガー』の作者であるロバート・A・ウィルソンは、そのあたりを全部まとめて語った人なんだよね。この一冊で一生楽しめる本です」
『コスミック・トリガー』は、1970年代後半のカウンターカルチャーにおいて、陰謀論がどのような意味を持っていたのかを知るうえで重要な資料だと円香氏は語る。
同書に描かれるのは、信じられる確かなものがどこにもない世界である。陰謀論を「すべて信じる」のでも「すべて否定する」のでもない、斜めから“第三の道”を取ることだ。それは陰謀論に吞み込まれるか、不可知論者になるか、その際どいところで愛を見つける旅でもある。
完全に受容するのでも拒絶するのでもなく、「そんな世界もあるかもしれない」と考える態度は、虚実の境界が曖昧になったポスト・トゥルースの時代において重要なのかもしれない。
「これまでの話に登場したオルダス・ハクスリーとティモシー・リアリーが特に注目を集めたのは、主に60~70年代のカウンターカルチャーの時代なんだけど、80年代になるとそのムーブメントも終わりに近づき、今度はMDMAが流行するようになる。MDMAは人工的に合成された精神作用物質で、“エクスタシー”“ラブ・ドラッグ”という名称で流通した。共感や親密感を強める作用があるとされ、クラブカルチャーやレイヴカルチャーを象徴するドラッグです」(武田氏)
MDMAは、規制される以前に一部の心理療法で用いられた歴史を持つ。現在もアメリカでは、PTSDなどへの治療応用を探る臨床研究が続けられているが、本稿公開時点では医薬品として承認されていない。

「この時代の重要人物といえば、テレンス・マッケナ! 彼は1992年、自著『神々の糧』のなかで《ハイになった猿理論(Stoned ape theory)》という説を唱えた。マッケナは、リアリーも研究していたシロシビンが大好きで、シロシビンを含むマジックマッシュルームが人類の認知革命を引き起こしたと主張した! どういうことかというと、約10万年前、人類はマジックマッシュルームを食べることによって高度な認知体系を獲得した、とマッケナは言っている。つまり、宗教的衝動も、言語、芸術、哲学も、キノコによって生み出されたというわけ! キノコが人類の進化の触媒になったということだね。
さらにマッケナは、シロシビンが宇宙から飛んできたと考えていた」
それは珍説! こうした真偽のほどがはなはだ怪しい説が大好物の筆者としては、かなり興味深い。
「同じようなことを言っている人はマッケナ以外にもあの当時はけっこういたんだよね。さっき話した『コスミック・トリガー』にもマッケナの話は登場する」

そういえば、日本でも『侵略円盤キノコマンガ』(1976年)という怪奇漫画に、宇宙から飛来したキノコが地球上の生物に寄生する物語が描かれていた。キノコを宇宙的な特別な存在とみなすアイデアが共通しているのは面白い。
「あと、マッケナでもうひとつ重要なのは、2012年のアセンション騒動でしょう。マヤ文明の長期暦が2012年12月21日から23日頃にかけて、ひとつの区切りを迎えることから、2012年に世界が滅亡すると言われていた。オカルト業界では、1999年のノストラダムスの大予言に続く次のビッグイベントが、このアセンション騒動だった。『ムー』でも特集され、大きな注目を集めた。これを提唱したのもテレンス・マッケナ! 彼は易の使い手でもあって、計算すると2012年に現在の文明をひっくり返すような出来事が起こる、と言い出した。
やっぱりサイケデリックスをどっぷりやると神がかりの方向に向かうんだよね。」
マッケナはドラッグ界隈を飛び越え、強烈な印象を残した人物だったようだ。
「ここまではサイケデリックスで知覚の扉を開こうとした主要人物たちを紹介したんだけど、変性意識状態へ誘導する方法はひとつじゃない。伝統的な方法としては修行がある。ヨガもそうだし、日本では神道家・川面凡児の《鎮魂鳥居の伝》なんかもそうで、呼吸法や身体操作によって変性意識に入っていった。
ここで紹介するのは、修行とは違うアプローチで変性意識を追求した人たち。彼らが用いたのが、光と音。一定のリズムで点滅する光や、反復する音、低周波を用いて、意識を徐々に変性状態へ導いていくやり方です。
ドリームマシンの前史をたどるうえで重要なのが、チェコの解剖学者ヤン・エヴァンゲリスタ・プルキンエが1819年に記録した、断続光による幻視です。ゲーテの『色彩論』に影響を受けたプルキンエは、自然の光と人間の知覚がどのように相互作用するのかに強い関心を抱いていた。
彼は目を閉じて太陽の方向を向き、目と光の間で手を動かして疑似的な点滅光を作った。すると視野に幾何学的な模様が現れ、その特徴をスケッチとして残した。いわゆる『フリッカリング幻視イラスト』です。
当時は、光を人工的に一定のリズムで点滅させる装置はまだなかった。だからこそ、身近な太陽光と手の動きによってフリッカー刺激を作り出し、視野に浮かぶ模様を記録したわけです」

