岩手で怪異にさわられる! 後ろから前からあの手この手で/黒史郎・妖怪補遺々々

文・絵=黒史郎

    2024年一発目は、昨年、2回にわたって紹介し、一部のマニアを興奮させたお尻「さわる」系の妖怪から、お尻だけでなく前をさわる系も補遺々々しました。

    さわる系

     あけましておめでとうございます。
     今年も「妖怪補遺々々」を何卒よろしくお願いいたします。
     2024年のスタートを切ります妖怪のテーマは、「さわる」です。
     昨年はじめに【カイナデ】という京都に伝わっていた妖怪をご紹介しました。

     これは便所からお化けの「手」が出て、人間の尻を撫でるという破廉恥な妖怪でしたが、今回も彼らと「同類」といっても過言ではない、ちょっとダメな「さわる系」のヤツラを集めてみました。

    花巻の「手出し峠」で、さわられる

     岩手県花巻市東十二丁目から、北上市更木町の臥牛集落に越えるあたりに峠があります。
    【手出し峠】という場所です。いかにも、何かがさわってきそうな地名です。
     地名の由来として、次のような話が語られています。
     この峠の途中に岩窟がありました。岩窟の中には怪しい何者かが棲んでいました。
     それは、峠を通る女性や子どもがあると、穴からニュウッと「水掻きのある大きな手」を出し、ぺらりと尻を撫でたそうです。
     身が凍えるほど冷たい手で、人々は恐れ、夜の峠越えをする人はほとんどおりませんでした。どうしても用事がある人も、この峠を通らず、回り道をしたそうです。

     猿ヶ石川という川がありました。【河童】が棲むといわれる川です。その川沿い(花巻市高松平良木)に住むある人が、この「尻を撫でる化け物」の正体を見てやろうと、ある晩、腰に刀を差し、この峠をのぼりました。唄など歌いながら、件の岩窟のところに差し掛かりますと、穴の中から水掻きのある青光りする手が、ニュウッと出てきました。
     男は慌てず怯えず、冷静にこう考えます。
     ーーこの手には水掻きがあるから、妖怪の正体は【河童】の古くなったものかもしれない。いやしかし、水のない高い場所に【河童】が棲みつくというのも妙な話だ……。
     なんにしても覚悟しろと、刀で妖怪の腕に斬りつけました。
     ぎゃあ!
     悲鳴が上がり、青白い光を振り散らしーー妖怪は死にました。
     それは【河童】ではなく、年を経た【古蝦蟇(ふるがま)】だったそうです。

     この日以来、【手出し峠】では怪しいものによる痴漢行為はなくなったといいます。
     しかし、なぜ尻を? 正体が【河童】なら尻子玉が目当てなのでしょうが、この蝦蟇はなぜ、人間の尻ばかりを撫でていたのでしょう。なんにしても気持ち悪いヤツですね。

    二戸の怪異は、下からさわる

     1655年〜57年ごろ、岩手県二戸市福岡の岩谷橋のあたりに、正体不明の妖怪が現れ、人々に恐れられていました。
     妖怪は【したがらごんぼこ】と呼ばれていました。
     この付近に「下河原」という河原があり、土地の訛りで「したがら」と呼ばれていました。「ごんぼ」は「横車を押す」という意味で、これは「道理に合わないこと」。
    【したがらごんぼこ】は「下河原のろくでなし」という意味だったそうです。
     この町には、与三郎さんという腕利きの浪人がおりました。彼はこの妖怪を退治してやろうと、ある夜、岩谷橋の岩窟に向かいました。
     現場に着くと岩窟の中に正座して妖怪が現れるのを待ちましたが、一向に現れません。
     そのうち、尿意をもよおしてきたので、川に向けて、しゃあしゃあ、と放尿していますと、闇の中から、ぺらりと、何かに局部を触られました。
     それは、毛むくじゃらの手でした。「ろくでなし」の手です。
     たださわるならまだしも、放尿中にさわるとはなんたることか!
     与三郎さんはムンズとその手を掴むと、一刀で斬り落としました。
    「ぎゃっ」
     妖怪は叫んで逃げてしまい、与三郎さんは妖怪が残していった腕を持ち帰りました。

     その日の夜更けのことです。
     与三郎さんの家を、見知らぬ老婆が訪ねてきました。
     どうやらこの老婆、件の妖怪が化けたもののようです。
     腕を返してくれたら、切り傷に効く練り薬の製法を伝授するからと頼み込んできました。
     結局、なんで局部を触ってきたのか理由はわかりませんが、人の好い与三郎さんは腕を返してあげました。
     こうして、妖怪から伝授された練り薬。これがとても切り傷に効く。与三郎さんはこの薬で一財を築きます。ところがその後、自分の家で火事を出し、薬の製法が書かれたものを焼失してしまいました。

