「山姥」から「走る老婆」へーー高速化する都市伝説ばばあの進化/朝里樹・都市伝説タイムトリップ
都市伝説には元ネタがあった。今回は、飛んだり跳ねたり、アスリートなみの身体能力をもつ老婆たちの登場だ。
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日本じゅうの怪談・都市伝説フリークを驚愕させた伝説的事典の続編が発売された。出版記念トークイベントの模様をレポート!
今から5年ほど前、発売と同時に日本中の怪異・怪談フリークに衝撃を与えた一冊の本がある。
現代の日本を舞台に語られたさまざまな「怪異」を1000以上も集録したとてつもない労作『日本現代怪異事典』だ。戦後から西暦2000年ごろまでの、書籍、雑誌、ネット掲示板などで発信された怪異を幅広く集めたという他に類のない本として、都市伝説・怪談好きの必携書ともいえる存在になっている伝説的事典。その続編がこの6月に刊行され、先日、秋葉原の書泉ブックタワーで出版記念トークイベントが開催された。登壇者は、著書である作家の朝里樹(あさざといつき)さん。そして対談相手は光栄にも本誌「ムー」の望月哲史である。
朝里さんは、とある理由から顔出しNGの覆面作家で、イベント等への参加もそれほど多くはない。
膨大な怪異のデータをどうやって調査収集しているのか。もしかしたら「朝里樹」はひとりではなく複数人の創作ユニットなのでは? など、ご本人が“生きる都市伝説”的な謎の作家でもあるのだ。
ふたりのクロストークで盛り上がったイベントのようすをまじえつつ、『日本現代怪異事典』の魅力、謎の作家・朝里樹の正体、怪異収集の魅力と意義とはとはなんなのか、その一端に迫ってみたい。
『日本現代怪異事典』、そして今回刊行された『続・日本現代怪異事典』がどうすごいのかもう少しだけ補足すると、そのおもしろさの第一はなんといっても圧倒的な情報量にある。現代日本のあちこちでささやかれてきた怪異が、正続あわせると2000項目以上も掲載されているのだ。そんな本は他にない。
またその収集対象が、90年代に大流行した『学校の怪談』系の児童書、最近大ブームの実話怪談本、さらには「洒落怖」などのネット掲示板に至るまで幅広いのも大きな特徴。この事典を読めば、現代の日本人がどんな怪異を語ってきたのかがおのずと浮かび上がってくる、というわけだ。
たとえばどんな「怪異」が紹介されているのか、手元にある事典をぱらぱらめくり目にとまった項目をピックアップしてみると、
「黒鎌鼬」「光る牛」「柳に絡みつく子供」「時代劇の妖刀」「天井を突き破る少女」
などなど。いかがだろう、これだけでもすでに読みたくなっているのでは? こうしたユニークな怪異たちがずらりと立項され、怪談好きは時間を忘れてながめてしまうのだ。
朝里さんによれば、近年はインターネットやSNSなど誰でも発信できる媒体が増えたこともあり、怪異の総数は2000でもまだまだ網羅しているとはいえないのだそうだ。対談では、朝里さんがどんな基準で事典に載せる怪異を取捨選択しているのかも話題になった。
朝里さんが立項の際に気にかけるポイントは、おおきく3点ほどあるという。
まずは「有名な怪異」。
つぎに「名前が特徴的なもの」。
そして、「いくつも共通する特徴をもった話」。
有名なものは、たとえば「きさらぎ駅」など。名前が特徴的なものは、たとえば「窓から首ヒョコヒョコ女」のように、名前だけでも目をひく怪異たち。
共通する特徴をもったものには、『日本現代怪異事典』に集録された「真ん中の怪」などがある。怪談では、3人で写真を撮り真ん中に立った人がその後急死した、3人ならんで鏡に映ると真ん中の子だけが吸い込まれてしまう……など、真ん中になった者が怪現象に見舞われるという話が多く語られている。別の話なのによく似た特徴をもったものがたまってくると、そこに「真ん中の怪」というひとつの項を立てることができる、というわけだ。膨大なデータを収集整理している朝里さんだからこそ可能な、この事典ならではの項目ともいえる。
