もうひとりの自分「ドッペルゲンガー」の謎/世界ミステリー入門
自分がもうひとりの自分の姿を見たり、いるはずのない場所で自分の姿を目撃される?? 「ドッペルゲンガー」と呼ばれるこの不思議な現象を、洋の東西を問わず、体験した人物が少なからずいる。 その正体は、単なる
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都市伝説には元ネタがあった。振り返れば……奴がいる。
ドッペルゲンガー、それは自分と同じ姿の人間が同時に異なる場所、もしくは自分の前に現れる怪現象をいうドイツ語で、世界中で数多くの目撃談が残されている。また同様の現象を表す言葉は多く、英語圏では「ダブル」などと呼ばれる。
多くの場合、死や不幸の前兆とされ、不吉なものとして語られるが、この題材は、文学作品に数多く取り入れられてきた。
たとえば日本では、芥川龍之介が1917年に『二つの手紙』、1920年に『影』という作品を発表しているが、いずれもドッペルゲンガー(『二つの手紙』ではドッペルゲンゲルと表記)を扱った作品として知られている。また、遺作となった『歯車』にも主人公が自分と同じ姿をした存在を見る場面が描かれており、芥川自身も1927年に行われた座談会でドッペルゲンガーを見た経験があると語っている。
彼はその2か月後に服毒自殺したため、その死はドッペルゲンガーを見たためだとまことしやかに囁かれることもあるが、あくまで芥川は過去にドッペルゲンガーを見た、と語っているだけで、目撃した直後に自殺したわけではないため、その因果関係は不明である。
この座談会で芥川はゲーテもドッペルゲンガー(ドッペルゲンゲル)を見たと語っているが、このゲーテは無論ドイツの作家ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテのことで、そのエピソードは彼の自伝である『詩と真実』にある。
彼はあるとき、馬に乗ってやってくる自分を見たが、その8年後、同じ衣服を着てその場所を馬に乗って通った。つまり自分自身の未来を見たと考えられる。
他にも40人以上の人間が同時にドッペルゲンガーを目撃したとされるフランスのエミリー・サジェ、鏡の向こうにふたりの自分を見たという第16代アメリカ大統領エイブラハム・リンカーンなど、近現代において自分の分身が現れたという体験談は枚挙にいとまがない。そして、都市伝説でもこういったもうひとりの自分が出現する話は多く語られている。
たとえば「どっぺちゃん」という話がある。1995年10月、ある小学五年生の少女が学校の中の2か所で同時に目撃された。それから数日後、少女がそのことを友人に話すと、それは「どっぺちゃん」で本人がそのどっぺちゃんと出会ったら死ぬところだったと語られている。
「ダブル」は先述したように英語圏におけるドッペルゲンガーを意味する言葉だが、学校の怪談として同名の怪異が語られている。これは真夜中にトイレに行くとその隅に自分と同じ姿をした人間がうずくまっていることがある。その人間が振り向き、にやっと笑うのを見てしまうと、3日以内に風邪で死んでしまうのだという。
少し特殊なパターンだと「こいとさん」という都市伝説もある。これは人生で2回だけ現れるという謎の人物で、2度目にこいとさんを見るのはその人間が死ぬときなのだという。その外見は死ぬ瞬間の目撃者本人の姿をしており、出現の前兆として3つの現象が語られる。
ひとつめは小銭入れから5円玉がなくなる、ふたつめは2か月以内にペットが死ぬ、3つめは知らぬ間に左薬指に針で突いたような穴が空き、血が滲む、というものだ。特に3つめの前兆が現れたときにはこいとさんがかなり近くに来ているとされ、遭遇せずにすむのはかなり難しく、これを回避するためにはできるだけひとりにならないようにするしかないと語られる。
このように現代では不幸や死の前兆として現れることが多いもうひとりの自分だが、近世以前の日本でも、不幸の前触れとしてもうひとりの自分が現れる話があった。それは「影の病」や「離魂病」などと呼ばれる。
有名なのは『奥州波奈志』に載る「影の病」という話だろう。
これは江戸時代の女流文学者、只野真葛が記したものだ。内容は北勇治という人物が外から帰ってくると家の中に自分とまったく同じ姿の者がおり、不思議に思っていると、「表を見よう」といって外に出て行き、見えなくなった。それから勇治は病みつき、その年の内に死んでしまった。これはいわゆる影の病というもので、勇治の父、祖父も自分の同じ姿の者を見てこの病で死んでいたという。
同じく江戸時代に記された『曾呂利物語』に載る「離魂と云ふ病ひの事」という話は、さらに奇妙な話だ。
出羽国の守護をしていた男がある夜、妻と過ごしていたとき、妻が雪隠(便所)に行って帰ってきたが、時間を置いてもうひとり妻が帰ってきた。男は怪しく思い、夜が明けるまでいろいろと探ってみたが、どちらが本物かまったくわからず、困り果てていると、ある者がひとりを指してこちらが怪しいというため、首を刎ねるとそれは人間で、死んでしまった。男は誤って本物の妻を殺してしまったともうひとりを切り殺すと、これもまた人間だった。
これは妻が離魂という病を患っていたのだという。同様の話は『諸国百物語』にもあるが、こちらは「影の煩い」という病だと記されている。
実はこれに類似した話は平安時代の『今昔物語集』にすでにあり、「狐、人の妻に化けて家に来たること」と題されるこの話では、妻に化けた狐がその正体とされている。
おそらくは時代を経て正体を狐とするのではなく、同じ人間がもうひとり現れる話が生まれたのだろう。
もし街中で自分と同じ姿をした人間を見かけたら要注意だ。それは狐が化けているのか、他人の空似か、それともドッペルゲンガーか。
見極めることができなければ、すぐにでも不幸が降りかかるかもしれない。
(月刊ムー 2024年2月号掲載)
朝里樹
1990年北海道生まれ。公務員として働くかたわら、在野で都市伝説の収集・研究を行う。
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