70年代の都市伝説怪人「なんちゃっておじさん」とは何者だったのか!?/初見健一・昭和こどもオカルト回顧録
山手線の車内などでナンセンスな一人コントを披露し、「な~んちゃって!」という言葉を残して消え去る「正体不明の怪人物」……。1977年からささやかれはじめた「なんちゃっておじさん」の噂はメディアを巻き込
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怪談DJが語る、渋谷のクラブにまつわる3つの怪談。それぞれ別個の怪異ながら、それらはオカルト探偵・吉田が主張するある説を裏づける、ひとつの共通点を持つものだった。
「渋谷には音楽のクラブがたくさんあるのですが」
響さんが怪談を語りだす。
「皆さん、クラブというと派手なイメージを持っているかもしれませんけど、たいていは音楽好きが集まる小ぢんまりとしたハコなんですよ。渋谷でいえば昔から宇田川町のあたり、それも地下のスペースになっていることが多い」
そのクラブ―― 仮に「A」としておく―― は地下の1階・2階のツーフロア構成だった。ただし人々が怖がっていたのは地下2階に限定されていたという。
「DJもVJも、けっこういろいろな人がいってましたね。地下1階は大丈夫。でもあそこの地下2階はヤバい、と」
響さんと親しい、C君というDJ。彼はその日、クラブ「A」のオープン時のパフォーマンスを任されていた。22時スタートではあるが、それよりも前に地下2階に入って音楽を流しはじめていたそうだ。
全体が黒く塗られた無人のフロア。スポットの照明が当たる箇所以外は薄闇に沈んでいる。最奥がC君のいるDJブースで、相対する入り口脇には人の身長ほどの巨大スピーカーが2台設置されている。その向かって左側のほうのスピーカーのすぐそばに、女がひとり、立っていた。
――お客さん、かな?
しかし女は酒を飲むわけでもなく、踊るわけでもなく、ただじっとしている。それも体を「く」の字に曲げて、スピーカーの側面に頭をつけるようなかたちで。
気味悪く思いつつも、DJミキサーへと視線を落としたC君。そこではたと気づいたのだが。
――ドア、開かなかったよな?
メインフロアへの入場は大きな鉄の扉を開けなくてはならない。そちらを向いている自分に、扉が開く様子や外から入る光が見えないはずがない。客どころか、だれひとりとしてここに入ってきたものはいないはずだ。
ふたたび視線を上げる。するとスピーカー横の女は腰を折り曲げたまま、首だけをこちらに向けていた。薄暗い照明のなか、頬がこけて骨ばった顔がくっきり浮かび上がっている。まったくの無表情だが、黒く落ちくぼんだ両目は明らかに自分へ照準を定めている。
とっさに目をそらした。あれは、見てはいけないものだ。とにかくすぐにでも逃げたいのだが、DJとしての職業意識がそれを邪魔した。今かかっているレコードの曲がもうすぐ終わりそうなのだ。プレイ中において、音楽が停まる時間があってはならない。
とにかく次の曲に繋げなければ。そのためには次のレコードをターンテーブルにおいて準備し、調整してミックスする必要がある。そうしたらブースを離れ、スタッフを呼びにいけばいい。
C君は後ろを振り向き、レコードボックスへと手を差し込んだ。自分が持ち込んだレコードが何枚も並んでいるが、今はどの盤にしようか選んでいる余裕はない。もうなんでもいい、と指が触れたところを勢いよく引き抜くと。
がりがりに痩せたあの女の顔が出てきた。
摑んでいるのはレコードだ。
しかし自分が手にしている盤と、その手前の盤の隙間から、薄っぺらい女の顔が一緒に飛び出してきたのだ。
そう、摑んでいるのはレコードのはず。女に触れてなどいない。しかしなぜだろう。5本の指の先に、髪の毛の感触がじわりと伝わってくる。
