祭りの夜に出現する“異界”ーー「見世物小屋」の魅惑/昭和こどもオカルト回顧録
昭和怪奇が現出したかのような「見世物小屋」。蛇女、人間ポンプ、南国の怪物、河童の子などは、今はもういない。
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人は珍しいものが見たくなるもの。そんな好奇心を逆手に取った、あの手この手を駆使した見せ物のオバケたちを補遺々々しました。ホラー小説家にして屈指の妖怪研究家・黒史郎が、記録には残されながらも人々から“忘れ去られた妖怪”を発掘する、それが「妖怪補遺々々」だ!
先月19日、千葉県匝瑳市九十九里浜の海岸に、体長およそ17メートルのナガスクジラが打ち上げられました。腐敗によって体内に充満したガスで爆発する恐れもあるため、見物目的で人が近づかないよう、県は規制線を張って呼びかけました。
こういった【漂着鯨】の爆発は世界各国で記録されています。
BBCニュースの2004年更新の記事では、台湾の都市で搬送中のマッコウクジラの死骸が爆発したことを報じています。近くにいた歩行者や車に、大量の血や内臓が降りかかり、現場はとんでもない異臭が漂っていたそうです。この鯨も海岸に漂着していた死骸で、爆発する前から多くの見物人を集めていたそうです。そして、爆発後も飛び取った死体に人々が集まって見物していたそうです。
日本の古い記録に、こんなエピソードがあります。
明和9年の7月ごろ、神奈川の海で鯨が打ち上がりました。死後に腐って崩壊したか、サメなどに食われたか、その身体は半分だけの「片身」になっており、ひどい臭いを放っていたそうです。これを見物しに集まった人たちは皆、熱病を患ったそうです。鯨の祟り——ではなく、腐敗ガスを吸い込んだことによる体調不良を起こしたのでしょう。
また、寛政のころ、某年4月末、品川の沖に鯨が流れ着いて、それを見に多くの人が集まったという記録があります。こちらは死骸ではなく、弱りながらも生きていた鯨かと思われます。
長さ12間の小鯨で、見物客がわざわざ舟に乗り寄って沖まで見にいったそうですが、よほど人気があったのか、初めは舟賃が24文でしたが、だんだんと値上がりし、5月初めには100文にまでなったそうです。
かつて、非日常的な珍しいものを見せて見物料を取る「見世物」という興行が盛んに行われていました。人々は物珍しいものに関心を示し、遠方からでも足を運んで見にいきました。とくに怪物、妖怪、幽霊、死や異形、残酷でグロテスクなものは、非日常への好奇心を一層かき立て、人々を強く惹きつけてきました。
そんな、「珍しいものを見たい」という好奇心を逆手に取り、実はまったく珍しくもなんともないものを、あたかも珍しいもののように見せる見世物もありました。
見世物は、いかに客を呼び込むかが重要です。人の目耳を引くキャッチーな見世物。大仰で巧みな口上。奇妙なリアリティー。迫力のある、おどろおどろしい絵と、興味をそそるフレーズを掲げた看板。人々の好奇心を刺激し、期待を膨らませる様々な仕掛けがありました。
しかし、必ずしも、そこで期待していたものが見られるとは限りません。
伝説の妖怪や世にも珍しい珍獣・奇獣をたくさん捕まえて見せることができれば万々歳ですが、そんなものはそうそう見つかりません。でもお客さんは、そういうものならお金を出してでも見たいのです。
では、どうするか。——イカサマです。
安永6年(1777)に本所(東京都墨田区)の回向院で興行された見世物に、【名号牛(みょうごううし)】というものがあります。
黒毛の子牛の背中に、白毛で「なむあみぶだつ」と浮き出ているという見世物です。
これは平賀源内が、戯作者・談州楼焉馬に頼まれて仕込んだイカサマ見世物であるといもいわれておりますが、多くの客を集めたといいます。
人の子どもの背中に「南無阿弥陀仏」「南無妙法蓮華経」が現れるという見世物もありました。この字は、水をかけても湯で拭いても消えません。仏法の奇跡、御利益が云々という口上がつきますが、本当のところは、イカサマです。
上等の墨を使って子どもの背中に文字を書き、日当たりの良い海岸で遊ばせておきます。やがて、子どもの肌は日に焼けます。そこで、墨を水で洗い流しますと、文字が白く残るという仕掛けです。
【日蓮様の鯰】は、背中に「南無妙法蓮華経」の書かれた鯰です。
飢饉の頃。諸国行脚中の日蓮大聖人が飢餓者を哀れみ、琵琶湖のほとりで斎戒沐浴(さいかいもくよく)をしました。心を清め、身を洗った日蓮様は、己の持つ杖で地を打ちました。するとそこに、たちまち沼が現れます。その沼からは、たくさんの鯰が出て、飢餓に苦しむ人々を救いました。
その沼の奥底に棲む大鯰の背には、はっきりと「南無妙法蓮華経」の七文字が浮かんでいたといいます——といった、もっともらしい口上を勿体つけながら述べていきます。
