7000年前に地球を訪れた異星人ノンモが文明をもたらした!? 「シリウス・ミステリー」の基礎知識

文=羽仁 礼

    毎回、「ムー」的な視点から、世界中にあふれる不可思議な事象や謎めいた事件を振り返っていくムーペディア。 今回は、アフリカのドゴン族が近代天文学以前から知っていたとされる、シリウスの伴星をめぐる謎を取りあげる。

    望遠鏡なき時代から実在が知られていた伴星

    「シリウス」は、地球上から見える恒星としては、太陽の次に明るい天体である。地球との距離は約8.6光年。肉眼では青白く見える。
     夜空でもかなり目立つ存在なので古代から世界中で観測され、英語では「ドッグ・スター」、中国では「天狼星」、日本では「青星」「大星」とも呼びならわされてきた。

     実際には、シリウスはひとつの星ではなく、「シリウスA」と呼ばれる主星と、その周囲を50.1年の周期で公転する「シリウスB」との連星系である。

    オリオン座(右)の左下で一際明るく輝くシリウス。
    シリウスA(中央)の左下に伴星のシリウスBが確認できる(写真=NASA,ESA)。

     シリウスの軌道の揺らぎから、最初にシリウスに伴星がある可能性を指摘したのはドイツの天文学者フリードリヒ・ヴィルヘルム・ベッセルで、1844年のことであった。その後1862年になって初めて、シリウスBの存在が望遠鏡で観測された。

    シリウスの伴星の存在を指摘したドイツの天文学者フリードリヒ・ヴィルヘルム・ベッセル。

     ところが、あるアフリカの部族には、西洋の天文学がこの星を発見するずっと以前から、この伴星についての伝承が語り伝えられていたという。

     そうした伝承を語り伝えているのが、西アフリカのマリ共和国を中心に住んでいるドゴン族である。

     ドゴン族は、マリのバンディアガラ高原に定住するアフリカの部族で、ほかの町に移住した者などもいるため、総人口ははっきりしない。一方、その独自の建築様式や、不思議な仮面をつけた儀式、独特な木彫などが注目されており、これらはマリにおける主要な観光アトラクションともなっている。

    マリ共和国バンディアガラの断崖に張りつくように築かれたドゴン族の集落。一帯は1989年、世界遺産に登録されている(写真=Ferdinand Reus/wikipedia)。
    密集して建ち並ぶドゴン族の住居。ドゴン族は、もとは別々の部族だったとされる4つの支族からなる。
    独特の仮面を身にまとい、竹馬に乗って踊るドゴン族の踊り手。仮面舞踊は彼らの伝統文化を象徴する存在だ。

     彼ら自身は、本来マリの首都バマコ近くのマンデに住んでいたと述べており、イスラム教への改宗を拒否して、13世紀から16世紀の間に現在の場所に移住してきたと考えられている。

     ドゴン族は4つの支族から構成されている。これらの支族は本来別の部族であったが、同じようにイスラム教への改宗を拒否して移住してきた別の部族が、バンディアガラでひとつの部族として暮らしはじめたという説もある。

    地球に文明を授けたのはシリウス星系の異星人?

     ドゴン族の文化やその生活、伝承について初めて本格的な調査を行ったのが、フランスの文化人類学者マルセル・グリオールとジェルメーヌ・ディテルランのふたりであった。彼らは1931年から1956年まで、何度となくドゴン族の居住地に滞在し、その世界観や生活について研究を続けた。

    ドゴン族の居住地に滞在し、その文化や世界観、伝承について研究を行ったフランスの文化人類学者マルセル・グリオール(写真=Charles Mallison/Wikipedia)。
    グリオールと研究を共にしたフランスの民族学者ジェルメーヌ・ディテルラン(写真=YouTube/Mystères et spiritualitésチャンネル『Hommage à Marcel Mauss』(1977)より)。

     じつはドゴン族は、彼らの伝承を語る際には、初心者向けの内容から本当の秘儀を含むものまで4段階のレベルを設定しており、グリオールらも1946年まで、最後の教えを知らされていなかった。

     しかし、グリオールらの真意が純粋に真実を知ることにあったと理解され、1946年になって、オゴテメリという宗教的権威者から秘儀の内容を聞くことができたという。その究極の教えのなかに、シリウスBの描写があったのだ。

