魔術のシジルを秘めた「メンフィスラップ」を浴びると呪われる…? 悪魔崇拝とアングラミュージックの都市伝説

文=オオタケン

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    呪われた音楽はいくつかあるが、「ジャンルまるごと」が悪魔がらみに彩られた都市伝説には震えるしかない。メンフィスラップに悪魔を宿らせたのは、いったい誰だ?

    メンフィスラップを聴くと「怪奇現象が起きる」?

     音楽の歴史や都市伝説において「呪われた音楽」と呼ばれる楽曲が、いくつか存在する。それは聴いた者に不幸をもたらすとされているものから、死に至る呪いの噂まで様々だ。

     たとえばマーラー以降の作曲家の間で「交響曲第9番」を作曲すると死を招く、というジンクスがあったという。いわゆる「第9の呪い」であり風説の域を出ないが、ベートーヴェンを起点とし、第9番の作曲を境に命を落とす者が目立つという言い伝えが後世に広まり、シューベルトやドヴォルザークもこの呪いにかかったなどと語られたりもする。

     また、聴くと死を招く、とされる有名な曲もある。
     暗い日曜日 ( Gloomy Sunday ) はハンガリーの作曲家シェレシュ・レジェーが1933年に発表した楽曲だが、後年、聴いた人が次々と自殺したという噂話が広まり、一時はハンガリー国内やイギリスで放送自粛となった。これには諸説があり、噂の流れた当時はナチスドイツの軍事侵攻などもありハンガリーにとって厳しい時代だった、という側面がある。物悲しい旋律と歌詞のこの曲が、厳しい時代を生きた人々の自殺を後押しするきっかけになってしまった、という解釈だ。

     これらとはまた違う理由で昨今、「呪われている」と囁かれる音楽ジャンルが存在する。2017年頃から、海外の掲示板4chanのオカルト板が発端となり、RedditやYouTubeに広まった、新たな音楽にまつわる都市伝説である。それが通称「メンフィス・ラップ・シジル」だ。

     メンフィスラップは1990年代からアメリカのテネシー州メンフィスで誕生したヒップホップのサブジャンルの一つだ。そのサウンドの特徴はローファイ ( 低音質 ) であること。当時のメンフィスのアーティストは厳しい生活状況の者も多かった。彼らは手に入るギリギリのチープな電子楽器を使い、完成した音源も安価なカセットテープで、ハンドメイドでリリースされた。このカセット特有のヒスノイズや歪みが、ジャンル特有の世界観を作った。

     彼らはソウルやファンクといったポピュラーな音楽から、ピアノの不協和音やゲーム音楽まで、多種多様にサンプリング ( レコードなどから一部のフレーズを録音し、曲の素材として使うこと ) し、曲を作った。そして『13日の金曜日』や『ハロウィン』、『チャイルドプレイ』といったホラー映画の音楽やフレーズをサンプリングすることも多く、これが独特のダークな雰囲気を後押しした。それらはホラーコアと呼ばれ、元々のメンフィスラップの持つ「チープさ」故の不穏なトラックとマッチした。ラップのリリック ( 詩 ) も悪魔崇拝や殺人、暴力をテーマにしたものが多い。

     そういった理由から、海外のネット掲示板では「メンフィスラップを聴くと精神を病む」「怪奇現象が起きる」と囁かれるようになった。更には「魔術の記号 ( シジル ) が隠されている」という噂も広まっていく。

    噂について語り合うネット掲示板(アーカイブ)。https://archive.4plebs.org/x/thread/21454945/ より。

     そうした中で「メンフィスのラッパーは音楽的才能や富、名声を得るために悪魔崇拝儀式を行っているらしい」という話が、主にインターネットの匿名掲示板を中心に発生し、広まった。
    「彼らは呪術的なシジルを完成させるために実際に人を拉致して生贄とし、魔術的な儀式を行っている」--というのだ。ラッパー達は儀式が行われる際の犠牲者の悲鳴や断末魔をサンプリングし、曲に使用する事で、カセットテープそのものに殺人現場の残留エネルギー ( 負のエネルギー ) を閉じ込めているのだ、と。

