ドイツの透視能力者が第3次世界大戦を予言!? アロイス・イルマイヤーが見ていた2025年の中東情勢
知られざるドイツの透視能力者が警告する「3日間の暗闇」とは? 2025年、第3次世界大戦が始まってしまうのか…?
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毎回、「ムー」的な視点から、世界中にあふれる不可思議な事象や謎めいた事件を振り返っていくムーペディア。 今回は、触れるだけで物品に宿る「記憶」を読み取り、数々の事件を解決に導いたオランダの超能力者を取りあげる。
サイコメトリーという超能力がある。特定の物品や写真に触れることで、その物品や写真に写った文物の所有者、来歴などについて、写真に写ったのが人物であれば、その人物の過去や現在の居場所などを認識する能力のことで、日本語では精神測定、心霊鑑定、心霊測定、探魂術などと訳される。
テレパシーやサイコキネシスといった各種の超能力の中では比較的早く特定され、命名された能力で、19世紀アメリカの骨相学者であったJ・ローズ・ブキャナンが発見したとされる。
20世紀において、このサイコメトリーの能力者として世界的に有名だった人物に、いずれもオランダ生まれのゲラルト・クロワゼット、そしてピーター・フルコスがいる。
ピーター・フルコス(1911~1988)は、本名をピエテル・ヴァン・デル・フルコといい、1911年、オランダのドルドレヒトに生まれた。

出産時は羊膜に包まれて生まれる、いわゆる被膜児だったという。オランダでは、被膜児は第六感に恵まれるという伝説があったともいわれるが、少年時代のフルコスにはそのような兆候はいっさいなく、学校の成績も悪く、ついには14歳で学校を飛びだし、船の料理人見習いになった。
そんなフルコスがサイコメトリーの能力に目覚めたのは1941年、祖国オランダがナチス・ドイツに占領されていたころのことだ。 このころのフルコスはもう30歳になり、結婚して子どももいた。
その年の7月、フルコスはペンキ塗りをしていた父親を手伝って、ハーグにある建物の外壁を塗装していた。父親は主に建物の下部を受け持ち、フルコスが上部の壁塗りを担当した。
フルコスは180センチ以上ある高身長を活かして梯子を窓の中間に立てかけ、手を伸ばして窓枠までを塗ろうとしていた。しかし、誤って10メートルの高さから落下して頭を強打し、病院で手術を受けた。
フルコスは4日間意識不明の状態に陥り、目覚めたときには頭に鋭い痛みを覚えた。人の姿はぼんやりとしか見えず、話し声は遠くから聞こえるように感じていたが、しばらくすると、まず声で知人を認識できるようになった。
そんなとき、彼の妻が見舞いに来た。フルコスには彼女の姿も認識できなかったが、声で自分の妻だと見極めると、「なぜ息子を置いてここへ来たんだ。すぐ帰るんだ。部屋が燃えている」と叫んだ。
実際に火事が起こり、息子のベニーが消防士に助けだされたのはそれから5日後のことだったが、彼の能力が最初に発現したのはこのときとされる。
それ以来、彼は看護師や同室の患者たちの過去を的中させるようになった。
ある看護師には、「列車に乗るときには気をつけるように」と口走った。彼女はその日の朝、列車に手荷物を置き忘れていた。
ある医師は看護師の女性との不倫をいい当てられた。また、イギリスのスパイをしていた男が殺されることも予知した。
だが、フルコスがこの特殊な能力を活用するのは、まだ先のことだった。
退院後、フルコスはナチス・ドイツに対する地下抵抗組織に加入し、橋や鉄道の爆破に参加した。このとき、「ピーター・フルコス」という偽造身分証を用いるようになり、ついには死ぬまでこの名で呼ばれることになる。
オランダでは結局ドイツ軍に捕まり、フュフトにある強制収容所に送られたが、運よく処刑を免れ、そこで終戦を迎えた。 戦後はその活動が評価されて、他のレジスタンスのメンバーとともにユリアナ女王から表彰を受けたといわれる。
それからフルコスは、ハーグの喫茶店で働く一方、超能力によるリーディングを始め、彼のもとへ行方不明の近親者や物品の捜索を求める者たちが大勢訪れた。その評判はたちまち近隣諸国にも広がり、ベルギーやフランスなどにも招待された。
スペインでフランコ総統と直々に面会したときには、車のタイヤのチューブを渡された。それを手にしたフルコスは、総統がヴァルセロナに行こうとしていた途中でタイヤがパンクしたこと、もしそのままヴァルセロナに行けば反対派に殺されていたことを指摘した。
彼の名を一躍世界中に広めたのが、1950年に起きたイギリスの「スクーン石盗難事件」だった。
スクーン石は「運命の石」とも呼ばれ、本来スコットランドのスクーンにあり、歴代スコットランド王がこの石の上で戴冠式を行うことになっていた。伝説では、『旧約聖書』の「創世記」第28章で、天使が上り下りする階段の夢を見たヤコブが、枕にしていたのがこの石とされる。
1926年、イングランド王エドワード1世がこれをロンドンに持ち帰って以来、石はウェストミンスター寺院のエドワード王の椅子の下に取りつけられていた。
しかし、1950年のクリスマスの日、重量152キロもあるこの巨大な石が何者かに持ち去られ、世界中で大騒ぎになったのだ。