     それによると、ドゴン族が「シギ・トロ」あるいは「ヤンギ・トロ」と呼ぶシリウスには、「ポ・トロ」あるいは「フォニオ」の星という伴星があり、星の世界の中心となっている。

     グリオールらが著書で「ディジタリア」と呼ぶこの星は、50年の周期でシリウスの周囲を回っている。しかもこの星は非常に重く、地球上のいかなる物質よりも重い物質でできており、地上の存在が全部集まってもそのひとかけらを持ちあげられないほどであるというのだ。

     シリウスBB公転周期は実際に50.1年とドゴン族の描写に近く、超高密度の天体である白色矮星のため、地球程度の大きさであるにもかかわらず、太陽とほぼ同じ質量を持っている。

     ほかにもオゴテメリの話には、月は乾いて死んでしまった血のように、乾燥し死んでいる世界であるという、天文学的知識も含まれていた。

    岩肌を埋め尽くす無数の岩絵。それぞれにドゴン族の神話や秘儀が込められているという(写真=Senani P at English/Wikipedia)
    ドゴン族の扉に刻まれた不思議な紋様(写真=Collectie Wereldmuseum (v/h Tropenmuseum), part of the National Museum of World Cultures/Wikipedia)
    神秘的な佇まいをたたえる木像。岩絵に記されたシンボル同様、彼らの独特で特別な世界観がうかがえる。

     アフリカの一部族がどこからこのような正確な知識を得たのかは不明であるが、文化人類学者であるグリオールらはこの話題にあまり踏み込もうとせず、彼らの世界観や伝承の内容を記録するのみにとどめた。

     他方、この問題に強い関心を持ったのが、アメリカのロバート・テンプルである。

     テンプルは、当時存命であったディテルランにも直接面談し、ほかにもさまざまな資料を集めて、1976年に『シリウス・ミステリー』(邦訳は『知の起源』)と題する著書を出版した。

    アメリカの作家ロバート・テンプルがドゴン族の宇宙観について記した『シリウス・ミステリー』(1976年)。

     テンプルは、グリオールやディテルランが記録した内容に加え、ドゴン族が描いた木星の図には4つの衛星らしきものが描かれているとか、土星の図にはそれを取り巻く輪が描かれていると主張する。

     またドゴン族の伝承には、人間たちの祖先となる「ノンモ」という魚のような生物がシリウスから箱船に乗ってやってきたというものがある。

    ドゴン族が描いた「ノンモ」。魚のような姿をしている。この異星人が地球へ文明をもたらしたのか?

     この箱船が着陸するときの「箱船が巻きおこしたつむじ風で土ぼこりが舞いあがり、ほこりの山が動いた」「着地の衝撃で……地面に、渦巻状の跡がついた」などという記述を、ロケットの着陸になぞらえている。
     さらに、箱船の降下と着地を表したとされる「シリゲ」という細長い仮面も、テンプルによればロケットを表しているということになる。

     その上でテンプルは、古代メソポタミアの伝説に登場するオアンネスをノンモと同視し、7000年以上前にシリウス星系から地球を訪れた異星人が、地球人に文明をもたらし、神として崇められたと主張する。

     また、この伝説は本来、古代エジプトなど地中海世界で共有されていたものがドゴン族に伝えられたものだとし、ドゴン族の祖先は本来ギリシア人だったとも述べる。

    テンプルの主張に相次いだ疑問の声

     こうした主張には、当然ながらさまざまな批判が寄せられている。しばしば指摘されるのが、その後ドゴン族の調査に訪れた西洋の研究家は、だれもシリウスBについての伝承を確認できないということだ。

     これについてはグリオール自身が、ドゴン族は秘儀を伝える際、その内容を4段階に分けており、1931年から調査を続けたふたりであっても、最終段階の秘儀を教えられたのは1946年になってからだと記している。
     そのため、他の研究者がドゴン族の集落を訪れ、普通の村人から聞き取りを行っても、同じ結論は得られないということは考えられる。
     さらにグリオール自身、シリウスBの伝承そのものにはあまり関心を持っておらず、彼自身がこの話をでっちあげたとも考えにくい。

     土星の輪や木星の衛星に関しては、太陽系で輪のある惑星は土星だけではないとか、木星には実際には100以上の衛星が存在するとして、ドゴン族の天文知識は20世紀初頭のものであり、グリオール以前にドゴン族と接触した宣教師から知識を得たのではないかとする説もある。

