クブシメの祟り!? 奄美と沖縄の「海怪談」/妖怪補遺々々

文・絵=黒史郎

    夏の涼を求めて、海が恋しくなりませんか? 実際に足を運ぶのももちろん良いでしょう。でも、海にまつわる怪談話で海に触れるのもなかなか乙なもの。というわけで、水域の不思議な話を補遺々々しました。ホラー小説家にして屈指の妖怪研究家・黒史郎が、記録には残されながらも人々から“忘れ去られた妖怪”を発掘する、それが「妖怪補遺々々」だ!

    水域の不思議な話

     皆さん、今年はもう海へ行かれましたか? 連日の危険な猛暑でたくさんの人たちが涼を求め、誘われるように水域へと足を運んでいます。この茹だるような暑さに水は救いとなりますが、怖い一面も持っていることを忘れてはなりません。今年も毎日のように、海や川で起こった水難事故の報道を私たちは目にしています。
     海や山への行楽もいいですが、こんな暑い日はクーラーのきいている部屋で冷たい飲み物を飲みながら、不思議な話でも読んで過ごしても良いのでは? 

     というわけで今回は、海にまつわる怪談を集めてみました。

    海のぬりかべ? モーレの怪

     大正の中期ごろのお話です。

     体験者は、初めて船で徳之島・沖永良部島方面を航海したという男性。
     それは、沖永良部島から古仁屋に向けて、船を出した日のことでした。
     この日は向かい風で海が少し荒れており、漁は夜間に行うことになりました。
     夜になって島陰から離れ、沖へと船を進めていますと、急に船の前に大きな影が立ちはだかりました。
     それはなんと、大きな岩でした。
     このままでは衝突し、船はあっという間に沈没してしまいます。
     すぐに他の船員を呼んで岩を見せましたが……だれも慌てて船の舵を切ろうとはしませんでした。
     なぜなら、こういうことは昔から、よくあったからです。
     海で仕事をする人たちは「海の難所」と呼ばれる水域に詳しく、そういった情報はみんなで共有しており、危険な暗礁のある場所も知りつくしています。
     だから、こんなところに、こんな大きな岩がないこともわかっているのです。
     つまり、目の前に突然現れたものは、「存在しないはずの岩」なのです。
     こういう状況になった場合、避けたらかえって危険なので、なにもせず、そのまま進まなくてはなりません。この時もだれかがそう指示したので、船は岩に向かってまっすぐ進みました。
     すると大きな岩は、すうっと、消えていったのだそうです。

     このような海での不思議な出来事は、【モーレ】というものの仕業であることを船乗りたちはみんな心得ています。
    【モーレ(モウーレ)】とは、亡霊のこと。船舶事故による水難者が亡霊となって海にとどまり、船乗りたちを死の深水に引きずり込んで沈めようと悪さをするのです。

     この体験者は、他にも【モーレ】の仕業と思われる怪奇現象を体験しています。
     
     その日は港を出てすぐ、海が荒れだし、船足が遅くなってしまいました。そのため、仕事は夜からとなってしまい、暗い海上に船を進めていました。
     そのうち、船の進行方向から自分たちと同じくらいの大きさの船がこちらに向かってくるのが見えました。はじめは仲間の船だと思っていたのですが、どうも様子がおかしい。
     速度を緩めることなく、まっすぐにこちらに向かってくるので、衝突を避けるために右側に舵を切りました。
     すると向こうの船も、同じ方向に舵を切ってきます。
     今度は左に切ると、相手も合わせたように同じほうに舵を切ってきます。
     もう、相手の船のすぐ目の前です。
     なす術もなく、そのまままっすぐ進むと——。
     向かってきていた船は、忽然と消えてしまったといいます。
     この海で働く船乗りたちは皆、同じような体験を何度もしていたそうです。

     次も【モーレ】の仕業と思われる不思議な話です。

     戦後すぐのころ。
     18歳くらいの青年が潜り漁をしていたところ、海中で奇妙な光景を目にしました。
     丸いサンゴが、ひとりでに動いていたのです。
     恐ろしくなった青年は、すぐ陸にあがって、このことを友人らに話しました。
     それから4、5日後のことです。
     漁に出た青年は、ダイナマイトを使って漁をする際、事故で即死したそうです。

    イカを拾って亡霊来たる

     沖縄のとある集落に住む50代の男性が、ナカジョウバマという浜を廻っていたところ、浅瀬に大きなクブシメ(コブシメ)がおりました。これは沖縄に多く生息する、世界最大級のコウイカ(甲イカ)の一種です。
     ただ見つけたクブシメは元気がなく、2本の触腕が欠けて仮死状態だったので、男性は喜んでこれを拾って持ち帰り、その日の晩飯にしました。
     その晩。寝ようと床に入ると、枕もとに完全武装した兵隊が立ちました。
     兵隊は男に向かって、鋭い口調でこういってきたのです。
    「なぜ、あなたは私の食料を奪ったのか。長期に耐えるため食料を確保していたのに……すぐに返してくれ」
     そんなことが毎晩続いたので、男性は眠れなくなりました。
     酒の力も借りましたが、それでも眠れません。毎晩、枕もとに立つ兵隊に、覚えのないことに対する小言をいわれます。
     やがてノイローゼになってしまった男性は、もはや精神の限界だと自ら察し、易者に相談したところ、毎夜の亡霊の訪問の理由がようやく判明しました。
     原因は、クブシメでした。
     正確には、クブシメを拾った場所です。そこには、戦争で散った兵隊の頭蓋骨が落ちていたのです。
     クブシメは、頭蓋骨を包むように抱いていました。それに気づかず、男性は強引に毟り取ってクブシメを持ち帰って食べたのです。
     男性は兵隊の霊に山海の珍味を供えて鎮魂の祈りを捧げましたが、祟りによるものか、あまり長生きはしなかったそうです。

    【参考資料】
    屋崎一「奄美・与路島の——マヨウナムン(よう怪)について」『南島研究』第32号
    仲田栄松「沖縄の妖怪(その二)」『南島研究』第30号


    黒史郎

    作家、怪異蒐集家。1974年、神奈川県生まれ。2007年「夜は一緒に散歩 しよ」で第1回「幽」怪談文学賞長編部門大賞を受賞してデビュー。実話怪談、怪奇文学などの著書多数。

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