封印された「身代わり人形」の怪/吉田悠軌の怪談解題・呪物編

文=吉田悠軌

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    「呪物」の代表格として挙げられることも多いのが、人形だ。ヒトガタというルーツをもつそれは私たちの分身であり、ゆえにさまざまな不思議な出来事を必然的に招きやすいものなのだろうか。

    呪物コレクターが持つ「いわく」つきの抱き人形

     当連載の常連である呪物収集家・相蘇敬介さんの持ち物を紹介しよう。

    「抱き人形」。古くは中世から現代まで、児童が手に持って遊ぶ人形玩具の総称だ。高価な市松人形もあれば、布製の安価な品もある。相蘇さんに見せられたその「抱き人形」は、おそらく大正期の品。状態も悪く、もともと粗末な安物だろうと素人目にも察せられた。

     相蘇さんはこれを、馴染みの京都の古物商・桐屋さん(仮名)から入手している。もちろん骨董品としてではなく、怪談めいたいわくつきのブツとして。そして人形の「いわく」については、同封された桐屋さんの手紙に詳しくしたためられていた。

    「わかる範囲のことしかお伝えできませんが」と、便箋の文章は始まる。

     桐屋さんがこの人形と初めて出会ったのは20年前の秋、京都・東寺の骨董市でのこと。知人の人形コレクターK氏が、境内の喫茶店でそれを嬉しそうに披露してきたのだ。
    「K氏の気持ちもわかります。雛人形のほうが高価で大切に保管されますが、それだけに古物の流通はダブついている。むしろ飽きれば躊躇なく捨てられていた、この類いの品のほうが今ではよほど珍しいのです」
     自分もK氏に頼まれ捜してみたが、大正以前の抱き人形などお目にかかれなかった。いったいどこで入手したのかと訊ねてみたところ。
    「出元は、西陣の縁日でよく見かける老夫婦の業者さんでした」
     確かにあそこは、いつも古い人形をずらりと並べている。なかには貴重なものも混ざっているので毎回チェックしている業者なのだが、対応には少々気を遣う必要があった。おとなしい旦那と対照的に、奥方がひどくエキセントリックな性格なのだ。少しでも気に入らないことがあると客でも主催者でもかまわず怒鳴りつける。だれかが少しでも値切ろうとすれば「お前にゃ売らん!あっち行け×××!」とホームレスを表す3文字の罵声が飛ぶ。
     それでも桐屋さんは上手くつき合っていたほうだ。どうやってこれほど大量かつ種類豊富な人形を仕入れているのか、奥方に質問したこともある。
    「〇〇寺や」と彼女は、人形供養で有名な寺院の名前を挙げた。
    「うっとこ親戚やねん。なんでも好きなん持ってこれんのや」
     他人にいうたらあかんえ!ーーと奥方はこちらの背中を思いきりひっ叩いてきた。

    (上下)相蘇さん所有の抱き人形。来歴を記した古物商からの手紙も添えられている。

    警察署から家の縁側にひとりでに帰ってくる

     個人コレクションにしては一貫性がないと思っていたが、なるほどそんな理由だったのか。
     そしてK氏は明らかにこの経緯を知らない。つまりその抱き人形が、供養を求められた「いわく」つきの品だとわかっていない。

     好奇心にかられた桐屋さんは、骨董市を出た足で、そのまま奥方の店を訪ねた。
    「ああ、あれな。ちょっとややこしもんやから、あのオッサンに売りつけたんや」
    「ややこしもん、というのは?」
    「寺に納めるとき、事情のある人形には坊主が書き付けをつけるんよ。だれが持っとって、なにがどしたって所以が書いたあるねん」

     奥方によれば、その人形は北山のほうの少女の持ち物だったという。幼いころに両親を山崩れで亡くしてしまい、祖父母とともに暮らしていた。
    「ただえらい貧乏な家でな。なんも買うてやれんかって、婆さんが子どものころにもろうた抱き人形を持たせといたんやと」
     少女はこれをいたく気に入り、外で遊ぶにも寝るときにも肌身離さず持ち歩いていた。
     そんなある日、少女が行方知れずになる。夜遅くなっても帰宅しない彼女を心配し、祖父母が近所を駆け回った。ついには村中総出で遠方まで捜した末、ようやくその姿を発見することができたのだが。
     彼女は深泥池の上に、こと切れたまま浮かんでいたのだ。
    「可愛らし子やって。悪い奴にさらわれて、嬲りもんにされて、殺されたんやね」
     犯人の目星はつかなかった。例の抱き人形もどこかへ消えていた。必ず現場にあるはずだと祖父母は主張したが、警察も発見できなかった。

