洒落怖の怪物「リョウメンスクナ」と古代飛騨の「宿儺」/朝里樹の都市伝説タイムトリップ
都市伝説には元ネタがあった。朝廷に討伐された伝説の生物は実在した!
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いまやメジャーな怪談、都市伝説のひとつである「裏拍手」。知られるようになったのは10年ほど前だが、その恐怖のルーツは神話にまでさかのぼりうるものだった。 『教養としての最恐怪談』著者が、裏拍手に隠された謎を解き明かす!
目次
関西のとあるカップルが、夜の海に遊びにいった。
そこは知る人ぞ知る心霊スポットのようで、彼氏はからかうつもりで彼女を脅した。
「このへん、幽霊とかが出るらしいで」
なにいうてんの、と笑う彼女。すると遠くから大勢の人の騒ぎ声が響いた。どうやら海岸脇の防風林のなかから聞こえてくるようだ。
「あれ、人おるで……車なんてどこにもなかったのに」
車がなければ来られるような場所ではない。不審に思ったふたりが林に入り、その奥を覗いてみると。木々がぽっかり開けた広場のような場所に、10名ほどの若者たちがいた。中心の焚き火を囲み、酒盛りしながらわいわいと楽しんでいる。
「あ、いらっしゃい! カップルさんですかー?」
彼らが気さくに声をかけてくる。
「よかったらここで一緒に飲んでいきませんかー?」
満更でもない表情の彼女を見て、彼氏の嫉妬心がうずいた。
「いや、今着いたばかりなんで」
申し出を断りかけた彼氏の声を遮って。
「本当ですか? じゃあご一緒しちゃおうかな」
彼女が輪のなかに入っていく。
苛立ちながらも、しぶしぶ後を追う彼氏。
……なんなん、せっかくのデートやのに……。
嫌々ながらも彼女の横に座り、若者たちの会話に加わる。
「どこからきたのー?」
「ふたり付き合ってんですかー?」
はあ、まあと適当な相槌を打つが、その声色に不快さが滲みでていたのだろう。彼女がちくりと釘を刺す。
「もう! もっと楽しくおしゃべりしようや!」
いや、確かにそうやな……。
その指摘に、彼氏も思わず反省した。
……ただの明るい若者グループやないか。なんで俺、彼らをこんなに嫌ってるんや……。
持ちを落ち着かせ、ゆっくり彼らを見渡してみる。
……なんで一目見た瞬間から、こいつらのことこんなに気持ち悪かってんやろ……こんな普通の人たちやのに……。
――あっ。
「戻ろう、なあ、もう海のほう戻ろう」
彼氏は急いで立ちあがり、彼女の腕をつかんだ。
「なんでよー? もっとここで楽しくしよー」
「ええから!」
渋る彼女を強引に連れて、若者の輪から逃げ出す。
「どうしたん? なに慌ててるの?」
彼女の言葉を無視し、その手をひいて一目散に暴風林を抜ける。ようやく海岸に着いたところで、息を切らしながら彼氏は叫んだ。
「気づかなかったんか!」
彼女はきょとんとした顔で「なに? 本当にどうしたん?」と返す。
「あいつら! あいつら、全部さかさまだったやろ!」
「さかさまって?」
「あそこにいた奴ら全員、着てる服も、靴も、裏返しか反対にして身につけてたやろが!」
絶対あいつらおかしい! という彼氏の言葉に、彼女が問い返す。
「え、本当に?」「そうだよ!」「本当にあの人たち、全部さかさまだったの?」「そうだよ!」
服も? 靴も? 身に着けてるもの全部? なにからなにまでさかさまだったの?
