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伝説の呪われたワインセラーである「ディブク箱」とは――。ホラー映画に登場するこのディブク箱を考察すると、ユダヤ教の教えの一端が垣間見えるかもしれない。
アメリカのホラー映画『ポゼッション』(2012年)に登場する「ディブク箱(Dybbuk box)」はユダヤの民間伝承で伝えられる“呪われた箱”だといわれている。ポーランドのホロコーストの生存者が所有していたもので、本来はワインを保管するための木箱だったとされる。
“ディブク”の意味はイディッシュ語で“悪霊”であり、人間に憑依するといわれている。同映画の中では、このディブクボックスの中に悪霊が潜んでおり、絶対に開けてはならない禁断の箱として描かれた。
ディブク箱の実物はアンティーク家具として売買され、幾人かの人の手を渡った後、現在は米ネバダ州ラスベガスにある「ホーンテッドミュージアム」に収蔵されている。
2018年に人気ニュージシャンのポスト・マローンは自動車事故に巻き込まれるなどの3度の“危機一髪”を体験しているのだが、それは同ミュージアムを訪れた時にこのディブク箱に“間接タッチ”した直後のことであったという。やはり、これはディブク箱の呪いであったのだろうか。
ちなみに、2003年の時点の所有者であるケビン・マニス氏は、2021年にディブク箱にまつわるホラー物語はまったくのでっちあげであることをメディアに対して白状している。その同じ頃、TikTokをはじめとするSNSユーザーの間でもディブク箱のストーリーは捏造された都市伝説であるとの主張が多く語られるようになった。
ディブク箱は悪意を持って作られた都市伝説だったのか。だが、仮にそうであったとしても、このディブクという概念自体はユダヤ教の教義の中心にあるものだと専門家は指摘する。
旅行系メディア「Atlas Obscura」の記事の筆者、アニヤ・グルーバー氏によれば、ディブクなどの悪魔の起源は、1500年ほど前の哲学・歴史・民俗学の文書である「タルムード」に由来するという。
ラビ(ユダヤ教指導者)の教えであるタルムードによると、精霊は人間の領域に常に存在しており、それは人々に徳高く生きることを気づかせようとしている。ディブクもまた人々の徳を高めるために存在しているというのだ。
教育者で芸術家のデビー・レヒトマン氏によると、このユダヤ人の民間伝承の根幹にあるのは、タルムードのはるか以前に遡る土着の伝承であるという。
「それらのアイデアの多くは、数千年にわたり語り継がれてきた物語と直接結びついています。ディアスポラ(民族離散)を通じて展開された豊かな物語はたくさんあります」(レヒトマン氏)
再びグルーバー氏によれば、ディブクは超自然的存在の群像の1つであり、中世には神秘的なユダヤ教の一派である「カバラ」と密接に関連するようになったという。
では、改めてディブクとはどのような存在なのか。
タルムードでは、悪霊は一般に「ルアハ・テザジット」と呼ばれていおり、ディブクという言葉は、より新しいものだという。ユダヤ文化研究センター所長でハイファ大学教授のヨッシ・チャジェス氏によると、ディブクをめぐる物語の普及は16~17世紀にかけて東ヨーロッパでユダヤ神秘主義が隆盛した時期と一致しているという。
「ディブクとは亡くなった人の魂であり、その魂は死後の世界に進むのではなく、生きている人の体の中に留まっています。これは、私たちが知っているほぼすべての人間の文化に存在する霊憑依現象の一種です」(チャジェス氏)
つまり、ディブクとは天に召されずに地上に残った悪霊であり、憑依した者を苦しめる存在であるという。広い意味での地縛霊や浮遊霊といえるのかもしれない。
チャジェス氏によれば、通常ディブクは生前に何らかの悪事を働いた男性の悪霊であり、憑依される被害者は女性だという。憑依された者は呪われ、理不尽ながらもその悪事の代償を払うため苦しむことになるが、ラビによる悪魔祓いによってのみそれを解くことができるという。憑依が解かれると、ディブクは天に召されることになる。ユダヤ教には永遠の天罰はないということだ。
「しかし、それらのかなりの数は、被害者の死と悪魔祓いの失敗で終わります」とチャジェス氏は多くの残酷な顛末についても触れている。
ディブク箱についてはユダヤの教えを応用した創作の嫌疑は免れないようだが、ユダヤ人コミュニティでは、依然としてこのディブクのような超自然的な力が信じられているという。
ユダヤ研究者で作家のリチャード・ソシス氏によれば一部のユダヤ人は今も特定の悪魔の存在を信じており、朝の手洗いの儀式と結びついているということだ。
ご存知のように、世の争いの多くはイデオロギー対立であり“宗教戦争”なのだが、信仰において神や悪魔が実在することを日常生活レベルで確信していることでどのような影響が及ぶのか、この古くて新しい問題に、現在の我々はこれまで以上に直面しているのかもしれない。
【参考】
https://www.atlasobscura.com/articles/dybbuk-demon-of-jewish-folklore
仲田しんじ
場末の酒場の片隅を好む都会の孤独な思索者でフリーライター。興味本位で考察と執筆の範囲を拡大中。
ツイッター https://twitter.com/nakata66shinji
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