昭和の定番都市伝説「乳母車怪談」のルーツを求めて/初見健一の昭和こどもオカルト回顧録

文=初見健一

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    ベビーカーを押す、幸せそうな親子が実は……。奇妙な乳母車の怪奇話の原点をたどってみると?

    「乳母車を押す若奥さん」の噂

     去年の夏に公開された和製ホラー映画『ドールハウス』。そのデキについてはともかく、物語の序盤に「うわぁ、懐かしいなぁ!」と感激してしまうシーンがあって、すっかり忘れていた小学生時代のことを思い出した。

     長澤まさみ演じる主人公は不幸な事故で一人娘を亡くして精神の安定を失い、骨董市で見つけた日本人形を「娘の代替物」として溺愛しはじめる。どこへ出かけるにも人形をベビーカーに乗せて連れ歩くようになるのだが、ある日、彼女がショッピングモールを歩いていると、「まぁ、かわいい赤ちゃんですね!」と女性店員が駆け寄ってきてカバーに覆われたベビーカーの中を覗き込む。そこに赤ちゃんの姿はなく、不気味な日本人形だけが横たわっているのを目にして店員は絶句する……。

     この短いシークエンスとまったく同じ噂話が、小学生時代に僕らのクラスで大流行したことがあったのだ。クラスの女子が「他の学校の友達から聞いた『実話』」という設定で披露したのが最初だったと思う。典型的な都市伝説の構造を持つ怪談として流布したわけだ。流行時期ははっきり覚えていないが、70年代の後半、社会現象化した「口裂け女」の話が拡散する直前だったような気もする。いくつかバリエーションがあるのだが、だいたい次のような内容だった。

     近所の空き家に、若い夫婦が引っ越してきた。若奥さんはいつも乳母車に赤ちゃんを乗せて町を散歩している。とても愛想のよい人で、散歩の途中で人に出会えば誰彼なく笑顔で挨拶を交わす。近隣の人たちからの評判はすこぶるよかった。ただ不思議なことに、誰も彼女の夫の姿を見ていない。
     ある日、近くに住む主婦が散歩中の若奥さんと出くわす。主婦は「お子さんはおいくつなの? ちょっとお顔を見せてね」と乳母車の中を覗き込んだ。そこには赤ん坊の人形が横たわっていた。

     たったこれだけのお話で、余計な説明もなくプツリと途切れるあたりが、当時の小学生だった僕らにとってはちょっと新鮮で、かつまた不気味だったのだと思う。幽霊も超常現象も描かれず、怪談と呼べるかどうかも曖昧なのだが、そこにも新しさを感じたのかも知れない。今なら「ヒトコワ」などという無粋な名称のジャンルに放り込まれて終わるだろうが、当時の僕らの感性はそれほどスレてもいなくて、「え? なんなの、その話?」と驚くことができたのだ。

    「口裂け女」は我々70年代世代が最初に耳にした都市伝説と定義されることが多いが、僕らは「乳母車を押す若奥さん」によって初めて都市伝説的なものの感触を知ったのかも知れない……という気もする。従来の心霊譚的怪談ではなく、日常生活に潜む不穏さに出会ってしまう感覚が、当時は斬新だったのだろう。
    *生成AIによるイメージ画像

    時代を超えて語られる「乳母車怪談」

     この「乳母車怪談」の別バージョンとして、「乳母車の中はからっぽだった」というオチもあった。これも記憶が曖昧なのだが、最初に流布したのは「からっぽ」エンディングの方だったような気もする。いずれにしろ子どもたちの間でブレイクしたのは「人形オチ」の方で、こちらのバージョンの方が衝撃度は上だったのだろう(個人的には「からっぽ」の方が怖いような気もするが……)。

     ところで、この「乳母車怪談」の流行は僕らの周辺だけのローカルな現象だったのだろうか?……と気になって調べてみると、やはり定番の昭和怪談として過去に広く流布しており、それだけではなく、同種の噂話はリアルタイムの都市伝説として現在も散発的に流行を繰り返しているらしい。僕はまったく知らなかったが、つい先ごろも「人形をベビーカーに乗せた女」の目撃情報がSNSなどで話題になったようだし、数年前には中野ブロードウェイに出現する「みどりのおばさん」(髪を緑色に染め、ベビーカーにぬいぐるみを乗せて歩くおばさん)の噂が一部で注目を集めた。

