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驚異的な呪力を持ち、天皇の病を癒した天道てんどう法師。彼の故郷・対馬つしまに伝わる伝説と、禁足地オソロシドコロ──。 いまも謎の多い、天道信仰の由来に迫る。
対馬の豆酘には亀卜や赤米神事などの、もはや他では失われた伝統的神事が遺っている。それを支えているのが対馬神道の精髄・天道(天童)信仰だ。
その象徴が「おとろし処」とか「オソロシドコロ」と呼ばれる天道法師の禁足地「八丁郭」(八丁角)である。
天道法師は、天智天皇の白鳳(『日本書紀』にはない元号)13年2月17日に生まれたという。母は海の彼方から「虚舟」に乗ってきたという醜い女で、ある日、排尿したとき太陽の光を感じて妊娠した。こうして生まれた童子は聡明で賢く、9歳で都へ上り、精進を重ねて僧となり、巫祝の術を獲得し、文武天皇の大宝3(703)年、対馬に帰る。
霊亀2(718)年、天道33歳のとき元正天皇(女帝)が病に罹ると、陰陽博士の「対馬に法師あり、彼が能く祈る」との占いがあり、都へと召しだされる。
天道法師は豆酘内院の飛坂より壱岐の小牧に飛び、さらに、筑前の宝満岳を経て、京の金門へ飛来した。そして17日間、吉祥教化、千手教化、志賀(四箇)法意、秘密迦那徂羅のお経を誦んで祈禱した。
たちまち天皇は平癒され、天道法師に「宝野上人」の称号と菩薩号を賜り、さらに対馬の寄り物、犬が浦の鰯、紺青の若布、対馬聖地に逃れる罪人の免罪、対馬の免税などの恩典を与えた(参考文献:本石正久『天道法師の縁起』/永留久恵『対馬国志』)。
帰国(帰郷)のとき、天道法師は土木工事や社会事業、さらに東大寺の大仏造立の責任者として知られる行基(菩薩)を伴ったと伝えられる。行基は観音像6体を彫刻し、それらは佐護・仁田・峯・佐須・豆酘に遺っているという。
その後、天道法師は豆酘の卒土山で入定したとされる。「龍良山」とか「天道山」とも呼ばれ、標高558メートルの典型的かつ日本最大級の照葉樹林が広がる霊山である。
その中腹に天道法師が自ら積みあげたというピラミッド状の石積みがある。これが基底6・2メートル、側面5・5メートル、高さ3・1メートルの表八丁郭(表八丁角)で、「天道法師塔」と呼ばれている。
その周囲8丁(約109メートル×8)四方が聖域で、修験者(山伏)と供僧(テンドウに仕える神人)以外の、一般人は立入禁止。もしも俗人が立入ったときは裸足となって赦しを乞わなければならなかった。
実は、龍良山の北側にも八丁郭があって、こちらは「裏八丁郭(天道法師祠)」と呼ばれ、天道法師の母の墓だといわれている。もちろん、ここも「おとろし処」だ。ちなみに「ハッチョウ」は「タッチョウ(塔頭)」の意で、貴人の「古墓」(『広辞苑』)を指すという説もある。
テンドウはオテントウサマのことで、母が太陽の光に感じて天道法師を産んだように、彼は日神の子どもであった。
その母は「正八幡」視されているが、鹿児島神宮(大隅正八幡)の伝承によれば、正八幡の母の大日留女は7歳のとき日光に感応して妊娠し、王子が誕生すると母子とともに、空船に乗せられて流され大隅半島に漂着している。天道法師の母はその伝説を想起させる。ちなみに、対馬の正八幡神社の宮司は波多氏を名乗っていた。
おそらく表八丁郭で入定した天道法師は、母の墓所である裏八丁郭での再生・甦りを願って、母が乗ってきた「うつぼ舟」のなかで夢見ているのではあるまいか。銀河の海を航行する宇宙船のなかで、未来仏としての|弥
勒菩薩《みろくぼさつ》のように弥勒下生を待っている。
そして、波多氏の祖・秦河勝にも「虚舟」がまとわりつく。
推古天皇の御代に、泊瀬川の上流が洪水になったとき流れ着いた壺のなかにいたのが秦の始皇帝の再誕の河勝であり、聖徳太子の薨去後、河勝が現世に背を向けて虚舟に乗り、播磨の南波の尺師の浦に打ち寄せられて大荒神になっている。
天道法師の長い眠りと下生を妨げる者から守るのが、禁足地である「おとろし処」の役目だったのではあるまいか。
(月刊ムー 2021年12月号掲載記事)
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