    「え、でも、どこかにあったんでしょ?」
     桐屋さんがそう訊ねると、奥方は頷いて。
    「婆さんが朝起きたら、家の縁側に置いてあったんやと。泥だらけになってな」
     だれかが見つけて置いてくれたのなら、ひと声かけるはずだ。犯人がわざわざ返すはずもない。驚いた祖父母が警察を呼ぶと、泥や指紋を調べるため、人形は鑑識へ回収されてしまった。
     その結果をじりじりと待っていたある日。ふと見れば、また縁側に例の人形が置かれていた。空振りに終わったので警察が返却したのだろうが、ひと言もなく放り投げるとはなにごとか。怒り心頭で警察署に連絡した祖父母は、思いもよらぬ回答を聞かされた。
     人形は返していない。まだ鑑識に保管されているはずだ。しかし今調べてみたところ、署内のどこにも見つからないのだ、と。

    「帰ってきたんやろね。ちっさい子やから自分が亡うなったのも知らんと」
     その後も人形は、いくら仏壇に置こうと、いつのまにか縁側へ移ってしまうようになった。やがて祖父母が亡くなったのを機に、供養のため寺へと預けられたのだという。

    革張りのトランクケースに厳重に封じられていたものは

     そんな人形を、K氏は入手したというわけだ。後日、桐屋さんがそれとなく訊ねてみると、K氏は気になることをいってきた。
    「ガラスケースに他の人形と一緒に飾っているが、なぜか後ろ向きになったりするんだ」
     まだ遊んでいるのかな、と桐屋さんは思った。少女はまだときどき、お気に入りの抱き人形を手に持って、ままごと遊びでもしているのだろうか。

    「なんとも哀しいお人形ですが、その娘さんに愛されていたことは確かなようです」

     そして20年後、この人形はまた桐屋さんの手元へ戻り、さらに相蘇さんが入手することとなる。桐屋さん・相蘇さんのもとでは特に異変は起きていないので、少女は安らかに成仏したと捉えるべきだろうか。それならそれで喜ばしいことだが。

     また相蘇さんは、桐屋さんから別の人形も購入している。これまた例の人形業者の奥方から、桐屋さんへと渡ってきた経緯を持つ。
     こちらについては、どうにも事情がよくわからない。おそらく寺の供養品を持ち出してきたのだろうが、詳細などはいっさい不明。なにしろ数年前に奥方が亡くなった際、遺品整理の中で出てきたブツだからだ。
     それは革張りのトランクケースで、錠によって厳重に封がなされていた。内部になにか入っているようだが、鍵が見当たらず確認できない。まるで開かずの箱ではないか。
     どうやら奥方は鍵を捨ててしまっていたようだ。なんらかの物品を閉じ込めたトランクを、ずっと店の奥へしまいこんでいた。負けん気と商売っ気の塊のような彼女にしては、ずいぶん不可解な行動である。
     桐屋さんはこのトランクを引き取り、錠前を叩き壊してみた。
     入っていたのは、2体の市松人形。先述の抱き人形と比べれば、ずいぶん上質で高価そうなものだ。
     しかし寺の「書き付け」もなにも添えられておらず、なにもかもが謎のままだ。どうしてあの奥方がこの人形をひどく怖れて封じ込め、しかし捨てずにいたかの理由も、また。

    解題――手放そうとした人形に起きた説明のつかない変化

    「呪物」の代表格といえば、やはり人形=ヒトガタになるだろう。丑の刻参りの藁人形、フンパヨン、ブードゥー人形……。人を象ったオブジェを呪術の対象とする行為は、古今東西、人類のあらゆる文化に見受けられる。そこに加えられた攻撃は対象者へ届き、反対に穢れを肩代わりしてくれたりもする。いずれにせよ人形は、われわれの分身として機能している。

