世界史上最も難解な遺物「イシク碑文」の解読に進展! “黄金の男”の墓から出土した謎多き25文字

文=仲田しんじ

    紀元前4世紀にさかのぼる謎の古代文字の完全解読は近いのか――。英雄の墓で見つかった銀製の鉢に刻まれていた「イシク碑文」の解明が進んでいる。

    「黄金の男」の副葬品から発見された謎の碑文

     1969年、カザフスタン・アルマトイの東約50キロに位置する古墳「イシク・クルガン」から、推定16〜18歳くらいの若い戦士の遺体が手つかずの状態で発見された。戦士の衣服は、精緻な動物のモチーフがあしらわれた金の装飾で覆われており、「黄金の男(Golden Man)」と呼ばれることになった。

    ※「黄金の男(Golden Man)」 画像はYouTubeチャンネル「Khan’s Den」より

     イシク・クルガンは、紀元前5~前4世紀頃の中央アジアを支配した遊牧民族「サカ」の墳墓である。遺体のほかに4000点を超える金の装飾品や青銅製の鏡、武器など保存状態の良い遺物が発見されたが、その中に小さく一見すると地味な銀の鉢があった。

     戦士の頭部近くに安置されていた銀の鉢の底部には、2行にわたって25文字前後の短い文章が刻まれており、言語学者や歴史家たちはさっそく解読に着手する。しかし、それから半世紀以上を経た今でも、この「イシク碑文」と呼ばれる古代文字の完全解読には至っておらず、世界史上最も難解な未解読暗号のひとつと見なされているのだ。

    難航する解読の試み

     謎多きイシク碑文は、左から右に読み、母音が明示的に表記されている。一部の学者は原テュルク語(Proto-Turkic)である仮説を提唱し、また別の学者は東イラン起源を示唆するなど、サカ族の民族言語的アイデンティティをめぐる広範な議論を招くことになった。

     1992年には、言語学者のヤーノシュ・ハルマッタがカロシュティー文字を用いて翻訳を試み、この言語がホータン(コータン)・サカ語の方言であると推定、「イシク碑文はワインと食べ物を入れる器に関連する記述である」と主張した。しかしこの解釈は広く受け入れられていない。

    ※画像は「Academia」より

     そして現在、イシク碑文は紀元前200年頃から紀元700年頃にかけて中央アジアから北インド一帯(主にクシャーナ朝の領域)で広く使われていた未解読の古代文字「クシャーナ文字」との関連が有力視されている。

     実際に2023年、独・ケルン大学の研究チームが、クシャーナ文字の部分的な解読を発表し、それがイシク碑文と直接結びつくという大きな進展があった。

     このチームは、タジキスタンとアフガニスタンで新たに発見されたバイリンガルおよびトライリンガルの碑文を用い、ロゼッタストーンでエジプト象形文字が解読された際と同じ手法を採用。その結果、クシャーナ文字がこれまで知られていなかった中期イランの言語であることが判明し、暫定的に「エテオ・トカラ語」と命名した。

     さらにエテオ・トカラ語をイシク碑文に応用すると、「王の中の王」といった称号が読み取れたり、発音まで判明。そしてこの発見は、イシク碑文に刻まれている文字が(草原地帯の遊牧民イラン語族が使用していた)クシャーナ文字の初期形態だとする仮説を強く支持するものとなった。

     なお、以上の経緯を踏まえイシク碑文の解読を試みた研究者ジェフリー・カヴェニー氏によると、碑文の第1行目は「あなた自身、若すぎた。そして滅びたあなたに、この器を……」という、早世した英雄を悼み弔う言葉として読み解けるという。

    刻まれているのは英雄の追悼文か

     イシク碑文の解読は、このように徐々に進展はしているものの、依然として完全解読には至っていない。古代中央アジアの言語的背景のみならず、各地域や遊牧民族の間に存在した交流の実像まで明らかにする必要があるからだ。

    ※イシク碑文 画像は「Wikipedia」より

     今日、「黄金の男」はカザフスタンを象徴する存在として、記念碑や通貨の装飾にもなっている。どうやらイシク碑文には、遊牧民サカ族の戦士たちと、クシャーナ帝国との間で繰り広げられた壮大なドラマが秘められていることだけは間違いなさそうだ。

     今後の研究の方向性としては、DNAや安定同位体などの高度な科学的分析などが構想されているという。古代中央アジアの遊牧民の英雄たちは強大な帝国とどう向き合っていたのか。イシク碑文の解読を通じて歴史ロマンに溢れるさまざまな想像が膨らんできそうである。

    ※参考動画 YouTubeチャンネル「Khan’s Den」より

    【参考】
    https://www.ancient-origins.net/artifacts-ancient-writings/issyk-inscription-00102881
    https://www.academia.edu/104775728/A_new_reading_of_the_Issyk_inscription_based_on_the_recent_decipherment_of_the_Kushan_script

    仲田しんじ

    場末の酒場の片隅を好む都会の孤独な思索者でフリーライター。興味本位で考察と執筆の範囲を拡大中。
    ツイッター https://twitter.com/nakata66shinji

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