「一刻も早く取りに来てくれ!」古物商が田中俊行に託した「行者の遺品」怪談/吉田悠軌・怪談連鎖

文/監修・解説=吉田悠軌 原話=田中俊行 挿絵=Ken kurahashi

    怪談師たちが収集した珠玉の怪異を、オカルト探偵・吉田悠軌が考察する「怪談連鎖」。今月は〝呪物〟が山積みされたあのオカルトコレクター宅を直撃!

    〝呪物〟に囲まれて暮らす「オカルトコレクター」

    「最近手に入れた〝呪物〟でいえば、これなんか変わってると思うんですけど……」

     田中俊行(たなかとしゆき)さんが怪談を語りだす。

     田中さんは「オカルトコレクター」を名乗りつつ、日本や海外の〝呪物〟を蒐集している。最近の怪談シーンの広がりとともに、こうした呪物コレクターたちは各所で注目を集めるようになっている。田中さんの他にも、都市ボーイズのはやせやすひろ氏、呪物蒐集家の由乃夢朗氏。さらに彼らの先達として、この連載にも登場している相蘇敬介氏や渡辺シブヲ氏の名を挙げられるだろう。
     彼らの蒐集する〝呪物〟は、学術的に正確な意味よりもっと広く捉える必要があるだろう。伝統的な祭祀・呪術に使われていたような、いわゆる「民俗学的・人類学的」なブツもあれば、個人の不思議体験にまつわるような、いわゆる「実話怪談的」なブツもある。

     今回、田中さんが紹介してくれたのは、それら2点を融合したような〝呪物〟だった。

    田中俊行さん。オカルトコレクター、怪談師。YouTubeチャンネル「不思議大百科」「トシが行く」ほか各メディアで活躍中。著書に『呪物蒐集録』(竹書房)。
    田中の〝呪物部屋〟。ところ狭しと並ぶこれらすべてが、なんらかのいわくのある〝呪物〟なのだ。

    「2022年の夏ごろですかね。京都の貴船神社の奥、鞍馬山あたりで修験道を営んでいたお爺さんが亡くなったそうです。で、その道場に遺された遺品を、知り合いの古道具屋さんが権利を買ってゴッソリ回収したんですが」

     修験道の行者ならではの、特殊な品々が続々と出てきたらしい。

    「例えばこの着物。そのお爺さんがずっと着てた服らしいんですが、いろんなものがプリントされてるんですよ」

    行者の遺品の着物。

     不動明王や角大師はまだわかるが、なんの明王か察せられないもの、どこかの上人様、あるいは鬼やら妖怪めいた造形をしているヤツまでいる。

    「呪力を高めるためなのか、やたらに神様仏様が刷り込んであるんですよね」

     おそらくその行者は孤独に修行していただけでなく、民間霊能者として霊的相談に乗ることも生業にしていたのだろう。呪力を高める〝呪物〟を装備していたとは、まさに漫画『呪術廻戦』めいた話だ。まあ顧客にアピールするための演出とも考えられるが……。

    見るだけで体調を崩す特大わら人形

    「これもそうですね。なんかよくわからん動物の胎児なんですよ」

     と、田中さんが次に取り出したのは、手のひらサイズの小さなミイラ。哺乳類の胎児が干からびたものだろうか。

    「クマントーンみたいな胎児ミイラ信仰ってあるじゃないですか。これも行者さんが呪力を上げるために持ってたアイテムなのかなあ」

     これらはいずれも、なじみの古道具屋から譲り受けたもの。しかも聞くところによれば「田中くん、この変なもの持ってってくれ」「服も一緒に持って帰ってくれ」と、半ば押しつけられるかたちで渡されたのだとか。

    「それには事情があって。その古道具屋さんが遺品をチェックしていた時なんですけど」

     無数の物品のなかに、不動明王の札が貼っている木箱を見つけた。なんだろうかと開いてみたところ、黄ばんだ古新聞紙が被さっていた、さらにその下に。

     特大の藁人形が入っていたのだ。

    「それを見た瞬間、鼻血が止まらなくなったそうです」

     その古道具屋から田中さんはこれまで何度も買い物をしており、目ぼしいものが見つかれば連絡をくれるかたちとなっている。しかしこの時ばかりは「過去イチ最速」で電話がかかってきて、

