お守りか使い魔か? タイの童子像呪物「クマーントーン/ルーククローク」の謎

文=本田不二雄 
取材協力=はやせやすひろ、田中俊行、きりん堂、椋橋彩香

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    心霊大国タイには、童子像の呪物がお守りとして珍重されている。呪物コレクターたちの所有品について、呪術師やタイ仏教美術の視点も交えて解説しよう。

    赤子や胎児の遺灰が材料となる

    「クマーントーン(クマントーン)」の名で、タイではよく知られている呪物がある。
     見た目のバリエーションはいくつもあるが、多くは裸形にて瞑想する童子像で、近年は福を招くお守(雑貨)として同国の呪物(お守)マーケットなどで売られているほか、寺院でもつくられ、寺院や僧侶ごとにさまざまな像容がある。
     その作り方は、死んだ赤子の遺灰に7つの墓場の土や植物の樹脂・ハーブなどを固めて成型するというのが一般的だが、子宮内で亡くなった赤子(水子)のミイラ状のもの(これをとくに「ルーククローク(ルッククロック)」という)もあり、アンダーグラウンドでは、「女性を妊娠させるところからは
    じめ、臨月を迎えると腹を裂いて赤子を取り出し、魔術的な方法で燻して金粉などを塗ってつくる」といった非合法な製作も行われているという。
     それが珍重されるのは、「命を謳歌できなかった子が、死後に人のために働くことで徳を積める」からだとか。
    (参照『本当にあった「呪物」の怖い話』宝島社刊)

    原点は呪術によって甦った使い魔?

     呪物を収集するオカルトコレクターの田中俊行氏にいわせると、クマーントーンは「呪物を集めている人は絶対持っているマストアイテム」だという。また、同じ名称で売買されているものにも多様なバリエーションがあることが、同じく呪物を収集するYouTuberはやせやすひろ氏(都市ボーイズ)のコレクションを見てもわかる。

    多様なクマーントーン、ルーククローク(はやせやすひろ氏所蔵/撮影=中田悟)。

     写真の一番右は、招福雑貨として大量生産されたもの。その左は一転、手作り感を感じさせる素朴なつくり(だけに怖い)だ。ちなみに左端は、はやせ氏によれば「108通りの死に方をしたうちの約半分、50体余の霊がこめられた」ものといい、「子ども(の御霊)だから甘いものをお供えしないと後でしっぺ返しを食う」とのことだ。

     注目は左から2番目の一点だろう。赤い包みにくるまれたそれは、頭骨の割合が大きく、まさに胎児を思わせるものだ。とすれば、これは死産の赤子からつくられるという「ルーククローク」かもしれない。
     タイの民俗信仰に詳しい椋橋彩香氏によると、「(クマーントーンの特徴は)童子像であること。現代では豊満な男児であらわされるのが一般的だが、もともとは呪術によって甦った使い魔であり、胎児のミイラから製造される。ゆえに恐ろしげな形相で作られることが多かった」という。
     だとすれば、右のルーククロークがクマーントーンの原型だったのかもしれない。

    手招きのポーズは不運や危害を招く意味か?

     タイの研究者の論文によれば、一部の黒魔術愛好家の間では、「他者に危害を加えるのに使用するために作られ、残虐性を持つ」クマーントーンもあるという。それをとくに「殺し屋クマーントーン」といい、「無残な死に方をした死者の霊を招き寄せ、人形に宿らせ」、「その神通力は敵に正気を失わせ……敵を即刻殺してしまう」という(椋橋氏の教示による)。

    田中俊行氏がタイで入手したクマーントーンまたはルーククロークの像(撮影=我妻慶一)。

     そこで注目したいのがこちらの像だ。
     アバラは浮き出て、落ちくぼんだ眉間の眼をカッと見開き、こちらを凝視する童子像。
     一般の「クマーントーン」より大きく、手招きするような謎のポーズをとっており、また、頭からは三つ編みの辮髪が垂れているのも特徴。

     所有者の田中氏は、タイのバンコクにお守り市場、呪物市場とも呼ばれるマーケット(タープラチャン市場)のなかに〝邪悪な店〟があり、その店の守り神だったのかもしれないと語る。あるいは、クマーントーンと類似するお守りで、攻撃的で扱いが難しいため屋内ではなく家の軒下などに祀られる「ルーククローク」かもしれない、とも。
     表面はうっすら灰を被ったような感じで、お知りに穴が開いている。そこに何か(お経や願文)を詰めていたのだろうか。

     本像のやせ細った不気味な形相は、招福のイメージからは遠く、まさに「殺し屋」の黒呪術を思わせると椋橋氏。その場合、「手招きのポーズは不運や危害を招くものとして解釈できる」という。
     ちなみに、特徴的な辮髪は、タイでは子どもにさせる髪型としては珍しいものではなく、手招きのポーズも、タイで普及している招福の女神像にも似た体勢のものがあり、クマーントーンにも同様のポーズをもつものがあると椋橋氏はいう。

    頭頂部に植えられた三つ編みの辮髪。人毛なのだろうか。

     それにしても、なぜ死んだ赤子や胎児がそのように信仰されるのだろうか。
     占呪術師のきりん師は「早世した赤子も胎児も、ヒトとして形になる前の中途半端な状態。つまりこの世とあの世の境目の姿」だという。さらに、「それ(水子など)を用いる呪術師が日本にもいて、隠されながらも口伝として残っている」とも。
     おそらく、クマーントーンやルーククロークも、あの世とこの世を媒介する存在と見なされ、見えざる世界から吉凶禍福をもたらす者と認識されたのだろう。

     なお、椋橋氏によれば、今回の取材をきっかけにネットで捜索したところ、この像に酷似した像がネットで売られていたという。そこには「クマーントーン ルーククローク」と併記され、製造元の寺院名と僧名が記されていた。
     その寺院はクマーントーンで有名な寺院といい、「容姿が古式のミイラ風であるのは合点がいく」とコメントしている。

    (月刊ムー2023年1月号「戦慄の呪物奇譚」特集の一部を再構成)

    本田不二雄

    ノンフィクションライター、神仏探偵あるいは神木探偵の異名でも知られる。神社や仏像など、日本の神仏世界の魅力を伝える書籍・雑誌の編集制作に携わる。

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