川奈まり子怪談「四谷で消えた女」/吉田悠軌・怪談連鎖
今回は、まさにこの連載にふさわしい怪異が連鎖する場所、連鎖する事件にまつわる一題。
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近藤洋平/北海道
父方の祖父母は樺太からの引揚者で、日ソ中立条約を破棄して侵攻してきたソ連軍に追われ、着の身着のまま北海道にたどりついたそうです。
祖父の弟が旭川で事業をしていた関係でしばらくの間は弟の世話になっていましたが、やがて友人から、「仕事を手伝ってほしい」といわれ、留萌地方に転居しました。
その後、5年ほどがたったある夏の日のことです。
祖父がふらっとわが家にやってきて訴えました。
「婆さんがボケてしまった」
当時、父は仕事で忙しく、母が幼少の私の手を引き、祖母の様子を見にいくことになりました。
実際には、祖父母の家は留萌からさらに北上した小平という小さな町はずれの崖の上に建っていました。
到着後、母が祖母に話しかけましたが、変わった様子は見られません。
そのことを話したところ、
「婆がおかしくなるのは真夜中だ。台所の窓を開けて独り言をいったり、出窓に林檎や菓子を供えたりする」
と、祖父はいいます。しかし窓の下は崖で、崖の向こうには大海原が広がるばかりです。
その日、母と私は祖父母の家に泊まることになりました。
夕方になり、配管工である祖父は急な泊まりの仕事が入ったといい、友人とともに出かけてしまいました。
家に残された祖母と母と私の3人は、その夜、川の字になって就寝。
その晩のことです。私は何か違和感を感じて目を覚ましました。
「トントントン」
台所の窓をだれかがたたく音がします。時刻は午前2時。
祖母が起きあがり、襖を開けました。そして台所の窓に向かって、「まり子ちゃん、よう来たね。早く上がらんかね」と、話しかけると同時に台所の窓を開けました。
窓の外には真っ赤な風船のようなものが浮かんでいます。
そのときです。仏壇に供えてあった山盛りの梨が、突然、崩れて、畳の上に転がりました。
そのうちのひとつを拾った祖母が、「まり子ちゃんはこれがほしいかい」といい、梨を窓のほうに放りなげたのです。そのときにはすでに風船のようなものは消えていました。
その後、私はいつしか眠ってしまったようです。
翌日、母と私は父の待つ家へ帰宅し、祖母の身に起こったことを話すと、「あそこはいわくつきの家だからな」と、父がつぶやきました。
あとで知ったのですが、日本が太平洋戦争で敗北し、樺太からの引揚者を乗せた3隻の船が、ソ連の潜水艦数隻に魚雷攻撃を受けた現場が留萌沖の海上でした。小笠原丸、第2号新興丸、泰東丸の3隻です。そのうち小笠原丸と泰東丸が沈没。海に投げだされた犠牲者は1700名以上ともいわれています。これがいわゆる『三船殉難事件』です。
どうやら祖父母が借りた家の近辺にも、犠牲者の遺体が流れついたそうです。その中にまり子ちゃんがいたかどうかはわかりません。
祖父母はすでに他界しましたが、祖母が亡くなるとき、「まり子ちゃんが迎えにきた」といったそうです。祖母が亡くなったのは、三船殉難事件のあった8月22日でした。
祖母が語りかけていたまり子ちゃんの存在は、今も謎のままです。

(本投稿は月刊『ムー』2026年08月号より転載したものです)
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