ジェームズ・ウェッブ宇宙望遠鏡が見た高解像度の宇宙に衝撃! 極鮮明な銀河が語るビッグバンの謎

文=水野寛之

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    「ハッブル宇宙望遠鏡」の後継機として宇宙へ送りだされた「ジェームズ・ウェッブ宇宙望遠鏡」。 2022年6月から本格的な観測が開始されて間もないが、赤外線による観測で、これまで見ることのできなかった宇宙の様子が明らかになってきている。 人類がまだ目にしたことのない鮮明な宇宙の姿を、最新画像で紹介する。

    最新技術の粋を集めた高性能な宇宙望遠鏡

     長年にわたり、われわれに美しい宇宙の姿を届けてくれた「ハッブル宇宙望遠鏡」。その後継機となる「ジェームズ・ウェッブ宇宙望遠鏡」が、2021年12月25日に打ちあげられた。

     この宇宙望遠鏡は、NASAが主導し、ESA(欧州宇宙機関)とCSA(カナダ宇宙庁)が共同で運用する天体観測プロジェクトで、革新的な技術がいくつも搭載されている。

    六角形の金色の主鏡が特徴的なジェームズ・ウェッブ宇宙望遠鏡。史上最大の宇宙望遠鏡で、100億光年以上離れた銀河も捉えることができる。

     中でも、金色に光るハチの巣のようなデザインの主鏡は、本体外観の大きな特徴といえる。六角形のセグメント(断片)18枚で構成されており、全体で一枚の鏡として機能する。口径は約6.5メートルで、ハッブル宇宙望遠鏡の約2.4メートルの主鏡と比べると、面積は7倍以上にもなる。

    イータカリーナ星雲の北西「NGC 3324」付近を捉えた画像。「宇宙の崖」という別名を持つこの領域は、誕生したばかりの若い星からの恒星風によって、巨大なガスや塵の雲が侵食されてできたものだ。

     また、近赤外線カメラ(NIRCam)や中間赤外線観測装置(MIRI)など、赤外線領域を観測するための4種類の観測機器を搭載し、これまでよりもさらに広い宇宙の領域を観測できる能力を持っている。

    ジェームズ・ウェッブ宇宙望遠鏡による画像(右)とハッブル宇宙望遠鏡による画像(左)。ほぼ同じ位置を撮影したものだが、両者に性能の違いを実感することができる。

    「宇宙の始まり」の解明を目指して

     観測する波長を近赤外線と中間赤外線に特化したジェームズ・ウェッブ宇宙望遠鏡にとって、赤外線を発する熱源となる太陽と地球は邪魔な存在だ。

     そうした影響を避けるために、「ラグランジュポイント(L2)」と呼ばれる、太陽を周回する軌道(正確にはL2を周回するハロー軌道)に投入されている。

    地球と月、ハッブル宇宙望遠鏡、ジェームズ・ウェッブ宇宙望遠鏡の位置関係。ハッブルが地球の上空570kmを周回しているのに対し、ジェームズ・ウェッブは地球から150万キロ離れた軌道を回る。

     ラグランジュポイントとは、複数の天体(この場合は地球と太陽)の重力が均衡する場所のことで、重力的にとても安定した領域である。ふたつの天体が作るラグランジュポイントは複数存在するが、L2は地球から見て太陽と反対側に位置する。太陽から距離があり、また常に地球の影に入っているため、熱の影響を受けにくいというメリットがあるポイントなのだ。

     なぜ地球から150万キロも離れたL2に送りだしてまで、赤外線による観測にこだわるのか。それは、ジェームズ・ウェッブ宇宙望遠鏡の目的のひとつが「初期宇宙の観測」にあるからだ。

     宇宙が誕生した後、最初に生まれた星は、膨張しつづけている宇宙において最も遠い場所にある。ところが、遠い場所にある星は「赤方偏移」によって赤く、そして暗くなってしまう。

    ハッブル宇宙望遠鏡が可視光で捉えた渦巻銀河「IC 5332」(左)は、ジェームズ・ウェッブ宇宙望遠鏡の中間赤外線観測装置(MIRI)によってまったく違う姿を現した(右)。骨のようにも見える構造は、銀河全体に広がるガスのパターンを示している。(ESA/Webb, NASA & CSA, J.Lee and the PHANGS-JWST and PHANGS-HST Teams)

     光を含む電磁波は、離れていくにしたがって「光のドップラー効果」により波長が引き伸ばされ、可視光領域では光が赤く見えるようになる。これが赤方偏移である。簡単にいうと、初期銀河の光は地球に届くまでに赤方偏移が強まってしまうため、赤外線で観測しなければ見つからないということだ。

     ジェームズ・ウェッブ宇宙望遠鏡に搭載した赤外線観測機器であれば、波長が伸びて赤外線になってしまった光を捉え、これまでは見つけられなかった古い天体も発見することができると期待されているのである。

    おうし座方向にある暗黒星雲「L1527」。砂時計のように見える首の部分に、ちょうど原始星が誕生しつつある。その大きさは太陽系と同じくらいで、原始星が取り込んでいる星間物質が黒い帯状に見えている。(NASA, ESA, CSA, STScI)

     さらに、初期宇宙の観測だけでなく、銀河のなりたちや恒星のライフサイクルの観測もジェームズ・ウェッブ宇宙望遠鏡の目的になっている。赤外線であれば、これまで星雲(塵やガスの集合体)で隠されていた向こう側の天体が観測できるからだ。こうした新たな観測データによって、太陽系や銀河系のなりたちや行く末が解明されるかもしれない。