     しかし、グリオールやディテルランの著書を読んでみると、この土星の輪や木星の衛星について彼らは言及しておらず、どうもテンプル独自の解釈らしい。

     ところで、シリウスBに関する知識が、グリオールより前にドゴン族と接触した西洋人によってもたらされたとすると、少々不思議なことがある。
     というのは、シリウスBの存在が確認されたのは、前述のとおり1862年であるが、軌道計算からその質量が推定されたのは1910年のことである。
     シリウスBが超高密度で高質量の白色矮星だという知識は、グリオールらがドゴン族の調査を開始した1931年の時点でもかなり最新のものであり、天文学者以外でこの事実を承知していた者はかなり少数だったはずだ。

     加えて、ドゴン族の「シリウス・ミステリー」には、現代の天文学にはない情報もある。それが、シリウスの第2の伴星「シリウスC」への言及である。

    ドゴン族の伝承に残る幻の伴星シリウスC

     ドゴン族は、シリウスにはポ・トロ、すなわちシリウスBに加えてもうひとつ伴星があるとする。この星は「女のもろこしの星」を意味する「エンメ・ヤ」と呼ばれ、ポ・トロことシリウスBより大きいものの重さはその4分の1で、シリウスBと同じ方向に回っている。

     この星の公転軌道はポ・トロより大きいが、周期は同じ50年で、ふたつの伴星は常に、シリウスを中心とした直線の対極に位置するとしている。

    ドゴン族が伝えるシリウス星系の絵。中央が「エンメ・ヤ」(シリウスC)、円の外にある点がノンモの住む星「ニャン・トロ」を表しているという。
    シリウス星系の位置関係。中心のシリウスAを、伴星のシリウスB(ポ・トロ)とシリウスC(エンメ・ヤ)が周回し、さらにその外側を、ノンモの星(ニャン・トロ)が巡っているという。

     今のところ現代の天文学はこのシリウスCの存在を認めていない。2017年に高精度のハッブル宇宙望遠鏡でシリウスの観測が行われたが、シリウスCの存在は確認できず、現時点では不存在ということになっている。

     ドゴン族のシリウス情報が西洋から訪れた何者かによって伝えられたとすれば、このような天文学上認められていない情報が存在するはずはない。

     もっとも現代の天文学者の中には、少数ながらシリウスCの存在を主張する者もいる。

     その根拠として、古代ローマの天文学者プトレマイオスや、6世紀フランスの聖職者・歴史家であるトゥールのグレゴリウスが書いた『星の進路』という書物などに、現在は青白く輝いているシリウスのことを「赤い星」と記述している事実が指摘されることもある。
     この点について、第2の伴星シリウスCが主星に近づいたため、ガスが吹きだして赤く見えたのではないかという説があるのだ。
     また、シリウスCは消失したとする説もある。というのは、主星の周囲を、ドゴン族が述べるような軌道でふたつの伴星が公転している状況をシミュレーションすると、最終的にそのひとつが弾き飛ばされることになるのだ。

     仮にテンプルのいうとおり、シリウス星系から異星人が地球を訪れたとした場合、彼らが出発したときには存在したシリウスCが、その後宇宙の果てに弾き飛ばされてしまい、現在はドゴン族の伝承にのみ残されているという可能性もある。

    遙か昔にノンモが伝えた宇宙の叡智が、今もドゴン族の伝承の中に生きつづけているのだろうか(写真=Devriese/Wikipedia)。

     ともあれ、チャネリングの世界ではシリウス人はかなり人気があるようだ。たとえばジーナ・レイクとチャネリングするテオドールなる存在も、シリウス人が太古の昔、地球にやってきて地球人と交配し、人類が自分たちだけでやっていけるようになってから地球を去ったと述べている。

     科学的な検証により数々の疑問符がつけられてもなお「シリウス・ミステリー」が半世紀にもわたって人々を惹きつけているのは、それが単なる天文学上の謎にとどまらず、人類の起源そのものへの問いと結びついているからなのかもしれない。

    ●参考資料=『知の起源』(ロバート・テンプル著/角川春樹事務所)、『青い狐 ドゴンの宇宙哲学』(マルセル・グリオール、ジェルメーヌ・ディテルラン著/せりか書房)

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