フィリピンの吸血鬼「マナナンガル」出現! 伝説の妖怪を少女たちが目撃
フィリピン・セブに伝説的怪物の「マナナンガル」が出現。現地住民を恐怖のドン底に突き落としている。事件発生の経緯とは!?
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東南アジアに出没する妖怪マーライは、夜な夜な首だけを飛ばして人々を襲い、呪うという……。現代でも「目撃」事件が起こる妖怪事件をレポート!
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「中部高原に妖怪マーライ出現といううわさの真相」
2024年1月2日付「コンアンニャンザン(人民公安)オンライン」にこんな見出しが踊った。「人民公安」紙とは、ベトナム公安省の発行する機関紙で、いわゆる刑事事件や交通事故など、社会面的な記事を扱う日刊新聞だ。
記事には、おどろおどろしい表情をした女性の生首の写真と、後ろ姿なのか、長い黒髪の下から、なにやら内臓のようなものがさがっているように見える写真が掲載されていた。
記事の内容を要約すると次のようだ。
ーーここ最近SNSでこのような写真が共有されている。同時にザライ省クロンパ県チュールカム村フラン集落に「妖怪マーライ」が出現したとジャライ語で発信する男がいた。おかげで村や近隣の集落では人々に動揺が広がり、生活に悪影響を与えている。調査の結果、この情報を拡散したのは、ザライ省出身の男2名で、現在はタイに住み、ベトナムの党と政府に対して敵対的な行動をとっているものたちだ。住民たちは「写真はニセモノだ、髪の毛はかつらだろうし、内臓は豚か牛のもの。わたしたちは信じていない」と語る。また、県の公安副局長は「この二人は少数民族の人たちの信じやすい心を利用して、誤った情報を流し、迷信を広め、民族の団結を失わせ、反動の意図をもって民族に敵対するものだ。ただちに訴えて処罰すべき」と強く語っているーー。
妖怪の噂をニセモノ、まやかしだとする反論である。同月19日、今度はベトナム共産党機関紙「ニャンザン(人民)オンライン」も同様な内容の記事を発表している。
2023年は、バチカンにベトナム国家主席が訪問し、正式なローマカトリック教会の代表事務所がハノイに設置された。民間による宗教や信仰に対して最近はゆるやかな政策をとっているベトナム共産党と政府だが、こと妖怪や幽霊の迷信に対してはなぜこれほど厳しいのか。それには理由がある。
妖怪マーライとは、日中は通常の人と変わらないが、夜になると頭部だけで徘徊し、人の糞を食べるといわれている。大便をした後にそれを放っておくと、その糞をした当人の内臓をマーライは引き抜いてしまう。ほどなくして中身のない身体はいずれ死ぬ運命にあるが、マーライの家を訪ねていって謝礼をすれば生き続けることができるという。
加えて、マーライは呪術によって他人を呪い殺す力を持つとされている。こうした妖怪の存在をベトナムの山岳少数民族は今も信じているというのだ。
事実、そのために殺人事件も発生している。
2014年、ザライ省に住むディン・ヒー氏は、妖怪マーライであるという疑いをかけられ、呪いをかけたとして2人の男に殴り殺された。その後、一部の村の若者たちによって遺体は排水溝に捨てられたという事件が発生しているのだ。
このような事件は頻発しており、2016年7月22日付「健康と生活」誌の署名記事によれば、「2015年のザライ省だけでも、マーライ、呪術師関連の事件は10件以上発生しており、2名が死亡、4名が重傷を負った。その結果4名が逮捕、告訴された」と報じている。いずれも他人に対して呪術をかけたと疑われ争い、暴力沙汰となったことに起因している。
こうした事件を重く見たザライ省では、教育宣伝委員会が、ベトナム語・ジャライ語、ベトナム語・バナ語の2言語で記述されたハンドブックを1万3000部も作成し、配布するに至った。内容は「マーライや呪術は悪巧みをはたらく反動的な組織による迷信であることを具体的かつ科学的に分析した」もので、妖怪話の噂を完全に否定している。このハンドブックをもとに、少数民族の集落の人々に啓蒙活動を行っているそうだ。
当局がやっきになって「迷信である」と否定しなくてはいけないほど、マーライは「今も生きている」妖怪といえるだろう。