    「田中くん! 次いつ関西戻ってくるの!? 交通費は出せんけど一刻も早く取りに来てくれ!」「すぐ売りたいんで、すぐ持って帰ってください! 気持ち悪すぎる!」

     などと懇願されたのだそうだ。

    特大藁人形には、頭から股間まで全身に五寸釘が打ち込んである。
    木箱のふたには、不動明王と魔除けのドーマンセーマン印が刷られた札が貼られていた。

     特大ペットボトルほどもあるその藁人形は、頭・首・心臓・鳩尾に釘が打ってある上、とどめとばかり股にも大きな五寸釘がめり込んでいる。
     おそらく呪いの対象者は女性で、その股を攻撃することで子供を産めなくさせ、血族を根絶やしにしているのだろう……とは怪談界の大御所・中山市朗氏の見立てだという。また藁人形を行者のところに持ち込んだのは、呪詛された被害者側ではなく、呪詛者の関係者(家族か子孫)ではないか、とも中山氏は推測している。

    「秋田県で鹿島人形ってのを祀る風習がありますよね。あの巨大な鹿島様の藁人形みたいだなと思いまして」

     呪物仲間のはやせやすひろ氏によれば、「腕の作り方が非常に凝っている。技術を必要とする編み方がなされている」のだとか。

    「つまり、ただ軽い気持ちで作成したものではないだろう。相当な念が込められていると思いますよ……といわれちゃいました」

     内部は燃えた植物が詰められているが、後ろに開口部も見受けられる。おそらくそこから対象者の髪の毛などを入れたのだろう。

    「僕も最初、箱を開けて藁人形を見た時は、鼻血とまではいかないけど、ものすごく頭が痛くなりましたね。その後もずっとしんどい体調が続いて……」

     しかし今回のように、他人に箱を開けては説明してみせる行為を重ねていくうち、明らかに漏れ出る呪力が弱まっていくのを感じたそうだ。

    「箱のなかに毒ガスみたいに溜まっていた呪いが、だんだん放出されてきたのかな……って思いました」

    次々と来客を襲う臭気

     続いて田中さんが〝呪物部屋〟から持ち出してきたのは、土の焼き物の仏像だった。素朴な造形で、抱えるほどの大きさに比して意外なまでに軽い。

    「三重県の古道具屋さんが持っていた仏像で、チベットの仏像だそうです。粘土に、亡くなった僧侶の遺灰を混ぜたものらしいんですけど」

     遺灰入りとは驚きだが、チベットではけっして珍しくない仏像作成法だという。

    「ただその古道具屋さんによれば、たまにこの仏像から変な匂いがするらしいんですよ」

     ふとした拍子に、いつのまにか匂いの塊が歩き回るように移動していくのに気づく。その匂いは室内を落ち着きなく動き回ったり、自分にまとわりついたりした末、最後には仏像に戻っていく。そんなことが度々あったので、匂いの発生元がこの仏像だとわかったらしい。
     しかしいったいどのような臭気かといえば。

    「めちゃくちゃ臭いそうです。ずっと体を洗っていないホームレスの匂いを、さらに数倍キツくした悪臭っていってました」

     ともかく不思議な現象が伴っているとなれば、田中さんの蒐集熱が刺激されざるをえない。

    「でもいくら譲ってほしいと頼んでも、首を縦に振らないんですね。なんか愛着が湧いているみたいで」

     その匂いがなんだか自分に懐いている……などと主張してくるのだという。

    「いったん僕に譲ってくれる段取りになった時も、数日後に連絡あって『田中さんに譲るといってから、ずっと匂いが自分にまとわりつく。離れたくないんやって思うんです』と。またその人の腹に引っかき傷が3本ついてる画像まで送られてきて『傷がつくくらい自分にしがみついてるみたいです』って……」

     さすがの田中さんも諦めたのだが、さらに数日後、いきなり電話がかかってきた。

    「やっぱり譲りますわ。今は匂いも消えているし、これもご縁やと思うから」

     とってつけたようなことを言ったかと思うと、「三重までくるのも面倒やから」とわざわざ宅配便で送りつけてきたのである。それはまるで憑き物が落ちたような豹変ぶりだった。

