人気者にはハナがある? 駄菓子屋さんや児童書に出現した「かさおばけ」百態/黒史郎・妖怪補遺々々

文=黒史郎

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    ホラー小説家にして屈指の妖怪研究家・黒史郎が、記録には残されながらも人々から“忘れ去られた妖怪”を発掘する、それが「妖怪補遺々々」! 今回は、だれもが子供の頃に出会っている、あのお化けを補遺々々しますが、中には傘なのかすら不明なヤツも……。

    和傘・バラエティ

    【かさおばけ】【かさ化け】【からかさお化け】【一本足のからかさ】【からかさ小僧】などと呼ばれる、「傘のお化け」たち。お化け関連の児童書では、【一つ目小僧】と並んでよく見るお顔。あの妖怪アニメにも、あの妖怪ゲームにも登場する超メジャー妖怪です。

     それだけ有名なのですから、日本中に怪しい伝承がたくさんあるはず! そう意気込んで各地の民俗誌を採掘してみましたが、残念ながら今のところ「傘のお化け」はそれほど多くは確認できず。申し訳ありません……。

     ただ、傘の怪異がまったくないわけではございません。ただ、私たちのイメージする「傘にひとつ目、足1本」という、あの洗練されたヴィジュアルをもつ「傘のお化け」とはなかなか出会えないのです。

    「からかさお化けって、どこにいて、どんなことをするお化けなの?」

     そうたずねられても、お答えすることが難しい存在なのです。
     でも、私たちは、知っています。このお化けのことを、その姿を知っています。
     それはきっと、日々の暮らしの中で出会う機会が多々あったからでしょう。
    「傘のお化け」はずっと昔から、かるた、双六などの遊びの中に姿を見せておりました。
     思い出してください。私たちが小さいころに読んだ本、視聴したテレビ番組、お化け屋敷、玩具、お菓子、そこに彼らはいたはずです。子供たちが日常で触れる様々なものに「あの姿」は描かれていたのです。お化けなのに見た目が怖くない。どこか愛嬌があって親しみやすい。そのヴィジュアルが子供たちに受け入れられたのでしょうか。

     子供たちにとっての聖地であった駄菓子屋さん。そこにいた【傘のお化け】たちの姿を集めてみました。

    ぼくらの出会ってきた「傘のお化け」たち

     そのヴィジュアルですが、ひと口に「傘のお化け」といっても、いろいろなタイプがあります。まずベースとなる傘ですが、昔から描かれている多くの「傘のお化け」は、竹や木などの骨組みに和紙を張った和傘であり、ビニール傘ではありません。
    (もちろん、今ではビニール傘タイプも確認できます。『アンパンマン』には【かさおばけ】というコウモリ傘タイプのお化けが登場します)
    傘がベースであることは変わりませんが、そこに付くオプションに違いがあります。

     こちらはメンコです。このような、ゆるいタッチのお化け絵柄のめんこはたくさん出ておりました。カエルと河童は傘のお友達でしょうか。河童が「傘のお化け」を持っているように見えます。いつもこうして持ち歩いて運んであげているのかもしれません。さて、この傘は目がひとつ、足が1本。下駄の赤い鼻緒が赤い本体とよく合って素敵です。表情も色合いもとてもかわいい傘ですね。

     こちらは水木しげるっぽいタッチの【から傘】です。これは駄菓子屋ではなく、私が20代のころ、営業仕事の帰りに横浜のデパートで購入したラムネの容器です。メーカーは不明。足がブツブツとして汚いのは、すね毛でしょうか。

     こちらの【傘化け】もメンコ、ラムネの容器のそれと同じ「ひとつ目、1本足」タイプですが、あれれれ? なんだか、あんまりかわいくありませんよ。目が真っ赤に血走っていますし、細い足も青白くて死人のもののようで無気味です。すね毛の生え方も汚い。夜道で出遭ったらちょっと怖い系の傘です。この、子供に好きになってもらおうという感じがまったく見当たらないのが好印象ですね。駄菓子屋の20円引きから出てきたマグネットです。