思い返せば、筆者も子供の頃、目を閉じたときに浮かぶ模様が光の残像だとは知らず、異次元か別世界の何かだと思い込んでいた。もしこのイラストのような模様が見えたなら、なおさらそう考え、観察にのめり込むのも無理はない。
「時代が進むと、脳波が注目されるようになる。人間の脳波が初めて記録されたのは1924年。その後、イギリスの神経生理学者グレイ・ウォルターが、1953年に著書『生きている脳』を刊行した。日本でも岩波書店から翻訳が出版された。
ウォルターは、ストロボ光の点滅によって、脳波に刺激周期に対応した反応が現れることを研究した。これは、《光駆動反応(photic driving)》と呼ばれる現象だ。一定周期の点滅光を与えると、脳波にその周期に対応した反応が現れることがある。たとえば、毎秒8回前後の点滅光では、その周期に対応する脳波反応が観察されることがある。
多くの被験者を対象にこの実験を行ったところ、ウォルターが予想していなかった事態が起きる。
被験者たちが次々と『先生! 変なものが見えます!』と訴え始めたのだ。
ウォルターは、この現象を説明するため、詩人マージャド・エヴァンスの回想録から次の一節を引用している。
《光は私の前にぶら下げられた彗星のようだった。最初はゆったりとしていたが、やがて速度を増した。回転する色彩は、角度を変えながら激しく変化した。光はとてもピュアで、地上のものとは思えなかった。それは明らかに、普段の視覚とは違っていた。躍動と革命!》
重要なのは、こうした幻視が薬物ではなく、点滅光という外部刺激によって生じたということ!
光刺激は、覚醒した意識のまま、知覚に大きな変化をもたらすことがあるんだ」
前提を知らずに読むと、ドラッグの体験談だと思ってしまいそうだ。

「さて、次に紹介するのは、ウィリアム・S・バロウズの恋人であり、芸術家でもあるブライオン・ガイシン。ガイシンが強烈な体験をしたのは1958年。
南フランスをバスで旅していたときのこと。林の間から差し込む夕日が、バスの揺れと木々の並びによって断続的に点滅し、強いフリッカー現象を生み出した。半ばまどろみながらその光を浴びたガイシンは、圧倒的な幻視体験に包まれたという。
彼はすぐに、パリのビートホテルに滞在していた恋人バロウズのもとへ向かい、『すごい体験をした!!』と興奮気味に報告した。
話を聞いたバロウズは、即座にこう返したという。
“それはグレイ・ウォルターの『生きている脳』に書いてある現象だ!”と」