    「『愛着あるから大切にしてくださいね。ちゃんと祀ってくださいね』といわれて『もちろんです!』と答えたんですが……」

     ズボラな田中さんは、そのまま段ボールの封も開けず放っておいたのだという。
     するとある日、怪談仲間の下駄華緒氏が泊まっていた時。

    「くさっ!」と、いきなり布団の上で大声をあげた。
    「ここや、ここくさい! あれこっちか!?……あ、消えた」

     下駄氏は部屋を移動しながら、そう呟いてまわっていた。

    「その時は僕も『なにしてんやろ』とまったく気にしてなかったんですけど」

     数日後、同じく怪談仲間のチビル松村氏が遊びにきた時である。昼飯にいこうかと部屋から廊下に出たところで、チビル氏がやはり「くさあっ!」と反応した。

    「『これ田中さん、隣の人が死んでるんじゃないですか!?』っていわれたんですが、僕はなにも匂わないんです。まあ鼻炎だからということもあるけど……」

     そういえばあの仏像を開封していなかった、とそこで初めて気がついたらしい。改めてふたりに臭気の具合を訊ねると、下駄氏は「ホームレスをもっと臭くしたような匂い」、チビル氏は「死体を連想させるような強烈な匂い」と述べた。

    「しかも同じタイミングで古道具屋さんから連絡あって、『一度、匂いがこっちに帰ってきましたよ。田中さん、ちゃんと祀ってますよね?』って」

     そこでようやく田中さんは仏像を呪物部屋の棚に安置し、それからは悪臭騒ぎもぱったり収まったそうだ。

    “呪物”たちの背景にみえるリアルな呪術性

     田中さんに見せてもらった〝呪物〟について、私・吉田も補足的に調べてみた。
     まず謎の胎児ミイラについて。動物の骨格作品を製作し、映画『シン・ゴジラ』にも素材提供している骨オヤジ氏(TwitterID:@honeoyaji)に画像を見せたところ「鹿の胎児かと思います」との回答が返ってきた。

    「蹄から偶蹄類の特徴も出てますし、頭も鹿の幼獣と似たシルエットです。あくまで推測ですが鹿胎児(雌雄不明)かと思います」

    謎の胎児ミイラ。

     なるほど、「鹿」といえば古今東西を問わず、山にまつわる霊的存在と捉えられがちな動物だ。山の霊としての鹿を、さらに胎児ミイラとして携帯する。それは山岳行者にとって二重の意味を持つ〝呪物〟となったことだろう。
     特大の藁人形が包まれていたのは昭和34年の山陽新聞。岡山県のローカル紙だというのも私にはピンときた次第である。なにしろ岡山県は育霊神社をはじめとする、丑の刻参りのホットスポット。
     彼の地から貴船神社の奥に住む行者へと、呪いの藁人形が持ち込まれたというロケーションもまたむべなるかな。なにしろ貴船神社とは丑の刻参り発祥の地なのだから。

     さらにチベットの仏像については、「ツァツァ」と呼ばれるものに近いだろう。通常は高僧の遺灰と粘土を混ぜ、鋳型に嵌めて作成する。こうしたツァツァ(擦々=複製の意)はガウ(携帯仏)として巡礼などに持ち運ばれるものだが、それにしては田中さんの仏像は大きすぎる。

     とはいえこれと関連するかのような現代怪談を、同じ呪物コレクターであるはやせやすひろ氏が取材していたので、そちらも紹介しておこう。

    「チベットの有名な巡礼法で、五体投地という苦行みたいな巡礼がありますよね。それを夫婦で行っていた人たちの話です」

     しかし五体投地の過酷さのためか、巡礼の途中で妻の方が体を壊し、亡くなってしまう。残された夫はひとりで巡礼を続けるのだが、不思議なことに、先立ったはずの妻の匂いが、ずっと傍らに漂い続けていたというのだ。その匂いは最終目的地である聖地カイラス山に到着するまで夫に寄り添い、巡礼を終えたところで消え去ったのだという。

     例の仏像から漂う強烈な匂いは、五体投地を続けた僧侶のそれと似ているかもしれない。その僧侶の遺灰がから匂いが発生しているのなら、彼はまだ巡礼を続けたがっているのだろうか。

    臭気を放つという仏像を確認するオカルト探偵・吉田。

    吉田悠軌

    怪談・オカルト研究家。1980年、東京都生まれ。怪談サークル「とうもろこしの会」の会長をつとめ、 オカルトや怪談の現場および資料研究をライフワークとする。

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