魔の海域に消えた「四次元」というジャンル/昭和こどもオカルト回顧録
昭和の時代、少年少女がどっぷり浸かった怪しげなあれこれ。疑惑と期待、畏怖と忌避がないまぜの体験は、いったいなんだったんだろう……? “懐かしがり屋”ライターの初見健一が、昭和レトロ愛好視点で当時を回想
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文=初見健一
2年前に閉園した遊園地「としまえん」。穴場的人気スポットだったお化け屋敷には、時間を重ね熟成しきった独特な空気が漂っていた。
今から2年前の8月末日、多くのファンに惜しまれながら「としまえん」が閉園した。都内の施設としては、「浅草花やしき」に次いで長い94年の歴史を誇る老舗遊園地だった。
「としまえん」の看板アトラクションといえば、世界最古のメリーゴーランド「カルーセルエルドラド」。あるいは、80年代に同園を「絶叫マシンの聖地」として知らしめた「コークスクリュー」や「シャトルループ」などだろう。
レトロ好きにとっては、「古き良きアメリカの遊園地」を体感できる場所でもあった。ウエスタン調のデザインが施された古典的な「ミラーハウス」(鏡の館)、電動カートをガシガシぶつけ合って楽しむ「オートスクーター」、油断して乗ってしまうと予想以上に怖い飛行塔系マシンの「トロイカ」「スイングアラウンド」など、60~70年代のハリウッド映画に出てくるようなレトロアメリカンな遊具がたくさん揃っていたのだ。
一方、幼少期から親しんできた僕ら世代の東京っ子に、いわば「裏メニュー」的な人気を誇っていたのが悪名高い(?)「ミステリーゾーン」だ。二人乗りカートに乗って入るライド型お化け屋敷で、設置されたのは1966年。閉園時に稼働していた施設のなかでは最も古いアトラクションだった。
僕は小学校の遠足で行ったときに一度だけ「ミステリーゾーン」を体験し、そのときの印象が非常に不快だったので、それっきり足を踏み入れていなかった。お化け屋敷は大好きだったが、これだけはどうも苦手だったのだ。
ところが十数年前、老舗遊園地に関する本を書くことになり、当然、「としまえん」にも取材した。昔ながらのアトラクションを紹介するのが主眼なので、「ミステリーゾーン」をはずすわけにはいかない。しかたなくカメラマンと二人でカートに乗ったのである。
そのときのリサーチで、練馬区の地元住民の間では昔から「ミステリーゾーン」にまつわる多くの怪談が語られていることを初めて知った。「人影を見た」「誰かに耳元でささやかれた」「肩を叩かれた」といった噂が絶えなかったそうだ。ネット上でも話題になり、一種の心霊スポット的人気を得ていたのだ。そのころに盛んにささやかれていたのが、かつて「ミステリーゾーン」で起こったとされるある事故の話だった。
1998年まで、「ミステリーゾーン」の隣(「模型機関車」の線路を挟む形で隣接していた)には「アフリカ館」という施設が設置されていた。1969年にオープンした大掛かりなアトラクションで、正式名称は「アドベンチャーゾーン アフリカ」。ジープ型カートでアフリカ探検が楽しめるアトラクションだ。当時は本国のディズニーランドの「ジャングルクルーズ」の影響で、というより、(東京ディズニーランドができる以前の話なので)それをパクッて日本に持ち込んだ横浜ドリームランドの「ジャングル探検船」の影響で、「驚異の暗黒大陸アフリカ!」を探索するアトラクションは大型遊園地にはつきものだったのだ。なかでもとしまえんの「アフリカ館」は妙にシュールというか、お化け屋敷に近い不気味さがあり、その独特の雰囲気がリピーターたちに愛されていた。しかし、建物の老朽化によって98年に解体されている。
「アフリカ館」には滝、川、沼など、水を使った大規模な仕掛けがあった。ある日、客のひとり(「子ども」あるいは「青年」、または「バイトの係員」など数パターンの説があった)がカートから降りて館内をうろつきまわった挙句、川に転落してしまい、そのまま行方不明になったという。この行方不明事件の噂は、かなり昔から地元民の間では流布していたらしい。
そして後に追加されたものなのかも知れないが、噂には続きがある。「アフリカ館」内部はくまなく捜索されたが、行方不明の客は見つからなかった。数日後、彼の遺体は隣の「ミステリーゾーン」で発見される。「アフリカ館」の川は「ミテリーゾーン」と地下でつながっており、水が循環していたのだ。「アフリカ館」から流されてきた遺体は、「ミステリーゾーン」内の池に沈んでいたのだという。これをきっかけにして、「ミステリーゾーン」では数々の怪奇現象が起こるようになった……。