当時のビートホテルは、アンダーグラウンド文化に関わる人々の溜まり場だった。ホテル跡地の記念銘板には、バロウズや詩人アレン・ギンズバーグをはじめ、ホテルにゆかりのある芸術家たちの名前が載っている。
「最後に載っているイアン・サマーヴィルも重要人物。この人はバロウズの愛人だとも、ガイシンの愛人だとも言われている、ややこしい人。ボーイズラブが好きで、詳しく知りたい人は個人研究してください笑。
サマヴィルは芸術家ではなく、電子技術者・コンピュータープログラマーだった。
当時のコンピューターは巨大で、光の点滅を精密に制御することは現実的ではなかった。そこで彼らが目をつけたのが、78回転のレコードプレーヤーだった。
円筒に幾何学的な穴を開け、それを回転させることで規則正しい点滅光を生み出す。こうして1959〜60年頃に考案された装置が、後に《ドリームマシン》と呼ばれるようになった。
円筒の回転によって毎秒8〜13回程度の明滅が生じ、閉じたまぶた越しに光を受けると、幾何学的な模様などが見えることがある。グレイ・ウォルターの研究で注目されたフリッカー刺激を、装置として再現する仕組みだった。
光によるこうした効果には、実はオルダス・ハクスリーも早くから注目しており、1956年の著書『天国と地獄』のなかで触れている。またティモシー・リアリーもこのテーマに関心を示しており、1950〜60年代の変性意識をめぐる界隈では、決して珍しい話ではなかったみたいなんだ」
ドラッグ文化の副産物のように見えがちだが、実際には当時すでに共有されていた〈知覚の扉を開く手段〉を、装置として実現した試みだったのかもしれない。
「ガイシンはこの装置に大きな可能性を感じ、『人間の意識を開拓するために、一家に一台置くべきものだ!』と語り、大手電機メーカーのフィリップスに製品化を持ち込もうとしたが、実現には至らなかったという逸話もある。その後、装置の技術面を担っていたイアン・サマーヴィルは、交通事故で急逝してしまう。しかも、それはバロウズの誕生日だった。サマーヴィルはその日、『誕生日おめでとう。たくさんの愛を込めて』というメッセージを送っていたという。
続いて1968年には、ジャック・シュワルツが開発したブレインマシン『ISIS』が登場する。そして時代は飛んで1980年代後半、武田崇元氏はティモシー・リアリーと直接会うことになる」

1980年代後半、武田氏は謎の立体音響技術ホロフォニクスの販売権を取得し、日本に紹介した。
「ホロフォニクスは衝撃だった。音の未体験ゾーンというのか、音の立体感、遠近感が現実以上にリアルで、片耳でも立体になってる。左右だけじゃなしに上下もね。しかも共感覚刺激というのか、マッチを擦る音が録音されていたが、それを聴くと硫黄の臭いさえ感じ、耳元で囁く声にゾクッとする感覚が誘発された。原理は今でもよく分からない。謎の技術が使われていた!
開発したのは、アルゼンチンの科学者ヒューゴ・ズッカレリ。この人はこの人でヤバい人」
ここまでもヤバい人の話ばかりだったが、あえて強調されるヤバさとは一体……? 武田氏は興奮しながら紹介する。
「彼の父親も発明家で、空飛ぶ円盤まで開発するような人だった。フリスビーのように投げると手元に戻ってくるだけでなく、戻ってきた円盤を手元で滞空させることもできたんだって。
ズッカレリは、ホロフォニクスをめぐって奇妙な言動も残している。彼は特許の申請について、『もし特許として公開してしまえば、いわゆるディープステート(闇の勢力)に技術を奪われてしまう』と主張していたんだ。そのため、技術の核心を知るのは彼自身だけ。
実は、三洋電機などの大手企業との包括的なライセンス交渉も進んでいたんだが、そうした事情から頓挫した。アメリカではディズニー社とも交渉していたらしいが、彼の秘密主義のせいか、結局ビジネスにはならなかったようだ。
ホロフォニクスで録音できるのは、彼自身が立ち会った場合だけで、仕組みは今でも未解明のままなんだよね。自分は、彼が立ち会う録音現場に同席したことがあるけれど、本当にブラックボックスのような謎の装置を使っているのを見た」
なんともすごい話だ。その後、ズッカレリ氏から新作テープ『ALDEBARAN(アルデバラン)』が送られてきた。
「その頃には、すでに音楽メディアはCDの時代になっていた。そこでズッカレリもCD『ALDEBARAN(アルデバラン)』を発売する。この名前の由来も面白い。ズッカレリが生まれたアルゼンチンは、第二次世界大戦後、ナチス残党の逃亡先となった国だったんだ。ナチスは一説によるとUFOを開発したと言われていて、その開発を支援したのはエイリアンだったなんて話もあるわけ。そのエイリアンの名前が、アルデバラン星人!
ほんとに謎の人物だったけど、八幡書店で販売したズッカレリのカセットは、本当に飛ぶように売れたんだよね。爆発的と言っていいほどだった」
今ではなかなか信じられないような話だが、当時はそれほど立体音響に対する人々の関心が高かったということだろうか。
「そして、自分はホロフォニクスの販売権を取得するためにアメリカへ行ったんだけど、そのときにティモシー・リアリーと会った。彼は当時、優雅にビバリーヒルズの豪邸に住んでいた。あとで聞いたところでは借家だったようだけど笑」
次に八幡書店が販売したのは『シンクロ・エナジャイザー』。LEDフラッシュと音響を用い、脳波の同期や瞑想状態への誘導をうたった機器だ。