しかし、見世物の【日蓮様の鯰】は、鯰の背中に硝酸で「南無妙法蓮華経」と焼き付けたものでした。
次は見世物小屋で生まれた他の「イカサマお化け」たちをご紹介いたします。
【河童】の見世物も色々ありますが、これがなかなかひどいものでした。
両国で話題となった河童の【河太郎】の見世物は、葛西の源兵衛堀で生け捕ったとか、筑後の柳川から連れてきたといった口上を並べ立てますが、当然、本物の河童ではありません。河童のように頭髪を剃り、顔や手足を鍋墨で真っ黒に塗った、13、4歳の男児でした。そんな恰好をさせた子どもが舌をペロリと出し、「がらがらがあ」と鳴き声を上げるのです。「子どもだまし」とは、まさにこのことですね。
同じく両国には、もっと人を馬鹿にしたような【河童】の見世物がありました。
こちらも人が河童の仮装をした見世物で、真っ黒に塗った尻の左右に、丸く切った銀紙や金紙を張りつけ、それを大きな目玉に見立てます。これで完成。あとは尻を客に向けて突き出し、四つん這いになって這い回るというものです。なんとも雑な偽河童ですね。
さらに雑なものになると、四斗樽に河童の頭のようなものが浮いている見世物があります。これは水を張った樽に、瓢箪の尻に糊で毛をくっつけたものを浮かべるのです。
樽の下に穴をあけ、そこに通した糸を引っ張ると、糸に繋がる瓢箪がぷかぷかと浮き沈みするという仕掛けです。
雑な河童の見世物は、ここにきて最高レベルの雑になります。【捕りたてのカッパ】を見に小屋に入れば、そこには水に濡れた赤合羽が置いてあるだけ……。捕りたてというより、脱ぎたてでは……。手抜きも雑さも、ここまでくれば見事なものです。
見世物は、巨大生物ものも人気でした。
【大蛇】の見世物では、本物の大きな蛇を見せることもありました。しかし、客からお金を取れるほどの大物はそう簡単に見つかるものではありません。ある小屋では、【大蛇】と称し、亀の背中に紙製の蛇を結びつけただけの蛇を公開しました。それはもはや、亀でしょう。
豚の大腸を切断し、その中に生きたウナギを入れたものを【一尺の大白ミミズ】として公開する見世物もありました。誰がそんな気持ちの悪いことを思いついたのでしょう。
【大あなご】は、化け物のように大きな穴子ではありません。小屋に入ると大きな穴が掘ってあり、その中に人形が入っています。「大きな穴の中にいる子」=「大穴子」というわけです。
【一丈二尺の大いたち】【六尺の大いたち】といった見世物では、大きなイタチの姿を見られるわけではありません。大きな板に血のような赤い汚れがついている「大板血」を見ることになります。くだらないを通り越し、よくそれで銭をとろうだなんて考えるものだと感心します。
「目が三つ、歯が二本、顔が四角でゲダゲタと笑う」というオバケの見世物は、鼻緒の付いてない下駄が片方だけ置かれているという始末——。
さて、これまであげたイカサマおばけは、まだ呼び名や口上にダジャレ的な要素があるだけマシです。
【べな】という見世物は、それさえも排除しています。
「べな、べなだよ!」という口上が聞こえてきて、はて「べな」とはいったいなんだろうと、人々は足を止めます。金を払って小屋に入ってみると、そこに鉄鍋が伏せられているだけ。「なべ」が逆さまになっているので、「べな」というだけのネタなのです。
さすがに殴られるレベルではないかと引きますが、この手のイカサマおばけの見世物の入場料は大体が1銭以下。怒るのは野暮ってものです。見るほうもちゃんとわかっていて、「はめられた!」と笑ってくれるわけです。
今はだれもが簡単に写真や動画を撮影し、記録に残すことができます。危険で残酷な、日常とはかけ離れた光景から目を背けるどころか、人々はスマホを構え、その場に集まり、注目し、記録します。そうした映像や写真はSNSを通じて瞬く間に拡散され、より多くの人々の関心を集めていきます。SNSは現代の「見世物小屋」といえるでしょう。
【参考資料】
朝倉無声『見世物研究』筑摩書房〈2002〉
母袋未知庵『川柳見世物考』有光書房〈1959〉
古河三樹『見世物の歴史』雄山閣〈1970〉
小野武雄編著『見世物風俗図誌』展望社〈1977〉
倉田喜弘編『幕末明治見世物事典』吉川弘文館〈2012〉
鵜岡正樹・北村皆雄・上島敏昭編著『見世物小屋の文化誌』新宿書房〈1999〉
古河三樹『図説 庶民芸能—江戸の見世物』雄山閣〈1982〉
川添裕『江戸の見世物』岩波書店〈2000〉
「半日閑話」『日本随筆大成』第一期八巻(吉川弘文館)

黒史郎
作家、怪異蒐集家。1974年、神奈川県生まれ。2007年「夜は一緒に散歩 しよ」で第1回「幽」怪談文学賞長編部門大賞を受賞してデビュー。実話怪談、怪奇文学などの著書多数。
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