竹内文書と幣立神宮に伝わるもうひとつの高天原神話「五色人文明」/世界の新七不思議
超常現象研究の第一人者・並木伸一郎がセレクトした〝世界の新七不思議〟をご案内! 今回は〝日本の超古代文明〟の七不思議に選定したなかから、幣立神宮に伝わる五色人文明を紹介します。
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日向神話と南方神話の共通点を探ると、翼を備えた鳥人の伝説がつながる。イースター島と日向を結ぶ「ムー大陸」の外形がそこに見えてくるが……?
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宮ノ山に瓊瓊杵尊が宮殿を築き、その孫にあたるイワレヒコが大和へ進出して神武天皇となる。天孫降臨から神武東征までの「日向神話」だ。
日向国は古くは広大で、現在の宮崎県から鹿児島県にまたがって、大隅国・薩摩国をも含んでいた(この二国は飛鳥時代に分立)。現在では包括して「南九州」と呼ばれる地域である。
そのため、日向神話の伝承地は、南九州に広く残されている。
宮崎県の高千穂町も、鹿児島・宮崎両県にまたがる霧島連峰の高千穂峰も、天孫降臨の地として知られる。瓊瓊杵尊が宮殿を築いたという野間岬の近隣には木之花開耶姫出産伝承地があり、観光地として名高い宮崎県の青島は海神の宮があった場所とされている。
宮崎県・日南海岸の鵜戸神宮は、豊玉姫出産の地と言われ、薩摩半島南部の知覧周辺には豊玉姫と玉依姫の領地争いのような、独自の神話が伝わっている。瓊瓊杵尊、山幸彦、鵜葺草葺不合命の御陵も、南九州にある。その他、伝承地は枚挙に暇がない。
その中には、上述の領地争いのような妙に生々しい話もあり、大和以前に南九州に王朝があったことを思わせるが、学術的には、日向王朝の存在などほとんど認められていない。
一方で、日向神話は南方──沖縄、東南アジア、オセアニアなどの神話や風習との類似性が指摘されている。
例えば、瓊瓊杵尊が磐長姫(いわながひめ)を送り返し、人間の命が儚くなってしまったという話は「バナナ型神話」と呼ばれ、マレーシアやニューギニアに伝わる。木之花開耶姫は出産の際に産屋に火をつけるが、産屋の床下に火を焚く風習は東南アジアから南西諸島、南九州に渡って見られる。山幸彦の釣り針の喪失、海中への旅、帰郷して復讐という「釣り針喪失神話」はインドネシアやパラオに伝わる。豊玉姫の出産の際には、産屋の屋根を鵜の羽で葺くが、沖縄では、鵜の羽を安産の御守りとする風習がある。
こうしたことから、日向神話は、南方との交易や南方からの移住により生まれたと見られている。実際、縄文時代の鹿児島と南西諸島では、相互に土器がやり取りされている。
また、沖縄本島で発見され「港川人」と命名された約2万年前の人々は、縄文人を経て現代人まで遺伝的にある程度連続しているが、その一方で、港川人は縄文人の直系の先祖ではなく、現代の人類の中では、オセアニアの先住民に近いという。出土した人骨のDNA解析から日本人のルーツの一つが南方にあったことが分かっている。
人類学などの研究成果によれば、数万年前の最終氷期には、寒冷化により海水面が低下し、南西諸島は橋のように繋がっていた。そこを伝って人々が渡来してきたのだが、その時代、やはり海水面の低下により、インドシナ半島、マレー半島の南東に、巨大な陸地があった。現在のマレーシア、インドネシア、フィリピンを含んだ、途轍もなく大きなその陸地は、「スンダランド」と呼ばれている。それこそが、太古、南方から日本にやって来た人々の、故郷だというのだ。
そして海水面の低下は、スンダランドから、ニューギニア、オーストラリアなど、オセアニアへの人類の渡来も容易にした。港川人とオセアニア先住民が遺伝的に近いとされるのは、その為だ。しかし、約1万年前頃から、温暖化による海水面上昇で、スンダランドは水没して行った。
このことから、いわゆる「ムー大陸」のモデルではないかという説もあるのだが、それはともかく、ユーラシアとオセアニアの往来は困難になり、最終氷期に渡った人々は、あまり混血することもなく、現代まで続いている。一方日本列島には、その後も様々な人々が渡来し、混血して行った為、港川人とその後の日本人との遺伝的差異が広がった。
そのオセアニア東部・ポリネシアの東の果てに、イースター島がある。まさにムー大陸の遺産などと語られるモアイ像で有名な島だが、何とそこに、前編で紹介した宮ノ山遺跡の円形の石積みの家に類似した家があるのだ。
それはイースター島の南西端に聳えるカウ山頂上の、オロンゴという場所にあり、平らな石を積み上げた低く狭い家が、多数ひしめきあっている。また、ここは海に臨む切り立った崖の上で、立地も宮ノ山によく似ている。周囲には巨石も多く、数多くのレリーフが施されている。その多くは、創造神マケマケや、その化身とされる、鳥の頭と人の体を持った鳥人「タンガタ・マヌ」を描いたものだ。
オロンゴは、かつて行われた鳥人儀礼の為の場所であった。鳥人儀礼とは、年に一度、各部族から選ばれた代表が崖を下り、対岸の小島から鳥の卵を持ち帰るもので、最初に持ち帰った者の部族の長がタンガタ・マヌとして、一年間イースター島の王となった。石を積んだ家は儀式中に関係者が寝起きした場所である。
宮ノ山の住居跡は、日本の古代住居としてはあまりにも異様だが、オロンゴと同起源ならば、その謎も解ける。即ち、宮ノ山も、鳥人儀礼のような神事が行われた場所ということだ。実際、宮ノ山も、ドルメンや積石塚が多数あり、単なる集落というよりは、祭祀や儀礼の場という感が強い。
奇しくも、日本書紀には、九州の鳥人についての記述がある。
翼を持ち空を飛んで、民を脅かしたため、神功皇后に討たれたという「羽白熊鷲(はじろくまわし)」である。その伝承地は、現在の福岡県朝倉市で、同じ九州といっても鹿児島の宮ノ山から遠く隔たってはいるがーー。
イースター島の鳥人儀礼に使う住居群と同じような、日本では類例のない古代住居群が並ぶ宮ノ山。イースター島と同じような、日本では類例のない鳥人神話が伝わる筑紫。これらが同じ九州にあるというのは、偶然とは思えない。宮ノ山も羽白熊鷲も、イースター島の住居や鳥人と、同一の起源を持つのではないか。
瓊瓊杵尊の天から降臨したという神話も、鳥人に通ずるものがあり、鵜葺草葺不合命の名も、鳥にちなむ。はるか太古、南方より渡来した「鳥人王」が祭祀を行った神事の場。それが宮ノ山なのかもしれない。
高橋御山人
在野の神話伝説研究家。日本の「邪神」考察と伝承地探訪サイト「邪神大神宮」大宮司。
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