バリ島の知られざる一面「トゥルニャンの風葬墓」をレポート! ゴミに埋もれて消えていく遺体

取材・文・写真=小嶋独観

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    風葬が受け継がれている背景

     美しいビーチと独特の文化で旅行者に人気の高いインドネシアのバリ島。その島に風葬の墓があると聞いて行ってみることにした。

     バリ島は日本の南東5500キロメートルに位置している。この島が特殊なのは、その宗教事情にある。世界最大のイスラム教徒人口を擁するインドネシアにありながら、この島ではヒンドゥー教が信仰されているのだ。従って観光客が良く訪れる寺院も、全てヒンドゥー教の寺院という事になる。

     なぜこの島でヒンドゥー教が信仰されているかといえば、もともとインドネシアの広い範囲でインド発祥のヒンドゥー教が信仰されていたのだ。しかし、後にイスラム教が西から伝わり、いつの間にかインドネシアでヒンドゥー教を信仰しているのがバリ島だけになってしまった、という訳。いうなればイスラム化に取り残された島、という格好なのだ。そして現在では、インドのヒンドゥー教とはあまりにもかけ離れたスタイルによって「バリ・ヒンドゥー」と呼ばれ、区別されている。

     そんなバリ島にある風葬の墓は、島北東部のキンタマーニ高原に位置するトゥルニャンという村にある。

     ヒンドゥー教徒が多いバリ島では火葬が一般的だ。バリ・ヒンドゥーの人々の一般的な葬法は、死後一旦土葬し、後日盛大な祭りと共に火葬して焼骨を海や川に撒く、という複葬形式を採用している。ところがトゥルニャンでは、火葬をせずに遺体が自然に朽ちていく風葬を採用している。トゥルニャンではヒンドゥー教が伝わってくる以前の「バリアガ」という土着宗教も信仰されているからなのだ。

     村はバトゥール湖という大きな湖の畔にあり、対岸の町から船で渡ることになる。以前からこの村では、船賃や入域料やガイド料などの料金トラブルが頻発していると聞かされていた。私が訪れた際にも渡し船の値段は決して安くはなかったが、そこには入域料なども含まれていたようで後から追加料金を請求されるような事はなかった。

     対岸の船着き場からボートに乗る。ちなみに、この船着き場がある町は町中ハエだらけだった。駐車場の車や家の壁などにもハエがびっしり貼り付いていた。聞けば湖で獲れる魚をあちこちに放置しているからだ、とのこと。

     たしかにあちこちに魚が捨ててあり、その周囲にはハエの大群が渦巻いている。まるで黒いミニ竜巻のようだ。湖畔にはキャンプ場もあるのだが、テントがハエで埋め尽くされて真っ黒になっていた。

     ボートで20分ほど進むと、トゥルニャンの村が見えてくる。100戸程の小さな集落だ。

     ボートは村を過ぎて少し離れた船着き場に泊まった。なんとそこに墓地も併設されていた。

     船着き場には新しい建物があり、おじさんたちが暇そうに座っていた。この村についてはぼったくりや物乞いが酷い、という噂を聞いていたのでやや怯んだが、別に金銭を要求される事もなかった。ただ単に、暇を持て余しているようだった。

    ゴミと遺体が混在する墓地

     で、墓地である。入口にはバリ島でよく見かける形式の門がある。

     門の前には人形が並んでいた。これは葬式の際に使うもので、特に本人に似せたものでもないようだ。

     どちらかというとあの世への従者、的なものらしい。場所が場所だけに少し不気味だった。

     墓地の中に入ると、鬱蒼とした雰囲気。手前に大きな木がある。これはタルムニャンの木といい、「良い香りのする木」という意味らしい。この香りのお陰で死体の腐臭がしないのだと言われている。たしかに対岸の船着き場には大量のハエが発生していたが、トゥルニャンの墓にはハエが一匹もいない。不思議だ。