「そうだよ!」
すると彼女は満面の笑みをたたえた顔の前で、両手を激しく拍手させた。
「すごーい!」
それは両手を裏返しにして手の甲を叩き合わせる、さかさまの拍手だった。
ひっ、と叫んだ彼氏は、思わずあらぬ方へと走りだしてしまった。
すぐに気を取り直し海岸へ戻ってきたのだが、そこに彼女の姿はなかった。おそるおそる防風林の広場にも行ってみたが、焚き火どころか人のいた痕跡すらない。
結局、彼女はそのまま行方不明になってしまったのだという。
「裏拍手」あるいは「あべこべ」のタイトルで知られる有名な怪談または都市伝説だ。
この話が一躍世間に広まったのは、呪物コレクター・田中俊行(たなかとしゆき)氏が2013年の「怪談グランプリ」(関西テレビ)でこの別バージョンを語ってから。田中氏の怪談「あべこべ」は同グランプリでみごと優勝し、彼の代表作となっている。
ただし田中氏自身が言及しているとおり、「あべこべ」にはもととなる怪談があり、彼はそれを2011年ころにベトナム料理店の友人から取材している。私・吉田も田中氏の取材直後に同話を聞き及んでいるが、そちらはカップルが山奥のキャンプ場にいく話であった。その他の大筋や、彼女が「すごーい!」と叫んでさかさまの裏拍手をするオチは同じだ。
田中氏は「怪談グランプリ」出場に際し、舞台を海に変え、釣りにきたカップルが4人家族に出会う話に改変している。
服をさかさまに着る家族に恐怖した主人公が、彼女を連れて車に逃げる。そこで彼女が「すごーい!」と叫んで裏拍手をするところまでは原話と同じ。
その後の展開は、田中氏と彼の先輩Y氏(私の友人でもある)による独自のアレンジがなされている。
慌てて車を発進させるが、なぜかさかさまのバックに進み、海へと落ちそうになる。それでもなんとか難を逃れたカップルが車で逃げ去ると、バックミラーごしに、こちらを寂しそうに見つめる4人家族の姿が見える。後日聞いたところ、その海で一家心中した家族がいたらしい……というのが話のオチとなる。
私はなにも原話の改変について難癖をつけようとしているのではない。逆に、田中氏が舞台をキャンプ場から海に変更した点について非常に興味深く感じているのだ。
先ほどまでさんざん「原話」と称してきたが、田中氏や私が聞いたバージョンもまた、この怪談の大元ではない。
田中氏に「あべこべ」のもととなる怪談を語ったベトナム料理店の友人も、また別の知人からこの話を聞き及んでおり、その知人もさらに別の知人から聞いたのだとか。田中氏が辿りつけた範囲では、少なくとも5人以上の人間を経由しているようだ。
また2013年「怪談グランプリ」では、田中氏の「あべこべ」とはまた別に、先述のキャンプ場バージョンを予選時に提出した出場者もいたという。これらを総合して考えれば、おそらくこれは当時の関西圏に広まっていた怪談だったのだろう。
ではここから、あべこべ・さかさまに手を叩く「裏拍手」あるいは「逆拍手」「逆手(さかて)拍手」にまつわる怪談の起源を求めていくことにしよう。
まず現代の都市伝説として有名なのは、某女性歌手Iにまつわる恐怖譚だ。
Iは歌番組「M」に出演した際、死に別れた元恋人をモチーフとした楽曲を歌った。しかし生放送中にもかかわらず、なぜか客席の一方向から不自然に顔をそらしつづけていた。死んだはずの元恋人が客席におり、リズムに合わせて手を叩いていたからだ。
それも通常とは逆の、手の甲同士を合わせる「逆拍手」を。逆手の拍手は死を意味する行為であり、元恋人はIをあの世へ一緒に連れていこうとしていたのだ……。
インターネットのログを探る限り、この都市伝説は2007年には広まっている。その楽曲は「P」とされることが多いが、もともとは2004年発表の「D」という歌にまつわる噂だったかと思われる。
「D」の歌詞自体に死を連想させる要素はないが、PVでは涙を流すIが恋人らしき男の手を握る映像がたびたび差し挟まれており、見ようによっては彼の死を嘆いているようにとれる。このため発表直後の時点で「D」は死んだ恋人に奉げた楽曲だとの噂が発生、それが後に上記の都市伝説へと発展したようだ。(※ちなみに私の知人のテレビ関係者によれば、Iの「M」出演回アーカイブを全てチェックしたが、該当する映像は見つからなかったとのこと)。
この別バージョンが、某アイドルグループのメンバー事故死にまつわる話として語られることもある。
また2012年のバラエティ番組にて、甲側の手首を叩く裏拍手めいた観客の両手(肘から上)が写ったことが、ネットの一部でオカルトめいた話題となった。
いずれにせよ、これら「裏拍手」「逆拍手」「逆手拍手」と呼ばれる都市伝説はゼロ年代後半には登場していたようだ。
さらに2011年1月24日には、2ちゃんねるオカルト板に裏拍手をモチーフとした怪談が投稿されている。便宜上、「奄美の港」と題しておく。
奄美大島の中学生カップルが小さな魚港をデートしていたところ、漁船のなかで酒盛りをしている7人の大人たちに出くわす。彼らに誘われ酒を付き合わされたカップルだが、いきなり彼女のほうが「もう帰る!」と船を飛び出してしまう。慌てた彼氏が追いかけて問いただすと。
