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この道25年、すべてを知る男による全国屈指の珍スポット紹介! 今回は千葉県北部の道祖神。尋常ではない数の石祠が奉納された驚異的光景の背景にある人々の思いとは?
千葉県北部には珍しい習俗がある。路傍の道祖神に小さな石祠を奉納するのである。これは成田市、香取市、神埼町、多古町、匝瑳市といった北総と呼ばれるエリアに広く分布している。普通の人には全く知られていない地味な習俗だが、実際現地に赴いて目にしてみるとその分布域の広さと密度に驚かされる。そしてなによりもその小祠の数が尋常ではない位、大量に奉納されているのだ。ここではその知られざる北総の道祖神信仰について詳しく紹介したいと思う。
その前に道祖神についての一般的な概要を少しだけ。
道祖神とはムラに悪いモノ、例えば疫病や悪人、悪霊などが入り込まないようにムラの入口、主に辻や三叉路に設置される民俗神で、日本中で見ることができる。長野の双体道祖神や東北地方の巨大な人形道祖神、あるいは男根型の石棒などが有名だが、全国的によく見かけるのは「道祖神」と文字が彫られている石碑や祠だけが置かれているパターンである。いずれもムラの守り神としてだけではなく、いつの間にか旅の安全や足の病気、はたまた縁結びに御利益のある神様にもなってしまった庶民になじみの深い神様である。
最初に紹介するのは成田市にある三竹山道祖神だ。成田山新勝寺の近くにあり、三叉路に位置している。四方にうねる巨樹が印象的な道祖神だ。比較的新しい鳥居の向こうに近年設置された木製の祠が祭られている。
しかし、注目していただきたいのは木の根元にある古い石祠とその前に置かれた小さな祠型の石である。家型をしており、道祖神の祠を模しているのは明らかだ。簡単な形状ではあるが、素人がおいそれと作れるようなものでもない。それなりの道具と技術が必要だ。奉納者がなんらかの意図をもってわざわざ石工に頼んで作らせたものだろう。一体なんの目的でこれを奉納したのだろう。さまざまな疑問を抱えつつ、取り敢えず「ミニ石祠」と勝手に命名し、次なる道祖神を求めて歩を進めて行くのであった。
次は成田市の東側に位置する多古町の道祖神。トタンの小屋の中に石の祠があり、それを囲むようにやはりミニ石祠が密集している。ミニ石祠の大きさは高さ10センチ程度。小屋の中にぎゅうぎゅうに詰め込まれていた。よく見たら中央の大きな石の祠の方が新しく、後から設置したようだが、詰め込まれたミニ石祠の上に置いてあるじゃないか。
多古町から更に東の匝瑳市内山にある道祖神。県道から少し入った三叉路にあった。ブロック塀に囲まれた中にやはりミニ石祠が並んでいた。古くて摩滅しているものもあれば比較的最近作られたようなものもあった。
成田市の北部、高という在にあった道祖神。ロケーションとしては古い道の三叉路にあり 、先程の匝瑳市内山の道祖神によく似ている。プランターに花が植わっており、頻繁ではないにせよ定期的に人がお参りに来ている事が伺える。
石に囲われた部分にミニ石祠が並んでいる。手前に小石があるが、これもミニ石祠と同じ役割を果たしている。というのも、この地域では昔、足の悪い人が道祖神にある小石を一つ拾ってきて、それで患部を撫でると病気が治るとされていた。そして石を借り受けた人は治ったお礼に借りてきた石に小石をひとつ足して返したのだという。
それがいつしか石の祠に変化したため、このようにたくさんのミニ石祠が並ぶようになったのだ。
次に、神埼町の神崎本宿の道祖神。この辺りには道祖神が密集しており、その全てにミニ石祠が奉納されていた。ここの道祖神は国道に面した辻にあり、車がひっきりなしに走っており、撮影してても背後が気になって仕方なかった。ファンシーなお地蔵さんや招き猫が並んでいて、なんとなく地元の人に愛されてる感があった。
