蛇神トウビョウ探訪記 古代出雲の龍蛇様を継ぐ憑き物/高橋御山人
独特な形状と生態から、忌避されつつも神聖視され「神」と崇められさえした、蛇。そんな蛇神の一種であるトウビョウは、ある地域では恐怖の対象とされたが、本来はまったく異なる性質のものだった可能性がみえてきた
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この地で悪事を働いた鬼・羅刹の手形が巨石に残る。その手形こそ「岩手」の名を伝えるものだ。
岩手県の県庁所在地・盛岡市の市街地に、「岩手」という地名の由来となったという巨石がある。
その由来とは、鬼の伝説なのである。
盛岡市街地の北部、三ッ石神社の境内に、その巨石はある。神社名が示す通り、「三ツ石」と呼ばれる、三つに分かれた岩だ。三ツ石は社殿の脇に鎮座しており、圧倒的な存在感があって、鳥居をくぐる前から視界に飛び込んで来る。
三ツ石は「鬼の手形石」とも呼ばれている。伝説によれば、昔、この地には「羅刹(らせつ)」という鬼が住んでおり、付近の住民を悩ませ、旅人を脅していた。そこで人々は、三ツ石の神に、鬼をどうにかして欲しいと祈った。すると、神は鬼を三ツ石に縛り付けたが、鬼は二度と悪さをせず、この地にもやって来ないと誓ったので、その証として、三ツ石に鬼の手形を押させて、逃がしてやった。そして鬼は、盛岡の南西に聳える、南昌山(なんしょうざん)へ逃げて行った。それ以来、手形の跡には、苔が生えないという。
鬼が岩に手形を残したから、「岩手」という訳だ。
また「不来方(こずかた)の お城の草に 寝転びて 空に吸はれし 十五の心」という石川啄木の短歌で有名なように、古くは盛岡を「不来方」と呼んだが、それは鬼がこの地に二度と来ない、という約束に由来するという。
さらに、鬼がいなくなったことを神に感謝して、住人たちは何日も何日も踊ったが、これが東北を代表する夏祭りの一つとして有名な「さんさ踊り」の起源という。
岩手という県名も、県庁所在地の古称も、県を代表する祭りも、いずれもこの三ツ石、鬼の手形石に由来すると伝えられる。ここは、岩手や盛岡の伝説を見て行く上で、外せない場所といっていい。
鬼の名前の「羅刹」は、古代インド神話の人を食らう鬼神「ラクシャサ」が、仏教に取り入れられたものだ。三ツ石神社には東顕寺という寺院が隣接しており、近代以前は、神仏習合により一体の存在だったのだろう。東顕寺は、石川啄木が詠んだ「不来方のお城」こと盛岡城の北東に位置し、その鬼門守護を司った寺であり、この伝説にはその影響があると思われる。
ただし、「岩手」は平安中期の「大和物語」に、「不来方」は平安後期の「陸奥話記(むつわき)」に登場する、盛岡城よりもはるかに古い地名である。平安時代の岩手は、征夷大将軍・坂上田村麻呂(さかのうえのたむらまろ)が蝦夷(えみし)の族長・アテルイを降し、前九年の役で源頼義(みなもとのよりよし)が安倍貞任(あべのさだとう)を討った、朝廷による征討の時代であった。「陸奥話記」は、前九年の役や続く後三年の役を描いた軍記物語である。
東北の鬼のモデルの一つが、彼らのような朝廷によって征伐された蝦夷であるといわれており、安倍貞任が鬼となった「貞任鬼」の伝説も岩手県に伝わっている。その安倍貞任最終決戦の地が、盛岡市内の厨川柵(くりやがわのさく)である。鬼が逃げた南昌山も、麓が前九年の役の戦場となったといわれ、またアテルイ降伏後、坂上田村麻呂が志波城(しわじょう)を築く際、水害で難航した為、南昌山で祈願したところ、雨が止んだと伝えられる場所だ。志波城は盛岡市内にある。
鬼の手形石の伝説にも、アテルイや安倍貞任のような、討伐された蝦夷の存在が背景にあるのではないか。岩手の県名、盛岡の古称・不来方、県を代表する祭礼・さんさ踊りの由来といわれる伝説としては、それがふさわしい。
なお、羅刹の起源であるラクシャサも、アーリア人のインド侵入以前の、自然の精霊であり、敗北した民族の神が堕とされたものともいわれる。鬼とは、敗者の歴史の語り部でもあるのだ。
高橋御山人
在野の神話伝説研究家。日本の「邪神」考察と伝承地探訪サイト「邪神大神宮」大宮司。
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