ポップアートが予言の絵に!? 米国会議事堂襲撃事件とトランプ暗殺未遂事件を予言していたアートを発見!
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心霊主義や神智学に傾倒した神秘画家ヒルマは、予言絵となった作品も残していた。彼女が生きた時代とその作品を追う。
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読者の皆様は、この絵をご覧になったことがあるだろうか。ある人物が1932年6月11日に描いた作品で、『地図:グレートブリテン(原題は「the Blitz」)』と題されている。
作品の画面中央には、みまごうことない、イギリス(大ブリテン島)が描かれている。そして右下から炎を吹きかける人の姿が見える。炎を受けたイギリスの国土からは黒い煙が立ち昇っている……。
不穏な要素満載の絵、そして作品の原題『the Blitz』から、勘の鋭い方はすでにお気づきのことだろう。これは、ナチス・ドイツが1940年から行ったロンドン爆撃を思わせる作品なのだ。地図で見れば、イギリス国土の右下(南東)にドイツがあり、位置的にもこの絵画の構図と一致する。そして、ロンドン爆撃は英語では「The Blitz」もしくは「London Blitz」と呼ばれ、作品の原題とも符合するのだ。
これを偶然の一致として見過ごすわけにはいかないだろう。この絵の作者は、1932年という8年前の時点でロンドン爆撃を予言していたのだ!
この予言画を描いたのは、画家のヒルマ・アフ・クリント。彼女は生涯を通し、霊界との交信からインスピレーションを受けて抽象絵画を制作し続けた。現在、東京国立近代美術館にて彼女を特集した企画展が開かれているのだ。それも展示会としてはアジア初上陸。作品約140点が集められるというこの貴重な機会、見逃せないものとなっている。
彼女はどのような精神的遍歴から霊界と交信するようになったのだろう?
それを調べるうち、霊界との交信に人生を捧げた一人の女性の生涯が浮かび上がってきた。
ヒルマ・アフ・クリント(以下ヒルマ)は1862年、スウェーデンのストックホルムで生を受けた。彼女が10代を過ごした1800年代後半当時は、ハイズヴィル事件を発端とした心霊主義ブームの真っ只中。ヒルマも類に漏れずその影響を受けており、17歳のときに初めて交霊会に参加している。これが、ヒルマのその後の人生の大テーマとなる「霊界との交信」との出会いだった。その翌年に妹のヘルミナが亡くなったことも、間違いなく彼女の霊界への関心に影響を与えていると言えるだろう。
20歳になったヒルマは、ストックホルムの王立美術アカデミーに入学。優秀な成績をおさめ、人体モデルを描いた油絵「海のアンドロメダ」では賞を受賞している。この頃、ヒルマは写実的な絵を多く描いており、まだ抽象絵画の道には至っていなかった。画家としてのキャリアを順調に積んだヒルマは、肖像画や風景画の制作で身を立てるようになった。
ヒルマの人生で最大の転機は、彼女が34歳のときに訪れたと言っていい。同じく霊界との交信を志す4人の女性アーティストたちと出会い、ヒルマを含めて計5人でアート集団「5人(De Fem)」を結成したのだ。彼女たちが出会ったのは、後述する宗教団体「エーデルワイス協会」に参加したことがきっかけだった。
「5人」の集会は金曜の夜に開かれ、集会において彼女たちは瞑想を行った。そして霊界にいるという高位の霊的存在「ハイ・マスター」と交信したのだという。「5人」のメンバーはそれぞれ、霊界との交信によって得たインスピレーションから創作活動を行った。これはブラヴァツキー夫人の始めた神智学の流れを汲んだ儀式だったといえるだろう。神智学においては、「マスター」と呼ばれる超常的存在との繋がりを通し、人間自身も霊的に進化していくことが理想として掲げられている。
ちなみに、神秘体験を研究したレイモンド・バック博士は「30代半ばの年頃が、(超常的世界と接する)高次の意識状態を達成するのに人生で最も好都合な時期である」と唱えている。ヒルマがこうして、ますます霊界との交信に没頭していった年頃は、バック博士の主張と符合していると言える。
「5人」のメンバーは全員がエーデルワイス協会 ( Edelweissförbundet )に所属しており、そこで出会った。 これは1890年に女性霊媒師フルディン・ビーミッシュによって設立され、スウェーデンで活動していた宗教団体である。キリスト教の世界観を基盤とするこの団体では、神智学の教えをおり混ぜ、交霊会を通しての霊界との直接的な交信に重きをおいた活動が行われていたという。
