ブラジル・サルバドールで「手足奉納」の実態を調査! 多文化が溶け合う街に息づく驚異の民間信仰

取材・文・写真=小嶋独観

    珍スポを追い求めて25年、日本と世界を渡り歩いた男がブラジル、サルバドールに受け継がれる民間信仰を紹介!

    ブラジル民間信仰の肝

     サンパウロから飛行機でサルバドールにやってきた。サルバドールはブラジル北東部バイーア州の州都で、かつてブラジルの首都だった街だ。

     なぜこの街が首都だったかというと、ポルトガルの植民地時代にアフリカからの黒人奴隷が連れてこられたのがここサルバドールの港だったから。従って、現在でも黒人の人口比率が高く、アフリカとブラジルが融合したユニークな文化が色濃く残る独特な街なのだ。

     詳細は後述するが、サンバやカポエラといったブラジルを代表するカルチャーもこの街が発祥と言われている。ちなみに、サンパウロではよく見かけた日系人をこの街では全く見かけなかったばかりか、観光客を含めてアジア系の人間をほぼ見なかった。

     ある意味、ブラジルで一番ブラジルらしい街とも言えるサルバドール。そんな街に足を運んだのは、ある目的のためだった。それは、教会で手や足の奉納品を見ることだ。ブラジルのカトリック教会、特に聖人信仰や奇跡譚がある教会では、病気が治った御礼として民衆が身体のパーツの模型を奉納する習俗があるのだ。

     この「手足奉納」こそブラジル民間信仰のキモだと直感した筆者は、ここ数年この習俗について調べ、それがバイーア州を中心としたブラジル北東部に集中していることを知っていた。そのため、今回のブラジルの旅ではリオやイグアスの滝といった名所をすっ飛ばしてでもバイーアに行く必要があったのだ。

      サルバドールの市街地から北に数キロ。半島の先端近くにボンフィン教会はある。サルバドールの教会の中でも願いが叶うことで有名な教会だけに、周囲には屋台が立ち並んで大勢の人々が押し寄せていた。

     ひときわ目を引くのが、教会の鉄柵に縛り付けられた大量のリボンだ。

     これは、柵に3つの結び目をつくりながらリボンを結び付けると3つの願いが叶うというもの。

     柵は色とりどりのリボンで埋め尽くされており、風が吹くたびにはためきとても美しい。日本でも昔流行ったミサンガの原形であり、教会の周辺では商売熱心なリボン売りたちがウロウロしていた。

    教会内部と手足奉納の実像

     教会内部。ちょうどミサの最中で大勢の人が訪れていた。

     早速お目当ての手足奉納を見に行こう。手足のある部屋は、教会のメインホール右側。そこは「奇跡の部屋」と呼ばれている。入口左右に広がる青いタイル絵は、ポルトガルの名産であるアズレージョというタイルである。サルバドールの古い教会ではよく見かけた。 

     天井から何やらぶら下がっているぞ!?

     これが手足奉納なのか! 数百個の手や足が天井から下がっている光景は、えもいえぬ迫力がある。

     見れば手足だけではない。頭部や体全体など様々なもの部位がある。中にはリボンが付けられているものも。

     素材は蝋で出来ている。この習俗は元々ポルトガルから伝わったものだが、本国では蝋の手足に火を灯してしまうため、それらは残らないのだ。一方、ブラジルではこのように天井から吊るなどするため、一定期間ではあるが人目に晒されることになる。だからこのような光景が生まれるのだ。

     部屋の壁面には、比較的新しそうな奉納物が吊るされている。中には肺や胃といった臓器の模型まである。

     この奉納物を総称して「エクスボト(Ex-Voto)」という。病気が治った際に神への感謝を示すために奉納されたものだ。

    日本と正反対の考え方

     これはカトリックの等価交換という考え方が影響している習俗だと思う。何かを得たら、何かを与えなければならない。大金を得たから寄付する、というのがまさにこれ。

     日本の場合、神仏に願いごとをする際に奉納するが、何かを与えたのだから何かを得られる、という考え方とは真逆だ。日本にも同じように手足奉納がなされている社寺があるが、現象は同じであっても基本的な考え方に差異があり、大変興味深い。

     たくさんの顔写真。例えば日本の寺院でこのような奉納があったら十中八九、亡くなった人への供養だろうと想像してしまうが、これは生きている人が幸せを掴んだ感謝の写真なのだ。

     部屋の中央に建つ十字架にも、大量のリボンが結び付けられている。

     部屋の片隅に扉があり、その先は博物館になっているようだ。他の人は誰も入らないが、せっかくなので行ってみることにした。

     博物館にはこの教会に寄贈された絵画や装飾品、法具などが並んでおり、この教会がいかに古くから多くの人々に信仰されていたかを物語っていた。

     その中に昔のエクスボトがあった。金属製のエクスボトで、このタイプは現在でも南米各地で見ることができる。身体のパーツだけではなくて、家畜や船もある。これらも手に入ったことを感謝するものなのだ。

     木製のエクスボト。今は蝋製が多いが、かつては木製のものが多かったようだ。頭部は、頭の病というよりは、全身像と同じくその人全体のことを意味している場合が多い。

     肺のエクスボト。内臓関係では胃と肺が多かったように思える。

     博物館は2階にあり、ミサの様子を上から見ることが出来た。椅子は満席だ。

     2階のバルコニーから外を眺める。この博物館は有料(500円ほど)なこともあって、誰もいない。ある意味、特等席である。大満足。

     博物館、奇跡の部屋を堪能し、部屋を出る。

     先程のアズレージョをよく見てみる。タイルによる最後の晩餐のシーン。元々この技術はイスラム圏からポルトガルに伝わったとか。それがブラジルに伝わったわけだから、ずいぶん長くて遠い旅路を経てやって来たものなのだ。

     建物の向こうには海が見える。ここは湾内だが、海は大西洋に繋がっており、その先にはアフリカ大陸がある。人々は何百年も前にその海を行き来していたのだ。ヨーロッパ、アフリカ、中東、そして南米の文化がこの街で溶け合った。サルバドールは、そんなダイナミックな街なのだと改めて思うのであった。

    小嶋独観

    ウェブサイト「珍寺大道場」道場主。神社仏閣ライター。日本やアジアのユニークな社寺、不思議な信仰、巨大な仏像等々を求めて精力的な取材を続けている。著書に『ヘンな神社&仏閣巡礼』(宝島社)、『珍寺大道場』(イーストプレス)、共著に『お寺に行こう!』(扶桑社)、『考える「珍スポット」知的ワンダーランドを巡る旅』(文芸社)。
    珍寺大道場 http://chindera.com/

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