     実際に人形をベビーカーに乗せて連れ歩く「地元の有名人」(?)も各地に存在するようだし、そうした「変わった趣味を持つ人」とはまったく別に、幼い子を失った親の喪失感を癒すため、「リボーンドール」と呼ばれる子どもの人形を使うセラピーもあるらしい。このセラピーを受けている人は、ベビーカーに人形を乗せて散歩をすることもあるという。

     一方、去年はマルチや宗教などの勧誘に絡んだ噂も拡散した。ベビーカーに人形を乗せた女が子育て中の若いママたちの集まりに紛れ込み、ママ友として巧みに周囲に話しかけてセミナーやら勉強会に誘うこともあるそうだ(真偽は不明)。
     こうなってくると怪談から離れて、詐欺や犯罪に関する注意喚起みたいな話になってくるが、アメリカでもベビーカーを利用した犯罪絡みの噂が拡散されたことがあった。真夜中の道路沿いなどにベビーカーを放置し、訝しがって近づいてきた人を襲う「ベビーカー強盗」事件が多発している、という話が広まったのだ。2000年代初頭から散発的に流行しているようだが、2023年にも「ベビーカー強盗現場の動画」とされるものが投稿されて話題になった。もともとはチェーンメールで拡散した都市伝説だったともいわれている。

    「ベビーカー強盗」の噂で語られる「闇夜にポツンと放置された乳母車」というイメージには強烈な不穏さが漂うが、こうした「違和感のある場所に置かれた乳母車」の不気味さを利用して注目を集めたのが、後述するように映画『ローズマリーの赤ちゃん』(1968年)の公開時のポスターだった。
    *生成AIによるイメージ画像

    ホラーアイテムとしての乳母車

     アメリカの「ベビーカー強盗」の話はかなり眉唾だが、この噂に一定の説得力があるとすれば、それは「深夜の道路にポツンと置かれたベビーカー」という異様なイメージの力強さのせいなのだろう。この光景には、なにかしら人を戦慄させるものがあると思う。アメリカにも日本にも、ベビーカーにある種の違和感というか、うっすらとした恐怖を感じてしまう感性というものがあるのかも知れない。いつ目にするか、どこで目にするかによって、ベビーカーはホラー的なアイテムに変わってしまうらしい。

     例えば真っ暗な夜道を歩いていると、後ろから乳母車の車輪が軋むキュルキュルという音が聞こえてきた……という怪談を昔はよく耳にした(昭和の乳母車は金属製スポークの車輪がついており、油を差さないと耳障りな音がしたのである)。また、90年代の「学校の怪談」ブームのときには「ヨジババ」(四時婆)という妖婆の噂が流行している。70年代の前半から一部の子どもたちの間で話題になっていたそうだが(僕はまったく聞いたことがなかった)、地域や時代によってさまざまなバリエーションがあるなかで、「人骨を乗せた乳母車を押す老婆」として語られることもあったという。こうした老人と乳母車の取り合わせに感じる違和感を恐怖に結び付ける怪談は複数存在するが、「深夜の山中の道路で老婆が乳母車を押していた」といった類の話は昔も今も定番だ。

     そういえば小学生の頃、僕は叔父さんから「乳母車を押す老婆」の目撃談を聞かされ、震えあがったことがあった。店舗の内装デザインの仕事をしていた叔父さんは、顧客の店が閉店している夜間に現場へ出向くことが多く、その日も真夜中過ぎに相模湖付近の甲州街道を仕事仲間とクルマで走っていた。あの付近をドライブしたことがある人ならわかると思うが、山の斜面の高い崖に沿って急カーブが連続する道路である。車道の脇を人が歩くことは不可能ではないと思うが、まともな歩道もない。そもそも標高がかなり高いので、あそこまで登ってくる歩行者は昼間でも稀だろう。しかし叔父さんは、ある急カーブを曲がるきに、あやうく人を轢きそうになったという。街灯も少ない真っ暗な深夜の道路を、ほっかむりをした老婆が乳母車を押してとぼとぼと歩いていたのだそうだ。単にそういう変わり者のお婆さんが夜の散歩をしていただけなのかも知れないが、車内は騒然となったらしい。

