歓楽街の怪談を肴に呑む! 「東京怪奇酒」清野とおるをムー的現場へご案内
幽霊が出る場所で、酒を呑む。いたずら感覚の肝試しではなく、だれかの心霊体験を肴にして、静かに呑む。そんな異色の実録漫画『東京怪奇酒』が、なんと「東京ウォーカー」誌にて連載中だ。作者は北区赤羽の人々や暮
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怪異と文化の空気が濃厚に漂う中央線沿線。偶然にいくつかのピースがそろったとき、それらは連鎖し、妖しくかたちをとりはじめるのだろうか。
「僕はずっと高円寺に住んでいるので、その周りで変な話を聞くことが多いですね」
押切蓮介さんが怪談を語りだす。
「まず証拠があるものから話しましょうか。10年くらい前にKADOKAWAで描いた『暗い廊下とうしろの玄関』という短編集の原稿を返却してもらった日だったんですが」
2021年2月18日のことである。高円寺の自宅で眠りについた押切さんは、深夜ふいに目が覚めた。ベッドの上の体がまったく動かないのだ。
「久しぶりの金縛りでした。僕の場合は普通の金縛りと怖い金縛りとがあるんですが、そのときは威圧感のある怖い系のほうで」
こうした場合、押切さんには独自の対処法がある。「動けなくて楽しいな!」と声をあげると金縛りが解除できるというもので、このときも声を絞りだしたとたん体が動くようになった。
「よし、と思っていたら、隣の部屋で何か物が落ちる音がして……」
確認しにいくと、KADOKAWAの紙袋が倒れて、なかの原稿用紙が床へ飛びだしているではないか。なぜそのタイミングで落ちたのか、さっぱり見当がつかない。
「机の上に寝かせていたんですよ。立てていたならわかりますけど、しっかり横にして置いてたんだから落ちるはずないですよね」
その作品はすべて実話怪談、実際に体験者たちから取材した話を漫画化したものだ。
「だからなのかと思って……とりあえず証拠写真を撮って、Twitter(当時)にアップしておいたんです」
その画像がこれだ。
高円寺界隈には漫画家が多く住んでいるため、彼らにまつわる怪談も多いのかもしれない。たとえば押切さんの先輩漫画家であるM氏も、近所に住んでいたことがある。
「たった2年だけですけどね。ただし高円寺に住んでいたときのM先生、かなり精神状態が追い詰められていた感じでして」
ちょうど事故物件サイト「大島てる」が普及しはじめた時期だった。その日、漫画家で親友の清野とおるさんが家に遊びにきていたので、軽い気持ちでM氏宅を検索してみようとなったのだが。
「おもいっきり、炎マークがついてました」
そこでは当時22歳の男が、同棲していた女性をめった刺しにする殺人事件が起きていた。男はすぐ交番へ「自宅で女を殺しました」と出頭しているのだが、その道すがら、通行人女性の頭や手に嚙みついて怪我を負わせるという異常行動も起こしている。供述によると、男は事件直前に数種類の脱法ドラッグを服用し、その後の記憶を失っているとのこと。これはまた全国初の脱法ドラッグによる殺人事件でもあった。
「M先生が調子悪いのって、この物件のせいなんじゃないの……?」
清野さんとそのような会話をした後、ふたりで近くのコンビニへと買い物に出かけた。するとその店に、例のM氏が現れたのである。しかもその顔は驚くほど真っ白で、まったく生気というものが感じられない。そんなM氏を見た清野さんは、ぽつりとこう呟いたそうだ。
「……幽霊って、本当にいるんだ」
その後、M氏はすぐに高円寺から引っ越した。するとみるみる元気を取り戻し、結婚するなど順風満帆な生活を送ったのだという。
「薬物が起こした事件だから関係ないんだろうけど。あれだけわかりやすく病んでいたので、物件を通じて犯人の精神状態とリンクしていたんじゃないかって、ちょっと疑いたくなりますよね……」
「これは一駅向こうの中野エリアになるんですけど」
押切さんは2年だけ、中野駅近くのビルの一室を借りたことがある。仕事部屋のつもりだったが、結局は友人たちが集まる溜まり場になっていったそうだ。
「409号室でした。もちろん仕事をするときもあるんですけど、深夜そこにひとりでいると、玄関の向こうに人の気配がするんですよ」
インターホンはあるのだが、引っ越しのときからずっと電池を入れていない。だから友人などの訪問者たちは、いつも鳴らないチャイムを押して外に佇むことになる。その気配を察した押切さんが玄関を開けると、友人のだれかが立っているというのがいつもの流れだった。
「それと同じ気配なんです。ビニール袋がガサガサする音も聞こえるんですよ。だれかが差し入れでも持ってきたのかな? でもこんな夜中に? と思ってドアスコープを覗いてみると」
