666の〝恐怖の日〟にちなんだ話…後編/妖怪補遺々々

文・絵=黒史郎

    前回より、よりひどい後味の悪い感じの話を補遺々々しました。ホラー小説家にして屈指の妖怪研究家・黒史郎が、記録には残されながらも人々から“忘れ去られた妖怪”を発掘する、それが「妖怪補遺々々」だ!

    続ゾクッとする話

     前回は2026年6月6日——666の「恐怖の日」にちなんで、ゾクッとするような怪奇譚をご紹介しましたが、今回は後編。前回にも増して主人公や体験者がひどい結末を迎える、読後感の最悪な恐怖譚のみを集めてみました。よろしくお願いいたします。
     前回は高知県香南郡香我美町(現・香南市)の「ケラケラ笑う怪しい童子」の話がありましたが、今回は徳島県に伝わる「ケラケラ笑う怪しい女」の話をご紹介いたします。

    ケラケラケラ

     徳島県名西郡石井町の桜間神社にある桜間の池。今はずいぶん小さくなってその名残をとどめているにすぎませんが、昔はかなり広い池だったそうです。「鏡のように」と詠われるほど美しかったというこの池は、「汚物を入れると祟りがある」といわれていました。

     明治の終わりごろのことです。
     この地に久米川という名の農夫がおりました。彼は剛気な性格の男で、「祟りなどあるものか」と池に汚物を流し込んでしまいます。
     その日の夕刻。
     彼の家に、色白で美しいお姫様のような娘が訪ねてきました。
     娘は何もいわず、勝手に家に入ると2階へと上がっていきます。
     なんとも怪しい娘です。
     久米川は日中に自分のやった行為を思いだしました。
     しかし祟りなど信じない彼は娘を追いかけ、「どちらからおいでになった」と尋ねます。
     娘はニタリと笑ったかと思うと、その口が耳まで裂け、ケラケラと笑いだしました。
     驚いた久米川は情けない声をあげ、階段を転げ落ちてしまいます。
     その晩は2階から絶えず笑い声が聞こえ、久米川家の者たちは眠れずに朝を迎えました。翌晩も翌々晩も、2階からは娘のケラケラという笑い声が聞こえてきました。
     無気味な娘は家を立ち去る気配をまったく見せません。
     この時期は藍(タデ科の植物)の取り入れで忙しい時期でしたが、家の者はノイローゼになってしまって仕事も手につかず。近所の人に手伝ってもらって、なんとか藍の取入れや刻み作業を済ませると、ようやく2階から娘の姿は消えたのです。
     ほっとしたのも束の間。
     翌年、藍の季節になると、怪しい娘は再び久米川家に現れました。
     そして、あのケラケラという恐ろしい笑い声を聞かせたのです。家の者たちは皆、心身を病んでか、はたまた化け物のなせる業か、次々と病に倒れていきます。
     そんな久米川家の噂を耳にした、宮田という剣道の達人。俺が化け物を斬り捨ててやると久米川家にやってきて2階へ駆けあがりましたが、ニタリと笑った娘は宮田の剣をサラリとかわし、ケラケラと笑う。これにゾッとして宮田が逃げ帰ると、次は大学院と名乗る修験者がやってくる。彼は法力で化け物を退散させようとしましたが、「そんな生半可な経文で私が追っ払えるか」と娘はケラケラと笑うのです。
     剣も術も効かず、文字どおりなす術もなく、2年ほど経った大正2年のこと。
     とうとう久米川の家は死に絶えてしまったといいます。

     化け物娘の現れたこの家は、昭和の終わりごろまでは残っていたようです。この家に雇われていたという老人は戦後まで健在だったそうです。

    井戸のいるもの

     井戸には怖いイメージがあります。怪談では死体の隠し場所にうってつけの場所であり、怨念のたちこめる暗い水溜まり。皿屋敷のお菊や『リング』の貞子まで、あらゆる怨霊が水底から這いあがってくる場所でもあるのです。

     新潟県刈羽郡曽地村(現・苅羽村)に、【おまんヶ井】という井戸がありました。
     この井戸に向かって「おまん」と呼びかけると水が波立つといわれ、だれも水を汲みに来る者はいなかったといいます。この井戸には、こんな恐ろしい謂れがあるのです。
     昔、曽地の村に美男の武士がおりました。彼には【おまん】という妻がおりましたが、ふとしたことから村の娘と浮気をしてしまいます。
     その娘、どうやら悪女だったようで、彼女にそそのかされた武士は妻のおまんを殺害し、その死体を井戸に投げ込んで隠してしまいます。
     ある日、武士と娘が風呂に入っておりますと、身体が見る見る腐っていき、ふたりは死んでしまいました。
     原因はおそらく風呂の水——。
     ふたりの入っていた風呂は、おまんを捨てた井戸の水を使っていたのです。
     おまんの肉体と怨念が溶け込んだ水に浸かったのですから、その死に様はきっと、井戸の中で腐れていったおまんと同じだったことでしょう。
     呼びかけに波立つ井戸の水。それはただの水ではなく、おまんと同化した、彼女そのものだったのかもしれません。
     しかし、武士もどうかしています。腐敗したおまんの死体によって井戸の水が汚染されていることはわかっていたはず。身体に傷などあれば、そこから穢れや死毒が入り込むとは考えなかったのでしょうか。たとえ、時が経ってすっかり浄化されていたとしても、殺した妻の沈んでいる水を使って風呂に入ろうなどという神経が理解できません。