「シンクロ・エナジャイザーは、松任谷由実がアルバムのジャケットに使用し、ミュージシャンの間でも話題になった。
当時、アメリカではブレインマシンが大量に販売されていた。あれは偉大な発明だったんだけど、活用方法が似たり寄ったりで、面白みに欠けるように感じた。
そこで僕は、アメリカにもなかった超高性能な国産ブレインマシン『メガブレイン』を開発した。当時は第一次VRブームが起こっていたんだけど、技術的にはまだまだ発展途上で、当時の目から見てもしょぼかった」

「映像もカクカクするし、大きな装置が必要だったりして、まあ早すぎたんだよね。
そこで自分は、《脳内バーチャルリアリティ》というキャッチコピーを打ち出した! まあ、脳内はバーチャルリアリティに決まっているんだけど笑。
すると注目が集まり、いろんなイベントに出展していった。その25年後に登場するのがKASINA!」
KASINAの体験談については、以下の記事が詳しい。

自身もVR研究のためロサンゼルスに留学した経験を持つ円香氏は、こう語る。
「ジャーナリストの服部桂さんが、著書『VR原論 人とテクノロジーの新しいリアルバーチャル』のなかで、VRを人工現実感と訳していました。日本では仮想現実として広まっているけど、最初は人工現実感と訳していたことが書いてあるんです。その訳語が使われていた時期が、いまお話しされていた第一次VRブームの頃だと思います。
この本は装丁も面白くて、よく見るとラスコーの洞窟壁画が描かれているんです。そもそも洞窟壁画もバーチャルリアリティだということです」
円香氏は最近のVRについても紹介した。
「シンクロ・エナジャイザーに似た体験はたくさんあります。アメリカの西海岸のVR系イベントに行くと、VRコンテンツに並んで“ピカピカ系”が多い。私が見た作品では、バケツのようなデバイスをかぶるものもありました。さらに面白いと思ったのは、リュックサックのように背負う装置で、その装置がガーッと激しく振動して、変性意識に入ることができるものです」
変性意識に入る方法の豊富さには驚かされる。では、そもそも変性意識とは何なのだろうか?
「実は、ブレインマシンや瞑想、あるいは臨死体験のときに見えるビジョンを分類した人がいる。1926年にメスカリンの実験を行ったハインリヒ・クリューヴァーという人物が、『フォーム・コンスタント(Form constants)』と名付けたんです。
ビジョンには典型的な4つのパターンがあって、サイケデリック体験や臨死体験、片頭痛のときにも見ることがあるらしい。不思議なことだけど、振動する板の上に粒をまいて幾何学的な模様を生み出すクラドニ図形とも似ているように思えるんだよね。
ほかにも、このパターンは幻覚や美術、ストーンアートに共通しているようだ」








