バキバキの女と源兵衛の生首と、きれいな12軒目/松原タニシ・田中俊行・恐怖新聞健太郎の怪談行脚
事故物件住みます芸人・松原タニシと、オカルトコレクター田中俊行、そして高松で活動する怪談バンドマンの恐怖新聞健太郎——3人の異色ユニットが、行く先々での怪奇体験を公開する。 今回は、健太郎による根来寺
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四国にゆかりのあるふたりの怪談師から聞いた、ふたつの怪談。それは奇妙に連鎖するように、なぜか共通する怪異の核をもっていた。
「僕の地元の香川県の、とある山の話です」
桐野健太郎さんが怪談を語りだす。
「僕らが中学のとき、その山の合宿施設で宿泊学習をしたんですが」
そこは子どもたちにとって恐ろしいイメージを抱く場所でもあった。少し前、同じ山中にて行方不明事件が起きているからだ。女児が忽然と行方不明になったまま、20年たった現在もなお発見されていない痛ましい事件である。
「そのとき、僕にはとくに何も起こりませんでした。ただ大人になって怪談師の活動をしていたら、同級生から連絡があったんですね」
久しぶりに会ったK君とご飯を食べていると。
「ほら、中学生のときに行った、あの合宿でさ……」
彼はそこで奇妙な体験をしているのだという。
そのとき泊まったのは男女に分かれた20人ずつの大部屋。健太郎さんはK君と別の部屋だったが、10組の布団を2列に敷いたことは覚えている。
消灯時間となり、20人の男子が布団に入り込んだ。へとへとに疲れていたため、全員が騒ぐことなく眠りにつく。明日も早いから眠らなくてはとK君が目を閉じた、その瞬間である。
周りが急にざわざわと騒がしくなった。
えっ、と瞼を開いて驚いた。部屋が一気に明るくなっている。しかも数秒前まで布団に入っていたはずの男子全員が、畳の上でいそいそと体操服に着替えている真っ最中だったのだ。
飛び起きるK君。部屋が明るいのは照明のせいではなかった。窓の外では、もうすっかり朝日が昇っている。
「嘘やん」
明らかに夢ではない。意識はハッキリしているし、周りの皆もいつもどおりにお喋りしながら着替えを急いでいる。
一瞬のうちに意識を失い、朝まで眠り込んでしまったとしか思えない。となると、自分ひとりが遅れている状況だ。全校生徒が朝礼に揃っている中、俺だけ遅刻したとなれば……。先生たちから激怒の集中砲火を浴びることは間違いない。
大急ぎで寝巻を脱ぎ、体操服を頭からかぶる。なんとか着替えを終え、そのままの勢いで引き戸の扉を開け放ち、廊下に出ようとしたところで足が止まった。
目の前にあったのは廊下ではなく、大部屋だったからだ。
今いるところとまったく同じ広さの部屋が、扉ごしにもうひとつ。しかも向こう側の部屋は、ひどく暗い。そこは「夜」なのだ。電気も消えているし、窓の外は闇に包まれている。そして20組の布団が2列に並び、男子たちが静かに眠りについている。
薄暗いが、はっきりとわかる。
そこで寝ているのは、この大部屋の子どもたちだ。19人とも、そっくりそのまま同じクラスメイト。ひと組だけ空っぽの布団があるが、それはつまり、自分のものなのだろう。
……これ、もしかして。
K君は直感的に確信した。いま自分は、狭間に立たされてい
る。現実と異世界、この世とあの世、正解と不正解。呼び名はどうでもいいが、今いる部屋と向こうの部屋は、どちらかが自分が元いた場所であり、どちらかが違う場所なのだ。
でも、どちらが?