そしてもうひとつ忘れてならないのが、この事典の巻末索引のユニークさ。五十音順のほかに、さまざまな索引が用意されているのだ。「類似怪異索引」では、同じような場所やシチュエーションで出現する怪異がまとめられている。「異界駅」系だけでもそんあにあるの? と驚いてしまう。
「使用凶器」索引では、悪夢をみせる、体の一部を奪うなど、加害手法ごとに怪異を調べることができるようになっている。怪異を登場させる創作などにもヒントになる索引だ。
今回、続編出版にあたりムーから推薦の帯文が贈られているが、そこには「事象を名付け、並列せよ!」とある。膨大なできごとに怪異としての名前をあたえ、ならべることでみえてくるものがある。それこそがまさにこの事典の面白さのカナメだといえるかもしれない。
イベントでは、謎の覆面作家のルーティンについても話題に。じつは朝里さん、公務員として働きながら執筆活動をしている兼業作家なのだ。この事典のほかにも、児童書の監修やアンソロジーなど手がける著作は膨大なのだが、それを兼業でこなしているというから驚きだ。もちろん情報収集も日課で、「ひとつの怪異ごとにひとつのテキストファイル」をつくり、そこにまとめや出典などを打ち込んでいくのが朝里流のデータベース作成法。
平日はもちろん朝から出勤し、作家としての活動は帰宅後と土日のほとんどの時間をあてているそうで、この5年ほどは長期の旅行にも行けていないのだとか。ちなみに職場の人には一部にバレていて、あだ名は「先生」だそうだ。
そんなストイックな怪異蒐集生活のなかから、朝里さんが特にお気に入りの話は? との質問には2点ほど例があがった。
そのひとつが今回の『続』に収録された「飛び降り志願の男」という怪異だ。
初出は2003年のネット掲示板で、あるところに飛び降り自殺したが即死できず、自分が死んだことを理解できずに霊になってしまった男がいた。あちこちのビルの最上階までよじのぼっては飛び降りを繰り返す周囲を恐れさせる存在になっていたのだが、それを知ったひとりの男がビルの窓の前で逆立ちし、よじのぼる霊に向かって「下へ飛び降りろよ」と声をかける。すると霊は自分が上下を勘違いしていたんだと考え、向きをかえて上へ、つまりはるか宇宙に向かって落ちていった……という話。まるでSFかショートショートのような奇妙な話だ。
また、キャラクターとしてのおもしろみを感じるのは、あの「八尺様」だという。
八尺様といえばネット怪談発の超有名キャラだが、じつは初出時の設定は白いワンピースのみで、麦わら帽子はあとづけのものなのだとか。逆に「男の声」という初期設定はいつの間にか消え、被害者も最初は高校生くらいだったのがいつしか小学生男子になり、現在のスタンダードな八尺様スタイルが完成したそうだ。
ネット怪談は最初からビジュアルが明確に打ち出されているのが特徴で、それがイラスト投稿サイト等で固定化されることで、移り変わりの早いネットの世界でも生き残るものになっていくのだという。八尺様はまさにその好例で、朝里さん曰く、「ビジュアルは当初と違ってしまっていますが、でも忘れ去られてしまうよりはキャラとして生き残ったほうが怪異にとってもいいことですよね」。
朝里さんはホラー映画や漫画、ドラマもチェックしているが、なかには明らかにそうした創作が元ネタだとわかる怪異の投稿もあるそうだ。その場合には出典やネタ元を記録し、情報をアップデートしていくという。怪異収集家にして、怪異探偵でもあるのだ! そんな調査のために蔵書は膨大で、数年前に家に本棚専用のスペースを増設したものの、そこももう9割方埋まってしまったとか。
イベント後、さらに気になるところを、朝里さんに直接インタビューできた。
(編集部)——日々怪異を収集し続ける朝里さんですが、怪異に興味を持ったきっかけはなんだったんでしょう?