    「乳母車を押す老婆」を目撃する怪談は全国各地にあるようだが、さまざまな噂が絶えない犬鳴峠(もしくは旧犬鳴トンネル付近)の事例が有名らしい。他にも「山道で出会う」というパターンが多く「山の怪談」の典型でもある。ホラーマンガなどに採用された影響で「声をかけられると死ぬ」といった話が広まったことがある。
    *生成AIによるイメージ画像

    「乳母車怪談」の源流はどこに?

     さて、ようやく本題である(前置きが長くてスミマセン)。僕の印象では、冒頭で紹介した「乳母車のなかに人形」というあの怪談は、子どもたちの間で自然発生的に流布したものではないと思うのである。なにかハッキリとした元ネタがあったんじゃないか?……というのが気になった。で、映画『ドールハウス』を見て以降、暇さえあればそのルーツ探しに夢中になっていた。

     まず僕が推測したのは、多くの昭和怪談の流行がそうであるように、これも当初は女子発信の噂話だったはずなので、やはり少女マンガが一番怪しい……ということだった。人形ネタの少女マンガといえば、真っ先に思い浮かぶのは山岸凉子の『わたしの人形はよい人形』だろう。『ドールハウス』も本作の影響を多分に受けていると思われるが、発表年が1986年なので時代がまるで合わないし、乳母車も登場しない。
     小学生時代の僕が読んだ人形ネタの少女マンガで強烈に印象に残っているのは、高階良子の『堕天使の人形』だ。悪魔的魂を宿した可憐なフランス人形がさまざま人の手に渡りながら、持ち主をことごとく破滅させていくというオムニバス形式のお話だった。わたなべまさこの名作『聖ロザリンド』の人形版のような作品だが、高階良子らしい容赦のない描写が秀逸だ。70年代後半の作品で時代は合うが、これにも乳母車は登場しなかったと思う。
     当時、うちのクラスで女子も男子も読んでいたのが、『白いかげぼうし』で僕らを震撼させた美内すずえ。彼女も人形ネタをいくつか描いており、その代表作は『妖鬼姫伝』ということになるだろう。しかし、これは雛人形にまつわる話である。

     で、もっとも「乳母車怪談」に近いのが、1973年に『週刊マーガレット』に掲載された『人形の墓』だ。
     幼い娘を亡くした夫人が暮らすお屋敷へ、養女としてもらわれてくる少女が主人公。しかし、娘の死によって心身を喪失した夫人は等身大の少女人形を溺愛し、実の娘のように話しかけ、細々と世話をし、食事まで与えている。主人公が徐々に夫人の愛を獲得していくに従い、人形は死んだ娘の魂を宿しはじめ、少女への嫉妬心をむき出しにしていく……。この夫人はいつも少女人形を乳母車ならぬ車椅子に乗せて散歩させている。生身の少女のように描かれていた車椅子の娘が、実は人形だったと判明する場面はトラウマ級にショッキングだった。

    『人形の墓』(美内すずえ・作/角川ホラー文庫/1994年)。著者の70年代恐怖マンガを集めたアンソロジー。みなしごの少女が試練を乗り越えて幸せになる表題作などは少女小説的伝統を踏まえた昭和の少女マンガの秀作だが、宿命に翻弄されて凶行を繰り返す少女を描く『孔雀色のカナリア』など、当時の美内マンガの硬質さが堪能できる。

    80年前に誕生していた「乳母車怪談」

     映画の方面でも元ネタ探しをしてみたが、乳母車が不気味な小道具として登場するホラー映画は多数あるものの、「乳母車怪談」のモチーフといえる作品は見当たらない。『人形の墓』のように子ども用車椅子が重要なホラーアイテムとして登場するのはリアルな心霊ホラーとして名高い『チェンジリング』だが、これは公開が1980年だし、肝心の人形は登場しない。