これが根も葉もないデマであることは、「ミステリーゾーン」に一度でも入ったことがある人ならすぐにわかるだろう。「ミステリーゾーン」には水を使った仕掛けや演出などひとつもないのだ。「アフリカ館」の川は館内を循環しているだけだし、死亡事故なども起きていない。すぐにデマだとわかるような話が、なぜ当時はあれほど大量にネットに書き込まれたのかはわからないが、やはり二つの施設の独特の不気味さがさまざまなストーリーを喚起させたのだと思う。「アフリカ館」の漆黒の闇の中をゴーゴーと音をたてて流れる滝や川には、確かに「ここに落ちたらどうなるんだろう?」と不安にさせる迫力があったし、「ミステリーゾーン」にも他のお化け屋敷とはまったく違う奇妙な禍々しさが確かにあった。二つの施設の外観が非常に似ていたということも、これらを関連づけた「怪談」を想起しやすくしていたのかも知れない。
話が大きく逸れてしまったが、ともかく僕は「レトロ遊園地本」の取材のために、嫌々ながら実に30年ぶりに「ミステリーゾーン」を体験したのである。印象は小学生のときと変わらなかった。やはり僕には、このアトラクションはどうにも不快だ。怖いというより、気分が悪くなってしまうような嫌悪感がある。
銀色のガレージみたいな未来的デザインの外観でありながら、内部は70年代東映の「残酷時代劇」的な純和風の世界。ひたすらジメジメしており、どこもかしこ血みどろだ。廃寺、牢屋敷、磔、さらし首、古井戸の死体、廃屋の病者、軒先の首吊り死体……。凄惨な光景を再現したマネキンが次々に現れるが、照明が暗すぎて細部はよく見えない。客をおどかすような仕掛けはほとんどなく、人によっては「退屈だ」と思ってしまうくらいになにも起こらない。実際、「まったく怖くない」という客も多いのだ。「キャーッ!」と叫ぶようなポイントが皆無なのである。ひたすら地味で静的な空間が続き、暗闇のなかにボンヤリと浮かぶ脈絡のわからない「残酷絵巻」をただ淡々と見せられるだけ。こうした構成が、通常の「お化け屋敷」のスリルとはまったく別種の感覚を引き起こす。スリルも恐怖も驚きもないまま、ただただ「ジワジワと不安になってくる」という感じなのである。
より印象的なのは匂いと音。老朽化した施設内部は、本物の廃屋のような、妙に生活感のある「古い民家の匂い」に満ちている。これはもちろん演出ではなく、本当に施設が古くなっているだけなのだろう。たぶん古い木材や大量の人形に着せてある着物の古布の匂いだと思うのだが、「おばあちゃんちの匂い」とでもいえばいいのか、妙にリアルな生活臭がムッとするほど濃厚に漂っているのだ。
そして終始、うめき声やお経、わらべ歌、カラスの鳴き声、鈴の音などが聞こえるが、劣化した音源が不明瞭で、演出のSEなのか、先を行く客の話し声なのか、外部の音なのか、はたまた幻聴なのかがよくわからなくなってくる。途中、老婆がぼそぼそと歌う「数え歌」(?)のようなものが延々と聞こえる箇所があったと思うが、歌詞がまったく聞き取れないのに耳元で歌われているように響き、どうにも気味が悪かった。
ともかくカートが一巡して明るい外へ出たときは、「ああ、なんか嫌なものを見てしまった……」という妙に重たい後味の悪さしか残らない。通常の「お化け屋敷」から出てきたときの清々しい解放感はまったくなく、「嫌なもの」が後を引いて心に残るのである。
あの特有の不気味さや禍々しさは、演出や計算でつくられるものではなく、やはり時の流れによって自然に熟成されてしまったものなのだと思う。計算されていない分、怖さの要因がよくわからず、「なんだか知らないけど妙に気味が悪かった」という感覚だけが残る。そうなると「あの施設はなんかおかしいんじゃないか?」「なにかいたんじゃないのか?」などと思いたくなるのも自然だろう。僕自身、別に館内で怪異を体験したわけではまったくないが、「やっぱりちょっと普通じゃない空間だったような気がする……」と今でもなかば本気で思う。そういえば、「ミステリーゾーン」のヤバさを表すときに以前からよく言われていたのが、「あの施設はとしまえんの鬼門の位置にある」という説。実際、「ミステリーゾーン」は園の北東のはずれにあった。
なんにせよ、いわゆる昔ながらの遊園地が次々と消え去り、版権ビジネスを背景にした巨大テーマバークばかりになっていく今後は、これほど不吉で不穏な「お化け屋敷」はもう二度と現れないだろう。「ミステリーゾーン」のような昭和40年代までの「お化け屋敷」は、江戸の庶民の娯楽だった「生き人形」(人形を使った残酷パノラマ)や「見世物小屋」などの興行の延長にあった。現在、都内で唯一、このテイストを残しているのが、「浅草花やしき」のライド型「お化け屋敷」である「スリラーカー」だ。この貴重な前時代的「お化け屋敷」が、今後も末永く稼働してくれることを望むばかりである。
初見健一
昭和レトロ系ライター。東京都渋谷区生まれ。主著は『まだある。』『ぼくらの昭和オカルト大百科』『昭和こども図書館』『昭和こどもゴールデン映画劇場』(大空出版)、『昭和ちびっこ怪奇画報』『未来画報』(青幻舎)など。
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