     メンフィスのラッパーが「名声を得るために悪魔と取引をした」という噂が真実味を持って迎えられるのには理由がある。一つは実際のメンフィスという土地の環境だ。

     テネシー州メンフィスは、全米の主要都市の中でも犯罪率が高く、治安が極めて悪い都市として知られている。強盗、暴行、銃撃……そしてラッパーたち自身も、本物のストリートギャングと深く結びついているパターンも多い。その為「裏切り者や敵対ギャングを本当に処刑し、見せしめの為にその現場の音をカセットに録音し、流通させた」という話ができあがった、と考えられる。そこに「聴いた者が精神を病む」「狂気に陥って自殺する」などと語られるほどのダークでローファイな音楽性が噂に拍車をかけるに至ったわけだ。
     また、サンプリングに使われた音源のいくつかはホラー映画の枠を超え、いわゆる実際の犯罪や事故現場を映したショッキングなドキュメンタリーフィルムからの引用もあったという。これは実際に処刑が行われ、その音声が使用されたという噂を作り上げる要因になったと思われる。

     こうしてメンフィスラップは「曰く付き」になっていったのだ。

    ロバート・ジョンソンの「悪魔との契約」

     もう一つ、これらの話に現実味を持たせるのに一役買ったと思われる事例がある。ブルースミュージシャンのロバート・リロイ・ジョンソンにまつわる逸話だ。
     彼はミシシッピ州クラークスデイルにある国道49号線と61号線が交わる交差点( クロスロード )で悪魔と出会い、魂と引き換えに超絶的なギターテクニックを手に入れたという伝説で知られている。

     テネシー州の隣、ミシシッピ州で生まれた彼は伝説的なギタリストとして記録される人物だ。母親と共に幼少期にメンフィスに移住し、ブルースとポピュラー音楽への素養を身につけた彼は、若いときからハーモニカの演奏に長けていた一方で、ギターの腕前は褒められたものではなく、先輩のミュージシャンから笑われるほどだったという。
     十代後半の頃、ジョンソンは実の父親を探し、生まれ故郷に近いミシシッピ州のマーティンズビルへと移り住んだ。そこで彼は地元のギタリスト、アイザイア・“アイク”・ジマーマンと共同生活をし、ギターのテクニックを学んだ。
     ジマーマンは家族の睡眠を邪魔しないよう、夜には墓地でギターの練習をしていた。そのため、「真夜中に墓地へ行き、悪魔や死者の霊からギターの技術を教わった」 という噂を立てられていた。当時のアメリカ南部の黒人コミュニティが持っていた、ブードゥー信仰などオカルティックな思想と結びつき、それはある程度の真実味を持たれていたようだ。ジョンソンとジマーマンは墓石に座り、競うようにギターの練習をしたという。そんな生活は数年間続いた。この事実に尾ひれが付き、のちのジョンソンの逸話ができあがったようだ。

     この伝説は、実際にはジマーマンによる驚異的な指導力のたまものであった。事実、彼は何人もの凡庸なギタリストの能力を飛躍的に上達させたと言われる。周囲の人々が「ジマーマン自身が悪魔そのものだったのではないか」あるいは「ジマーマンがジョンソンを交差点に連れて行き、悪魔に引き合わせたのではないか」とも噂された所以である。
     ロバート・ジョンソンはその後、1938年に27歳という若さで急逝した。死因は諸説あるが、毒殺されたとも語られる。この劇的な結末は「悪魔との契約の期限が切れたのだ」という、彼の持つ伝説を補強する要因となった。そしてこの物語は、メンフィス・ラップ・シジルの持つ文化的、オカルト的なテーマに、深い影響を与えたと思われる。

    メンフィスのラッパーたちの「証言」

     では、シジルテープを作って悪魔と契約したとされるメンフィスのラッパーたちは、どうなったのだろうか?ロバート・ジョンソンのような成功を手に入れたのだろうか?