事件はオランダでも話題となり、フルコスがその超能力で事件を解決することを望む声も高まった。そこでフルコスは、公式の要請を待たず、自費でイギリスを訪れた。
このときのロンドン警視庁、通称「スコットランドヤード」の対応は少々不思議なものだった。スコットランドヤードは、訪英したフルコスの調査には協力した。しかし、彼が去った後の1月24日、次のような声明を発している。
「われわれからフルコス氏に会おうとしたわけではなく、彼にロンドンへ来るよう求めたわけでも、支援を求めたわけでもない。多くのテレパシストや透視能力者、ダウザーがわれわれに情報を提供しているが、彼はその中のひとりで、こうした人物からの情報はすべて調査され、精査された」
要は、フルコスのように超能力者を自称して情報を提供する人物は大勢おり、そうした情報を無視はしないものの、フルコスもそうした人物のひとりにすぎないという内容である。
ともあれ、このときフルコスは、事件はスコットランド人学生5人によるいたずらであるとして、知らないはずのロンドンの地名を入れた逃走経路を詳しく描いた。
また彼は、石が古い教会にあると述べたため、スコットランドヤードは彼をとある教会の廃墟に連れていったが、フルコスはそこではないといった。その後、フルコスはスコットランドのグラスゴーにあるとも述べた。
実際はどうだったのだろう。
1951年4月、警察への通報をもとに、石はグラスゴーから北東に位置するアーブロース修道院跡で見つかった。フルコスが述べた通り、古い教会にあったといえるだろう。

その後の調査の結果、グラスゴー大学のスコットランド人学生4人がウェストミンスター寺院から石を持ちだし、一時はスコットランドのグラスゴーに運んでいたことも判明した。
つまり、事件が学生のいたずらであり、石がグラスゴーにあるというフルコスの発言も正しかったのだ。
犯人は4人とされているが、グラスゴーの実業家ロバート・グレイが協力していたともいわれているから、彼を加えると犯人は5人となる。事件についてフルコスが述べた内容は、かなり正しかったのだ。これを機に、超能力探偵としてフルコスの名は世界中に広まることになったのである。
フルコスの話を聞いたアメリカの超心理学者アンドリア・プハリッチは、1956年に彼の能力を調査するためアメリカに招いた。
プハリッチは長年超心理学を研究し、1948年に円卓財団なる機関を設立、霊媒のアイリーン・ギャレットと協力したり、古代エジプトの9神を名乗る「ナイン」という存在とのコンタクトを主催したこともある。1970年代になると、超能力者ユリ・ゲラーやブラジルの心霊治療師ホセ・アリゴーの研究も行っている。

プハリッチは3年にわたってフルコスの能力を調査し、本物であるとの確証を得た。以後フルコスは実業家ヘンリー・ベルクの支援も得て、ステージやテレビで自分の超能力を披露するようになる。


だが、フルコスとベルクの関係を揺るがす事件が起きた。
1957年6月、ベルクの10歳の娘が所在不明となり、ベルクはフルコスに相談した。フルコスは当初何も感知できず、「心配することはない、彼女は帰ってくる」と述べた。
しかし、受話器を降ろした直後、彼女がボートハウスの近くで溺れ死んでいるイメージが浮かんだ。
すぐにベルクに電話してそのことを告げると、ベルク自身が指定された場所を捜索し、娘を発見することができた。しかし、ベルクの落胆は大きく、それがきっかけとなり、ふたりの関係は冷えきってしまったのである。
その後も、フルコスはステージなどでのパフォーマンスを続け、さまざまな事件の捜査にも協力した。
彼が関わった事件は、1954年のジュディス・アン・ロバーツ誘拐事件、1964年のボストン絞殺魔事件、1969年シャロン・テート殺害事件など多くのものがあり、フルコス本人は、1969年までに17か国で27の殺人事件を解決したと豪語している。


のちにロサンゼルスに移り住むと、彼の能力はマーロン・ブランドやグレン・フォードといったハリウッドの有名俳優の間でも評判になった。
ただ、フルコスの事件への関与は、当局から正式に要請されたものは少なく、ほとんどの場合、支持者や事件の関係者から個人的に頼まれて、自ら首を突っ込んでいたようだ。こうした押しかけ捜査のためか、捜査当局の彼に対する評価は、必ずしも芳しくないようである。

また、自分は1961年に死ぬと予言していたにもかかわらず、1988年まで生き延びたように、彼の超能力は必ずしも完全に正しいわけではない。
フルコス自身も、いくつか奇妙な経験をしている。中でもよく知られているものが、スペインでアドルフ・ヒトラーに会ったというものだ。
それは1952年、彼が列車でマドリードを訪れたときのことだ。彼の前の席には、ある人物が座っていた。白いハイネックのカラーに黒い長衣の修道士風の男であったが、フルコスの能力は、彼がヒトラーだと告げた。彼が新聞社に駆け込んでその話をした直後、ホテルにナチスの幹部を名乗るふたりの男が現れて口止めをした。以後、フルコスはそのことについて口にしなくなったという。
●参考資料=『The Psychic World of Peter Hurkos』(Norma Lee Browning/Doubleday)
羽仁 礼
ノンフィクション作家。中東、魔術、占星術などを中心に幅広く執筆。
ASIOS(超常現象の懐疑的調査のための会)創設会員、一般社団法人 超常現象情報研究センター主任研究員。
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