洒落怖の怪物「リョウメンスクナ」と古代飛騨の「宿儺」/朝里樹の都市伝説タイムトリップ

文=朝里樹 絵=本多翔

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    都市伝説には元ネタがあった。朝廷に討伐された伝説の生物は実在した!

    現代の岩手に現れた異形の者

     芥見下々あくたみげげ氏の漫画『呪術廻戦』にも登場し、多くの人々に知られるところとなった「両面宿儺」という怪物がいる。
     このキャラクターのモデルになったのは日本神話に登場する怪物だというが、実は今から18年以上前の2005年9月21日から22日にかけて、2ちゃんねる(現5ちゃんねる)の「死ぬほど洒落にならない怖い話集めてみない? 109」スレッドに、まさに呪術のために生み出された「リョウメンスクナ」と呼ばれる物体について書き込まれた。
     それが見つかったのは岩手県の古寺。その本堂の奥にある密閉された空間で、2メートルほどの黒ずんだ木箱の内に封じられていたという。見つけたのは寺の解体を請け負っていた業者で、箱には白い紙が貼り付けられ、「大正??年??七月??ノ呪法ヲモッテ、両面スクナヲ???二封ズ」と書かれていた。
     古寺の元住職は開けるなと警告するが、バイトの中国人ふたりが箱を開けてしまう。
     箱に入っていたのは異形のミイラで、その姿はふたつの頭が後頭部同士で接合し、腕が左右2本ずつの計4本、体はひとつで足は2本の人間というものだった。
     その後、この箱を開けたバイトは、ひとりが謎の心筋梗塞で死亡、もうひとりは精神病院に入院することになる。また中を見ただけの人間も原因不明の高熱に見舞われたり大ケガをするなどの被害を受けた。
     後にわかったことでは、この奇妙なミイラの正体は、大正時代、ある邪教の教祖によって日本国家を呪うという目的のために作られた物体なのだという。
     その教祖は物部天獄という偽名を名乗る男で、岩手のある集落で、生活に困窮して見世物小屋に売られた結合双生児を買い取り、他の形態異常の人間たち数人とともに押し込んで殺し合わせる蟲毒の儀式を行った。
     儀式は結合双生児が生き残るよう他の者たちにあらかじめ致命傷を負わせた状態で行われた。その上、結合双生児は唯一生き残った後も殺した者の肉や自身の糞尿を食べねばならぬほどの長期間、その地下室に監禁され、その後は別の部屋に移されたものの、食料を与えられずに餓死させられる。
     物部天獄はその死体に防腐処理を施し、腹部には、ある遺跡で発掘された、古代において朝廷に反逆したまつろわぬ民たちの骨を粉状にしたものを入れ、日本神話に語られる怪物、リョウメンスクナになぞらえた呪物を作り上げた。
     そして物部天獄は、そのミイラを教団の本尊とし、それを携えて日本中を渡り歩いた。実際に彼が訪れた場所ではさまざまな災害が引き起こされたという。
     最後に物部天獄は相模湾沿岸近辺にて日本刀で喉を掻き切って自害したが、その際に血文字で「日本滅ブベシ」という遺書を残していた。また彼の自害の直後、大正時代最大の災害、関東大震災が発生し、それもまた物部天獄とリョウメンスクナの起こした災いであった可能性が示唆されている。

    信仰の対象となった両面宿儺

     ここで語られた「リョウメンスクナ」の元になった怪物は、古代日本、奈良時代に記された歴史書『日本書紀』の「仁徳天皇紀」に記されている。その怪物の名は、「宿儺」という。
     宿儺は、飛騨国(現岐阜県)に出現したとされ、その姿はひとつの胴体に両面(ふたつの顔)があり、それぞれが背中合わせのように反対側を向いていて、頭頂部で接合している。また腕は四本あり、足は膝はあるものの、ひかがみと踵がない。剛力かつ俊敏で、4本の腕で剣や弓矢を用いた。朝廷に従わず、人民から略奪することを楽しんでいたため、和珥臣の祖、難波根子武振熊が遣わされ、これを滅ぼしたと伝わる。
     このように、日本の歴史上では朝廷に討伐された化け物として記されている宿儺だが、地元、岐阜県ではまったく別の伝承が残っている。
     たとえば江戸時代に記された『新撰美濃志』に載る「日龍峯寺」の寺伝では、昔、飛騨国に両面四臂の異人がおり、高澤山にやってきて毒龍を退治した。そしてその後、行基菩薩伽藍堂を創建し、その中に千手観音の像を安置した。またこの異人が山中で杖を大地に差したところ、これが空に向かって伸び、たくさんの枝をつけて千本桜と呼ばれる桜となったと記されている。
     この異人が『日本書紀』に記される宿儺なのだという。
     また、岐阜県高山市の千光寺は両面宿儺を開山の祖として祀っており、寺の縁起である『千光寺記』では、両面宿儺が仏法の契約により出現し、袈裟山の山頂で千手観音の仏像を彫り出し、山号寺号を袈裟山千光寺とした、と記されているようだ。この寺には両面宿儺を象った像がいくつも残されている。
     このように、宿儺は朝廷から見たまつろわぬ民としての顔と、飛騨の英雄としての顔を持っている。そして現代に見つかったリョウメンスクナは、物部天獄が怪物としての宿儺の側面を元に生みだしたのであろう。彼は国家を呪うため、日本神話に語られる朝廷へ反逆した怪物、まつろわぬ民の代表として宿儺を利用したのだと思われる。

    岐阜県高山市にある飛騨千光寺の本堂。

     しかし物部天獄により殺され、リョウメンスクナという呪物にされた兄弟は、国家を呪おうなどと考えてはいなかったはずだ。彼らは人間であり、物部天獄による被害者に過ぎない。そして宿儺もまた地元、飛騨では怪物ではなく、人々を救った英雄として語り継がれていた。
     リョウメンスクナも宿儺もふたつの顔を持っている。それはふたつの頭というだけでなく、怪物としての側面とそれとは真逆の英雄や人間としての側面、その両面だったのではないだろうか。

    千光寺に祀られている石造の両面宿儺立像。

    (月刊ムー2024年1月号より)

    朝里樹

    1990年北海道生まれ。公務員として働くかたわら、在野で都市伝説の収集・研究を行う。

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