だれもいない。おかしいなと思って部屋に戻ってしばらくすると、今度はコツコツと玄関がノックされる。すぐに覗き穴から確認するが、やはり人の姿が見えない。扉を開けて廊下を確認しても無人である。開けっ放しにするのは怖いので閉めておくと、次はそのドアをサラサラと手でこするような音が響く。
「そんなことが朝まで10回ほど続くんです。深夜になると、いつもいつも」
気配がするたび毎回ドアスコープを覗くのだが、一度として扉の向こうになにかが見えたことはない。テナントビルのため入っているのは弁護士事務所や会計事務所などで、夜にはそもそも人が出入りしないはずだ。少なくとも4階に住人はおらず、深夜にだれかが廊下を通ることも考えにくい。
「でも、いつも玄関のすぐ向こうに気配がするんですよ」
業を煮やした押切さんは、怪談作家の黒史郎さんとともに検証動画を撮ってみたりもした。この409号室近くで、なにか物音がする原因があるのではないか。それを突き止めようと、深夜の廊下にふたりで待機して動画を回す。
しかし息をこらして静かに待ちつづけても、なにひとつ変化は起こらなかった。
「まったくなにもないね、と黒史郎さんと部屋に戻ったんですが」
そのとたん、ドアのすぐ外でガサガサとビニールが擦れるような音がしたのである。それは黒史郎さんにも聞こえており、なにが起きたのかと驚いていたそうだ。
「……そういうことはしないほうがいいよ」
そんなあるとき、友人の女性歌手Xさんにそう忠告された。霊感のある彼女にいわせると、このビルには確かになにかの存在を感じるのだという。ただそれはけっして怖いものではないから大丈夫でしょう、とも。
「でも何度も何度も覗き穴から確認してるんでしょう? それは止めたほうがいい」
それはなぜかと押切さんが訊ねると。
「確かめよう確かめようとしているうちに、存在を受け入れちゃうことになるから」
実は押切さん自身にも、そこになにかがいるはずだと認めたい気持ちがある。その気持ちこそが、なにかを呼び寄せる原因となってしまう……というのがXさんの主張だった。
「覗けば覗くほど、寄ってくるよ 」
そういえば、と押切さんは思いだした。この仕事場を借りた当初、部屋全体を掃除していた時のことだ。
玄関の内側を拭いているうち、ふと目に入ったドアスコープ。
「その覗き穴が、真っ黒に塗りつぶされていたんですよ」
どうも前の住人がマジックペンで塗ったままにしておいたようである。そのときはさほど気にせず、洗剤でこすり落としてしまったのだが。
「今になって考えると、前の人も僕と同じ経験をしていたんじゃないのかな……と」
押切蓮介(おしきりれんすけ)
漫画家。代表作に『ハイスコアガール』『ミスミソウ』『ぼくと姉とオバケたち』など。現在は「月刊ビッグガンガン」で「ハイスコアガールDASH」、「怪と幽」で『おののけ!くわいだん部』を連載中。
中野のビルについて、取材後すぐに現地を訪問してみた。築50年近い建物で、半地下に集会所や応接ルームがあるような昔ながらの設計となっている。やけに薄暗いのは古いつくりだからだろうが、確かになにか不穏なものがさまよっていそうな無気味さを漂わせている。
「いやあ、私は変なものがいるとか感じたことも、スタッフから聞いたこともないですね」
ビル内の美容院で髪を切ってもらいながら取材すると、美容師からそんな答えが返ってきた。長年にわたり同ビルに出勤しているし、夜遅くまで残ることもあるが、奇妙な噂のひとつも聞き及んでいないという。
「そもそもここは、ぜんぜん人が住んでいないはずですけど」
住居用のビルではないため、入っているのは事務所や店舗ばかりというのは押切さんの証言どおりだ。「ただ……」と美容師は思いだしたように言葉を継いだ。
「唯一、〇〇さんという女性歌手が、一番上の階にお住まいになってますよ」
出てきたのは、とある高名なジャズ歌手の名前だった。世間的にはタレントである元夫のほうが広く知られているが、彼女自身も音楽活動とともに、超一流の指導者でもあった。現在は老境のため音楽スクールは閉鎖しているものの、これまでにだれもが知る女性ジャズ歌手たちを数多く育成・輩出してきた。
その教室があった場所こそ、このビルなのである。押切さんに忠告してきた女性歌手Xさんも、名前は伏すが、かなり有名なシンガーだ。さらにいうなら、大衆に歌を届ける彼女たちは現代の巫女のような立場である。
もしかしたらXさんが感じ取ったのは、同じ歌い手の女性たちがこの建物に残してきた、霊的な残り香だったのかもしれない。
(月刊ムー 2024年8月号)
吉田悠軌
怪談・オカルト研究家。1980年、東京都生まれ。怪談サークル「とうもろこしの会」の会長をつとめ、 オカルトや怪談の現場および資料研究をライフワークとする。
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