     このジャンルで最も成功したThree 6 Mafia ( スリー・6・マフィア ) を例に見てみよう。彼らの初期音源もまたシジルと関係づけて語られることがある。メジャーデビュー後の彼らは100万枚以上の売上を記録したプラチナ・ディスクが2枚あり、2006年にはシングル曲「It’s Hard out Here for a Pimp」で第78回アカデミー賞最優秀オリジナル歌曲賞を受賞した。間違いなく成功者といえるだろう。
     一方でメンバーの逮捕、薬物の問題が相次ぐグループでもあり、初期メンバーのロード・インファマスは2013年に心臓発作で、2015年にはクープスタ・ニッカが脳卒中で、2023年には元メンバーのギャングスタ・ブーが薬物の過剰摂取で亡くなっている。このグループ以外でも、当時のメンフィスのローカルヒーローといえるラッパーたちは、犯罪や死と無縁な者の方が少ない。

    https://www.youtube.com/watch?v=DyLTG_zQiMo より。

     だがこれを「呪い」とするのは軽率だろう。

     アンダーグラウンドな精神を強く体現するメンフィスなどのヒップホップシーンでは、歌詞にリアリティがあるかどうかが重視される。
    「本当にストリートの危険な生活の中にいるか」「本当に俺達の仲間なのか」がアーティストの信用に関わる。メジャーなレコード会社と契約し、どれだけ成功しても、完全にメジャー=表舞台へと移行するのは不可能に近い。危険な人間関係や不法なビジネスを完全に断ち切れない、というジレンマが付き纏う。
     また、成功し地元から足が遠のけば「自分たちを置いて裏切った」とみなされたり、嫉妬の絡む強盗や襲撃のターゲットになるリスクも跳ね上がる。身を守るために銃器を手放せず、結果として犯罪に近づく悪循環が生まれる。多くの者が若くして銃撃で命を落としたり、長期の服役生活となってしまう。常に「死や逮捕」の影が精神を摩耗させ、薬物の過剰摂取に繋がった例もあろう。

     アーティスト本人たちは、シジルの噂についてどう思っているのだろう?

     90年代半ばのメンフィス・アンダーグラウンドシーンを牽引した「Children of the Corn ( チルドレン・オブ・ザ・コーン ) の創設メンバーで、Graveyard Productions名義でも知られるLil Grimmは、最近になって「なぜみんなが ( 俺たちの音楽を ) シジルなんて呼ぶのか理解できないし、最近になるまでそんな言葉は聞いたこともなかった」と語っている。「自分たちは悪魔崇拝や呪術をやっていたわけじゃない。90年代当時のメンフィスの過酷なストリートの現実をサバイブし、音楽に落とし込んでいただけだ」とは彼の弁だ。

     前述のThree 6 MafiaのDJ Paulなども過去のインタビューで、特徴である悪魔的なモチーフや不気味なサウンドについて「自分たちが純粋にホラー映画のファンだったから」であり、宗教的な呪術ではなく、エンターテインメントとしての演出や、当時のメンフィスが抱えていたリアルな貧困、暴力を表現するためのギミックなのだと語っている。それ以上でも以下でもない、と。

     だが、一部のYouTuberやTikTokのクリエイターたちは今でも、再生数を稼ぐためだけに「本物の殺人現場の音声が入っている」「聴くと呪われる」といった架空のストーリーを広め続ける。それはアーティストにとって、厳しい現実を歌った曲たちが、非現実的なオカルトと結び付けられることで薄まり、扇情的なコンテンツとして消費されてしまうことを意味する。それこそが、彼らにとっての「呪い」になってしまっているような気がするのだ。

     メンフィスの重鎮の一人、Tommy Wright IIIはこう言っている。

    「メンフィス・ラップがこれほど強力なのは、みんなが本気で音楽に向き合っていたからだ。本当にストリートから出てきた奴らが作っていたんだ。俺たちには独自の文化があった。みんながワイルドだったから、音楽もワイルドになったんだ」

     彼らが聞いて欲しいのは曲であり、それに込めたのは呪いやシジルではなく、メッセージであるはずだ。

    参照
    https://www.reddit.com/r/LetsTalkMusic/comments/dirw5a/list_cursed_albums/
    https://archive.4plebs.org/x/thread/21454945/
    https://www.albumoftheyear.org/user/kezeofficial/list/228661/the-memphis-rap-sigils/
    https://www.youtube.com/watch?v=TYffTDIc03I
    https://www.youtube.com/watch?v=DyLTG_zQiMo
    https://www.albumoftheyear.org/user/kezeofficial/list/228661/the-memphis-rap-sigils/

    オオタケン

    イーグルリバー事件のパンケーキを自作したこともあるユーフォロジスト。2005年に発足したUFOサークル「Spファイル友の会」が年一回発行している同人誌『UFO手帖』の寄稿者。

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