幼いころに天狗と遭遇! 「水の側に行くな」というお告げの真意は…/漫画家・山田ゴロの怪奇体験

文=山田ゴロ イラストレーション=北原功士

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    怪談師としても活躍中の漫画家・山田ゴロ氏。その穏やかな語り口の怪談の多くは、自身が体験してきたものだ。幼いころから続く怪奇体験を語ってもらった。

    天狗のようなお爺さんが告げた水難と女難

     ぼくは子どものころ、留守番をすると、必ず障子の張り替えをやった。まず、障子にプスップスッと穴を開けて、ときには、グーでボコッと開ける。楽しかった。 そして、水や、糊、刷毛、障子紙、カミソリ、霧吹きなどを用意して、張り替えるのだ。 退屈な留守番の時間つぶしには、最高だ。

     あるとき、いつものように障子を張り替えていると、玄関で呼ぶ声。見知らぬお爺さんが立っていた。
    「お父さんか、お母さんは、おりんさるかな?」
    「いません。出かけとります」
    「いつごろ、帰ってりゃあすかな?」
    「わからへん。どなたですか?」
     お爺さんの格好は、便所の淵に生えているヤツデの葉っぱを持たせたら、時代劇で見た天狗のようだった。
    「そうか……では、お前に聞くが、表札にある、ゴロとは、だれじゃ」
    「わしじゃ」
    「おおっ、お前か。そうか、そうか。大きゅうなったのう」
     天狗は、目を細めて笑った。
    「ぼくに、用事ですか?」
    「いっておきたいことがある」
    「じゃあ、上がってください。お母ちゃんも、そのうちに、帰ってくると思うで」

     ぼくは、天狗を座敷に上げて、お茶を出した。その間、天狗は部屋の中を、隅々まで眺めていた。 そして、
    「あの神棚と、あの仏壇は、横に並べにゃいかん」
     と、いいだした。
    「そう伝えなさい。このままだと、家の中で、神様と仏様が睨み合って、本来のお力を出すことができん」
     確かにその部屋には神棚があって、その対面に、仏壇が置いてあった。
    「それから、お前。ゴロちゃんだったな。ゴロちゃんは、毎日、神様も仏様も、お参りしなさい。そうしないと、今に、えらいことになるぞ」
    「えらいことって、何?」
    「わしが、先ほど、この家の前を通るとな、玄関で、頭の禿げたお爺さんが困ったような顔をして、わしを呼ぶんじゃ……。そして、『水』『女』っと、つぶやいて消えたのじゃ。それで、祈ってみると、表札のゴロのところが、ピカピカと光りおる。水に溺れる姿と、女に取り囲まれる姿が、見えたのじゃ」
     ちょっとだけ、ブルッとした。
    「お前は、水の側に行ってはいかん。行くとしたら、ひとりではいかん。 そして、女には、気をつけるのじゃ」
    「ぼくが、溺れるってことなの?」
    「そうかも知れん」
    「女の人は、ぼくに何をするの?」
    「わからん。お前を、助けてくれるかも知れんし、取り殺すのかも知れん」
    「ぼく、どうすればええの?」
    「わしが祈祷をしてやろう。しばらくは守られるが、いつまでもというわけにはいかん。 あとはお前しだいじゃ。神と仏に祈るのじゃぞっ」
     なにやら、口の中でブツブツいっている。そしていきなり、
    「カーーーーーーーっ」と叫んだ!

     次の瞬間、母の声で、目が覚めた。
    「ゴロ。何をしとったの?」
    「何って、天狗のお爺ちゃんが……あれ?」
    「アホやねぇ。障子張り替えとって、眠くなったんやろ」
     周りを見回すと、張りかけの障子と、紙くずが散乱していた。
    「あれ? だれか、来たんか?」
     座敷の机の上には、ぼくが出したお茶があった。でも、天狗が飲んだはずなのに、お茶はそのままだった。
    「うん。天狗のお爺ちゃんが来た」
     それで、今のことを、つぶさに母に話した。すると、母はちょっと考えて
    「また、来たんやな……ゴロが生まれた日に、その人、家に来たん」
    「だれ?」
    「わからへん。家の前を通ったら、玄関口から、光りが、眩しいぐらいにピカピカ光っとる。 きっと何かあるんやろうって、訪ねてきたんやて。ほんでな、赤ちゃんが生まれたっていったら『その子は守られちょる、 大切に育てなせえ』っていうて、出てうったんよ。ほんで、大切に育てたのに、こんなアホになってもうて……」

     母は、そういいながらも、笑っていた。そのことが なんだか、ちょっと嬉しかった。
    「そやけど、気になるなあ。ゴロ、水のあるところに行ったら、あかんよ」
     それからしばらくして、神棚と仏壇は、横に並べられた。おかげで何事もなく過ぎていったのだが……。

    水辺に行くと死体が出る

     高校生のときだった。
     ぼくは、友だちと木曽川に泳ぎに行った。 そこは、川底の砂利の採集地で、浅いところでもいきなり深くなっていて、とても危険だったが、遊び慣れていたので平気で泳いでいた。
     しかし、数日前に台風があって、水かさも多く、いつもより流れも速く注意はしていた。 少し上流では、小舟が出ていて、消防団の服を着た人が乗って何かをしていた。
     危険な場所なので、監視でもしているのだろう、と思っていた。

     友だちとしばらく、楽しく泳いでいたが、何やら水の中で、足にからみついてくるものがある。 側にいる友だちも、
    「なんやろ? 足下がムズムズする」
    「ちょっと潜って、調べてみよ」
     そういって、ふたりで潜った。水は、少し濁っていたが、足下にぼうっとした白い物が見えた。
     前にいる友だちに下の方を指さして、もっと潜って確かめようと、合図する。 友だちもうなずいて、腰をかがめた。

     その瞬間だった。白い物から、大きな泡がゴボッと出たかと思うと、ゆっくり回転して、浮き上がりはじめたのだ。
     それは死体だった。
     ぼくらは、息を止めているのを忘れるぐらい驚いて、ガバ、ガバ、ガバッと浮かび上がり、水面に顔を出すと同時に、岸に向かって、メチャクチャな勢いで泳いだ。そして、這うようにして岸に上がりながら、
    「出たーーーっ! 出たーーーっ!」
     と、叫んでいた。

     それは、数日前の台風で、流されてきた人の遺体だったのだ。

      上流の小舟が、急いで近づいてきた。消防団の人が手に持った竹竿で、遺体がそれ以上流されないよう止めていた。
     ぼくらは、腰が抜けてしばらく歩けなかった。そのときに思いだした。
    「水に近寄るな」
     そして、同時に、ぼくは守られているということも、思いだした。それからも、ぼくは懲りずに、なんども海水浴に行ったりしている。
     ところが、ぼくが行くと、必ず近くで水死者が出る。 毎年、同じ所に行くこともあるが、場所を変えても、近くで水死者が出るのだ。
     まだ、水難の相があるんだろうか。
     そして、女難の相は……!?

    イラスト=北原功士

    山田ゴロ

    漫画家。1952年、岐阜県羽島郡生まれ。漫画家・中城けんたろう氏に師事、石森プロに入社、 『人造人間キカイダー』でデビュー。1975年からフリー。社団法人日本漫画家協会所属、一般社団法人マンガジャパン所属、デジタルマンガ協会事務局長、Japan Manga Artist Club (J-Mac)代表。近年はノスタルジーを感じさせる唯一無二の怪談を語る怪談師としても活躍

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