朝里 子供の頃に『ゲゲゲの鬼太郎』を観たのをきっかけに、普通の動物や人間でないものに興味を持つようになったのが「怪異」との最初の出会いです。世代的に小学校の図書館には『学校の怪談』があり、ちょうど実写版映画も公開された頃で、怖くて夢中で観ていました。また『地獄先生ぬ〜べ〜』のアニメも放送されていて、そうしたものに触れる機会がたくさんある時代でした。
ネット怪談を知ったのは中学生からで、「洒落怖」や「現代奇談」といったサイトを読んで、『学校の怪談』や妖怪以外にもこんなに変なものがたくさんいるのか、と興味を深めていきました。
*洒落怖=しゃれこわ。2chのオカルトスレッドの最も有名なもののひとつで、「死ぬほど洒落にならない怖い話を集めてみない?」の略。
*現代奇談=都市伝説蒐集家、松山ひろし氏が運営していた都市伝説や奇談の紹介サイト。現在は閉鎖。
——その頃からもう『日本現代怪異事典』のもととなるデータベースをつくっていたんですか?
朝里 今に続く怪異のファイリングをするようになったのは、自分用のパソコンを持った大学時代からです。就職後も趣味で続けていたんですが、社会人になりある程度お金にも余裕ができたこともあって、これを同人誌にしてみようかな……と。それまで現代の怪異をまとめた本がなかったのでやってみたんですが、作ってみると思いのほか反響があり、やがて笠間書院さんに声をかけてもらって『日本現代怪異事典』の出版となります。
——たいへんな時間と労力ですが、朝里さんにとって怪異を集める理由や意義とはなんでしょう?
朝里 第一は好きだということですね。好きなものを集めて、広めたい、知ってもらいたいというのが一番の動機です。
それから、たとえば妖怪って時代によってガラッとかわるんですよ。神話では部族同士の争いが妖怪に仮託されていますが、平安時代になると羅生門の鬼のように妖怪は生活のなかに出現するようになる。戦国時代になると今度は武将に退治される存在としての化け物がたくさん出てきます。そして現代になると、汽車が出てくると汽車に化けるタヌキが現れ、車社会になると車の妖怪が……というように、時代に合わせた怪異がでてきます。怪異は時代を反映しているんです。
現代は庶民の怪談の時代で、普通の人がどのように怪異を語っているか、ということを今こうしてまとめて本にしておけば、100年後の人たちにこの時代の日本での怪異のありようを残すことができます。
ネットの怪談は、掲示板の閉鎖とともに消えてしまうこともあり、「残す」という部分に難しさがあります。その点、本は図書館にも残りますし、そこに強みがある。怪異をまとめて本にすることには、そういった意義もあると思っています。
——朝里さんにとって、怪異の魅力とは?
朝里 この事典では、「怪異」とは普通ではないこと、常識から逸脱していることと定義しています。たとえば都市伝説の「ベッドの下の男」はおもしろい都市伝説ではありますが、普通の人間がやろうと思えばやれる範囲なので、怪異ではない。そのように「怪異」は普通に生きていたら絶対にみえてこない、この世界の向こう側だと思っています。それが覗けるというロマンが、怪異にはあります。
小さい頃は『学校の怪談』の映画も本当に怖いと思って観ていましたが、いまは現実の方が怖いですね。公務員という仕事柄、どうしても業務が「現実中の現実」のようなことを扱うことが多いので、幽霊や妖怪のほうがずっとロマンがあります(笑)
世界の向こう側に向き合い、現実逃避として怪異を収集する朝里樹さん。怪しさに取り込まれず、淡々と事象を並列する正気には、特異な情熱が秘められているようだ。
『続・日本現代怪異事典』笠間書院公式サイト
http://shop.kasamashoin.jp/bd/isbn/9784305709837/
webムー編集部
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