銭の蛇を拾って死亡、怪人・山黒様が突如訪問…荒木家妖怪絵巻は江戸のUMA実録本だ!(前編)
昨夏放送のお宝鑑定番組で大注目された、みんな大好き(?)荒木家所蔵の妖怪絵巻。そこには、妖怪というよりもUMAでは……?と思われるような、あまりに具体的な目撃談が多数記されていた!
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場所に残る記憶、モノに残る記憶。そうしたものを読み取ってしまうヒトに出会ったとき、それは具現化するのだろうか。怪異は、時代を超えて連鎖していく。
「以前、私が一緒に仕事していたカスミさんから聞いた話です」
はおまりこさんが怪談を語りだす。
「彼女は何度も不思議な体験をしている人ですが、そもそも第六感に目覚めたキッカケは実家にいたときのことで」
カスミさんは北陸の出身。金沢の実家では祖父祖母、両親、弟ふたりという3世帯が同居していた。部屋数を多くするためだろう、当時は珍しい3階建ての一軒家をこしらえていたそうだ。彼女の自室だったのは、その3階部分。
「周りは低めの2階建築しかないから、視界がひとつ分ぱあっと抜けていたそうです」
ただし寝つきはよくなかった。奇妙な感覚に襲われ、深夜のおかしな時間に目覚めることがたびたびあったのだという。
その夜も、眠りが破られた瞬間に「いつものやつだ」と気がついた。なにげなく窓のほうへ顔を向けると、ガラスの外で影が揺れているのが見えた。木の影だろうか。最初はそう思ったのだが、よく考えれば周囲に3階まで届くほどの大木は生えていない。
えっ、それならあれは。カスミさんが凝視すると、影は窓の外から内側へと侵入し、その姿かたちをはっきりと現した。
煤けた甲冑を着こんだ男。頭頂部まで禿げあがっているのに、両側の髪はばさりと長く垂れさがっている。
「今から思えば、まさに落ち武者の姿なんですけど」
当時のカスミさんは時代劇の類いをほぼ観ていなかった。にもかかわらず鎧の細部までしっかり見て取れたことを、いまだに覚えているのだという。
これは現実なのか夢なのか。そう戸惑っているうち、男は手に持っていた刀を頭上へ振りかざした。そして低い叫び声をたてたかと思うと、ドカドカと足音を上げこちらに駆け寄ってきたのである。男の悲鳴と足音と、甲冑の擦れる音が響いた。みるまに間合いが縮まり、刀を持つ男の両腕が自分めがけて振り下ろされる。
――斬られる!
とっさに瞼を閉じた。肩から胸に衝撃が走る……ところを想像したが、なんの感触もない。恐る恐る目を開くと、目の前の男は影もかたちもなくなっていた。
翌日、学校でこの出来事を報告したものの、クラスメイトたちは馬鹿な夢を見たのだと笑うばかり。すっかりしょげかえったカスミさんが帰宅すると、母親が不機嫌そうな声でこう注意してきた。
「あんた昨夜、なにをうるさくしてたのよ?」
すぐ真下にあたる両親の部屋の天井から、大きな足音などの騒音が鳴り響いていたのだという。となるとあれは夢ではなかったのか? すっかり混乱したカスミさんは、さらなる第三者である祖母の部屋に出向き、ことの次第を相談してみた。
「ああ、実はその日の昼間にね……」と、祖母は眉をしかめてこんな説明をしてきた。
「ご先祖さまの遺品を明日にでも供養しようと思って、1階の仏間に持ってきたところだったんだよ」
見せてもらえば、そうとう年代物の武具ではないか。これを処分しようとしたことで先祖が怒ったのではないか……というのが祖母の意見だった。またその仏間は両親の部屋の真下、つまりカスミさんの部屋のフロアふたつ分真下にあたる。
「昔の人が3階建ての家なんてわかるはずないですから……」
高低こそ違えど同じ座標軸にて、たまたま目についたカスミさんに怒りをぶつけたのだろうか。ともかくこれ以降、彼女はしばしば不思議な現象に遭うようになったのである。
そして社会人となったカスミさんは東京でひとり暮らしを始め、ビジネス相手としてはおさんと知りあう。
「すごく人気の演劇のグッズをつくる仕事でして。私はデザイナーとして、彼女はクライアントとしていろいろな発注をする立場でした」
大人気の舞台なだけにグッズ数は多く、スケジュールも過密になっていく。はおさんとカスミさんは、毎日夜23時まで電話をかけあっているような毎日だった。作業が終わるのは常に深夜に及び、その疲労のせいなのかどうか。
「いざベッドで寝ようとすると、なにかしら奇妙な現象が起きた、と」
摺りガラスの窓の向こうを、人影が通り過ぎていくのを何度も目撃した。この部屋は2階なので通行人が見えるはずないのだが。
カラ、コロ、カラ。窓の外から下駄の音が鳴り響くこともあった。銭湯帰りの人が歩いているのか、とぼんやり想像したが、時刻は深夜の2~3時。近所の銭湯は営業していない時間帯だ。そもそも現代人が下駄とはあまりにアナクロな出で立ちではないだろうか。
枕のすぐ横を、なにか小さなものが動きまわっていたこともあった。飼っている猫がうろついているんだな。寝覚めにはそう思ったが、顔を横に向ければ、猫はすぐ傍らで寝息をたてている。となると、その反対側をゆくものは……。
――子供だ。
それもひどく小さい子だろう。そう直感した。
とにかく連日おかしなことが起きる。実家の3階で寝ていたころと似た、いやさらに濃度を増したような夜が続いていた。
「そのなかでも一番怖かったというのが」
