「山姥」から「走る老婆」へーー高速化する都市伝説ばばあの進化/朝里樹・都市伝説タイムトリップ

文=朝里樹 絵=本多翔

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    都市伝説には元ネタがあった。今回は、飛んだり跳ねたり、アスリートなみの身体能力をもつ老婆たちの登場だ。

    驚異的な体力をもつ都市伝説の老婆

     老婆は走る。それもとてつもないスピードで。
     これは都市伝説ではよくある話だ。

     たとえば「ジェットババア」とよばれる老婆がいる。この老婆はその名の通りジェットエンジンをつんでいるかのようなスピードで走り去るという。
     類似した者に「ターボババア」という老婆もいる。これはターボエンジンのごときスピードを誇るという老婆で、両手両足をついて走るその背中には「ターボ」と書かれた紙を貼っているという、自己主張の激しい特徴をもつ。
     このほかにも「100キロババア」「80キロババア」「120キロババア」など、自身の走る速さが名前になっている老婆も多い。
     また、ときには走るだけではなく跳躍する老婆もいる。「ジャンピングババア」はその名の通り走るのではなく飛びはねる老婆だ。この老婆は主に愛知県で目撃され、着物に下駄という姿で一回のジャンプで4メートルは跳ぶという。

     ほかにもただ走るだけでなく、道具を使う老婆もいる。
     たとえば「バスケばあちゃん」はバイクで高速道路を走っているとバスケットボールをドリブルしながら現れ、ボールをチェストパスで投げつけてくる。運転手は走りながらハンドルから手を離してボールを受け取るか、そのままボールをぶつけられるかの最悪の二者択一をせまられることとなる。また、「棺桶ババア」という老婆もおり、こちらは棺桶をかついで現れ、車と並走して運転手を摑みだし、かついでいた棺桶に入れてそのまま焼却場まで運んでしまうという。

     そしてこれらの老婆に共通する特徴として、老婆という姿に似つかわしくない驚異的な身体能力をもっており、異常なスピードで移動する、ということがあげられる。そして多くの場合、自動車やバイクに乗っている人間のもとに現れ、自動車を追いかけてきたり、追い抜かしていったりする。さらにこれらの老婆と遭遇した人間は交通事故を起こすなどの被害にあうと語られることも多い。
     つまりとんでもない速さで動く老婆、という要素だけ見ればある種愉快にも思える怪異だが、出会ってはならない恐ろしい存在でもある。

     しかし、遭遇してはならぬ老婆は何も現代にだけにいるのではない。まだ自動車が発達していない時代にも老婆の姿をした恐ろしい存在が語られていた。昔話などに登場するそれら老婆もまた、走っていた。彼女らは「山姥」とよばれる。

    逃げる人間を追いかける「山姥」

     山姥が登場する昔話として有名なのはまず『三枚のお札』だろう。

     ある山寺に住む小僧が和尚に山に栗を拾いにいきたいと駄々をこねるが、和尚は山には山姥がいるからだめだと反対する。しかしあまりにしつこいため、根負けした和尚は3枚のお札を渡し、困ったことがあればこのお札に願いを掛けろと告げて小僧を山にいかせる。
     小僧は喜んで山で栗拾いをしていたが、そこに山姥が現れ、小僧を捕らえて家に連れて帰ってしまう。山姥はそこで小僧を食おうとするが、小僧は便所にいきたいといってひとまず難を逃れ、そこで1枚目のお札に自分の代わりに返事をするよう頼み、窓から逃げる。
     山姥はしばらく便所の中から聞こえるお札の声に騙されていたが、やがて小僧が逃げたことに気がついて走って追いかける。
     山姥に追いつかれそうになった小僧は今度はお札に「川になれ」と願う。すると本当に川が現れるが、山姥は川を飲み干してまた追いかけてくる。小僧が最後のお札に「山火事になれ」と願うと今度は山火事が起きて山姥を阻むが、山姥は先ほど飲んだ川の水を吐き出して火を消し、また追いかけてくる。
     小僧は何とか寺まで逃げ、そこで和尚に助けを求める。和尚は小僧を隠すと山姥に術比べを仕掛け、山姥に豆ほども小さくなれるかと試し、山姥がその通りにすると焼いていた餅にくるんで食ってしまった。これにより小僧は難を逃れたという。

     この他にも「牛方と山姥」「馬方と山姥」という話も知られている。これは牛方(馬方)の男が牛(馬)に魚を背負わせ、山を越えて村に向かう途中、山姥に遭遇するという話で、男は荷物の魚を投げ渡すことで山姥がそれを食っている間に逃げようとする。しかし山姥はすぐに魚を食いつくし、男を走って追いかける。男は仕方なく大切な牛(馬)を山姥に渡し、逃げる。
     それでも山姥はあっという間に牛(馬)を食いつくして男を追いかける。男は池の近くにある木に登って隠れるが山姥が池の水面に映った男を見て池に飛び込んだため、近くのあばら家の屋根の裏に隠れる。しかしそこは山姥の家で、男は山姥をだまし、釜の中に閉じ込めて焼き殺すことで難を逃れる。

     このように、昔話に登場する山姥は逃げる人間を強靭な脚で追いかけ、追いつめる。しかし車もない時代、彼女らが追いかけるのは走って逃げる人間、そうでなくともせいぜい馬に乗って逃げる人間だったろう。つまり80キロも100キロもスピードを出す必要がなかった。
     現代の老婆たちは山姥とは別方向に進化を遂げた。彼女らは人を食うことを目的とせず、もっと現実的な方法、人を交通事故にあわせるという不幸をもたらすため、異常な速さを身につけた。
     現代の人間がより早いスピードによる移動を求めた結果、それに適応した老婆たちが新たに出現したのだ。
     そう、老婆たちはただ走っているのではない。この新たな時代に、より多くの人々を恐怖におとしいれるべく、日々邁進しているのだ。

    絵=本多翔

    (2023年5月号掲載)

    朝里樹

    1990年北海道生まれ。公務員として働くかたわら、在野で都市伝説の収集・研究を行う。

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