「餅を搗いてくれ」……666の〝恐怖の日〟に読みたい話 前編/妖怪補遺々々

文・絵=黒史郎

    2026年6月6日、6が3つ並ぶ〝恐怖の日〟の到来! この波に乗っかって、前後編の2回に分けて、後味の悪い感じの話を補遺々々しました。ホラー小説家にして屈指の妖怪研究家・黒史郎が、記録には残されながらも人々から“忘れ去られた妖怪”を発掘する、それが「妖怪補遺々々」だ!

    6月はゾクッとする話を

     迫る6月6日は「恐怖の日」——皆さん、恐怖を楽しんでらっしゃいますか? 今年は2026年6月6日で666。というわけで今回の「妖怪補遺々々」は昨今のホラーブームの大波に乗っかり、なんだか嫌な気持ちになる昔話、無気味な妖怪譚、容赦ない結末の怨霊譚など、恐ろしげな話を2回に渡ってご紹介いたします。
     まずは愛知の民話集に入っている、いやーな気持ちになる昔話です。

    餅を搗いてくれ

     ある村の家に子どもが生まれました。大変めでたいことなのですが、残念なことに丈夫な子ではありません。いつまで経っても立つことができなかったのです。
     そんなわが子を母親は哀れむどころか、本人の顔を見ながらこんな愚痴をこぼしました。
    「立って歩くこともできないなんて、なんて子だろう」
     自ら望んでそう生まれたわけではないのに——あまりにひどい言葉です。しかも、その言葉を放ったのが実の母親という、つらい現実。
     すると、子どもが突然、大きな声でこういいました。
    「誕生祝いに餅を搗いてくれぇ!」
     突然のことに驚きました。とりあえず、いわれるまま臼で搗いて餅をこしらえます。
     それを背負わせますと、子はスックと立ち上がり、スタスタと歩いて家を出ていきました。
    「よう立った! よう立った!」
     母親は大喜び。当然です。立つこともできなかった子が、何事もなかったように歩きだしたのですから。
     でも、どこへ向かっているのでしょう。母親は後をついていきました。
     餅を背負った子は、藪の中へと入っていきます。やがて藪を通り抜けると岩屋の洞穴が現れ、その中へと入っていきました。
     慌てた母親は洞窟の中に向かって「出て来い」と呼びかけます。
     まったく出てくる様子がありません。
     困り果てた母親が洞窟の中へ入ろうかどうしようかと中を覗き込んだ、その時でした。
     穴の奥から、にゅうっと何かが出てきました。
     それは、真っ黒い毛がもじゃもじゃと生えた太い腕です。
     母親はその場で腰を抜かしてしまいました。
     ——あの岩屋の穴は地獄に繋がっている。だから絶対に覗いてはいけない。
     村人たちはそう囁き、決して近寄らなかったそうです。

     愛知県の東加茂郡盛岡村(現・豊田市)に伝わるお話でした。
     背負わせた餅は「一升餅」でしょうか。さまざまな願いを込めて1歳の子に餅を背負わせる伝統的な行事です。餅の重みで立ち上がれなかったり、立ち上がろうとして転んだりしますが、これは子どもの将来が明るいものになるようにと願うものなのです。
     そんな餅を親に作らせたあの子は、どうなってしまったのでしょう。まさか、生きたまま地獄に行ってしまったのでしょうか。それならば、あまりにひどい終わり方です。この場合、地獄へ行くのは母親のはず。わが子を哀れむどころか、あんなにひどい愚痴を本人に向けて吐き捨てるような親なのですから。
     それとも生まれた子は元々、地獄の住人だったのかもしれません。地獄の住人といえば、鬼です。洞窟から出てきた恐ろしい腕は鬼のもので、あの子の腕だったのです。性悪な女を連れて行こうと地獄から遣わされた鬼が、彼女の腹に宿って子として現世に生まれ、彼女を試していたのでは——とは考えすぎでしょうか。