C君はブースを飛び出し、一目散にフロアを駆け抜けた。無音になってしまうこともかまわず、鉄の扉を開けて階段を上がる。地下1階にたどりつくと受付ブースの小窓を覗きこみ、震える声をあげた。
「すいません! 今、下で!」
するとスタッフはこちらを一瞥して
「ああ、女がいたんでしょう」
言葉に詰まるC君に、スタッフは続けてこういった。
「でも大丈夫ですよ。その女、家までついてこないですから」
すぐ近所の、やはり地下にある「B」というライブハウスも、不思議な現象が頻発するところだったようだ。
「ポルターガイストというんでしょうか。バーカウンターのグラスが勝手に落ちたり、ひどいときには飛んでいったり。そんなことがよく起こっていたとか。なかでも、店長さんが一番印象に残っている出来事というのが」
営業終了後、客も演者もいなくなった店内にひとり残っていたときのこと。カウンター内で帳簿をつけていると、ふいに固定電話のベルが鳴った。
なんだろう。スタッフからの連絡なら携帯電話にかかってくるはずだ。客の問い合わせや業者からの電話が、こんな夜遅くにくるはずもない。
「……もしもし」
怪しみながら受話器をとると、向こうからも同じく、
「もしもし」
との呼びかけが返ってきた。ただ奇妙なことに、少しズレたタイミングでまったく同じ声が聞こえてきたのである。
「もしもし」
それはメインフロアのほうから、肉声として響いた。壁があるわけではないので明確に聞き取れた。フロア周りは照明を落として真っ暗で、もちろんだれもいるはずがない。しかし店長がなによりも驚いたのはそこではなく。
自分の声だった。ふたつの「もしもし」は、紛れもなく自分自身の声に聞こえたのだ。
……なんだ、これ……。
震える手で受話器を置き、メインフロアへと足を向ける。ゆっくり照明の主電源をオンにすると、やや遅れてパアッと周囲が照らされる。
その真ん中の床に、自分の携帯電話が落ちていた。
そんなところに置いた記憶などいっさいない。恐る恐る電話を拾い、ホームボタンを押してみる。するとその画面には、店の固定電話に発信した履歴が表示されていたのだという。
「あの店の体験では、それが一番怖かったな……って話をされてましたね」
これまたすぐそばの地下にあるクラブ「C」では、同じ女がたびたび目撃されている。
「私がそのお店でDJをやらせてもらった後、カウンターでお酒を飲んでいたんですね。例によって周りの人たちから怪談を収集しようとしたんですが、ひとりの女性が『ここ、いますよ』と」
そこは地上からの階段がB1階へと入り込む構造になっている。そのため、フロアの角の階段下部分には、天井が斜めに傾いた狭い空間が生まれる。
そこによく、女が立っているらしいのだ。
「でも怖い感じじゃないのよ。すごく音楽が好きな感じ」
DJが調子よくプレイしていると、女はきまって楽しそうに踊りだす。そのうちDJブースのほうへと近づいていき、ニコニコと笑いかけるのだ。逆にDJが下手くそであれば、つまらなさそうに階段下で立ちつくしたままなのだという。
「一応ですけど、さきほどの僕のDJでは、どうでしたか?」
響さんが女性に訊ねると、楽しそうにブースのすぐ前で見てましたよ、との答えが返ってきた。
その後、同じ女の話をまったく別の人間数名からも聞き及んだ。そしてやはり皆が口を揃えて、あれは悪いものではないという。
単純に音楽が好きで小さなクラブに集まってくる、自分たちと同じようなやつなのだ、と。
響さんが語った店のうち「C」は現在営業中だが、「A」「B」はすでに閉業しており、跡地にはもう新しいテナントが入っている。ただ3店舗とも共通するのは、いずれも地下スペースであり、歩いてすぐの近所だということだ。
「A」「B」「C」のビルは、200メートルおきにほぼ一直線で並ぶ位置関係にある。
響さんの案内により、これら3つの怪談現場を訪れてみた。「B」「C」は開店前なので店舗専用の階段が封鎖されており、下に広がる暗闇をうかがうだけにとどまった。ただ「A」については雑居ビル共有スペースから入る構造だったため、テナントの入り口手前まで確認することができた。