     足元を見れば硬貨がたくさん落ちている。日本でいえば三途の川の渡し賃みたいなものなのだろうか。

     タルムニャンの木。タルムニャンが訛ってトゥルニャンになったという説もあるほど、この木はトゥルニャンの人々にとって大切な存在のようだ。

     これが風葬の墓である。竹で三角屋根のようなものを作って、その中に遺体が安置されている。日本でもかつては土葬の埋葬地に野犬に掘りおこされないように竹でイヌハジキという墓上装置を設けていたが、驚くほどよく似ている。墓は全部で7つあった。

     墓には故人の写真や縁の品だろうか、傘や布が供えられている。湿気が多いのもあるが、なんだかごちゃごちゃした印象だ。

     墓の数は常に7つと決められており、新しい死者が出ると一番古いものを壊して、そこに新しい死者を安置するというシステムになっている。

     竹の隙間から中を覗いてみたがほとんどは布で覆われており、良く判らなかった。

     一体だけ新しい遺体を見つけた。日本にもかつては風葬があったというが、何とも不思議な光景だ。よく観察してみると、歯などは案外しっかり残っているものだ。国や民族、宗教によって死生観は多種多様であり、いろいろな国の墓を見てきた私としてもショッキングな葬法だった。

     生前の姿。安らかにお休みくださいませ。合掌。

     墓の手前には供物などの大量のごみが散乱していた。白骨化した遺体も一緒にゴミの山に捨てられるという。遺骨を大事にする日本人から見たら、死者がゴミの山に捨てられるのはなんとも大雑把な処理方法だと思うが、彼らには彼らなりの整合性があるのだろう。

     墓地の辺りをウロウロしていた暇そうなおじさん達に「これらは本物の骸なのか?」と聞いたら、ニヤニヤしながら「ああ、本物の死体だよ」と言っていた。しかし、よーく見ると“本物の“骸とは明らかに異なるものもある。恐らく風葬の墓を見学に来る観光客(ハイ、私もその一人です!)のために作られた骸も含まれているのだろう。

     もちろん、ゴミの山の中には本物の骨もある。見れば大腿骨やあごの骨だと判別できる。そして、あちこちでネズミが走り回っていた。

    ずらりと並んだ頭蓋骨

     そんなトゥルニャンの風葬墓で大事にされているのは、頭蓋骨だ。風葬の果てに白骨化してほとんどの骨はゴミと一緒にされてしまうが、頭蓋骨だけは特定の場所に並べられる。これは風葬が行われていたインドネシアやフィリピン、奄美沖縄地方にも広く見られる習俗だ。

     並んだ頭蓋骨の中でやけに目がキラリと光っていると思ったら、両目に500ルピー(約4円)のコインが嵌められていた。

     なんとなくどんよりした気分で墓地を散策していたら、後から来た観光客がやって来た。彼らは臭い顔をして早々に立ち去って行った。

     写真家の藤原新也は、かつてインドを旅した際に「人間は犬に食われるほど自由だ」という名言を残した。その言葉を借りれば人間はゴミに埋もれて消えていく程度には自由なのだろう。人間の尊厳とか死の悲しみとか、そんなものはある一定の時間が過ぎたら消え去ってしまうものなのかもしれない。そんなことを強烈に思い知らされた。

     その後、船に乗って対岸の町へ戻った。湖畔のローカルな食堂でハエを追い払いながら食べた魚料理がバリで食べた料理の中で最も美味であった。

    小嶋独観

    ウェブサイト「珍寺大道場」道場主。神社仏閣ライター。日本やアジアのユニークな社寺、不思議な信仰、巨大な仏像等々を求めて精力的な取材を続けている。著書に『ヘンな神社&仏閣巡礼』(宝島社)、『珍寺大道場』(イーストプレス)、共著に『お寺に行こう!』(扶桑社)、『考える「珍スポット」知的ワンダーランドを巡る旅』(文芸社)。
    珍寺大道場 http://chindera.com/

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