「日本の装飾古墳なんて、完全にサイケアート! 考古学者デヴィッド・ルイス=ウィリアムズの著書『洞窟の中の心』では、人類最古のアートは、感覚遮断と変性意識状態のもとで描かれたという説を唱えている。たとえば、光も音も遮断された真っ暗な洞窟に入ってしばらくすると、いろんな模様が見えてくるらしい。
その状態は、シャーマニズムやサイケデリック体験、あるいはガイシンが木漏れ日の中で経験した変性意識に近いように思える」
円香氏は、洞窟深部で松明などを使った場合に、酸素濃度が下がる可能性も関係しているのではないかと指摘する。
「呼吸法によって変性意識に入る方法も、呼吸を操作して体内の状態を変えるものだから、もしかしたら関係があるかもしれない。つまり、アートの発生には変性意識が大きく関わっていた可能性があるということ」
さらに円香氏と武田氏はアートと変性意識の関係性について語り合った。
円香「美術史の主流は、変性意識との関係性を語ってこなかった。だけど最近では、交霊会や自動筆記、神智学への興味などと深く関わりながら絵画を制作した画家ヒルマ・アフ・クリントが日本でも注目されるようになってきています。彼女はパウル・クレーやカンディンスキーよりも先に抽象絵画を描いたと紹介されることがあります。だから今後、変性意識が美術史に与えた影響はもっと知られたり、研究されたりすると思います」
武田「日本はね、変性意識とか幻覚に対する研究がめちゃくちゃ遅れてるんですよ。たとえば、『フォーム・コンスタント』の日本語訳すらない状況。一応、『定常形』と訳せるんだけど、フォーム・コンスタントは英語圏の論文にはよく出てくる。現状、日本では関心を持つ人があまりいないのかもしれない。
あと、神代文字ってあるでしょ? 明治時代の古書には『神代文字は図形から発生した』って書かれていた。一般的には荒唐無稽だと否定されがちなんだけど、近年になって、フォーム・コンスタントや幻視と芸術の起源を合わせて考えると、『文字もまた、人間が幻視で見る図形から発生したんじゃないか』という説も出てきてるんだよね。これは、原初の文字は象形文字という通説とは真逆なんだ。
『最古の文字なのか? 氷河期の洞窟に残された32の記号の謎を解く』(ジェネビーブ ボン・ペッツィンガー)では、ヨーロッパ各地の洞窟壁画に繰り返し現れる32種類の幾何学記号が整理されている。こうした記号の一部を、幻視に現れる幾何学的パターンと関連づけて考える説もある」