ビーミッシュによって率いられたエーデルワイス協会は、交霊会においてサイコレットと呼ばれた道具を用いた。サイコレットは、霊応版とも呼ばれるウィジャ盤の一種。手のひらサイズの小さな台車に手を置き、台車に付けられた針が、下に書かれたアルファベットをなぞることで単語を示すものだった。
ビーミッシュはまた、ヒルマたちの絵画に直接影響を与える「霊媒画」も描いていたことで知られる。これは交霊会において、霊界と接続した状態において、自動筆記で描かれるものだ。幾何学的な模様の組み合わせで構成された要素は、後のヒルマの抽象絵画にも見てとれる。あるいは、共通の霊的存在とコンタクトしたことによって、似た絵のスタイルになったと考えることもできるだろう。
ヒルマを含むアート集団「5人」は、エーデルワイス協会の多大な影響を受けつつ、約10年間のあいだ活動を行った。「5人」の活動中、ヒルマは後に抽象絵画と呼ばれるような作品を多く制作し始めた。ヒルマが1906年から翌年にかけて制作した『原初の混沌』は、「神殿のための絵画」と名付けられたシリーズのうちの一つだ。抽象絵画のパイオニアとして名高い画家のカンディンスキーが初めて抽象絵画を制作したのは1910年なので、それに先だった先進的な取り組みとも言えるだろう。
仲間とともに霊界との交信、そして創作活動に切磋琢磨する日々が順調に続くかと思いきや、「5人」は1908年に解散することとなる。
「5人」解散の原因は、他ならないヒルマ本人の行動によるものだった。
ヒルマは当時45歳のとき、自身が「5人」のリーダーになるべきであるというメッセージを霊界から受け取ったという。メンバーの他の4人はこれを拒否し、グループは解散。彼女らの共同作業は終わりを告げた。
「全ては神秘に始まり、政治に終わる」とはシャルル・ペギーの言葉であるが、神秘的な出来事も、結局は人間関係の問題になってしまうのだろうか。いずれにせよ、ヒルマに降った霊界のメッセージは、ヒルマ自身のなかで、それまでの人間関係よりも優位に立つほど強力なものだったのだ。この「5人」の解散のときから、ヒルマは、その後の活動において重要な位置を占める「十大絵画」シリーズの制作へと一人で進んでいくこととなる。
「5人」の解散と同じ年、1908年。ヒルマは初めてルドルフ・シュタイナーと出会い、彼の教えに生涯にわたる興味を抱き始める。シュタイナーは当時は神智学協会のドイツ支部長だったが、後に分離独立して人智学協会を立ち上げる人物である。人間の精神や霊性を重視した「シュタイナー教育」の名前から知っている人も多いことだろう。ヒルマはシュタイナーに自身の作品を見せ、『原初の混沌』が気に入られたというエピソードも残っている。
1920年、58歳のときにはヒルマは人智学協会の終身会員となってもいる。ヒルマの人智学への傾倒は大きく、彼女の絵画をプロテスタント・シグトゥーナ財団にて保管させてほしいとの申し出があった際も、「人智学に興味のない人々の手には渡せない」として拒否しているほどだ。
ヒルマは生涯独身を貫き、霊界と交信して絵画を描き続けた。そして、1944年10月21日、交通事故による負傷をきっかけにこの世を去った。
ヒルマはこんな遺言を言い残している。
「私の作品が世に理解されるようになるまでは20年ほどかかるだろう。20年間は作品を封印し、世に出してはならない」
その言葉通り、作品を相続した甥のスウェーデン海軍将校、エリック・アフ・クリントは、作品を守り通した。そして1964年以降、ようやくヒルマの作品が世に知られるようになったのだ。
ちなみに、ヒルマが1932年に描いた別の絵画で、「The Outbreak of War in Spain and the Naval Battles in the Mediterranean(スペイン戦争の勃発と地中海での海戦)」というものがある。こちらは(ネット上では)画像は公開されていないため詳細は明らかではないが、ヒルマ・アフ・クリント財団の公式ホームページの年表において題名を確認することができる。
スペインにおける戦争といえば、真っ先に挙がるのが1936年から起きたスペイン内戦だろう。この作品もやはり、スペイン内戦から遡ること4年前の時点で描かれた作品であり、内戦の勃発を予言していたのではないかと考えることができる。これらの絵が予言画であったとすると、制作当時70歳であったヒルマは同じ年に2枚の予言画を遺していることになる。当時、彼女が霊界とつながる力もピークに達していたのではないかとも考えられるだろう。