この妖怪マーライについて、中国の史書にも記録がある。わたしが知る中で最も古いものは4世紀、六朝時代に成立したとされる東晋・干宝作「捜神記」だ。そこには次のようにある。
「呉の将軍、朱桓の下婢を置いたが、夜中にねむると首が抜け出して窓から出てゆく。そばに寝ていたものが、寝床を照らすと胴体があって首がない。身体も冷たい。その胴体に夜具をかけておくと、明け方首が戻るも、夜具がかけてあって胴体に戻ることができない。苦しがって、いかにも死んでしまいそうだったので、夜具をどけると首は元通りに戻った」
朱桓とは三国志、呉の孫権に仕えた将軍で2世紀から3世紀にかけて実在した人物である。呉は今のベトナム、当時交州と呼ばれた地域もその支配地域に入っている。
「捜神記」はまた秦の時代から「南方に頭が胴体を離れて飛ぶことのできる落頭民と呼ばれる人たちがいた」とも伝えている。
時代は降って明の時代、郎瑛の著した「七修類稿」では、過去の文献を引用して、安南(現在の北部ベトナム)、老撾国(現在のラオス)、占城国(現在のベトナム中南部に存在したチャム族の国)にはいずれも頭が胴から離れて飛ぶものがいると記しており、魚や糞を食すとしている。
唐代に成立した「酉陽雑俎」という書物には、天竺の僧侶の証言として、「闍婆(ジャワ)國の中に頭を飛ばす者がいる」とも記している。
明代に著された「三才図会」をもとに18世紀の初頭に編まれた「和漢三才図会」にはこれらの書物に記された妖怪を「飛頭蛮」と漢字で記し、「ろくろくび」とふりがなを添えている。ここでの「ろくろ(轆轤)」とは縄を掛けてつるべを上下させる滑車のことだ。事実、「和漢三才図会」には胴体から首にまで細い縄のようなものが伸びている図が「飛頭蛮(ろくろくび)」の項でしめされている。
東夷西戎、南蛮北狄と、中華思想では支配者が自らを中心とし、周辺の服属しない異民族のことをこうした蔑称で呼んだ。南蛮は元来、洛陽から南を指したが、中国が版図を広げるなかで単に中国の南部から東南アジアの諸民族を表すようになった。
飛頭蛮、つまり頭が身体を離れて回遊する妖怪に蛮の名を付しているのは、この妖怪の出自が、中国より南であることを示していると考えてよいだろう。
いずれにせよ、紀元数百年前の秦の昔から、現在の東南アジアには、身体から首だけが抜け出して、飛行する妖怪が存在したと伝えられているということになる。
ベトナムでは、頭のみで飛ぶ妖怪のことを「マーライ」と称しているが、お隣のカンボジアでは、アープ、ラオスではピーカスーという名前で知られている。また、タイではガスー、マレーシアではペナンガラン、インドネシアではレヤックまたはクヤンと呼ばれている。
文化も歴史も言葉も異なる東南アジア諸国にこれだけ広範囲に同じ妖怪が存在するというのも面白い。共通するのは、通常は普通の人間と変わらないが、夜になると頭だけで飛行するとされ、糞や胎盤、新生児の血を好み、呪術を使用するという点である。
古くからその「存在」が記録されている妖怪であるものの、現代にも「生きる」妖怪であることも共通している。昨今はその目撃証言がスマホ写真付きで共有されている点で「リアリティ」がある。
タイの日刊新聞「カーウ・ソット」紙は2024年1月28日付オンライン版で次のような目撃証言と写真を紹介している。
1月26日、スリン県ラッタナブリの16歳になる女性が夕方友人たちと食事をしているとき、星のきれいな夜空をスマホで撮影した。その一枚に何やら光るものが写っている。拡大してみると頭があり、その下に内臓のようなものがぶら下がり、赤く光っている。友人たちと「これはガスーに違いない」と大騒ぎになり、それを聞きつけた記者が取材に出かけたのだそうだ。
「はじめは信じられませんでした。(赤い光は)最初、ランタンかと思ったのです。ガスーが存在しているとは信じていませんでしたが、今はガスーの存在を信じています」とその女性は記者に語ったと伝えている。
インドネシアのニュースポータルSuara.comでは、2018年9月24日付で「バリクパパンで幽霊クヤンを狩る住民のビデオが拡散」と報じている。
OFFICIAL MAKASSAR INFOと題したインスタグラムのアカウントには、樹上で赤黒く光を放つ物体、赤外線カメラの映像なのか、街頭の白黒映像を白く細長い物体が横切る映像もある。
