芝公園の裏に八臂の弁財天が座す!「松蓮社弁天窟」/東京地霊スポット案内
東京の知られざる聖地を訪ね、「地霊」の記憶を呼び起こす! 今回の旅はその名もミステリアスな「裏芝」へ。
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大都会・東京の古層に眠る記憶を深掘る「東京地霊スポット案内」、シリーズの最後に迫るのは、今では立ち入りを禁じられた幻の洞窟と、そこに伝わる謎多き女神の物語。
「地霊」とは、その土地に残存する(かもしれない)霊的な存在のみならず、土地に染みついた記憶を伝え、その原点となる物語を宿し、ときに秘めやかに残され、ときに畏怖すべき対象として浮上する「場」が醸し出すナニモノかを言いあらわしたワードです。
『東京異界めぐり』(本田不二雄 著。駒草出版 刊)で掲載した東京の地霊スポットから注目すべき「場」をご案内する本稿の最終回は、
ヒメ神が身を投じ、池霊の女天が鎮まる練馬・三宝寺池畔の洞窟霊場です。

さて、三宝寺池北側の丘陵にある姫塚(本書222ページ~参照)から三宝寺池畔の木道に戻り、引き続き反時計回りに歩くと、池上に突きだした小島に建つお社が近づいてきます。厳島神社。かつての弁天堂です。
祭神は狭依姫命(さよりひめのみこと)、別名・市杵島姫命(いちきしまひめのみこと)で、神仏習合の文脈では弁財天と同じ神とされています。
ちなみに、武蔵野の三大湧水池として知られる三宝寺池、井の頭池(三鷹市)、善福寺池(練馬区)のいずれも弁財天(狭依姫命)が祀られています。インドの水の女神・サラスヴァティ―に由来する弁財天は、そのまま武蔵国に定着したわけですね。
とりわけ三宝寺池のそれは「池霊弁財天」と呼ばれていました。三宝寺池の神霊(水神)である弁財天、というわけです。
『江戸名所図会』には、「この池水、冬温かに夏冷ややかなり。洪水に溢れず旱魃?かんばつに涸れず、湯々汗々(とうとうかんかん)として数十村の耕田を浸漑(しんがい)し」とあります。かつて石神井川の主水源とされ、かつて豊島氏は、この水を支配するために石神井城を築いたともいわれています。弁天堂の創建も、おそらく豊島氏の時代だったのでしょう。

その“池霊”の御神体が祀られている秘密の場所が、厳島神社向かいの崖面にあります。
その名も穴弁天。
厳島神社の奥宮(奥の院)に位置づけられている洞窟です。
まさに石神井の穴場。三宝寺池畔の最重要スポットといっていいでしょう。
ところが残念なことに、入口の扉は締まっており、内部は扉の鉄格子から覗くしかありません。しかも、コンクリートで固められた入口部分の奥、洞窟部分を暗くて見えません。聞けば、地震により洞窟内が崩落したといい、以前は年一回(四月八日)内部を公開(開帳)していたようですが、最近は危険なため中に入ることはできないようです。
厳島神社の祭祀を兼務している石神井氷川神社(後述)の宮司さんに内部の様子を伺うと、「なかは10メートルじゃきかないほど」の奥行きがあるとのことです。
ますます気になります。さまざまな史資料にあたってみました。
すると、池の名の由来となった名刹・三寳寺発行の本にこう書かれていました。
「洞窟は奥行十数米もあるだろうか、中に二筋の通路があり、一つは広く、一つは人一人がやっと通れる位の細い道である。この奥まったところに一乃至一・五米四方くらいのお堂があり、その周辺を白蛇がとぐろを巻いた形につくられている。このお堂の中に、弁財天が祀られているのであるが、まだその尊顔を拝観たことはない」(『三寶寺 六百年の歴史と文物』より)


さらに、『東京都神社名鑑』の厳島神社の項にはこう書かれていました。
「往時池底より見いだしたと伝わる蛇体の女神弁財天を安置」
蛇体の女神弁財天――! そういわれれば、ますます気になります。
それはいかなるお姿なのか。さらに調べると、ネットに洞窟内をリポートした記事がアップされているのを発見しました(「伝統の日本紀行」三宝寺池厳島神社を参照)。
https://www.visiting-japan.com/ja/articles/tokyo/j13ne-sanpojiike-itsukushima.htm#google_vignette
なお、石神井氷川神社では、そのお姿を描いた「宇賀神 木札守」を頒布しています。
同封の由緒書によれば、「(社伝によると)池底より発見された蛇体の女神を安置す」とあり、「厳島神社御祭神である狭依姫命(弁財天)の配下神として祀られる宇賀神を示しており、主な御利益としては、藝術・学問全般の向上、五穀豊穣及び財産をもたらす神様です」と書かれています。
お札に描かれているのは、とぐろを巻いた蛇体に人の頭を戴くお姿(人頭蛇身)。宇賀神像の多くは老翁相を戴くのに対し、こちらは確かに女天(女神)の相で、まさしく「蛇体の女神弁財天」にほかなりません。

