知られざる死後世界「霊界宇宙」の謎/MUTube&特集紹介  2026年10月号

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    量子論というパラダイムを得た今、死後の世界の着地点はどこにあるのだろうか? この記事を三上編集長がMUTubeで解説。

    死を理解して恐れるのは人類だけ

     人類はいつから死というものを認識し、死とは何かを考えるようになったのだろう。
     現生人類ホモ・サピエンスと非常に近縁であるネアンデルタール人も、死というものを理解していたようだ。その証拠として、イラクにあるシャニダール洞窟から発見されたネアンデルタール人の遺骨周辺の土壌から、セイヨウノコギリソウやヤグルマギクなどの花粉が発見されたという事実が指摘されている。どうやらネアンデルタール人もまた死を認識し、同胞の遺体に花を手向けるなどの葬送儀礼を行っていたらしい。
     ゾウやクジラ、チンパンジーなども、仲間の死を悼いたむかのように見える行動を示すという。しかし彼らが、自らもいずれ死すべき運命にあることを認識しているかどうかは明らかではない。
    そこで今のところは、死後の世界をテーマにした映画『大霊界』で、丹波哲郎演じる吉野博士が語るとおり、「生けとし生けるもののなかで、いずれ死ぬのだということを覚悟しているのはわれわれ人間だけ。だから、われわれ人間だけが死に対する底知れぬ恐怖を抱きつづけてきた」ということになるだろう。
     死というものを認識し、それが避けられないものであると理解すると同時に、人類は、肉体が滅びた後も人間の意識が存続するかどうかという問題についても考えはじめたのだろう。生きている人間の意識、家族や仲間に対するさまざまな思いなど、その人間の記憶や個性というものが、死後も存在するのかどうか、仮に存在するとすれば、どのような場所でどうしているのか考察しはじめたのだ。
     人間の死には、さまざまなかたちがある。
     難病で日ごとに衰弱し、しだいに生気をなくして痩せ衰えた姿で死んでいく場合もあれば、なんらかの重大事故に遭遇して突然死することもある。本人と見分けがつかなくなるほど肉体が激しく損傷する場合もあれば、外見上はなんの損傷も見られないのに、ある朝ひっそりと息を引き取っているという死に方もある。このような死に方の場合、遺体はまるで眠っているようで、今にも眼を覚まして歩きだすのではないかと思える。
     そしてこうした事例に接すると、人間の体内には、その人間を生かし、歩いたり話したり、笑ったり泣いたりといった日常の活動を行う原動力となるなんらかのエネルギー、あるいは意識体のようなものが宿っており、それが最終的に離れることによって死を迎えるのではないかという仮説も生まれてくるだろう。さらにこの仮説は、人体から抜けだしたなんらかの存在が、生前の個性を保ったまま住みつづける場所がどこかに存在するのではないか、という想定に発展するだろう。

    (文=羽仁 礼)

    続きは本誌(電子版)で。

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    webムー編集部

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