お話の「あがり」はどんな結末? 「すごろく」怪奇伝承/妖怪補遺々々

文・絵=黒史郎

    11月23日「ゲームの日」にちなんで、伝統的ゲーム「双六」にまつわる奇妙な話を補遺々々しました。ホラー小説家にして屈指の妖怪研究家・黒史郎が、記録には残されながらも人々から“忘れ去られた妖怪”を発掘する、それが「妖怪補遺々々」だ!

    ゲームの日

     今日も、お仕事やお勉強、お疲れ様です。ところで、みなさんゲームはお好きでしょうか? 11月23日は勤労感謝の日であり、ゲームの日でもあります。テレビゲーム、モバイルゲーム、ソーシャル・ゲームなどが普及する現代においても、カードゲーム、ボードゲームといったアナログゲームは独自の広がりを見せています。
     盤を囲んで、サイコロを転がし、ゴールを競う双六と呼ばれるゲームは、古くから人々に親しまれ、今も様々な形で受け継がれています。今回はその双六にまつわる、怪しいお話をご紹介いたします。

    双六奇譚

     まずは、不可解で不気味な、ふたつのお話から。

     阿州(徳島県)の二宮久太夫という人物は、薩摩へ使者として向かう途中、日向国(宮崎県)で宿を求めることにしました。ところが国の法令が云々といって、どこも宿を貸してくれません。しかたなく今夜は野宿かと諦めていたところ、ある屋敷の使いの者が声をかけてきて、泊めてもらえることになりました。
     使いの者によると、その屋敷の亭主は重い病に罹っており、寝室を出て客人を出迎える元気はないといいます。ですが亭主は、客人からいろいろと話を聞きたいとのこと。
     招かれるまま寝室に入りますと、そこには敷物を厚く重ね、夜着を身にまとった亭主がおりました。その顔色は蒼褪め、苦しげに息をしています。なるほど、どう見ても重病患者です。
    「私の病の症状をお見せしましょう」
     亭主はそういうと、自身の首に巻かれている衣を取りました。
     その首には、2匹の細い蛇が頭を揃えて巻きついており、目を「ぼぢぼぢ」としております。そんな傍らで、18、9の女性がふたり、双六をしています。
     亭主がいうには、首にいる2匹の蛇は彼女たちの執念で、ひとりの女性が怒れば1匹の蛇が首を絞め、ふたりの女性が怒れば2匹の蛇が首を絞めるので、ふたりが怒って2匹の蛇が首を絞めれば息ができず、自分は死ぬだろうといいます。そして、槍を取り寄せ、「これは代々受け継いできたものです。あなたに差し上げますので形見と思って受け取ってください」と渡してきました。
     それからは遅くまで親しく語り合い、翌朝、久太夫は屋敷を出ました。
     数日後、務めを終えた久太夫は、改めて礼をしようと屋敷を訪ねようとしますが、どういうわけか屋敷はなく、その場所は淵になっておりました。
     里の人に聞きますと、久太夫が泊まってから3日が過ぎたころ、この辺りは地震や激しい風雨といった災難に見舞われたのだそうです。もはや、この世の終わりかというほどの状況で、雨が止んで夜が明けると、屋敷は跡形もなく、そこは淵となっていたといいます。屋敷にいた人たちも、ひとり残らずいなくなってしまったのだそうです。

     こちらは中国のお話になります。

     昔、ある人が馬に乗って山道を移動していると、遠くにある洞窟の中で、ふたりの老女が双六をしている光景が見えました。馬を下りて洞窟まで歩いて行くと、馬を打つ鞭を杖にしながら双六を観戦しました。
     僅かに時が過ぎました。
     ふと見ると、杖として使っていた鞭は、すっかり腐ってぼろぼろで、ばらばらに砕けてしまいました。引き返すと馬は骸骨になっていて、鞍も朽ち果てています。
     混乱したまま家のある村に帰ると、知っている人はひとりもいません。
     彼は慟哭し、死んでしまいました。

    双六勝負は真剣

     双六は楽しいゲームですが、時には真剣勝負となります。——という2話をご紹介。

     岐阜県吉城郡上宝村の伝説です。
     険しい山にある岩の頂に【天人】が降り、【天邪鬼】とふたりで双六を始めました。
     岩に置いた盤上で、サイコロを振ります。すると天邪鬼が不正をしたので天人が怒りだし、双六盤を足蹴にしました。盤は直立に地面に刺さって、サイコロは双六川まで転がっていき、川に沈んでしまいました。
     この盤の石は、人が触ったり悪戯をしたりすると、天気が荒れるといいます。
     上宝村蔵柱に住む博労(牛馬の売買人)が、牛を引きながらこの場所を通り、石の由来を聞きました。そんな馬鹿なことはあるかと博労が小便をかけたところ、急に夕立が降りました。蔵柱だけ農作物がべたべたになってひどいことになり、このことは蔵柱で大きな問題となります。博労は神経を病んでしばらく寝込んでいましたが、そのうち死んでしまったそうです。

    「斉諧俗談」という江戸時代の随筆にあるお話です。 
     相模国鎌倉(神奈川県鎌倉市)米町の西に、延命寺という浄土宗のお寺がありました。
     この寺の本尊の地蔵菩薩は、女陰のある裸の立像で、衣を着ており、台座は双六盤です。開帳時に女陰を出すことから、【前出地蔵】と呼ばれていたそうです。
     この地蔵の由来譚に、次のようなお話があります。
     北条時頼の婦人が、双六の勝負で賭けをすることになりました。
     負ければ、裸にならなくてはなりません。
     ——で、負けてしまいます。
     さすがに裸になるのは嫌だったのでしょう。地蔵にお祈りしました。
     すると、その地蔵がどんどん女性の形に変わっていき、時頼の婦人の姿になったのです。つまり、彼女の身代わりとなって裸体となったのです。
     この出来事を不思議に思った人々は、その形の像を造って寺に納めたといいます。

     双六は運が勝敗を決めるゲームです。野球拳じゃないんですから、なぜそんな無謀な賭けをしてしまったのでしょう。

    【参考資料】
    大朏東華「斉諧俗談」『日本随筆大成 第一期』19巻 吉川弘文館〈1976〉
    前野直彬訳『六朝・唐・宋小説選』中国古典文学大系24 平凡社
    「新著聞集」『日本随筆大成 第二期』5巻 吉川弘文館〈1974〉
    『民俗採訪』三十二年度〈19857〉

    黒史郎

    作家、怪異蒐集家。1974年、神奈川県生まれ。2007年「夜は一緒に散歩 しよ」で第1回「幽」怪談文学賞長編部門大賞を受賞してデビュー。実話怪談、怪奇文学などの著書多数。

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