まぶしすぎる尊顔を覆面で隠す秘仏「覆面観音」/本田不二雄・怪仏異神ミステリー
日本全国のただならぬ神仏像を探索する「神仏探偵」の新刊『怪仏異神ミステリー』より、とっておきの神仏像とその謎を解くリポートを特別に公開!
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日本全国のただならぬ神仏像を探索する「神仏探偵」の新刊『怪仏異神ミステリー』より、とっておきの神仏像とその謎を解くリポートを特別に公開!
合体大黒天(東京都中野区・寶泉寺)
一見して目が釘付けになる像と出会ってしまった。
小槌を手にし、大袋を担ぎ、米俵に乗るお姿。それはまぎれもなく大黒天の像なのだが、どこか違和感を感じる。
そう、正面を向いた顔と左右からの横顔が合体しひとつになった、「寄せ絵」ふうの像容なのである。とはいえ、寶泉寺の住職は「縁起由来はさっぱりわからない」のだと首を振る。
住職が代替わりし、拝まれなくなった像は、その意味さえ忘れ去られる。そんな仏像は実はそこらじゅうの寺にある。
中野区の寺院が所蔵する仏像の悉皆調査(対象のすべて調査)にあたった専門家も、「江戸時代(後期)、双頭風にあらわす」(『中野区の仏像』)と、短いコメントを寄せているだけだった。
これでは、なぜその像がそんなお姿なのかがまったくわからないではないか。
ちなみに、知る人ぞ知る「三面大黒天」という三面六臂の仏尊がある。お顔の中心が大黒天で、その左右に毘沙門天と弁財天がの尊顔が合体したもので、多くは秘仏だが、その像例は比較的知られている。
しかし本像はそれとはちがう。そもそも腕は3本(三臂)だ。であれば、世に知られた三面大黒の像とは異なる出自をもつのではないか……。
そのユニークすぎる容貌のゆえに気になって仕方がないのだが、ほかに類例がなければ、これ以上調べようがない。
ところが、「以前は、足柄の大雄山(最乗寺)と関係が深かったようですが……」という住職のひと言がヒントになった。念のためと調べたら、類例はあった。同様の像がこの寺の「三面殿」に祀られていたのだ。
最乗寺のホームページによると、「三面大黒天(箱根明神・矢倉明神・飯沢明神の三明神が一体に刻まれている)を奉安している」とある。
つまり「寄せ絵」的な尊顔は、この三明神の合体像だったのだ。ここで、一般的な(天台宗仕様)それとは異なる独自の三面大黒天信仰がこの山に伝えられていたことを知る。
その由緒を、足柄史学会の押田洋二氏に聞いた。
「室町時代に最乗寺が開山したとき、この地域の神である矢倉明神(足柄神社の祭神)と飯沢明神(南足柄神社の祭神)が率先してそれを助けたという伝説が残っています。具体的には、矢倉神が薪を、飯沢神が米を持ち寄った。そして、もうひとつの箱根明神は水を与えたと。この山の水源は、山奥の高所にありながら奇跡的に水量が豊富なのですが、実は近年の調査で、その水脈が箱根の芦ノ湖から来ていることがわかった。はからずも、伝説を裏づけていたわけです」
曹洞宗に属する最乗寺は、徹底して学問と権門を遠ざけ、地域と民衆に根づいた禅を目指すという伝統のもと、4000の末寺を抱える大寺へと成長していった。その寺基を築き、支えたのが三明神だったというわけである。
一方で、神々がつかさどった水、米、薪は、人が生を営むうえで基本的な生活財である。
それは、先の三面大黒を構成する弁才天、大黒天、毘沙門天がもたらす御利益とも重なり合うのだが、おそらくは、その意匠を借りて、独自に生みだされたのが「大雄山型三面大黒天」だったのだろう。
そしてこの三神和合の円満相は、信者や崇敬者にとってもっとも身近で有用な御利益神として崇められたのだ。
本田不二雄
ノンフィクションライター、神仏探偵あるいは神木探偵の異名でも知られる。神社や仏像など、日本の神仏世界の魅力を伝える書籍・雑誌の編集制作に携わる。
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