    ケラケラケラ

     その地は船奉行の樋口関太郎が支配していました。彼は狩猟好きな男で、よく従者を連れて常安方面の山へ出かけていました。
     ある日のことです。ひとりの老婆が関太郎に忠告しました。
    「この里は、1、9、17の日は山へ入ってはならぬという掟があります。どうか、狩りはおやめ下さい」
     この日は9月17日。山へ入ってはダメな日でした。
     しかし、関太郎は聞く耳を持ちません。その山は自分が知行している地なのです。
    「私は樋口関太郎だ。そんな掟は作った覚えもないし、聞いたこともない」
     せっかくの忠告を無視し、従者とともに山へと向かっていきました。
     獲物を追って、山の奥深い場所にある茂みに入った時でした。
     関太郎たちは奇妙なものと遭遇します。
     このあたりでは一番背の高い杉の大木。その小枝の上に、髪を振り乱した裸の童子が腰掛けているのです。
     怪しい童子は関太郎を指さすと、ケラケラと笑いました。
     その声は次第に大きくなっていきます。
     小枝の上から地面に跳び下りた童子は、じりじりと関太郎たちに近づいてきます。
     ケラケラケラケラ ケラケラケラケラケラ
     笑い声はどんどん大きくなり、木々や雑草、谷川のせせらぎ、風の音——そのすべてが笑いだします。
     関太郎たちの目の前に、すーっと、黒くて大きな怪鳥が舞い降りました。
     その怪鳥も笑っています。
     関太郎と従者たちは青ざめた顔で下山し、途中にある山小屋の前まで来ると気絶しました。
     それから間もなく関太郎は病床に伏し、死ぬその日まで、彼の耳から童子の笑い声が消えることはありませんでした。

     これは高知県香南郡香我美町(現・香南市)のお話です。同地や付近には、【笑い男】【笑い女】という妖怪の伝承がいくつもあり、これもそのひとつです。

    外波山の怪人

     外波山は妖怪が住んでいるといわれ、猟師たちも踏み込まない山でした。
     だれもが妖怪を恐れるなか、深水八郎という力自慢の者だけは「俺が退治してやる」と強気な言葉を放ちます。よほど自信があったのでしょう、腰に山刀を下げ、猛犬を連れて山へと向かいました。
     しかし、山に入ると犬は急に立ち止まって一歩も進まなくなりました。しかたがないので犬を置いて先に進むとギャッと声がし、振り向くと犬が血だらけになって倒れています。
     近くに妖怪らしき姿はありません。
     さすが図太い神経を持っている男です。臆することなく、背負っていた握り飯を下ろすと、その場で食いだしました。
     すると、どこからか白髪を生やした童顔の小さい怪人が現れました。
     怪人は八郎の握り飯を奪おうとしてきます。
     八郎は慌てず、こう考えます。
     ——子どもより小さい相手だ。ゲンコツ一発で済むだろが、少しからかってやるか。
     腰の刀を抜きますと、その刃先に握り飯を刺し、「ほら食え」と怪人の前に差し出します。すると怪人は握り飯に食らいついたので、ぐっと刀に力を入れて押し込みました。
     次の瞬間、急に手の先から痺れだしました。
     その痺れは全身に回っていき、八郎は気が遠くなっていきます。
     しばらくしてから目を覚ますと、小さな怪人の姿はなく、刀も握り飯も消えています。
     八郎は下山しましたが、それからまもなく体が腐って死んでしまいました。

     新潟県西頚城郡に伝わっていた話です。

    【参考資料】
    小山直嗣編著『越後佐渡の伝説』第一法規〈1975〉
    『三河の民話』未来社〈1978〉
    山田竹系『四国昔ばなし』〈1976〉

    黒史郎

    作家、怪異蒐集家。1974年、神奈川県生まれ。2007年「夜は一緒に散歩 しよ」で第1回「幽」怪談文学賞長編部門大賞を受賞してデビュー。実話怪談、怪奇文学などの著書多数。

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