ここまで、変性意識をめぐる西洋史が語られてきた。では、変性意識を体験することは、現代社会を生きるうえでどのような意味を持つのだろうか。武田氏と円香氏のトークは、いよいよ最終盤に入った。
最後に二人は、変性意識とどのように向き合い、現実へ持ち帰るのかを語り合った。
円香「変性意識って、体験することよりも、そこから戻ってくることが本当は大事だと思うんですよ。戻ってくる練習も大事。映画の中で『変性意識を何に使うのかが重要』という話が出てくる。武田さんは、変性意識の使い方をどう考えていますか?」
武田「CIAはMKウルトラ計画でLSDを洗脳に使ったわけでしょ。LSDは、うまく使えば変性意識に入ることができるはずなんだけど、要は使い方次第なんだよね。
意識を拡張するには、まず《いま見ている現実が本当に現実なのか? 実は現実はいくつもあるのではないか》という視点を手に入れなくちゃいけないんだと思う。それができれば、その人の生き方や感じ方は、まったく変わってくると思う」
円香「一元的ではなく、多元的な世界を知ることができるということですね。スターホークは、魔術を社会変革するためにハックしたアクティビストの魔女ですが、『魔術は現実を変えるというが、どう変えたいかのビジョンがなければ意味はない。そしてヴィジョンを見ることには責任がともなう』と言っている」
武田「そうですね。変わるきっかけになると思う。魔術でも何でも、ものを視ることが大事になる。観想法が基本。よく引き寄せの法則で『成功したビジョンを描きましょう』って言うでしょ? あれって、普通の人にはそう簡単には見えないものなんだよね。だけど、変性意識を体験している人には説明しやすい。目をつむっていてもものを視る力がないと、修法もヘチマもない。それを強化するには、やっぱり変性意識の体験が大事になってくる」
円香「変性意識って、体験そのものに価値があるというより、それをどう受け止めて、どう現実に持ち帰るかが大事なんでしょうね。方向性を持たずに反復してしまうと、かえって危ういことにもなりそうです」
武田「昔は『大麻をやれば世界が平和になる』みたいなことを言う人もいたけど、そんな単純な話ではない。『シロシビンは人類を救う』みたいなことを言うサイケデリックのグルもいたけれど、結局はテクノロジーと同じで、それをどう使うかという話なんです。社会を良くする道具にもなるし、自己満足の手段にもなる。
リアリーも『チベット死者の書 サイケデリック・バージョン』で、ステージごとの誘導についてきちんと書いている。セットとセッティングを間違えたら大変なことになる、と強調しているんだよね」
武田氏が最後に語ったのは、変性意識をただ神秘体験として礼賛するのではなく、それをどう使い、どう現実へ戻ってくるかという、極めて重要な問題提起だった。
ハクスリーやリアリーの思想から、ガイシンのドリームマシン、フォーム・コンスタント、芸術の起源にまで話が及んだ濃厚なトークは、こうして幕を閉じた。変性意識が単なる逸脱ではなく、人間の知覚や文化の歴史そのものに深く関わってきた可能性を示したのではないだろうか。
先史時代の洞窟壁画から、知覚を変容させるテクノロジーに至るまで、人間はつねに《通常の意識の外側》を探ろうとしてきたのである。
そう考えると、生成AIによって本物と偽物の境界が揺らぎ、私たちの現実認識そのものが試されつつある現代において、変性意識とどう向き合うかという問いもまた、新たな重みを帯びてくるのかもしれない。
CHA
フリーライター&編集。出版社で漫画編集をしていた経験があり、幅広い漫画の知識を持つ。また神秘主義を独自に研究中で、グルジェフ、シュタイナー、古神道に関心がある。最近は舞踏、タロットリーディングに凝っている。バイブルは永井豪『デビルマン』楳図かずお『14歳』。
ランキング
RANKING
おすすめ記事
PICK UP
関連記事
「踊らずにはおれん!」 ムー超能力研究所は自分の身体の神秘を体感する空間だった!<マンガレポート>
漫画家・蛸山めがねさんが、超能力体験! SUPERNOVA KAWASAKIの「ムー超能力研究所」で動き出したのは…ハートとボディの両方だった!
記事を読む
古代ギリシア「エレウシスの秘儀」と謎のドリンク「キュケオーン」の正体に最新研究が迫る!
古代ギリシャで密かに行われていた謎の伝統儀礼「エレウシスの秘儀」とは――。内容について口外が一切禁じられたこの秘密の儀礼だが、新たな研究ではドラッグが使われていた可能性が示唆されている。
記事を読む
武田崇元、熱談!! 「68年革命」と新左翼系対抗文化から”大陸”的通俗オカルトの勃興へ/ムー前夜譚(1)
70年代の大衆的オカルトブーム最後の花火として1979年に打ち上げられた「ムー」。ではそもそも70年代に日本でオカルトがブームとなった背景は? 近代合理主義への対抗が精神世界という言葉以前の現実問題だ
記事を読む
量子コンピュータに関する基本から未来まで「量子超越」/ムー民のためのブックガイド
「ムー」本誌の隠れ人気記事、ブックインフォメーションをウェブで公開。編集部が選定した新刊書籍情報をお届けします。
記事を読む
おすすめ記事