「拍手!手が・・・手が手の甲を合わせて拍手してた!」(原文ママ)
またコップも古びたうえに割れており、なかの焼酎も腐っていたため、生きた人間ではないと感じたのだという。彼氏が確認しに戻ってみると、漁船は忽然と消えていたのである……。
投稿者によれば「今から20年前に聞いた話」とのことで、奄美大島で1980~90年代ころより語られているローカル怪談なのかもしれない。ただ2011年なら裏拍手の都市伝説は既に広まっているので、そこから連想された創作という疑いも捨てがたい。
いずれにせよ「あべこべ」の原話と構造がよく似ており、噂が広まった時期も同年なので、その元ネタとなった可能性は高いだろう。
ここでもやはり怪談の舞台は海なのである。そして船が印象的に用いられる点にも注目したい。これは裏拍手の最も古い事例を彷彿とさせる。つまり『古事記』国譲り神話に登場する「天の逆手(あまのさかて)」のことだ。
天照大神より国譲りを迫られた大国主神は、息子の事代主(ことしろぬし)神に回答を任せる。
そこで天鳥船神が、魚獲りのため船を出している事代主神のもとへ向かった。事代主神は天津神たちへの国譲りを了承したが、その際に自らの船を踏んで傾け、天の逆手を打って船を青柴垣(あおふしがき)となして隱れてしまう。これは日本の文献に初めて登場する手打ちなのだが、はたして事代主神はなにを思って天の逆手をうったのか。
素直に考えれば、国譲りという苦渋の決断に際しての抵抗の意であろうとは、その後の青柴垣に隠れる(=死んだともとれる)行動からも推察できる。つまり天の逆手=裏拍手とは、天照大神や天津神たちへ向けた呪いなのだ、と。
もちろん、この解釈については様々な議論がある(天の逆手が裏拍手と同じアクションなのかも含めて)。『古事記』再評価の代表者である本居宣長も「悪事のみならず吉喜事に渉て為けむこと」と、天の逆手を悪しき呪法とする解釈に釘を刺している。
そうした『古事記』や古神道の解釈はさておき、中世から現代にかけて天の逆手がネガティブなイメージで捉えられていたのは否めない。
平安時代の『伊勢物語』にしてからが既にそうだ。恋慕を寄せながら行方知れずになった女に対し、男が「あまのさか手をうちてなむのろいをるなる」と、明らかに憎しみの呪法を行なっている。
また後手という後ろ向きの手の仕草そのものが攻撃的呪術と解する向きは多い。『古事記』でもイザナギは黄泉国の軍勢に向かって後手で剣を振り、山幸彦は兄・海幸彦に釣り鉤を返す時、後手に渡して呪いをかける。
その他の各時代の資料においても、やはり天の逆手はアクションとして裏拍手と同じであり、死に繋がる呪いと捉えるケースは散見される。
それが2000年代になり、恐ろしい都市伝説のモチーフとして扱われるようになった。続いて2011年、例の奄美大島を舞台とした「奄美の港」が投稿され、その影響下とおぼしき「あべこべ」のもととなった怪談が関西で囁かれるようになる。そして最終的に田中氏のパフォーマンスによって、裏拍手の怪談は全国区の知名度を得た。
この怪談が人気を博した要因として、『古事記』への先祖返りが非常に重要だったのではないか。
「奄美の港」では、海辺の船内にて裏拍手が行なわれる。これはまさに、船に乗った事代主神が天の逆手を打ったシチュエーションを想起させるではないか。
また田中氏も「あべこべ」において、取材時にはキャンプ場が舞台だった話を、わざわざ海へと変更し、車という乗り物が海へ沈みそうになるシーンを付け加えた。これもまた事代主神が船を踏み傾けて死んでいったことを連想させる。
ネット怪談の投稿者はともかく、田中氏とY氏が「古事記」に着想を得てアレンジしたのでないことは、近しい関係である私が断言できる。
しかし彼らは偶然にか必然としてか、裏拍手の元祖である古代神話とイメージを通底させてしまった。だからこそ、この怪談は大きな影響力を持つことができたのである。
『教養としての最恐怪談』(ワン・パブリッシング刊、税込1,760円)
古代から現代までの「最恐怪談」を選りすぐり、その恐怖の理由をひもといた吉田悠軌の最新刊でも「裏拍手」の考察がされている。
https://one-publishing.co.jp/books/9784651204529/
※本誌掲載時、野田市の常敬寺にある「木像阿弥陀如来坐像」について、本像が天の逆手を打つ形をしているとの伝承と、その制作に僧・唯善が関連しているとの説に触れた箇所がありましたが、唯善上人が開いた中戸山西光院 常敬寺(新潟県上越市)の副住職・唯真氏から、当該箇所についてのご指摘がありました。唯真氏によれば
①千葉県野田市の常敬寺は、唯善や当山との関係はまったくない。
②中戸山西光院常敬寺にも、唯善が対立していた本願寺にも「唯善が怨んでいた」等の記録がない。
こうしたご指摘を受け、WEB版では当該箇所をカットいたしました。
吉田悠軌
怪談・オカルト研究家。1980年、東京都生まれ。怪談サークル「とうもろこしの会」の会長をつとめ、 オカルトや怪談の現場および資料研究をライフワークとする。
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