     逆もまた然り。単なる既製品・市販品の玩具であろうと、ヒトガタのものには呪物イメージが託されやすい。ウォーレン夫妻が取材したアナベル、髪が伸びる市松人形のお菊、または田中俊行氏のチャーミーなどは、最もメジャーな呪物として世間に受け入れられている。そもそも「人形供養」という風習自体が、人形イコール呪物なのだと広く一般に捉えられている証拠ではないか。もはや人形はヒトガタである時点で、広い意味での呪物と見なされてしまうのだ。

     つい最近も、次のような人形怪談を取材した。

     姫路在住のヨウコさんは一時期、ファッションドールを集めていた。しかし引っ越しに伴い、50
    体を超えていた人形たちを泣く泣く手放すことに。お気に入りの3体だけを残し、あとはすべてオークションにかけたのである。
     人気シリーズのため、わずか3日でほぼ完売となった。しかし1体のみが売れ残り、入札どころかウォッチ登録すらいっさいつかない。なぜだろうと不思議に思ったヨウコさんが、手元の人形を確認したところ。
    「あれ、こんな顔だったかな?」
     その表情が怒っているように感じられた。ただの印象ではない。オークションの写真と見比べてみても、明らかに変化している箇所があったのだ。
     口が閉じている。それまで歯を見せて笑っていた口が。まるで不機嫌にむくれているように。
     確かにパーツやメイクによるカスタムが幅広く可能な人形ではある。
    「でもこの子の場合、購入当時は口が開いて歯が見えてました。なにもしていないのに口が閉じて、歯がぜんぜん見えないのは構造上ありえないので、びっくりしたんです」
     この子はうちにいたいのかな。そう思って出品を取り消したところ、やがてまた口を開けた笑顔に戻っていった。
     ただその後、一度だけ。ヨウコさんがこの体験を夫に伝えようと、写真を見せながら説明したときである。
    「そんなことはないだろう」
     夫は笑いながら、あろうことか人形のスカートを捲った。とたん、人形の口が一瞬で閉じ、怒気をはらんだ表情となった。夫は叫びながら人形を放り、逃げだしていったそうだ。

     人形は持ち主から離れることを嫌う。少なくともヨウコさんや、人形供養を寺社に依頼する人々はそう捉え、ある種の恐怖を抱いている。

    (上下)ヨウコさんが愛蔵していたドール。口元の表情に変化がみられたという。
    ドールは市販されていたものだが、ヨウコさん所有のこの一体だけ異変があったようだ。

    哀しき人形の「怪談」は救いの物語でもあった

     上記の抱き人形の怪談は、その変則パターンだ。
     こちらは持ち主の少女のほうが亡くなってしまい、人形だけが残された。すると少女が人形のもとへ戻り、生前のように片時も離れなくなった。桐屋さんたちは死後も一緒に遊んでいるのかと解釈したが、私としては、少女は抱き人形と一体になったのではないかと考える。なにしろ人形とは、われわれの分身なのだ。この不幸な少女――両親を失い、他に遊ぶものもなく、そして無残に殺された――が最も愛した人形は、少女そのものとなった。それは哀しいながら、救いの物語でもあるだろう。

     それよりもトランクの中の市松人形のほうが、ずっと無気味だ。もとの持ち主も背景となる物語もいっさい不明だからこそ、人形としてはこちらのほうが怖ろしい。

     相蘇さんによれば、これはかなり特殊な市松人形なのだという。
    「石粉粘土でも素焼きでもなく、フランス人形みたいな磁器のビスクドールで、追視のガラスアイが入っている。本来はかなり高価なものだと思います」
     それほどのアンティーク品が、なぜ売却もされず人形供養に出されたのか。商魂たくましい奥方が、どうして引き取った後もひたすら封印しつづけていたのか。そうした状況も意味不明だし、なにより分身たる持ち主がわからないことが、2体の人形を「人形たらしめていない」空虚な存在にしてしまっている。
     どの角度からもこちらを見つめる追視のガラスアイ。青白く虚ろな4個の瞳は、ひたすら分身を求め、私たちを追いかけてくる。そんな瞳から逃れるため、奥方は彼女たちをトランクに入れ、鍵のない錠前で封じたのではないだろうか。

    トランクに厳重に封じられていた2体の人形。その来歴はまったく不明。

    (月刊ムー 2026年06月号)

    吉田悠軌

    怪談・オカルト研究家。1980年、東京都生まれ。怪談サークル「とうもろこしの会」の会長をつとめ、 オカルトや怪談の現場および資料研究をライフワークとする。

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