謎が謎を呼ぶカナダ「ガーディアンUFO」事件! 農場に不時着したUFOからグレイが降り立ち…!?

文=仲田しんじ

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    1990年前後にカナダを騒がせた「ガーディアンUFO事件」とは何だったのか――。夜空に浮かぶUFOの映像と、草むらに立つ“グレイ”の写真は今も我々に疑念を抱かせ続けている。

    UFO目撃事件と奇妙な情報提供

     1989年、カナダUFO研究ネットワーク(CUFORN)に、「ガーディアン(GUARDIAN)」と名乗る人物から匿名の小包が届けられた。そこには、同年11月4日にオンタリオ州オタワ郊外の田舎町ウェスト・カールトンで発生したとされるUFO墜落事故に関する文書のほか、位置を示す地図やUFOと異星人の写真、そして複数のVHSビデオテープが同梱されていた。

     問題のビデオテープには、青く明るいライトを点滅させながら空を飛ぶ正体不明の物体の様子が収められていた。また文書には、当日アメリカとカナダの治安部隊がウェスト・カールトンの沼地に墜落したUFOを回収したという記述もあった。CUFORNのトム・テオファヌスは、資料をアメリカのUFO研究者であるボブ・エクスラーの元へと送り、徹底調査を依頼する。

     エクスラーの調査によって、同じ日にオタワ近郊の農地で、地元住民ダイアン・ラベネクが奇妙な発光体を目撃していたことが発覚する。ラベネクの証言によると夜明け前、自分の畑から沼地に向かって、強烈な光が頭上を通過したという。また同日の夕方、明るいサーチライトをつけたヘリコプターが一帯を捜索していたらしい。

     さらにCUFORNのグラハム・ライトフットによる調査で、この日はラベネク以外にも数人の地元住民が謎の光やヘリコプターを目撃していたことが判明する。しかも同地では、数年間にわたり謎の飛行物体の目撃が相次いでいたというのだ。

    ※画像はYouTubeチャンネル「Eyes On Cinema」より

    再び届いた「ガーディアン」資料

     そのまま事件に進展は見られず、時は流れて1991年10月のこと。なんとCUFORNに「ガーディアン」から再び郵便物が届き始める。すべての消印はオタワであり、最初の郵便物には(2年前のUFO事件が)中国政府と手を組んだグレイ型宇宙人による陰謀だったと示唆する文書が入っていた。

     続く郵便物には、道路を横切るUFOやグレイ型宇宙人の白黒写真。そして4回目の配達物に含まれていたのは、「ガーディアン」が異星人の乗り物だと主張するUFOの映像を収めたVHSビデオテープ、手書きのメモが記されたトランプカード3枚、UFOの着陸地点とされる場所を示した地図のコピー、カナダ国防省の文書だった。

     さらに同様の配達物が1992年2月にも届いたことから、CUFORNは前出のUFO研究者ボブ・エクスラーと再び連携し、各ビデオ映像の比較検証を開始。そしてこのタイミングで、ついに世界最古にして最大のUFO調査組織であるMUFONまで動き出した。

    ※画像はYouTubeチャンネル「X-FILE TUBE」より

    有名UFO調査団体が連携

     そして1992年5月、CUFORNメンバー、エクスラー、MUFONオンタリオ支部メンバーの3者がオタワ郊外で面会。「ガーディアン」から送られてきた各ビデオテープを比較し、撮影場所を割り出すとともに土壌と植物のサンプルを採取した。

     それらの組成を分析したところ、植物に付着した黒い残留物から過剰なチタンが検出され、ストロンチウムは検出されなかったという。かねてより「軍の照明弾が燃え尽きて落ちたのではないか」と指摘されていたが、エクスラーと光学物理学者のブルース・マッケイビーは「ストロンチウムが存在しないことは、通常の赤い軍事用照明弾という説明に反する」と主張している。

     なお当時、カナダ運輸省は一連のUFO目撃についてヘリコプター(「シコルスキーS-76」または「UH-60」)だった可能性が高いと判断していたが、これにマッケイビーは異議を唱え、シコルスキー・エアクラフト社もまた運輸省の判断を支持しなかったという。

     その後、MUFONオンタリオ支部は、エクスラーとカナダ王立騎馬警察(RCMP)のデニス・デ・ハイトル巡査のやり取り(約150ページ)を公開。RCMPによるラベネクの畑などの調査結果に基づき、ガーディアンの資料の一部が捏造されたものであった可能性を指摘している。

    ※画像はYouTubeチャンネル「Eyes On Cinema」より

    真実は今も闇の中

     謎が謎を呼ぶ展開だが、1992年後半に事件はさらに動きを見せる。ラバネクの知人であるボビー・シャルルボワという男がUFOに興味を持ち、自らを「ガーディアン」と呼んでいたとの情報がもたらされたのだ。

     エクスラーとCUFORNのグラハム・ライトフットはシャルルボワから首尾よく指紋を採取し、「ガーディアン」の資料についていた指紋と照合。ところが、資料に残る指紋とは一致せず。さらにシャルルボワも自分が「ガーディアン」であることを全否定し、結局のところ特定には至らなかった。

     さまざまなUFO研究組織や専門家が動員されるも、なにひとつとして進展がなかった「ガーディアンUFO事件」。エクスラーは「ガーディアン」の資料を本物である可能性が高いと信じ続けていたが、MUFONオンタリオ支部は、「信頼性に欠け、捏造の可能性が高い」と結論づけた。

     一連の経緯は、1993年2月3日に現地テレビ番組『Unsolved Mysteries』で取り上げられた後、広く注目を集めた。その後も数々の海外テレビ番組で特集が組まれたが、30年以上の時間が過ぎ、今ではほとんど忘れ去られている。

     はたして「ガーディアン」は単なる愉快犯であり、その正体はシャルルボワだったのか? もしもそうだとしたら、ラベスクは共犯者だったのか? それとも「ガーディアン」は身分を明かすことのできない内部告発者だったのか、はたまた事件の背後に入念に計画された組織的陰謀が渦巻いていたのか? 複雑な経緯を辿った本件であるが、目撃者や関係者の多くは存命中であり、再び世間の注目が高まり事態が進展することを願う。

    ※参考動画 YouTubeチャンネル「Eyes On Cinema」より

    【参考】
    https://alienarchivist.substack.com/p/the-guardian

    仲田しんじ

    場末の酒場の片隅を好む都会の孤独な思索者でフリーライター。興味本位で考察と執筆の範囲を拡大中。
    ツイッター https://twitter.com/nakata66shinji

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