地上から地下1階へ、さらに地下2階へと下りようとしたとたん、強烈な「水気」を感じてしまった。湿気というよりも、生暖かい水そのものに顔をひたしたような感触。階段脇の壁を見れば、内部から水に浸食されて塗装が剥がれ落ちている。
「この湿度の高さ、ちょっと異様じゃないですか」
響さんに訊ねると、
「いや、私も何度か来てますが、ここまで水っぽい感じではなかったんだけど……」
クラブが閉業したため、管理が疎かになっているのだろうか。現在はレンタルスペースとなっている入り口の扉が見える。そのすぐ先が、ちょうど「がりがりに痩せた女」が立っていたポイントになる。
「まだ営業中のころ、入って右手のところでVJをやっている人がいたんですね。いろいろと話しているうち、その人も漏らしてましたよ。『ちょうどこのあたりに、よく女が立っているって聞きますよ』と」
それはC君が女を見たのとまったく同じ箇所だった。「某有名DJさんも、ここの地下1階はいいけど地下2階では絶対にやりたくない。理由はやはり『出る』からだ、と……」
クラブ「A」は2回にわたってお祓いを執り行ったとも聞いている。そして閉業後、DJブースを撤去したところ、その下側に相当数の札がびっしり貼り付けられていたそうだ。やはり「B」「C」と比べ、「A」は怪談現場としての異様さが際立っている。それは私がこのとき、まさに身をもって、耐えられないほどの水気として感じていた。
後日、一帯の土地を調べてみたところ、この水気の正体が判明した。
宇田川通りがもともとは宇田川という川だったことは有名だろう。「A」のビルは宇田川とはほんの少し離れた位置にあるのだが、その支流ともいえるまた別の川の存在を、私は今回初めて知ることとなった。
それは鍋島家の屋敷があった現・鍋島松濤公園の池を水源とし、東西に延びる「野川」である。200メートルほど先で南の神泉谷から北上してくる別の川と合流した後、旧東急百貨店を通ってさらに宇田川へと合流する。
旧東急百貨店の敷地にはかつて(大正5年~昭和39年)大向小学校が建っていた。作家・大岡昇平は大正時代には宇田川沿いの大向橋の前(現在のMEGAドンキ・ホーテ裏)に住んでいたので、この小学校に通っていた。大岡はその自伝『幼年』『少年』にて、大正時代の渋谷について偏執的なほど詳細に記しているが、とくに母校を横切る野川は印象深かったようだ。水車を回しつつ鍋島の農園を潤し、宇田川に合流する様子が何度も描写されている。
この野川に沿うようにして、「A」「B」「C」の3店舗が並んでいた。「B」は神泉谷からの流れとの合流点近くに位置しており、「A」は宇田川への合流点の近くである。それらは現在もなお、地下を流れる暗渠として合流するポイントだ。
やはり怪談現場は、かつて水場だったところ――とくに暗渠――に多いという私の主張が裏づけられたようだ。
「A」の地下2階があれほど恐れられた理由も、これでわかった。コンクリートの壁のすぐ先で、地下を流れる暗い水が合わさっていく。
クラブに集う人々が、その底流する音楽を敏感に聞き取らなかったはずがないだろうから。
響洋平(DJ 響) (ひびきようへい/でぃーじぇーひびき)
本職のDJ として活動しながら、実話怪談を収集・発表する「怪談DJ」。イベント、配信、メディアの出演も多数。著書に『地下怪談忌影』(竹書房怪談文庫)など。
(月刊「ムー」2023年12月号より)
吉田悠軌
怪談・オカルト研究家。1980年、東京都生まれ。怪談サークル「とうもろこしの会」の会長をつとめ、 オカルトや怪談の現場および資料研究をライフワークとする。
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