後ろを振り返ると、体操服の同級生たちが朝日を浴びながら、じゃれ合ったりお喋りを続けたりしている。
ふたたび前を向けば、夜の闇の中、死人のごとく眠る同級生たちがいる。空っぽの布団が、早くこっちにおいでと誘っているように見える。
今いるのは朝と夜の狭間だ。そしてやはり、明るい朝の世界のほうが居心地がいい。
K君は取っ手に指をかけた。扉を閉め、夜の世界を拒否しようとした。だがその前に念のため、ふたたび振り返ってみたところで。
――あ、違う。
あることに気がついた。楽しげに触れ合っている同級生たちの体操服。その胸には、各生徒たちの名前の刺繍が入っているのだが。
それらがすべて、鏡文字なのだ。
裏返しにしたように、鏡に映したように、逆さまの文字列になっている。よく見渡せば、大部屋にある時計も襖の閉じ方も、なにもかもが逆さまになっているではないか。
K君は勢いよく扉の向こう側へ飛び出した。大急ぎで夜の部屋を駆け抜け、空っぽの布団に滑りこむ。そこで今来たほうに目を向けると。
扉の前に、同級生たちが並んで立ちつくしていた。全員が黙りこくって、じいっと自分を見つめている。
思わず顔をそむけた数秒後、K君はまた恐る恐る視線を戻した。
扉の先は、ただ薄暗い廊下が続いているだけだった。
「私は中学生のとき、東京から愛媛県に引っ越したんです」
続いて、DJたらちゃんが怪談を語りだす。
「その前から愛媛に行くたび遊んでくれた親戚のお姉さんが、このようこさんで」
と、あるイベントに同行していたようこさんを紹介された。
「私が小学生で、いつものようにようこさんの家で遊んでいたときです」
隣にも似たような一軒家が建っており、ようこさんの同級生A子が住んでいた。たらちゃんも何度か見かけ、お互いに挨拶を交わしたことがある。
そのときも、ふたりが庭先に出たところで隣の家族と出くわした。A子と両親、そしてもうひとりの見知らぬ中年女性。
「こんにちは」
ふたりが声をかけるとA子は手を振り返し、両親は頭を下げて応えた。しかし中年女性だけが完全に無視するかたちで家へと入っていく。
「なに、あのおばはん。なんもいわんと感じ悪いね」
そういい合いながら、自分たちも家の中に入った。キッチン脇にはソファが、その上には出窓が付いており、隣家のリビングの掃き出し窓に面している。
ようこさんがなにげなくその出窓に目をやると、先ほどの中年女性の姿が見えた。大きな掃き出し窓に全身を貼りつけるようにして立っている。
「え、こっち覗いてる?」
その言葉に、たらちゃんもソファの上に登って窓の外を眺めたのだが。
「こっち見てる? 違う。あっち?」
女性がどちらを向いているのか、よくわからないのだ。
だらりと垂れた両手は、手のひらをこちらに向けた逆手。となると背中と後頭部を見せているはずだが、正面を向いているようにも見える。同じくだらりと垂れた髪が、後ろさがりなのか、うつむいた顔にかかっているのか分からない。シンプルな服装は前後不明で、足の向きはサッシに隠れている。
どういうことかとふたりで見ているうち、ようこさんの父親がキッチンへと入ってきた。
「ねえ、隣のおばちゃん、気持ち悪いよ!」思わずようこさんが父親に告げると。
「よそ様の家を無遠慮に覗くな!」父に一喝されてしまった。
そこで慌ててふたりともソファから下りた……という記憶を、たらちゃんは大人になっても覚えていた。
「で、怪談をやるようになってから、ようこさんにあのときのこと覚えてない? って聞いたら」
ああ……それは忘れてたけど、実はあの家について、あんたにずっといってなかったことがあってね……。
ようこさんの表情が暗くなった。ここから先は、彼女の語りへ引き継ぐことにしよう。
「実はその後、隣の家のご両親が離婚しまして、父親が出ていったんです。少ししてお母さんは新しい人と再婚して、そちらの連れ子と4人で暮らしはじめました」
ようこさんはよく隣の子と下校していたので、「うち離婚する」「新しいお父さんと弟ができる」といった事情を逐一聞かされていた。
新しい4人家族は仲よく幸せな様子だったが、そのうち隣家に毎日のように男が怒鳴りこんでくるようになった。離婚した元夫が、A子母に執着してつきまとっていたのだ。
「お前ら、俺を家の中に入れろ!」「殺してやるぞ!」などと玄関前で絶叫する。周りのものを蹴るなどの嫌がらせを繰り返す。そんな状況が、なんと3年にもわたり続けられた。
そしてある朝。目覚めたようこさんは、隣家の前が騒がしくなっていることに気づいた。パトカーや救急車が並び、規制線が貼られている。
