亡き楽聖たちの霊を降ろして新曲を奏でた! 音楽霊媒ローズマリー・ブラウンの霊界交流

文=朝宮運河 協力=ディスクユニオン

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    ローズマリー・ブラウンといえば偉大な作曲家たちの霊が彼女のもとを訪れ楽曲を授けていった、著名な音楽霊媒である! 音楽史上最大のミステリーともいえる、音楽家の霊による新曲 とはいかなるものだったのだろうか?

    音楽霊媒が作った、リストの新曲

     1964年3月のある午後、ロンドン郊外のバラムの邸宅。その日仕事を休んでいた住人の女性がピアノの前に座っていると、傍らに男の幽霊が現れたという。彼女にはそれがハンガリー出身の音楽家フランツ・リストの霊であることがすぐにわかった。リストは彼女の手を導くと、これまで一度も聴いたことのない曲を演奏させた。彼女の技術ではとても弾きこなせないような難曲だが、気がつくと彼女はそれを演奏し終えているのだった……。

     ローズマリー・ブラウン。1916年、イギリスのロンドン生まれ。20世紀を代表する音楽霊媒のひとりである。幼いころから霊をはっきり見ることができた彼女は、子供時代にリストの霊と初めて遭遇し、40代後半からリストの死後の新曲 を霊界から受け取るようになる。彼女が交流した音楽家はリストの他に、ショパン、ベートーヴェン、シューベルト、シューマン、ブラームス、ドビュッシー、ラフマニノフなどがおり、彼女を介して生み出された霊界の音楽は数百曲にもおよぶ。

     という話を聞いて、すぐに信じられる人は決して多くないだろう。音楽の教科書に登場するような有名音楽家が20世紀のロンドンに現れて、わざわざ霊媒を介して曲を発表したりするものだろうか。そう疑問を抱く人が大半だろうし、筆者自身も漠然とそう感じてきた。だからローズマリーの存在は以前から知っていたものの、深く考えることもなく放置していたのである。

     それを変えるきっかけとなったのは、ローズマリーのピアノ曲を実際に耳にする機会があったからである。「イントロ(intro)」「グリューベライ(Grübelei)」と題されたその曲の演奏が、果たしてリストの技法や音楽理論に近いものかどうかは、クラシック音楽に詳しくない私には判断ができない。しかしその素朴にして美しい旋律がスピーカーから流れている間、部屋のなかが不思議なムードで満たされ、背中のあたりがぞくぞくするような感覚に襲われたのは事実なのだ。これが霊の気配なのだろうか。それとも単なる思い込みなのか。複雑な思いが胸を駆け巡った。

     果たしてローズマリー・ブラウンとは何者だったのだろうか。彼女は本当に音楽家の霊と交信していたのか。一部の人が主張するように、巧みに世間を欺いていただけなのか。改めてその足跡を辿ってみよう。

    ローズマリー・ブラウンは、亡くなった作曲家たちの霊によって作曲を行う音楽霊媒だ。画像=wikipedia

    ローズマリーの足跡リストとの関わり

     ローズマリーの人生を語る上で無視することができないのは、彼女が幼少期から強い霊感を備えていたということである。ローズマリー・ブラウンの自伝『詩的で超常的な調べ』(原題UnfinishedSymphonies、1971年刊)には、少女時代のローズマリーがはっきりと幽霊を目撃したり、彼女が知るはずのない事実を超常的知覚によって察知したり、というエピソードがいくつも紹介されている。

    「子供のころは、霊界の人々を見ることにはほとんど何の感情も抱きませんでした。私にとって彼等はごく自然な存在だったのです」(平川富士男訳)。そんなローズマリーの鋭い霊感は、祖母・母から受け継いだものだったという。
     そして7歳のとき、リストの霊と運命的な出会いを果たす。真っ白い髪を伸ばし、黒いロングドレスのような服を着たその霊は、自らを作曲家でピアニストだと明かし、大人になったら曲をあげよう、といい残して去っていく。ほどなく有名な晩年の肖像画から、ローズマリーは幽霊の正体を1886年に没しているリストだと悟った。

     地元のグラマースクールを卒業した彼女は、郵政省に就職。1952年にフリーのジャーナリスト、チャールズ・ブラウンと結婚する。病弱だった夫が1961年に世を去ると、彼女はふたりの子供を抱えて、生活苦にあえぐことになる。
     そんなとき、リストの霊はたびたび現れて、一家に救いの手を差し伸べてくれることがあったという。サッカーくじの購入を幽霊に勧められ、少額ながら配当金を手にしたというエピソードも伝わっている。ローズマリーにとってリストは、親友であり守護霊のような存在だった。
     その後もたびたび彼女のもとに現れたリストは、1964年ごろからかつての約束を果たすように曲を授けはじめた。

     霊能力による作曲というと「トランス状態に入った霊媒が霊に操られるままにペンを滑らせていく」という姿をイメージするかもしれないが、ローズマリーははっきりした意識を保ち、目の前に立つリストの霊と英語で会話しながら、ピアノの旋律を五線譜に書き留めるというスタイルをとっている。
     記譜法に関する知識が十分でない彼女にとって、これはなかなか骨の折れる仕事だった。

    ハンガリーの作曲家フランツ・リスト。ローズマリーは7歳のとき、リストの霊と出会う。以後、ローズマリーの守護霊的存在となったという。
    ローズマリー・ブラウンの"霊媒楽曲"を集めた楽曲集『ローズマリーの霊感〜詩的で超常的な調べ』。
    ローズマリーの自伝『詩的で超常的な調べ』(原題UnfinishedSymphonies、1971年刊)。