     この【したがらごんぼこ】の正体は、年経た狸だったそうです。
     腕を斬り落とされた妖怪が、返却を求め、引き換えに薬の製法を教えるという展開は河童譚に多く見られますし、先の【古蝦蟇】も腕を斬られています。同意なく尻や局部に触るような不届きな腕は切られて当然です。
     この与三郎さんの話には異説もあり、そちらでは妖怪は狸ではなく狐で、斬り落とされたのも腕ではなく、尻尾です。だから妖怪は【尾端切五郎左衛門(おっぱぎりごろうざえもん)】とも呼ばれています。

     また、二戸市を流れる馬淵川水系の一級河川ーー白鳥川。
     その川沿いに岩谷観音があります。そこにこんな縁起譚があります。
     昔、川が荒れた時、川渕の三太さんという人が、川を流れてきた観音像を引き揚げました。その時、観音像の片腕が取れてしまいましたが、三太さんはこれを岩窟に安置し、岩谷観音として祀りました。『岩手の伝説』の著者・平野直は、妖怪の「片腕」に纏わる話は、この観音から端を発したのかもしれないと自説をあげています。
     それにしても、蝦蟇も狐も狸も、どうして人間のそういうところを触りたがるのでしょうか。

    まだまださわる系

     これはちょっと怪談めいたお話です。

     神奈川県川崎市。寒い日の夜のことでした。
     ある農家の小さい子が、お母さんに「おしっこに行きたい」といいました。
     お便所に連れて行くのは面倒なので、お母さんは横着して、子に縁側からさせました。
     寒い夜風が吹く中、外にチョンと出して、おしっこをさせます。
     はじめは子も落ち着かず、なかなか出ませんでしたが、障子におばあちゃんの影が映っているのを見て安心したのか、「しー、しー」とやると、声に合わせておしっこが出ました。
     しー、しー。しー。しー。ちょろちょろ。ちょろちょろ。
    「つめたいよ!」
     その子が急に叫びます。
     どうしたのかと訊くと、冷たい手が、お尻を触っているというのです。
     そんな手などないのに……。
     その時、障子に映っていた影は消えていたそうです。

     子の大事な所を何に触られたのか、障子に映った影はなんだったのか。怪異の正体は語られませんが、この家の近く、多摩区長尾の【狐坂】という場所では、夜中にリヤカーを引いている人を後ろから押して手伝ってくれる不思議な女が現れたという記録があります。ただの親切さんではありません。しっかり食べ物を盗まれます。おそらく、どちらも狐の仕業なのでしょう。

    さわられて奪われる

     もっと大胆な手口で「さわる」事例もあります。
     雑誌『旅と伝説』には、「さわるもの」と「さわられるもの」の熾烈な闘いの記録があります。

     某所。某日。
     商いを終えた中年女性がひとりで帰っていました。
     日がどっぷりと暮れてきた暗い夕刻のことです。
     気がつくと、知らない男が一緒ついてきています。
     帰る道が一緒だからといって、別に言葉を交わす理由もありません。
     黙々とふたりで歩いていますと、何かが股間を触ってきます。
     ムッとして見ると、不思議なことに、さっきまでいた男の姿がありません。
     いったいどこへ? そして、何が股間を? 
     首を傾げつつ歩みを進めますと、また何かが股間を撫でます。
    (ははーん。さては、ムジナの仕業だな)
     次、さわってきたら投げてやろうと、所持していた「串柿」を手に持って構えます。
     するとまた、股間を撫でてきたので、「チキショーッ」と串柿を投げつけました。
     それでもまた、さわってきます。次の串柿を投げつけます。さわられます。投げつけます。さわられます。投げつけます。さわられますから投げつけます。
     これをずっと繰り返し、ようやく家に帰りますと、串柿はひとつも残っていませんでした。
     さわられまくったうえに串柿もみんな盗られるなんて、最悪ですね……。

    【参考資料】
    平野直『岩手の伝説』(津軽書房)
    土方恵治『伝説さん お達者で』(栄光出版社)
    黒史郎『川崎怪談』(竹書房文庫)
    『川崎物語集』巻一 (川崎市民ミュージアム)
    『旅と伝説』25号

    黒史郎

    作家、怪異蒐集家。1974年、神奈川県生まれ。2007年「夜は一緒に散歩 しよ」で第1回「幽」怪談文学賞長編部門大賞を受賞してデビュー。実話怪談、怪奇文学などの著書多数。

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