「隣のお父さんが、めった刺しにされて殺されたんです」
もちろん近所は大騒ぎとなった。翌日はマスコミのヘリコプターが上空を飛びかい、記者たちが大勢つめかける。ようこさんの家にも報道カメラマンらしき人が来て、彼女とお兄さんに向かって質問を繰り返した。
「声が聞こえました。逃げていく男も見ました」とお兄さん。それに合わせてようこさんも「前の旦那さんが殺したと思います」と意見を述べる。慌てた父親が駆け寄ると、「子どものいうこと信じないでくださいよ!」と叫ぶ。
……いや絶対、あの男やろ。別のやつが犯人のわけないわ。
しかし元夫は犯人ではなかった。殺人者は、彼の実兄だった。
兄は弟から恨み言を聞かされていたことから、隣家の父親を殺害。そのわずか30分後、かねてから恨みを抱いていた近所の男性をもうひとり刺殺している。つまり兄は自分の憎い相手と、弟が憎んでいる相手のふたりを次々と殺害したのだ。
「かなりひどい殺人事件ですよね。そんなことが起こる前にあの家で見た、気味悪いおばちゃん。あれはなにかの予兆だったのかな、と……」
子どもだったようこさんには事件の詳細が教えてもらえなかった。だから最近、たらちゃんと一緒に当時の新聞を捜しているのだが、まだ見つけられていないのだという。
「そんな事件なんてないよ、偽の記憶だよという人もいて……。吉田さんにあの日の報道を捜し当ててもらえたら嬉しいです」
桐野健太郎(きりのけんたろう)
白塗りメイクに学ラン姿という怪談界トップクラスのビジュアルインパクトで活動する、香川県出身怪談師。またの名を「恐怖新聞健太郎」。四国を拠点に怪談イベントの出演など多数。
ふたなり DJ たらちゃん
アニソンジャンルをメインにDJ活動をしつつ、2018年ころから怪談師としても名を馳せる。幼少期からの強烈な体験をもとに、ヒトコワと実話的恐怖がまざりあった唯一無二の怪談を放つ。
四国で活躍する怪談師2名から聞いた話である。なんら打ち合わせをしていないのに、いずれも「裏表」にまつわる怪談となったのは興味深い偶然だ。お遍路の逆打ちが怪談めいた扱いをされるように、四国の人々は異界がすぐ近くにあり、それがわれわれの日常と裏表で接しているというリアリティを抱いているのかもしれない。
健太郎さんの同級生は、危うく別の世界にいってしまうところだった。その山には、かつて人喰いの牛鬼が棲んでいたと伝わっている。現在も牛鬼のブロンズ像が建てられ、地元民ならだれもが知る伝説だ。
また同山で有名な行方不明事件が発生したのは、彼らの宿泊学習の時期とそう離れていない。もちろん当該事件と怪異とを直接に関連づけるのは不謹慎だ。
しかし牛鬼伝説も含め、子どもたちがその山に恐怖や不安を抱くのは自然であり、先述の怪談を語る素地となったのは確かだろう。
たらちゃんとようこさんが語った事件は実在していた。地名が変わっていたのでやや苦労したが、なんとか新聞記事を発見することができた。やはり殺人犯は元夫の兄であるSという男。そしてわずか30分の間に2件の殺人を犯したのも事実である。
Sはまず早朝のA子宅に忍び込んだ。そして被害者、A子、幼い弟たちがぐっすり眠りこんでいるところに襲いかかった。A子の新しい父親は、首など数か所を刺されて即死。あまりの素早い凶行に、子どもたちはいっさい気づかず眠りつづけていたそうだ。
続いてSはまた別人物の家を訪ね、玄関から出てきたところを刺殺。こちらの被害者については、昔、自分の妻と仲よくしていたと逆恨みしたSが暴行をくわえた経緯もあった。そのときに傷害事件として検挙されたことをさらに逆恨みし、いつか復讐しようと狙っていたのだという。
いずれも理解不能なまでに残忍な所業だが、Sは覚せい剤を服用して犯行に及んでいた。裏表が曖昧な謎の女は、この凶事の予兆として現れていたのだろうか。
それら経緯の記された新聞記事の画像を、私はたらちゃんに送った。
「ありがとうございます。その事件がほんまにあったのがちゃんと残っててよかったです」
少なくともようこさんの記憶が本当だったことは証明されたのである。
(月刊ムー 2024年9月号)
吉田悠軌
怪談・オカルト研究家。1980年、東京都生まれ。怪談サークル「とうもろこしの会」の会長をつとめ、 オカルトや怪談の現場および資料研究をライフワークとする。
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