    弟の怨念

     これは、だれも救われない話です。

     東京都町田市上小山田町には昔、呪われた土地がありました。
     この地にはかつて碓井五兵衛という者が住んでいて、彼には伝兵衛と堪松というふたりの息子がおりました。
     弟の堪松は長く眼病を患っていたのですが、両目とも失明してしまいます。
     やがて父親の五兵衛が病の床に伏し、いよいよ死を迎えるという時——。
     五兵衛は伝兵衛のことを呼びよせ、「堪松のことを頼むぞ」と伝えました。そして、自分の持っている田畑と山林、目の見えない堪松が修行をして位を得るのに必要な資金を遺して逝ったのです。
     しかし、この父親の想いは、息子たちにまったく届きませんでした。
     この兄弟、とても仲が悪かったのです。
     兄の伝兵衛は堪松の目が見えないのをいいことに、弟の譲り受けた田畑を勝手に使い、あろうことか売り飛ばしてしまいます。それを知った勘松が激怒し、代官所へ訴えを出しますと、兄の伝兵衛は鞭打ちの刑に処されて所有していた土地は一時役人預かりとなってしまいます。自業自得です。
     この一件から勘松は自暴自棄になって、悪い遊びを覚えだします。せっかく親がのこしてくれた田畑もすべて売り払ってしまい、その金も遊びに消えていきました。
     すると伝兵衛は、この勘松の親不孝で不届きな行動を弟の師匠である人物に伝えてしまいます。その結果、勘松は位を授かることができなくなってしまいました。
     絶望し、怒り狂った勘松はわめき散らし、村中で暴れまわり——。
     元禄12年(1699)の4月、自分の家で首を括ってしまいます。
     勘松の家から腐臭がするのに気づいた村人たちによって遺体は発見されました。
     彼は首を吊る直前まで、こう喚いていたそうです。
    「俺の目が見えないからと、俺の田畑を狙うやつはみんな呪い殺してやる」
     そして、ここから始まります。
     勘松の死から幾日も経たぬうちに、伝兵衛の家族と彼に関係する家では、異常なことが起きました。病になることなく急死する者が8人も続いたのです。
     恐れた村人たちは慌てて勘松の供養をしました。
     ところが、勘松の恨みは消えません。
     彼の土地は田中詮四郎という人物が買い取りましたが、栓四郎はたちまち高熱に襲われ、全身に激痛が走る病に侵されました。神仏に祈っても一向に回復の兆しは見えず、「勘松の土地を買ったことがいけなかったのだ」と判断し、土地は寺に寄進し、伝兵衛方の家と協力して勘松の供養を続けたということです。 

    祟る無貌のもの

     新潟県北蒲原郡葛塚(現・新潟市北区)に、番太郎という百姓がおりました。
     ある日、畑仕事で鍬を振るっておりますと、
     カチン
     振り下ろした鍬が硬いものに当たります。
     これは金の入った瓶でも埋まっているのではと期待して掘ってみますと、土中から現れたのはなんと、二尺もある大芋虫。
     これに腹を立てた番太郎は、芋虫を真っ二つに裂いて殺してやろうと勢いよく鍬を振り下ろしますが……カチンッ!
     この芋虫、その身はまるで鉄のように固く、それは鍬が刃こぼれするほどでした。
     さらに腹を立てた番太郎、今度は芋虫の身体にまんべんなく煙草の吸殻をのせ、焼き殺してしまいました。
     その夜、番太郎の娘の枕もとに、怪しいものが現れました。
     目も鼻もない、のっぺらぼうの妖怪です。
     恐れおののく娘に妖怪はこう伝えるのでした。
     俺はお前の父親に焼き殺された芋虫だ、と。
     妖怪は「うらめしい」と怨念のこもった言葉を残し、立ち去ります。
     それから毎晩、妖怪は娘の枕もとに立ち、恨み言をいいました。
     やがて娘は気が狂い、番太郎は原因不明の病で死亡したということです。

    【参考資料】
    『町田の民俗』町田市史・下巻抜刷
    小山直嗣編著『越後佐渡の伝説』第一法規〈1975〉
    山田竹系『四国昔ばなし』〈1976〉

    黒史郎

    作家、怪異蒐集家。1974年、神奈川県生まれ。2007年「夜は一緒に散歩 しよ」で第1回「幽」怪談文学賞長編部門大賞を受賞してデビュー。実話怪談、怪奇文学などの著書多数。

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