先に紹介したヒルマとカンディンスキーは、同じく1860年代に生まれ、共に1944年に亡くなっている同時代人だ。カンディンスキーは抽象絵画を制作するとともに、その理論的枠組みを提唱し、抽象絵画のパイオニアとも呼ばれている。知られた話だが、カンディンスキーもまた、神智学や人智学への傾倒ぶりを知られる人物だった。
「氷が水の一存在形式に過ぎないように感覚的事物は魂的、霊的構成体の一存在形式に過ぎない」
シュタイナーは著作『神智学』にてこう書き残しているが、カンディンスキーはこの思想に深く感銘を受けた。カンディンスキーは、この理念は芸術においても共通すると考え、すべての感覚的に認知できるものの背後にある霊的なもの、精神的なものを描こうと思い立ち、その独自の表現方法を編み出した。彼は理詰めで抽象絵画の手法に至ったのだ。
直接、霊界と繋がってインスピレーションを受けたヒルマと、直接的な霊的体験はなかったが同様の表現に到達したカンディンスキー。人生を賭けて「目にみえるその先の世界」の表現に挑んだ二人が似た手法に達したということは、何か筆者にとって一定の真理が彼らの作品にあるように思える。そしてまた、同時代を生きた二人が、彼らの時代の要請に対して似た答えを示したということでもあるように見て取れる。
現在、6月15日までの会期で「ヒルマ・アフ・クリント展」が東京国立近代美術館1階の企画展ギャラリーにて開催中だ。心霊主義とアートが交錯するその中心で絵画制作を続けたヒルマ。その作品制作の軌跡を見てみてはいかがだろうか。
<参考資料>
羽仁礼『超常現象大事典』
大田俊寛『現代オカルトの根源』
ルドルフ・シュタイナー『神智学』
Hilma af Klint Foundation公式ホームページ https://hilmaafklint.se/
港千尋のウェブ連載記事「ヒルマ・アフ・クリントへの旅」 「オカルトとアートが繋がって。神秘を絵画に描くヒルマ・アフ・クリントと神智学」
「ワシリー・カンディンスキーが生んだ「抽象画」の概念」 https://mook.casie.jp/articles/wassily-kandinsky
「新潟シュタイナー通信ティンクトゥーラ・虹」(2002 vol.15)からの記事「カンディンスキーとシュタイナー」 https://www.eonet.ne.jp/~kimichr/contributions/agatha2.html
「yucca覚え書き シュタイナーをめぐって2」https://r5.quicca.com/~steiner/novalisnova/steiner/yucca/yucca-S2.html
「6 questions answered about the mystic artist Hilma af Klint」 https://theartssociety.org/arts-news-features/6-questions-answered-about-mystic-artist-hilma-af-klint
「She’s the 19th Century Mystic Painter that Art History Needs to be Rewritten For」 https://www.messynessychic.com/2021/11/12/shes-the-19th-century-mystic-painter-that-art-history-needs-to-be-rewritten-for/
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「Paintings for the Temple」 https://www.guggenheim.org/teaching-materials/hilma-af-klint-paintings-for-the-future/paintings-for-the-temple
比嘉光太郎
「未確認の会」主宰。第2回日本ホラー映画大賞豆魚雷賞『絶叫する家』などオカルト、ホラーの研究、実践制作で活動する。
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