昭和の「口裂け女」と江戸の「鬼女」/朝里樹・都市伝説タイムトリップ

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    都市伝説には実は、元ネタがあった。今回登場するは、昭和の子どもたちを震撼させたあの女。

    昭和の子どもたちを震撼させた

     1970年代に目撃情報や噂が流れはじめ、1979年には日本中でブームになり、全国の子どもたちを恐怖させたその容貌は、白いマスクで口を隠し、赤いコートを纏った長身の女などと語られた。
     この女は下校中の子どもの前に現れると、「わたし、きれい?」とたずねる。そのとき、子どもが「きれいです」と答えればマスクを外し、耳まで裂けた口を見せて「これでも?」とずねるという。
     逆に「ブス」などと答えるものなら怒り、隠し持った凶器でその子どもを殺害してしまう。 口裂け女から逃れるには「ポマード」と3回唱える、べっこうあめが好物なので、渡して夢中で食べている間に逃げる、質問に「まあまあです」と答え、反応に困っている間に逃げる、掌に指で犬と書いて見せる、などの対処法が知られている。
     そのほかにも噂はさまざまで、その正体は整形手術に失敗し、口が耳まで裂けた、交通事故にあい、口が裂けた、三姉妹で、それぞれ別の理由で口が裂けたといったことが語られる。このように、元は人間で、口が裂けたことがきっかけで化け物となったとされることが多い。

     もともと口裂け女は初期の噂では不審者として扱われる場合が多かったようだが、いつしか口が裂けた女というだけでなく、100メートルを3秒で走る、裂けた口で人間を食らう、素手で人間の口を引き裂くといった、異常な能力が付加されていった。
     また、扱う凶器もさまざまで、ナイフ、鎌、ハサミ、包丁、鉈、剃刀、メスなどの刃物が多く、それを使って子供の口を自身と同じように裂く、または切り殺すなどと語られる。ほかにも編み棒、釜、櫛など、バラエティに富んでいた。
     さらに己の肉体そのものを凶器とするパターンも生まれた。
    たとえば、素手で子どもの口を裂く、口の中に生えた130本の歯を使って頭からかみ殺す、子どもを捕まえて食い殺すなどの話があった。
     また、数字の「3」に関わりが深く、東京都の「三軒茶屋」や「三鷹」、兵庫県の「三宮」など、「三」と地名につく場所によく現れた、という噂も語られていた。筆者が第3回の連載にこの口裂け女を選んだのも、これが理由である。

     ブームは1979年中に収束したとされることが多いが、90年代の学校の怪談ブームでは小学生たちの間で口裂け女の話が語られている例が多く見られるし、令和のいまも子どもたちの間でその名が伝わっており、まだまだ現役のようだ。
     そして、口が裂けた女が現れ、人間を襲うという話は過去にも数多く語られていた。今回は江戸と明治、ふたつの時代に語られた口裂け女の話を紹介しよう。

    口を裂いて鬼となる江戸時代の鬼女

     江戸時代の説話集『新著聞集』にはこんな話が載っている。

     江戸の中橋に高野庄左衛門という人物が住んでいたが、その妻はどういうわけか夫を妬みつづけ、病を患ってついに死のまぎわとなった。庄左衛門は妻のそばを離れずに世話をしていたが、ある夜、突然妻が起き上がり、自らの指を口に入れて耳元まで裂いた。さらに髪は逆立ち、女鬼と化して夫に飛びかかった。
     庄左衛門は妻と組み合い、人を呼んだところ、下人や隣人が駆けつけて、鬼となった妻に寝具や布団などを被せ、6、7人が打ち重なって何とかこれを殺した。
     その後、庄左衛門の妻の亡がらは寝具に巻かれたまま大きな長櫃ながびつに納められ、寺に送られた。しかしこれ以降庄左衛門も心が沈み、患って100日ばかりして死んでしまったという。

     明治9(1876)年4月20日付の「東京日日新聞」には、東近江(滋賀県)の森山のあたりから野洲やすのあたりに人を食う鬼が出たという記事がのせられている。
     ある男性が野洲のあたりを歩いていると、後ろからひとりの女がきて「森山まで参る者でございます。どうぞ道連れにしてください」という。そこでふたり連れ立って歩いていたが、ふと見ると女は恐ろしい目つきをしていた。
     そこで男性はこれが噂の鬼の化けものではないかと思い、早足で逃げようとすると、女もすかさず走り寄ってきた。
     振り返ると、女の顔は口が耳元まで裂け、両眼が光を放ち、火炎のごとき舌を振り回しながら「おーのーれー」と叫んだ。そして女は男性の耳と目の間にかみついたが、男性は元より血気盛んな益荒男ますらおであったため、力任せにこの女鬼を投げ飛ばし、ようやく逃げ帰った。しかし家に入ったとたん気を失い、10日ばかり寝込んだという。

     このほかにも『新著聞集』には猫が化けた口が裂けた女の話があるし、江戸時代の怪談集『怪談老の杖』では狐が化けた女の口が耳まで裂けていた、という話があるなど、口が裂けた女の話は近代以前に多く見られる。そしてこれらの話では、口が裂けている、という要素はその正体が鬼や獣など、人ではない何かであることを示すものであった。

     しかし現代の口裂け女は、はじめ人間の不審者として語られ、口は整形手術などによって後天的に裂けたものとして語られることが多かった。そして噂が流布するにつれ、口裂け女が人ならざるものとして語られるようになっても、その正体は近代以前のように鬼や獣とはされず、あくまで「口裂け女」という口が裂けた女の化けものとして認識された。
     これは現代においては鬼や人に化ける獣といった存在がリアリティをもって語られなくなったことも要因なのだろう。
     鬼でも獣といった「正体」を必要としない、ただ口が裂けた女の化けものであり、ほかの何者でもない「口裂け女」という存在は、現代だからこそ生まれることができたといえるかもしれない。

    イラスト=本多翔

    (月刊ムー2023年3月号掲載記事)

    朝里樹

    1990年北海道生まれ。公務員として働くかたわら、在野で都市伝説の収集・研究を行う。

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