映画『忌怪島/きかいじま』で心霊ホラーと民俗ホラーが融合する! 清水崇×吉田悠軌 対談 

構成=吉田悠軌 撮影=我妻慶一

    映画『『忌怪島/きかいじま』で描かれる異界と恐怖について、監督・清水崇とオカルト探偵・吉田悠軌が対談。島の民俗ホラーとVRで現出する心霊ホラーの両界にまたがる作品構造とは?

    民俗ホラーであり心霊ホラーである

    吉田悠軌 非常に挑戦的で意欲的な作品でした。いわゆる「民俗ホラー」である点は多くの人が注目すると思いますが、私としては、もうこれは久しぶりに「心霊ホラー」を見たなという感想です。広い意味の「心霊」ではなく、狭義の、元々の意味の「心霊」ですね。19世紀後半から20世紀初頭まで、イギリスやアメリカなどで流行していた心霊科学としての「心霊」。結局それはすぐに科学やアカデミズムからは抜け落ちてしまったんですが。心霊科学をフィーチャーした映画は、『エクソシスト2』など、昔はまだちょっとあったんですよね。

    清水崇 『リング』の脚本の高橋洋さんが大好きなテーマですね。

    吉田 そうですね。高橋さんは心霊科学によってあちらの世界とこちらの世界を交信して繋ぐ、というテーマをライフワークとしているようにも思えます。

    清水 『リング2』はまさに『エクソシスト2』をやりたいと思って脚本を書いた、とおっしゃってましたし。

    吉田 あとはお色気要素も入った『エンティティー 霊体』とか。テクノロジーによってあの世あるいは幽霊・霊体と交信する、またはこちらに現前化させるという。そのテーマが『忌怪島/きかいじま』にも強くあると思います。

    清水 確かにそうですね。今回はまずそのテーマから始めたわけではないですが、結果的にはそれが入ってきた。

    吉田 まさに現代版の心霊科学ホラーになっています。でも同時にやはり民俗ホラー的要素も非常に色濃く強くある。それがこの映画の個性だと感じました。

    清水 分析していただいて、ありがとうございます。ここ数年僕が手掛けていた《恐怖の村》シリーズの『犬鳴村』『樹海村』『牛首村』では、若い現代っ子が思いがけない自分の素性や血筋が都市伝説と結びついて巻き込まれていく。後半はもうジメジメ~とした因習に巻き込まれていく。そんなかたちが多かったんですけど、ずっと一緒にやっている東映の紀伊宗之プロデューサーから「監督、次回作は島に行って、もっとポップな要素を入れた感じにしたらどうだろう」と打診されまして。
    そこですぐに僕が思ったのが、VRとか仮想空間とか脳科学、いわば「脳が捉えている世界の違い」という分野。そこに因習めいたものが混ざってくる。このふたつを両立してやってみたいと思ったんですよね。

    吉田 最初の構想からやはり民俗ホラーと心霊ホラーが混ざっていた。

    清水 ということですね。言われてみると、もう自然に、そういった要素を入れていたんだなと思います。僕自身はアナログ人間なのでデジタル技術は詳しくないし、周りにも調べてもらいながら書いていったのですが。思いがけず両者が結びついていたんですね。

    VR=異界

    吉田 確かに、今、ホラー映画の題材としてやるなら「VR」「メタバース」というのは旬というか、そろそろ来るべきものだろうな、とも思います。

    清水 VHSなら『リング』、携帯電話なら『着信アリ』がつくられたから。今だったら確かにそうですよね。

    吉田 どれも別世界とこちらの世界をつなぐツールですしね。 VHSやテレビを通じてあちらの世界と繋がり、携帯電話を通じてこちらとあちらとで交信する。そういう意味では、VRもひとつの仮想空間にみんながログインしていき、それぞれのアバターが交信する場でもある。それに加えて怪談やホラーの重要モチーフである「異世界」というものとドンピシャに重なる。

    清水 これまでのVRやメタバースの映画としては、ハリウッド超大作でたんまり時間と予算をかけられるものだったら『アバター』だったり、様々なサスペンスやホラー作品があった。日本でもアニメだったら、仮想空間をモチーフとしたものは、細田守監督はじめ山ほどあるじゃないですか。
    だけど実写の日本映画でとなると、なかなか予算が限られているのでつくりづらいんですよね(笑)。今回もかなり時間と予算に限りがある中、じゃあどうやってやろうか、と。ハリウッドの真似をしても意味ないし、ああいった大々的で派手なものをやりたいわけでもない。
    また「島」となると、「島に閉じ込められて出られなくなっちゃった!」というストーリーばかりを、スタッフもプロデューサーもみんな言ってくる。でも、僕はもう「島=閉じ込められる」映画という誰もが思いつくものはやりたくなくて。それよりも仮想空間と脳科学を取り入れたい。そう思って書き始めたんです。