     こちらは「ベルの妖怪シリーズノート」の表紙にいた傘です。目が死んでおりますが、なにより気になるのが鼻です。こんなに立派な鼻があると、人面としてのリアルさが出るからでしょうか、親しみ度は激減です。うしろにいる河童も性格がかなり悪そうです。

     こちらもメンコです。注目していただきたいのは、2本の腕がある点です。「傘のお化け」は両腕の生えたタイプの絵がひじょうに多いのですが、どんな風に生えているのかと考えてしまいます。傘の表面から生えているのなら、開いたら腕はどうなるのか。中から突き破って出ているのなら、傘を開くことはできないのでは……などなど、疑問は生じます。

     この【仐お化】はさきほどのメンコと同じで両手のある3本指タイプ。ベロンと舌を垂らした口はありませんが、なんと足が2本あります。1本足に見える傘の持ち手の部分が生かされていないところがまたよいですね。

     Karakasaと英語表記にされて調子に乗っているのでしょうか、ポーズなんぞとって小憎らしいです。女性でしょうか。つぶらな瞳をしており、厚い唇には色気さえ感じます。そしてなんと、ひとつ目ではありません。そのせいでしょうか、お化けとしての迫力がなくなったようにも感じます。

     一方、こちらは筋骨隆々。たくましいです。目がふたつあるだけでなく、眉毛まであるので表情も豊か。下にいる適当に描かれたようなお化けが不憫でなりません。

    傘なのかどうかすら…

     最後は、なんともいえない「傘のお化け」をごらんください。
     スプーンのような手、ストローのような足、飛び出た目。全身、緑。
     傘らしさはグンと減り、お化け感も皆無。小学生の夏休みの作品です。ろくろ首の心配そうな視線が印象的ですね。

     さらに引き続き、あまり子供に愛されなさそうな「傘のお化け」たちをご紹介いたします。

    なぜ「傘のお化け」なのか

    「傘のお化け」は子供向けのコンテンツで扱われることの多いお化けです。
    とくに昭和期は児童書、漫画、玩具などでよく、その姿を見かけました。
     絵本の1ページ、漫画の1コマ、映像のワンシーン、駄菓子の包装。お化けがたくさん描かれているその中に、当たり前のように三角の一本足がいるのです。

     でも、疑問に思いませんか? 有名なお化けはたくさんあるのに、なぜ「傘のお化け」なのか。そこは、小豆洗いでも、かまいたちでも、座敷童でもいいはずです。

     この需要の偏りは、メディアによる影響も大きいでしょう。「傘のお化け」は『妖怪百物語』(大映1968年公開)などの特撮映画に登場しており、妖怪ブームの波に乗ってソフビやプラモデルといった商品展開もされ、その後の子供向けコンテンツの「傘のお化け像」にも大きく影響を与えます。映像化は知名度を上げる、よいきっかけとなったはずです。

     江戸時代から、かるたなどの遊具に姿を描かれていた「傘のお化け」は、昭和に入ってからも活躍の場をどんどん広げていき、メディアの後ろ盾がなくとも、「お化けといえば、一本足の傘」といわれてもいいほどの市民権を得ていきます。

     子供向けコンテンツにおける、このお化けの需要の高さの理由とは。
     私は、その見た目・存在の滑稽さにあるのではないかと考えています。

    お化けらしいお化け

     昭和に刊行された児童向けの怪奇系書籍に見られる妖怪は、恐ろしい形相のものばかりでした。今のように「子供が見るものだから……」とグロを規制したり、表現を緩くしたりはせず、怖いものは怖いものとして容赦なく叩きつけていたのです。本をめくれば、人間を殺す気満々の魑魅魍魎がひしめいている素敵な時代だったのです。
     そういう時代だからこそ、「傘のお化け」のような、滑稽で無害そうなキャラは目立ったのかもしれません。
     また、傘という道具の「お化けらしさ」も、使われやすい理由のひとつかもしれません。
     〝骨〟だけになって道に棄てられている傘。
     置き忘れられてポツンと残っている傘。
     傘はどこか物悲しいイメージがつきまとう道具です。その悲哀は、「物が化ける」という世界観には大切なものです。粗末に扱われた道具が人を恨んで化けるというのは、非常にわかりやすい「化ける」動機であり、「物を大切にしよう」という教訓にも繋がっていきます。