    銀河団「SMACS 0723」とその周囲に見える銀河。初めて公開されたジェームズ・ウェッブ宇宙望遠鏡の画像で、銀河団の重力によって光が曲がる"重力レンズ"効果で、背後にある銀河の形が歪んで見える。(NASA, ESA, CSA, STScI)

    人類が初めて目にした驚くほど鮮明な宇宙の姿

     2022年7月、アメリカでジェームズ・ウェッブ宇宙望遠鏡が初めて撮影したフルカラー画像が公開された。

     その際、バイデン大統領はジェームズ・ウェッブ宇宙望遠鏡を「宇宙の歴史を望む新しい窓」と表現した。

    活発な星形成領域として知られる「タランチュラ星雲」。ロイヤルブルーとパープルに彩色された部分はX線領域で、高温のガスと超新星爆発の痕跡を示している。この星雲の化学組成は数十億年前の天の川銀河と同様の状態とされ、銀河でどのように星が誕生するのかを知る重要な手がかりとなる。(X-ray: NASA/CXC/Penn State Univ./L. Townsley et al.; IR: NASA/ESA/CSA/STScI/JWST ERO Production Team)

     最初の画像として公開されたのは、「SMACS0723」「イータカリーナ星雲」「南のリング星雲」「ステファンの5つ子銀河」「WASP-96b」をターゲットにした画像で、これまでに撮影された画像を上回る鮮明な姿を写しだしていた。

     たとえばイータカリーナ星雲の星が形成される領域を撮影した画像では、赤茶色に見える高温のガスや塵の中に赤い点を数多く見ることができる。それらは成長過程にある若い星たちだ。

    「南のリング星雲」とも呼ばれる惑星状星雲「NGC 3132」。近赤外線カメラ(NIRCam)で撮影した左の画像は、星雲からガスが宇宙へ逃げだしていることを示し、中間赤外線観測装置(MIRI)で撮影した右の画像は、中心にあるふたつの星を高温のガスが取り巻いている様子を表している。(NASA, ESA, CSA, STScI)

     南のリング星雲は、近赤外線と中間赤外線、それぞれのカメラで捉えた画像が公開された。どちらの画像でも、放出されたガスが円形に星を取り巻いている様子が克明に写しだされているが、近赤外線では中央に白く輝く星が見え、中間赤外線ではそれが非常に接近したふたつの星であることがわかる。

    ペガスス座にある「ステファンの5つ子」と呼ばれる銀河グループ。近接して見えるが、中段左の銀河は地球から約4000万光年の位置にあり、約2億9000万光年の距離にあるほかの4つの銀河とは離れている。(NASA, ESA, CSA, STScI)

     ステファンの5つ子銀河も天文ファンにはおなじみの天体で、うち4つの銀河は比較的近くにあるため、重力的に影響を及ぼしあっている。これまで厚いガスに隠されていたそうした相互作用の痕跡も、中間赤外線画像によって明らかになるだろう。

    これまでの宇宙論が覆される可能性も

    見慣れた木星も、近赤外線カメラ(NIRCam)による画像で見ると違った印象を受ける。複数のフィルタで色分けされており、長い波長は赤く、短い波長は青く表示されている。木星の両極に見える赤い光は、オーロラを示している。(NASA, ESA, CSA, Jupiter ERS Team; image processing by Judy Schmidt./STScI)

     約138億年前、ビッグバンによって誕生した宇宙は、高温・高密度の状態から急激に膨張し、冷えていく過程で水素やヘリウムなどの元素が生まれた。宇宙誕生から2億年後(136億年前)ごろに最初の星が誕生し、星々が集まって銀河となったのは、10億〜20億年前と考えられている。

    地球から630光年の距離にある「カメレオンⅠ分子雲」の中央領域を捉えた画像。分子雲は天体が生まれる場所で、ジェームズ・ウェッブ宇宙望遠鏡の観測により、水、二酸化炭素、アンモニア、メタンなど、さまざまな分子が凍結して存在していることがわかった。(NASA, ESA, CSA)

     ところが、ジェームズ・ウェッブ宇宙望遠鏡が観測したデータを解析したところ、131億光年の距離、つまりビッグバンからわずか数億年後の宇宙に、太陽質量の10の11乗倍という大質量銀河の候補が6つも見つかったという。これほど大質量の銀河が形成されるには膨大な時間がかかるはずであり、これまでの宇宙論ではありえない観測結果なのだ。

    「わし星雲」の中心部に見られる柱状のガスの塊「創造の柱」。画像は近赤外線カメラ(NIRCam)と中間赤外線観測装置(MIRI)で撮影したデータを合成したもので、その姿は芸術性すら感じさせる。(NASA, ESA, CSA, STScI)

     もちろん観測データに誤差がある可能性や、それが大質量銀河ではなく別の要因による可能性もある。しかし、今後解析が進み、観測データが正しかったとなれば、これまでの宇宙論は大きく書き換えられることになるだろう。

     地球から150万キロメートル離れた位置を周回するジェームズ・ウェッブ宇宙望遠鏡。その人類の新しい“目”は観測を始めたばかりだ。この先、宇宙の謎に迫る貴重な発見や、だれもが驚愕するような新たな宇宙の姿を見せてくれるかもしれない。今後の活躍に期待したい。

    水野寛之

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