    吉田 仮想空間やVR的なモチーフというのは、サスペンスだったらあると思うんですけど、ドンピシャのホラー映画ではあまりなかったですよね。孤島ものというのはやはりサスペンスの発想で、清水監督は「ホラー」としてのアプローチを模索したのだと思います。

    奄美の「イマジョ」は今も恐れられている

    清水 今までの《恐怖の村》シリーズでは、実際にある場所、昔あった場所、真偽は別として噂や伝説としては実在しているものを、ストーリーの根城というかキッカケにしています。昔からたくさんの噂がたっている心霊スポットなどですね。今回もその方法を踏襲したいという話だったので、本当に色々調べたんですけど。実際の島については、撮影のロケ地としては使わせてもらえても、その島の名前は使えない。島の伝説も色々あるけど、どれもマイナーすぎるんですよね。
    そんな中、「イマジョ」という奄美大島の一部地域だけでの伝説、というか口にしちゃいけないから外に広まっていない伝説を見つけまして。全国的な知名度はないにせよ「これはいいじゃないか!」と思ったんです。ただ同時に「これは使っても大丈夫なのか?」とも思いましたが。

    吉田 名前を出してはいけないという話ですからね。 今でもお年寄りは、イマジョの名を出すと本当に怒る人がいるらしいです。

    清水 そうなんですよ。今回、劇中に出てくる「イマジョの歌」は僕が作詞しているんですけどね。作曲については、本作の監修についてもらっている方、奄美大島の三線を弾いている方にお願いしたんですよ。最初はお引き受けいただいたんですが、数日経ってから「実はですね……」と連絡があって。
    「これこれこういう映画で使われる歌の作曲の仕事が来た、と家族に話したら。『とんでもない! そんな仕事受けちゃいけない!』と猛反対されて……。一度引き受けたのに申し訳ないのですがお断りさせてください」
    あ、いよいよ来た、これはやっぱりヤバいのかな……と(笑)。結局は歌詞を方言にしてもらい、俳優陣への指導を手伝っていただいて。作曲については、本作の劇伴を担当している山下康介さんという東京の作曲家さんにお願いしました。でもやっぱり、今でも根強く残っているタブーなんだなあ、と感じましたね。

    吉田 イマジョのタブーはまだ根強いとは聞きますね。

    清水 奄美大島は撮影でお邪魔させてもらったので。色々と島の人たちと接触したり、かなりの人がスタッフとして協力してくれたり、素人の中学生に出演してもらったりと、たくさんの協力を仰げたんですけどね。いざイマジョの話になると、知らない人もいっぱいいるんですよ。というのも島の中でも話が残っているのは一部の地域だけなので。その地域では高齢の方はもうイマジョについては口にすらしない、という感じでした。でもこれ、今まさに映画にしちゃってるところだけど大丈夫かな……と。

    吉田 「島で語らなければ大丈夫」という言い方はよくされますね。例えば東京でなら、別にその話をしてもいいという。

    清水 今日は吉田さんに久しぶりにお会いするので、イマジョの扱いがどんな感じなのか聞いておこうと思ってたんですが。

    吉田 イマジョについては、私も少し調べたこともありますし、知り合いの黒史郎さんという怪談作家さんがけっこう調べてたりします。黒さんはテレビで共演した時、イマジョの歌っちゃいけない歌を紹介してくれて、私も一部だけ聞いちゃいましたね(笑)。

    清水 いや多分、日本全国どこでも「その話をしたらダメ! それをやってはダメですよ!」というタブーってあると思うんですよ。それをあえてほじくり返して使ってしまっているんですけども。

    吉田 とはいえイマジョほど禁忌が強いものは少ないかもしれません。今までの「恐怖の村」シリーズで扱っていたのは現代怪談だったから、昔からのタブーという側面はないし。しかし『忌怪島/きかいじま』ではずばり民俗ホラーに寄せている。

    清水 いくつか候補があったんですけど、僕がピンと来たのはイマジョでした。伝承で残っているイマジョの話がどこまで正しいかはわからないし、そもそもイマジョが実在したかどうかもはっきりしていない。とはいえ映画では、罰当たりなことに鳥居にはりつけにしてしまうという。

    吉田 そこはオリジナルですもんね。

    清水 むしろ、それぐらい飛躍してオリジナルなところを入れた方が映画用の別物にできるかな、と(笑)

    吉田 伝承のイマジョとは別物ですよ、という。伝承のイマジョはだいたい白い服なんですけど、映画では赤い女にしてますし。

    清水 回想シーンの初めの方では白いんですけどね。当時の島には公式に認められていた「家人(ヤンチュ)」という奴隷制度があり、その中で、女の子がだんだん血で赤く染まっていく。そこはもう僕の中では『風の谷のナウシカ』でした。