    話題を呼ぶ霊能力とさまざまな疑惑

     控えめで目立つことを好まないローズマリーは、リストとの霊的交流を自ら喧伝するようなことはなかったが、彼女が関わりを持っていたスピリチュアルなサークルにおいて、その霊能力は少しずつ知られるようになっていく。
     そこから評判が広がり、1960年代後半から音楽霊媒ローズマリーの存在は、新聞・雑誌・テレビ・ラジオで取り上げられ、一大センセーションを巻き起こした。リストのみならずショパン、ベートーヴェンなど世界的音楽家の霊と交流しているというローズマリーの発言は、否応なく世間の注目を集めることになった。

     当然、彼女には懐疑的な目も向けられた。その代表的な意見として、彼女は過去に音楽の専門的教育を受けており、その知識をもとに自力で作曲しているのではないか、というものがある。たしかに彼女の育った家には古いピアノがあり、幼いころピアノのレッスンに通った経験もある。しかしそれはごく初歩的なレッスンであり、それでリストやシューベルトに関する専門的知識を身につけたというにはかなり無理がある。日常的にクラシック音楽を聴く習慣もなく、レコードプレイヤーを手に入れたのも育児中、子供たちがビートルズを聴きたがったからだった。
     ローズマリーは失われた過去の記憶に頼って作曲している、という仮説を唱えた者もいたようだが、それも彼女の主治医によって否定された。ローズマリーは生まれてから有名になるまで同じ場所で暮らしており、彼女のプロフィールに曖昧な部分はほとんどない。状況証拠的に、ローズマリーの霊感を否定できるような根拠は今のところ見つかっていないのだ。

    ポーランドの作曲家フレデリック・ショパンの霊もまた、ローズマリーに曲を書かせた。
    ショパンの霊に指事されてローズマリーが書いた楽譜。

    霊界から授けられた音楽の存在理由

     20世紀の偉大なピアニスト、グレン・グールドも「グリューベライ」を天才的な作品だと称賛している。風変わりな手法で書かれたキワモノ音楽と、簡単に片づけられるような類いのものではないのだ。

     それにしてもなぜリストら作曲家グループは、霊界からローズマリーに接触し、音楽を授けていたのだろうか。彼女のもとに訪れる作曲家のひとり、ドナルド・トーヴィーは次のようにその理由を語ったという。
    「(霊界の音楽によって)たくさんの人々の心を駆り立て、人間の精神と霊魂の未知の領域についてそれらの人々に熟慮探究してもらうことが、この現象を通じて私たちが望んでいることなのです」
     どうやら霊界には知られざる偉大な計画があり、それを広めるメッセンジャーのひとりとしてローズマリーを選んだということなのだろう。

     彼女を媒介にして発表された数百もの楽曲は、私たちの意識を霊的なものに向けさせ、さらなる高みへと引き揚げるための道標のような存在だったのではないだろうか。
     ローズマリーもおそらくそのように考え、一過性のブームに左右されることなく、淡々と自らの仕事に打ち込んだ。19世紀半ばに勃興し、第1次世界大戦の惨禍(ローズマリーはまさにその時代に生まれている)をきっかけに、世界に広まったスピリチュアリズム(心霊主義)は、肉体が滅びた後も霊魂は生きつづけ、私たちとコンタクトができる、というビジョンを人類にあらためて提示した。幼いころから霊の存在を見聞きし、好奇の目を向けられながらも定められた道を粛々と歩んだローズマリーの人生そのものが、スピリチュアリズムの根底にあるものの正しさを、証明しているようにも思われる。

     2001年にローズマリーが85歳で亡くなると、「タイム」「ガーディアン」「ニューヨーク・タイムズ」などの一流紙が訃報を掲載した。
     今日、ローズマリーの残した膨大な数の自筆譜はすべて大英図書館に収められている。近年は音楽学サイドからローズマリーの楽曲の研究が進められているので、新たな発見があるかもしれない。AIを活用した研究手法にも可能性がありそうだ。
     しかし彼女の言葉の正しさが真に証明されるまでには、まだ少し時間がかかるだろう。そのためには現代人の多くが、より霊的存在に意識を向ける必要があるからだ。そのときが訪れるまで音楽霊媒ローズマリー・ブラウンの名は、音楽史上最大のミステリーとして私たちを魅了しつづける。

     ちなみに冒頭で私が耳にしたと書いたローズマリーのピアノ曲は、今年3月末に2枚同時発売されたCD「実録! 世界オカルト音楽大全」のvol.2に収録されている。
     本作は交霊会、ポルターガイスト、悪魔憑きなど世界の超常現象の実況録音を収めた貴重なアルバムだ。ぜひこの機会にローズマリー・ブラウンの霊感が生み出した妙なる調べに耳を傾け、彼女の人生に思いを馳せてみてほしい。

    ローズマリーは作曲家の霊と対話し、質問しながら楽譜を書いていたという(https://www.cbc.ca/news/canada/ottawa/rosemary-brown-composerchannels-ghosts-1.4885588より)。
    イギリスの作曲家ドナルド・トーヴィーの霊はローズマリーに楽曲を授ける理由を語ったという(wikipediaより)。

    「実録! 世界オカルト音楽大全」vol.2

    レーベル/ディスクユニオン
    発売日/2024年3月27日
    価格/3,520円(税込)
    https://diskunion.net/progre/ct/detail/1008797907

    心霊現象の実況録音を収めたアンソロジー。ローズマリーによるリストの新曲2曲も収録している。

    参考
    ローズマリー・ブラウン『詩的で超常的な調べ 霊界の楽聖たちが私に授けてくれたもの』(平川富士男訳、国書刊行会)/コリン・ウィルソン『オカルト』(中村保男訳、新潮社)/『ローズマリーの霊感』(日本フォノグラム)

    (月刊ムー2024年 5月号より)

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