では「穴弁天」で一礼し、池畔の遊歩道をさらに東に進みます。
すると、厳島神社のもうひとつの奥宮・水神社があらわれます。
祭神は水の女神ミツハノメ(水波能売、みずはのめ)。その祠は池を背にし、池の端ぎりぎりの場所に建てられています。つまり、三宝寺池に鎮まる水神を拝む仕様です。同じく水の女神を祀る厳島神社と神格が被りますが、そちらはもと仏式の女天(弁財天)でしたから、神道式の女神も祀らねばということだったのでしょうか。
それはともかく、目を見張るのは、祠の手前からぐいっと池へと伸びる一本のクロマツの大木です。さながら池へとダイブする大蛇のごとき様相。“池霊の蛇体の女神”が鎮まる場所だけに、タダゴトではない雰囲気が漂っています。
ところで後日、練馬区の伝説を調べていると、こんな証言が出てきました。
「三宝寺池には主がいるという。その主は蛇体であると伝える。明治時代にも、釣(り)にいって、松の木が池畔に横わると思つて、それに乗ると、動き出たしたので、青くなつて逃げ帰ったという人もある」(『練馬区史』)
何と! 「池畔に横たわる松の木」といえば、まさにこの木のことではないでしょうか(あとで氷川神社に聞いたところでは、同様のマツはほかにもあったらしい)。
それが実際に動き出すのかどうかはわかりませんが(乗ってみたりしないように!)、「この池には蛇体のヌシがいる」というイメージが近隣で共有されていた事実は見逃せません。

蛇体のヌシといえば、こんな話も伝わっています。
「明治何年かのこと。稲付村(今の北区稲付町)の付近から、若い女の客を乗せた一台の人力車があった。いわれるままに、(車夫は)富士街道を一散に走つて、上石神井村まで来た。そして三宝寺池のほとりで『ここで結構』と客は車から降りた。そして、『家へ帰るまで包みを開いてはいけません』といいながら紙に包んだ銭らしいものを渡した。
……車夫がしばらくいくと、うしろで大きな水音がした。はっとして振向くと、さっき乗せて来たあの美女が、見るも恐しい大蛇になつて、今まさに池に沈んだところだった」(抄訳/同前掲)
別の伝では、「開けるなと言われた包みをつい開けてしまうと、中に大きな鱗が三枚入っていた」とも伝わっています(同前掲)。
三枚のウロコといえば、北条氏の家紋〈三つ鱗(うろこ)〉の伝説を思い出します。江ノ島の岩屋にあらわれた美女(弁財天)が、北条時政(鎌倉幕府の初代執権)に神託を告げて大蛇(龍)に変じ、ウロコを三枚残していったという話です。
美女と弁財天、そして大蛇……。どうやら、水域を舞台とする神話伝承のモチーフがここ三宝寺池でさまざま展開されているようです。
などと、やや分析的に述べていますが、驚くべきことに、実際にそれを目撃し、絵に描いた人もいました。山養なる号をもつその人は、こんなメモを残しています。
「明治八年秋九月、池に動声あり。そこで私は池辺にてうかがっていると、忽然として一之大龍が現れた。よってその形をしるして、後来(世)に伝えよう(と描いた)」
この原画を所蔵している三宝寺によれば、
「古来三宝寺池には主がいると信じられ、これを見たという人は他に幾人もいる。なお、この図を掛けて祈れば、旱魃のとき降雨の験があるという」(『三寶寺誌』)
つまり、この図像は古来より信仰されてきた三宝寺池の主(龍神)として拝まれたわけです。
それにしてもこの「大龍」、龍というよりは、まるでウナギに耳がついたような穏やかな面相が印象的です。それも、美女が変じた蛇体ゆえのことだったのでしょうか。

本田不二雄
ノンフィクションライター、神仏探偵あるいは神木探偵の異名でも知られる。神社や仏像など、日本の神仏世界の魅力を伝える書籍・雑誌の編集制作に携わる。
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