並んだミニ石祠。剥離したり割れたりしていたものも多い。石の種類の所為だろうか、それとも古いものなのだろうか。
香取市大戸の道祖神。農家の一画のようなところにあった。祠の周囲にミニ石祠が並んでいた。この成田市北部(旧大栄町)から神埼町、そして香取市の利根川沿いのエリアは北総の中でも特に道祖神が多く、ミニ石祠の奉納も多く見られた。
その中でも印象的だったのが、佐原駅からもほど近いところにあった道祖神。水戸と成田、千葉を結ぶ大動脈、国道51号線のすぐ脇の山中にあった道祖神。隣ではトラックが猛スピードで飛ばしているのに道祖神がある場所は竹林の中で、すぐ近くにはまるで時代劇に出てくるような古道が延びている。周囲から取り残されたようなエアポケットのような場所に道祖神が祭られている。
ミニ石祠の数は少ないが、どれも屋根に破風があり凝った作りが印象的だった。やはり商都として栄えた佐原の街が近いので、農村のそれよりもエレガンスなのだろうか。
そんな北総の道祖神の中でもキング的な存在なのが、成田市中里の道祖神だ。幹線道路から奥まった古い道の三叉路にあるこの道祖神には巨木が枝を広げ、まるで森のように鬱蒼としている。
その根本にはこれまで紹介した道祖神とは比べ物にならない程、大量のミニ石祠が並んでいるのだ。
ミニ石祠の形状は基本的に他でも見た将棋の駒のような形状が多いが、屋根の形状や大さも様々だ。中には本当の石祠のように中が刳り貫いてあるものまである。
地面をびっしりと埋め尽くす大量のミニ石祠。何とも不思議な眺めである。この祠ひとつひとつに人々の願いが込められているのだと思うと、少し寒気すらしてくる。
ちなみにここの道祖神は、あの映画「千と千尋の神隠し」にも現世と不思議な世界の境目のメタファーとして描かれている場面とそっくりである。
一体何故この中里の道祖神だけがこんなにたくさんのミニ石祠が奉納されているのだろうか? 実はこの中里の道祖神の周辺にも数か所ミニ石祠が奉納されている道祖神があるのだが、明らかに奉納されている数が桁違いだ。
一説にはこの近辺の道祖神は安産の神様でもあるようなのだが、ここ中里の道祖神だけは子宝を授けてくれる神様として信仰されているようなのだ。
従って足の病気平癒や安産を願う人は近在の道祖神を参拝するのだが、子宝祈願だけはわざわざ遠くからも中里の道祖神にやってくるのではなかろうか。そしてこれだけ数が多いという事はそれだけ御利益、つまり実績があるのだろう。
民間信仰というものは正直なもので、いくら由緒が正しくても歴史が古くても有名な人が助けられても実効性がなければ誰も見向きもしないのだ。中里の道祖神はまさに成果主義そのもので、成果があるから御礼の小祠もどんどん増えていく。それを聞きつけて参拝者もどんどん増えていく。その結果が今のこの光景なのだろう。
現世利益の奉納習俗、そこはいつでも結果が出るか出ないか、真剣勝負の場なのである。
結局、20か所以上の道祖神を見て回ったが、そのほとんどにミニ石祠が奉納されていた。こんなに面白い習俗が誰の目にも触れず千葉の片隅の路傍でだけ熱く繰り広げられているのは何とも不思議な光景だ。世の中、まだまだ知らないことだらけである。
やっぱり日本は広い!
小嶋独観
ウェブサイト「珍寺大道場」道場主。神社仏閣ライター。日本やアジアのユニークな社寺、不思議な信仰、巨大な仏像等々を求めて精力的な取材を続けている。著書に『ヘンな神社&仏閣巡礼』(宝島社)、『珍寺大道場』(イーストプレス)、共著に『お寺に行こう!』(扶桑社)、『考える「珍スポット」知的ワンダーランドを巡る旅』(文芸社)。
珍寺大道場 http://chindera.com/
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