    「傘のお化け」は、『お化けなのにあまりこわくない』――けど『お化けらしいお化け』なのです。

    鼻がある傘

     漫画の表現や「ちびキャラ化」などのディフォルメで、鼻が描かれないことがあります。この表現により、キャラはコミカルで、愛らしく変化します。
     駄菓子屋さんの傘お化けも、一部を覗いて鼻が描かれておりませんでした。全体的にかわいらしく、親しみやすい印象を持たれたのではないでしょうか。

     では、鼻がしっかりあると、どのような印象になるのでしょうか。
     次の画像をごらんください。

    「ぬりえノート」で見つけた傘ですが、こちら、鼻があります。このイラストは、映画『妖怪百物語』に登場する【一本足のかさ】を描いたもの。この映画に登場する「傘のお化け」は、ほかのお化けと比べると登場の仕方や動きなどが面白く、ちょっとホッとするキャラクターになっていますが、特撮なのであるていどのリアルさがあり、そこには親しみやすさと気持ち悪さのせめぎあいが見られます。
     こちらのリアルタッチな傘は、てっかてかの人肌っぽい顔、腕の筋肉や血管の筋が、なかなかの気持ち悪さを際立たせておりますが、吊り上がった口角や、ギュッと寄せられた眉間は「妖怪らしさ」があって良い味を出しています。

     こちらはプラモデルの【からかさ】です。こちらも大映妖怪映画の「傘のお化け」でしょう。先述の「ぬりえノート」とほぼ同じですが、こちらのほうが優しいタッチ。色白な顔色も映画のポスターの傘と近いです。青い瞳には色気があり、どこか上品な顔立ちに描かれています。その美人具合が妙な生々しさを傘に与えており、夜道で出会ったら腰を抜かしてしまいそうです。

     こちらの【オバケ仐】も先に紹介した傘たちと同タイプですが、かなりさっぱりした感じになりました。鼻筋がすっと通っていますし、傘化け界ではなかなかの美形かもしれません。それよりも「点滅可能」な墓のほうが気になりますね。なんでしょう、点滅する墓って。

     こちらは「ショック世界の妖怪」というカードの【一本足のからかさ】です。カードの裏にある解説によると、破れて棄てられた傘は、恨みによって妖怪となり、人間を驚かすのだそうです。たしかに私たちを恨んでいるような、親しみのかけらもない面構え。心なしか顔色も悪いです。三白眼は迫力がありますね。

     この傘は、組み立てて遊ぶ紙人形です。特撮映画の傘のイメージからはちょっと離れましたが、これでもかってくらい鼻があります。目が座っていますし、ロクなことを考えていない感じがしますね。身体に不自然な穴があいているので、アウトロータイプとお見受けしました。

     これは「おばけけむり」「ようかいけむり」といわれる、指をこすって煙のようなものを出す紙玩具です。昔から駄菓子屋で売られていましたが、今でも購入することができます。「傘のお化け」は長い舌をベロ~ンと垂らしている印象でしたが、こちらは舌は出していません。2本の前歯を覗かせています。ブサイクですね。親しみがまるでわきません。

     こちらも組み立てるタイプの紙人形です。こちらも親しみがわきません。なんとなく、バトル漫画でボスの横に控えている、女言葉を使う曲者の敵キャラっぽい顔つきです。爬虫類っぽい鼻孔も特徴的ですね。

    2020年5月6日、2020年6月3日記事を再編集

    黒史郎

    作家、怪異蒐集家。1974年、神奈川県生まれ。2007年「夜は一緒に散歩 しよ」で第1回「幽」怪談文学賞長編部門大賞を受賞してデビュー。実話怪談、怪奇文学などの著書多数。

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