世界の転生思想ーー「生まれ変わり」と「前世の記憶」の基礎知識/世界ミステリー入門

文=藤島啓章

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    世の中には、前世の記憶や、生前に負った傷跡に対応するあざなどを持つ人々が存在する。「生まれ変わり」や「転生」と呼ばれるこの現象は、活仏ダライ・ラマや聖者サイババに代表されるように、世界中で多くの事例が報告されている。

    キリスト教文化圏に広がる転生思想

     生があるものが死後に生まれ変わって再び肉体を得る「生まれ変わり(転生/リインカーネーション)」。古代インドのウパニシャド哲学に淵源を持ち、古代ギリシアの宗教思想にも認められながら、西欧科学文明が抹殺し、正統派キリスト教が否定してきた神秘思想が、21世紀を迎えた今、大きなうねりとなって復権しつつある。
     仏教やヒンドゥー教を宗教的背景とする東洋では、転生の概念は深く浸透している。だが、公的には転生を否定するキリスト教の影響を色濃く受けている欧米諸国の状況は違う。キリスト教の教義は、生命は誕生とともにはじまり、死後、神による最後の審判を経て天国か地獄で復活する、と教える。にもかかわらず、近年、キリスト教文化圏において転生思想が急速に広がりを見せはじめているのだ。
     ちなみに、国際比較調査グループ「ISSP」が2008年に行った調査では、アメリカ人成人の31.2パーセントが転生を信じているという結果が出た。イギリスの神学シンクタンク「セオス」が2009年に行った調査結果では、その比較は27パーセントだった。
     3~4人にひとり。転生思想の伝統がきわめて希薄なキリスト教文化圏でのこの数字は、単なる東洋的神秘への憧憬を意味しているのではない。それは行き詰まりを見せる西欧科学文明へのアンチテーゼであり、「人はどこから来て、どこへ行くのか」という人類誕生以来の根源的かつ究極の謎を解明したいという無意識の願望の顕在化と見なすべきだろう。

    「ダライ・ラマ」の転生

     それほど重大な意味を持つ転生の事例報告は、古来、数かぎりなくなされてきたが、とくに有名なチベットの宗教・政治の最高指導者「ダライ・ラマ」の転生だ。
     ダライ・ラマは人名ではなく世襲の称号だが、襲名は単なる儀礼的なものではない。チベット仏教では転生思想が重視され、第1世ゲンドゥン・ドゥプパから現在の第14世テンジン・ギャツォまで、ダライ・ラマは生まれ変わりをつづけてきた同一人物である、とラマ教信者は信じて疑わないのだ。

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    ダライ・ラマは13世。1933年12月17日に遷化(せんげ)した。
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    幼いころのダライ・ラマ14世。身分確認のテストの際、彼は多くの品物の中から、13世の遺品を正確に選び出した。

     つまり、後継者は先代の魂が乗り移った化身とされ、先代が歿すると独特の候補者探しが行われる。ダライ・ラマ14世もむろん転生者であり、その襲名までの過程は次のようなものだった。
     第13世ドゥプテン・ギャツォが遷化(せんげ)したのは1933年で、直後から後継者すなわち転生者探しは開始された。まず、祈禱と瞑想によって後継転生者を発見するためのてがかりを幻視し、出生地のイメージなど転生者を特定しうるさまざまな徴を得て、チベット島北部のタクツェル村に狙いを定めた。
     その村には、1935年7月6日(チベット歴5月6日)生まれで、2歳になる男児がいた。名はラモ・ドンドゥプ。高僧が幻視したとおりの環境で生まれ育っており、13世の生まれ変わりである状況証拠は揃っている。だが、それだけではまだ転生者とは認められない。さらに厳格な試験にパスしなければならないのだ。
     ラモ・ドンドゥプの天宮図(ホロスコープ)が作成され、ダライ・ラマ13世の生まれ変わりかどうかを調査。さらに身体に特別の徴があることを確認したうえで、3歳になるのを待ち、転生の有力証拠とされる前世記憶があるかどうかのテストが行われた。
     13世の遺品とそれとそっくりの偽物、たとえば黒い数珠、黄色い数珠、大太鼓、小太鼓、錫杖(しゃくじょう)などをラモ・ドンドゥプに見せたところ、いずれも正しいほうの遺品を選び、「僕のだ」といった。
     前世を記憶していなければ絶対に不可能なテストに合格したラモ・ドンドゥプは、かくして第13世トゥプテン・ギャツォの真正転生者と認定され、第14世ダライ・ラマを襲名したのである。

    転生する“神の化身”サイババ

     全知全能の神の化身とも称されたインドの「サティア・サイババ」も転生者として名高い。
     サイババという呼称は固有名詞ではなく、「SA(神聖な)」「AI(母)」「BABA(父)」という意味の一種の称号。サイババの最初の称号を冠せられたのはシルディ・サイババで、彼がサティア・サイババの前世人格とされる。ただしシルディ・サイババの生い立ちには不明な部分が多く、生年や誕生地、両親の名はおろか、本名すら判然とはしていない。