深夜、嫌な気配に目覚めさせられた。またかと思って瞼を開けると、女がいた。
30歳を過ぎたほどの、ワンピースを着た女がぼうっと立ちつくしている。なんの特色もない、これ以上ないほどに地味なワンピースだ。そして女の顔にもまたいっさいの表情が見られなかった。怒るでも哀しむでもなく、ひたすら自分を見つめている。
その様子がひどく恐ろしくて、とにかく目をつむって耐えるしかなかったのだという。
……といった一連の体験談をはおさんが聞き及んだのは、かなり時間がたってからのこと。そのころにはカスミさんも東京の別の場所へと引っ越していた。「まあ正直、これだけだと怪談としてまとまりにくいかなあ、と思っていたんですけど。カスミさん、続けて変なことをいいだしたんです」
私も最初は、仕事の疲れのせいだと思ってたんだけどさ……。カスミさんは秘密を打ち明けるかのような口ぶりで。
「そこのマンション、昔たいへんな事件が起こったところらしいんだよね」
引っ越し後、カスミさんが市役所で転入手続きをしようとしていた際である。転出先の正確な住所を忘れていたため、マンションの名称をGoogle検索してみたところ、建物名に続いてとある単語がサジェストに出てきた。
「それがあの“T銀事件”だったんです」
ここでは詳細を語るべきではないだろう。戦後すぐの某銀行支店にて発生した集団毒殺事件、最終的に12名が死亡した犯人不明の歴史的未解決事件……とだけ述べておく。
「まさにその支店の跡地に建っているのが、彼女の住んでいたマンションだったそうです」
もしかしたら、自分が遭遇していたものは事件の被害者たちの残り香だったのではないか?
はおまりこ
舞台ビジュアルデザインと怪談師の二足のわらじをはき活動中。怪談最恐戦2023 では決勝戦まで勝ち残り「怪談四天王」の一角に。編集、デザインを手がける同人誌「BeːinG」も話題。YouTube チャンネル「サモエドと怪談と」
はおさんに案内され、件のマンションを訪れてみた。
歴史ある神社のすぐ脇に佇む、瀟洒な建物だ。隣の神社境内には樹齢を重ねた大銀杏の大木がそびえていた。おそらくこの銀杏は70年前、T銀行支店だった建物へと真犯人が入っていく様子を目撃していたことだろう。
実は当連載に登場した村上ロックさんも、同じマンションの住人から不思議体験談を取材している。戦後犯罪史に残る〝T銀事件”の現地なだけに、昔から今にいたるまでさまざまな怪談がささやかれている場所のようだ。
そして私は取材中、すぐ近所にあったはずのまた別の幽霊屋敷を思い起こしていた。詩人・長谷川龍生が自身の体験を発表した「ラルゴ魔館」という怪談だ。1980年の2月から12月にかけて、長谷川氏は池袋にほど近いこの町にて、とある屋敷の一部屋を間借りし、詩作に専念しようとした。しかし彼はそこで後年「日々、憔悴していった」と振り返るほどの怪異に見舞われてしまう。
もとは芸術家の邸宅だったというその屋敷は「ラルゴ館」と名づけられていた。庭つきの2階建てで、どうやら下に5つ、上に3つの部屋があるようだった。「あるようだ」と曖昧なのは、間借りした部屋以外の入り口がすべて、なぜか板で塞がれ五寸釘が打ち込まれていたからである。
屋敷内は常に異様な冷気がはびこり、ストーブを切ることができたのは真夏の2日間だけだったほど。また自室の柱が忽然と消失し、代わりにモンペ姿の老人が現れたこともあった。
屋敷の謎を解明しようとした長谷川氏は、1階の一室を封印する戸板をバールによって剥がしてみた。そこにはふたつの湯飲み茶碗が置かれた机と、きちんと敷かれた座布団が2組あり、先ほどまで老夫婦がくつろいでいたかのような気配に満ちていたという。また2階に続く階段の戸板を剥がすと、外から見て3部屋あると思われた2階部分は、なぜか大きな1部屋にぶち抜かれ、床の半分を汚らしい塵や屑がぎっしりと覆い尽くしていたそうだ。
さらに庭を掘りかえすと、土のなかから夥しい数の家族写真を発見。そこにはあのモンペ姿の老人も写っていた。この日を境に長谷川氏はひどく体調を崩し、前述の老人に襲われたり、壁紙の絵が無数の顔となって騒ぎたてる怪現象に悩まされる。死にかけるほどに憔悴した長谷川氏は、年の暮れにラルゴ魔館を逃げるように退去したのである。
同じ町のふたつの建物にまつわる、カスミさんと長谷川氏の体験。それら怪異はともに、過去の歴史と密接に関っていることは間違いない。両人のような霊感に優れた体質の人々は、その土地の闇の封印を解く鍵となってしまうのだろう。
そして私は以前、長谷川氏に「ラルゴ魔館」についての電話取材を試みたこともある。取材の終わりころ、氏は私に「これ以上は直接に会って語らなければいけませんね」と告げてきた。あの館の怪異について語るなら最低でも4回は通ってもらう必要がある、と。
「なにしろこの話は、T銀事件にも繋がっていくことなので……」
しかしその後の連絡が途絶えているうち、2019年に長谷川氏が逝去。最後に残された言葉の意味は、聞けずじまいとなってしまった。
(月刊ムー2024年3月号より)
吉田悠軌
怪談・オカルト研究家。1980年、東京都生まれ。怪談サークル「とうもろこしの会」の会長をつとめ、 オカルトや怪談の現場および資料研究をライフワークとする。
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