     ホラー映画と乳母車の関連でよく取り沙汰されるのが、ご存知『ローズマリーの赤ちゃん』。公開時のポスターは岩山の頂上にポツンと乳母車が放置されている異様な図柄で、このビジュアルが「乳母車=なんか怖い」というイメージの蔓延に多少は貢献したのかも知れない。有名なラストシーンは「乳母車の中に異形の赤ちゃんがいる」と語られることが多いが、あれは乳母車というより、黒い揺りかごだろう。屋外で押して歩くようなものではないと思う。本作に影響を受けたと思われる1974年のB級ホラー『悪魔の赤ちゃん』の宣伝用ビジュアルも、暗闇に置かれた乳母車から不気味な手が出ているというものだったが、本編に噂の元ネタになるような場面はない。

    『ローズマリーの赤ちゃん』(ロマン・ポランスキー監督/1968年。日本では翌年公開)の宣伝用ビジュアル。ショッキングなイメージを使用せず、「不気味な岩山に放置された乳母車」だけを描く静謐なデザインが当時はかなり話題になったようで、ホラー映画史に残る傑作ポスターとして知られている。

     というわけで結局、「乳母車怪談」のルーツはひとまず美内すずえの『人形の墓』ということにして、このネタはしばらくほったらかしておいた。しかし、それからだいぶ時間がたって、まったく別の案件を調べているときに「完璧な元ネタ」と思われるものを偶然に発見してしまって驚愕したのである。

     氷川瓏という1913年生まれの探偵小説作家・純文学作家が、戦後間もない1946年に雑誌『宝石』に発表したデビュー作、タイトルはそのものズバリの『乳母車』という短編。これがまさに「乳母車怪談」の元ネタ……というより、あの噂の内容そのものだったのだ。

     帰宅途中に真っ暗な一本道を歩いている男が、乳母車を押しながら前を歩く若い女の人影に気づく。男は気になって足を速め、女に追いつく。噂と違うのは、ここに短い会話が挿入されることだ。

    「お坊ちゃんですか……お嬢さんですか」
    「女でございます」
    「おいくつですか」
    「三つでございます」

     そのとき、雲が切れて月が現れ、漆黒の夜道が少しだけ明るくなる。男がそっと乳母車のなかを覗き込むと……「美しい京人形が青白い月光を浴びて輝いていた」。

     恥ずかしながら、僕は氷川瓏という作家の名前には聞き覚えすらなかった。ただ、実は僕ら世代の多くが彼の文章を読んでいるはずで、ポプラ社から刊行されていた子ども用の江戸川乱歩作品、あの怖い表紙で名高い定番シリーズのリライトを手がけていた作家だったのだそうだ。

     今から80年も前、噂の流布時点でも30年も前に探偵小説作家が発表した、怪奇小説とも幻想小説ともつかない微妙にして繊細な短編から派生した噂話が、どうして当時の小学生たちの間であれほど話題になったのかは、依然として謎である。おそらく、これを元ネタにして子どもたちへと橋渡ししたマンガや映像作品があるのだろう。それについてさらに調べてみたいが、こうした昭和の奇怪な噂の不思議な道筋の謎めいた感じは、そのままにしておいた方がいいような気もしている。

    氷川瓏『乳母車』を収録した『怪奇探偵小説集1』(江戸川乱歩ほか・著/鮎川哲也・編/ハルキ文庫/1998年)。このアンソロジーは絶版しているが、古書で比較的容易に入手可能。また、同作は文春文庫のアンソロジー『もっと厭な物語』にも収録されている(こちらも絶版だが、同じく古書で容易に購入できる)。

    初見健一

    昭和レトロ系ライター。東京都渋谷区生まれ。主著は『まだある。』『ぼくらの昭和オカルト大百科』『昭和こども図書館』『昭和こどもゴールデン映画劇場』(大空出版)、『昭和ちびっこ怪奇画報』『未来画報』(青幻舎)など。

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