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    青年時代のサティア・サイババ。このときにはすでに奇跡を行っていた。

     公然と活動を開始するのは1850年初頭で、ムンバイ(ボンベイ)の小村シルディに居住し、およそ60年間にわたって宗教・宗派を超えた普遍的な神の教えを説くとともに、異能力を発揮してさまざまな奇跡を演じてみせた。

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    サティア・サイババの手の中から現れるヴィブーティー(神聖灰)。彼が起こす奇跡現象のひとつだ。

     歿したのは1918年で、臨終時に予言めいた言葉を遺した。
    「私はサティア(真理/真実)を確立するため、8年後に転生する。そのとき私はサティア・サイババと呼ばれる」
     そして、8年後の1926年11月23日、南インドのアンドラ・プラディッシュ州の寒村プッタパルティに住むラトナカラ家の第4子(二男)としてひとりの男児が誕生する。サティア・ナーラヤナ・ラージュと命名された男児は。1940年にこう公言した。
    「私は1918年に亡くなった神の化身シルディ・サイババの生まれ変わりである。サティア確立の使命を果たすため、予言どおり、死んで8年後に転生してきた」

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    インドの南部・アドラ・プラディッシュ州のプッタパルティ。かつては小さな村だったか、サティア・サイババの生誕地として多くの人々が訪れるようになり、町にまでなった。

     以後、サティア・サイババと名乗り、病気治療やアポート、バイロケーション、空中浮揚など、数々の奇跡を起こす神人としての道を歩んでいったのである。
     彼の奇跡現象に関しては真贋論争もあったが、世界的な著名人の信者も多い。帰依者はじつに1億人を超すといわれ、2011年に死亡した際には、インドの大統領・首相経験者以外で行われたのはマザー・テレサのみという国葬で見送られている。

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    サティア・サイババの前世人格とされるシルディ・サイババ。

    2300例以上も報告される転生事例

     ここまでで紹介した2例は宗教色が強いが、転生の謎を科学的に解明しようという研究者もいる。
     その第一人者はヴァージニア大学医学部精神科教授のイアン・スティーブンソン博士で、博士を中心とする同大学の超心理学研究室(元・人格研究所)のチームは、1960年代から現在に至るまで、数千におよぶ世界各地の転生事例を調査・研究。疑わしいケースを除いてなお、転生と認めざるをえないケースが2300例以上もある、と報告している。
     博士は、2~5歳の幼少児が自発的に話す前世記憶を研究対象とする。幼少児は情報ルートが制限されており、前世記憶の発現に作意が働く余地はほとんどなく、前世から現世への記憶の持続が、転生を裏付けるきわめて有力な証拠になるからである。

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    生まれ変わりを科学的に証明しようと調査・研究をつづけたイアン・スティーブンソン博士。

     ただし、その前世記憶は過去の単なる出来事のイメージ記憶を超えるものでなければならない。本人が話す前世記憶がいかに正確であっても、通常の情報源から知識を得た可能性を排除できないからだ。そこで博士は、真正の転生と認定するための5条件をあげる。
     ①ある人物が存命中に生まれ変わりの予告をする。
     ②母親または母親の親戚や友人が生まれ変わりの予告夢を見る。
     ③前世のイメージ記憶を持っている。
     ④前世の人格と一致する行動パターンが観察される。
     ⑤前世の人格が持っていた母斑や身体的欠損が先天的にある。
     この5条件を満たしていれば真正の転生と認めざるをえない、という博士は『前世を記憶する20人の子供』(今村光一訳/叢文社)で典型的事例を紹介しているので、一例を要約引用したい。