    吉田 ああ! 王蟲の血で服が青く染まっていくという。

    清水 最初から赤色で出すと黒沢清さんのホラー映画のようになっちゃいますし(笑)。

    赤い女として蘇る「イマジョ」

    吉田 私も「赤い女」という現代怪談をライフワークみたいにずっと追いかけていまして。1990年代以降、日本人の体験談でどんなお化けを見たかというと、もちろん貞子のような白い服・黒い長髪パターンが多いんですけど、次点ぐらいで「赤い女」が多いんですよね。またそれがカシマさんや口裂け女、アクロバティックサラサラのような「その名を語ると現れる女」という側面もあると思っていまして。だからまさにイマジョを「赤い女」として描いたのは凄いな、と。

    清水 イマジョ役を演じてもらった祷キララちゃんですけど。この前、僕も行ってきたブラジルのポルトアレグレ映画祭っていうところでそれまで無かった賞を受賞しまして。それが今年初めてつくられたベスト・ヴィラン賞、つまり最優秀悪役賞という(笑)。
    キララちゃんをオーディションで選んだ時は、もう撮影まで二週間もないぐらいだったんです。彼女としては「このイマジョという役は、今から私が演じるにはちょっと大きい役すぎるし、もっと痩せているべき役だとも思うので辛いです」と難色を示したんですが、僕が抜擢しちゃったんですね。そこからは撮影中ずーっと、奄美大島でみんなが楽しんでる最中にも、彼女なりに「痩せなくてはいけない」と節食したりして演じきってくれました。しかも海ではりつけにまでされましたし。もしかしたらベスト・ヴィラン賞を貰おうが、彼女にとっては思い出したくもない辛い撮影だったかもしれない(笑)。

    吉田 イマジョが境界である鳥居に括りつけられたというのもすごく象徴的ですね。それによって両方の世界をまたぐ存在になってしまったという。

    清水 本当に罰当たりなことしてるんですよね。イマジョの三連の掛け軸も、日本画家の方にお願いして描いてもらいました。「首の角度はもうちょいこんな感じで」「黒目がこうで」「胸元もっとはだけて」など、すごく細かい注文を聞いてくださって。だけど「これがイマジョです」と映画で謳ったら、全国的には「鳥居に括りつけられた赤い女がイマジョか」と誤解されちゃうかもですが、違います。ただ地元の方はそもそも語ってはいけない話だから、「そんなんじゃない!」とすらいえないでしょうし……事実上の根拠や法的規制は無いけれど。

    吉田 ただ「言えない」「言うなよ」というのは同時に「言っちゃう」ってことでもありますからね。ダチョウ倶楽部じゃないですけども(笑)。

    清水 まあ人間の心理としては本来そうですね(笑)。

    吉田 実際に「奄美大島にはこういう赤い女が出るぞ」という風に変わってしまうかもしれません。でも怪談というのはそうやって変化していくものじゃないか、とも思いますし、この映画のテーマ自体がそうじゃないですか。仮想としてつくったものが現実にまで浸食してしまう……という。

    清水 そうですねえ。この映画が現実世界でなにかとなにかを繋いでしまわないか、というのが心配ですが……。

    吉田 それはそれで本望じゃないですか。

    清水 本望……なのかな。うーん(笑)。

    吉田 でもやっぱり、このイマジョというものが重要です。本作の大きなテーマである、メタバース空間とこちら側が繋がってしまうこと、境目がなくなりあちら側がこちら側に現前してしまうこと。そこを民俗ホラー的に描くモチーフとしては、「赤い女」かつ「イマジョ」というのが最適解だったな、と。

    清水 お墨付きいただいて良かったです(笑)。

    清水崇監督(右)と、吉田悠軌氏(左)

    対談の模様を動画でも公開

    映画『忌怪島/きかいじま』 6月16日(金)全国公開

    【出演】西畑大吾(なにわ男子) 生駒里奈 平岡祐太 水石亜飛夢 川添野愛 大場泰正 祷キララ 吉田妙子 大谷凜香 ・ 笹野高史 當真あみ なだぎ武 伊藤歩 / 山本美月
    【スタッフ】監督:清水崇 脚本:いながききよたか 清水崇 音楽:山下康介
    【配給】東映
    【公式HP】https://kikaijima-movie2023.jp/
    ©2023「忌怪島/きかいじま」製作委員会

    吉田悠軌

    怪談・オカルト研究家。1980年、東京都生まれ。怪談サークル「とうもろこしの会」の会長をつとめ、 オカルトや怪談の現場および資料研究をライフワークとする。

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