    アラスカ先住民の驚くべき転生事例

     1945年、トリンギット(アラスカの先住民)の老漁師ヴィクター・ヴィンセントは姪のコーリス・チョトキン夫人に、「わしは死んだお前の息子として生まれ変わってくる」と予告したあと、鼻の右側と背中にある手術痕を見せ、「今度生まれてくる子は、このふたつの手術痕と同じ場所にあざがある。それが生まれ変わりの証拠だ」とつづけた。
     翌1946年春、ヴィンセントはアンゴーンで死亡。それからおよそ1年8か月を経た1947年12月15日、チョトキン夫人はシトカで男児を出産。父親の名を取ってコーリス・チョトキン・ジュニアと名づけた。生まれたばかりの赤ん坊の身体には、驚くなかれ、ふたつのあざ(母斑)があった。ひとつは鼻の右側、もうひとつは背中。ヴィンセントの手術痕と寸分違わない位置である。
     それから1年と1か月。ようやく言葉を覚え始めたチョトキン・ジュニアに母親は名前を教えようとしていた。
    「自分の名前をいってごらん」
     ジュニアはしかし、自分の名は口にせず、こう返した。
    「僕がだれだか知っているでしょ。カーコディだよ」
     カーコディとは、じつはヴィンセントの部族名だった。
     夫人が、そうした一連の不思議なことを伯母に話すと、伯母は驚きの声をあげた。ジュニア誕生の直前、伯母はヴィンセントがチョトキン一家と一緒に暮らすようになる夢を見ていたのである。
     不可思議な話はなおも続く。あるとき、夫人はチョトキン・ジュニアを乳母車に乗せてシトカの道を歩いていた。と、突然、ジュニアが大声をあげた。
    「うちのスージーがいる」
     スージーはヴィンセントの義理の娘だが、ジュニアとは初対面。にもかかわらず、道でたまたま出会った彼女を独力で見分けたうえ、正確な名前さえいい当てたのだ。
     ほかにも、ヴィンセントの未亡人ローズ、息子のウィリアム、アンゴーンに住む生前の知人数人も独力で見分けている。いずれも2~3歳のときの話だが、チョトキン・ジュニアの前世記憶はそれだけにはとどまらない。ヴィンセントの存命中に起こった出来事についても、正確にいい当てているのだ。一例をあげる。
     ヴィンセントは出漁中、エンジンが故障し、あわや遭難という危機に遭遇したことがある。そのときの模様を、ジュニアは母親に語って聞かせたのだが、その内容はヴィンセントが生前に彼女に語った話とピタリと符合していたのだ。
     チョトキン・ジュニアとヴィンセントの性向や行動上の特徴も、信じがたいほど相似していた。たとえば髪型。ヴィンセントは前髪を前方へ垂らすのが常で、ジュニアもうりふたつの髪型を好んだ。ともに吃音(きつおん)で、ともに左利きだったし、信仰心が厚い点、海や船が非常に好きな点も共通していた。
     さらに、ジュニアは幼児期から船のエンジンに異常なほどの関心を示し、6歳のころまでにその操作と修理の技術を習得していた。父親は船のエンジンの操作技術も修理技術ももちあわせていなかったのだから、父親から習った可能性はない。ヴィンセントがマスターしていた技術が記憶として持続していたと考えざるを得ないのだ。

     この転生事例を、スティーブンソンがあげた5つの条件で検証すると――。
     まず①の生まれ変わりの予告。ヴィンセントは死の1年ほど前、チョトキン夫人に「お前の息子として生まれ変わる」と明言していたのだから、難なくクリアできる。
     ②の予告夢はチョトキン夫人の伯母が見ている。
     ③の前世のイメージ記憶。ヴィンセントの部族名を記憶しているし、ヴィンセントの家族や知人数人を独力で見分けたばかりか、名前まで正確にいい当てている。
     ④の行動パターンの条件も容易にクリアできる。髪型、吃音、左利き、信仰心の厚さ、海や船を好む性向の相似に加え、船のエンジンの操作技術と修理技術を独力で習得していたのだ。
     ⑤の母斑や身体的欠損の特徴も、ヴィンセントの手術痕とまったく同じ位置にあざがあったのだから、何ら問題はない。

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    スティーブンソン博士の著書『前世を記憶する20人の子供』(ペーパーバック版)の表紙。

    人はだれもが前世を持っている?

     このように、チョトキン・ジュニアの事例は5条件をすべてクリアしており、真正の生まれ変わりと認定せざるをえないが、これはけっして特殊なケースではない。スティーブンソン博士らが収集した2300以上におよぶ転生事例は、いずれもが厳密な科学的検証に耐えたものばかりなのだ。
     そして、それらの多数の事例は転生の謎に迫るうえでさまざまな示唆を与えてくれる。博士や他の研究者の調査・研究から、現時点で判明していることをランダムに列挙しておこう。
    ▼生まれ変わりの予告や予告夢は、前世の人格の願望あるいは意思が転生に作用することを物語る。
    ▼母斑や身体的欠損の発現は、転生過程で超常的な力が肉体にも作用することを暗示する。
    ▼転生では性転換も起こりうる。
    ▼転生先に民族や人種の壁はない。
    ▼前世の人格と転生者の家族との間には血縁的あるいは地縁的つながりがあるケースが多いが、物理的な距離は障害とはならない。
    ▼非業の死を遂げた場合はとくに前世記憶を想起するケースが多く、死因が恐怖症の形で現れやすい。
    ▼前世記憶を想起する年齢は2~5歳で、大多数は5~8歳で前世記憶を失う。
     人が転生する理由については、大きくは2説がある。ひとつは、カルマ(業)の応報によるとする輪廻説で、個人がそのまま生まれ変わりを永遠に繰り返すと説く。もうひとつは、個人の霊魂の一部あるいは未成熟部分が分霊として地上物質界に繰り返し再生することで、霊的に進化して神に近い存在になるためという成長説だ。
     前者は宗教家、後者はスピリチュアリストや科学的研究家の支持が多いが、いずれにせよ、生まれ変わりは疑う余地のない事象であり、人はだれであれ、前世を持った転生者なのである。

    (ムー2016年8月号掲載)

    藤島啓章

    ライター。ムーにて基礎知識連載「世界ミステリー入門」などを担当

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