「共有されたいくつかの動画には、クヤンがいるとされる家のまわりに住民が集まる様子が映されている。数名の住民がクヤンの幽霊を追い詰めて捕まえようとする姿もある」と報道した。
こうした頭と内臓をぶら下げた形で飛行する妖怪たちは、東南アジア各地で目撃が報告されている。もちろん、中にはインプレッション稼ぎのために偽造されたものも含まれているだろうが、今もその「存在」を信じて疑わない人々があることも間違いない。
マンガ、映画、テレビドラマでも、ガスーやアープ、ペナンガルと呼ばれている「首だけ妖怪」は繰り返し、繰り返し、テーマとなってきた。
タイで現在のようなガスーブームの先鞭をきったのは、おそらくタウィー・ウィサヌコーン作のマンガ「少女ガスー」だろうとされている。彼の初期のマンガ作品は主に幽霊話や民話を題材にとっていて、日本の水木しげるのような作風だ。「少女ガスー」は1968年から5年間にわたって掲載された。
また1973年には、映画「ガスー・サオ(英題:Ghost of Guts Eater)」が公開された。ガスーだった祖母の血を受け継いでガスーとなった女性とその夫との悲劇として描かれている。この作品はおそらくその後、タイで数多く作成される首だけ女、ガスーをテーマにした映画やテレビドラマの原型となったといわれている。
タイでは以後数えきれないほど繰り返し作られているガスー映画だが、2019年、映画「サン・ガスー(英題:Inhuman Kiss)」が公開され、好評だった。ガスーとなってしまった幼なじみの少女と、彼女を想う2人の青年がガスー狩りの男たちから彼女を守ろうとする。ホラーでありながら、甘くせつない青春映画だ。ガスーの描き方もあまり直接的に露出させず、暗闇に赤く浮かび上がるようなCG映像になっていて、観ているひとの想像をかきたてる。1940年代のタイの田舎が舞台で、主人公は米軍によるバンコク空襲で両親を失った設定になっている。2023年には続編も公開されているので、ぜひご覧いただきたい。
カンボジアでは、ポルポト政権が崩壊した直後の1980年に映画「我が母はアープ(英題:My Mother is an Arb)」が公開されている。自らの母が首だけ妖怪アープであることを知り、アープを滅ぼそうとする村人たちとの間で確執する息子の物語だ。70年代のポルポト政権下では政府批判をする「反動的な」両親を子供が告発し、親が処刑されるといった悲劇も起こっていたが、そうした社会背景をも感じさせる映画だ。
その後もカンボジアでアープ映画は何本も製作されている。2004年には映画「ニエン・アープ」が公開された。ある女性が集団レイプに遭遇し、婚約した男は暴漢たちに殺されてしまう。その女性が16年後にアープとなって復讐するというストーリーだ。冒頭に産後の胎盤を土に埋めるシーンがあるが、これは胎盤や胎児を好むアープに気づかれないようにする行為である。
インドネシア・バリを舞台にしたレヤック映画では、「Mystics in Bali」が1981年に製作されている。黒魔術に興味をもった米国人女性が、呪術師ランダに魔術を伝授され、レヤックとなり、豚や蛇に変身、最終的には首だけ抜け出して、夜な夜な新生児や人を襲うという筋書きだ。
バリ観光に欠かせないのが、ガムラン音楽とバロンダンスだが、そのバロンダンスは聖獣バロンと魔術師ランダとのたたかいがテーマとなっている。ランダはレヤックの女王とされ、この映画の冒頭やラストにもバロンダンスの仮装が出てくる。この作品はカルト的な人気を得たホラー映画だが、民族学的な興味であれば本作を面白く見ることができるだろう。
映画やマンガで表現される「ガスー」は、日中は美しい女性だが、夜になると、その首が胴体を離れ浮遊するヒロイン、あさましい姿に変じてしまう。女性の葛藤、そしてそこに心寄せ、同情する人々がある一方、その妖怪を恐れ、敵視し、殺戮しようと企む人々との相剋。そんな普遍的なストーリーが、「首だけ妖怪」が東南アジア諸国で人気を誇っている理由かもしれない。
一方で、首だけ妖怪は、ベトナムでもインドネシアでも黒魔術や呪いを得意とする「人間」であり、その黒魔術によって首だけの姿で夜を徘徊するのだと信じられてもいる。そのため、日中の姿だけでは、誰が首だけ妖怪、マーライやレヤックであるか判断がつかない。突然村の中である夫婦の仲が悪くなったり、ある人が挙動不審になったりすることがあると、その原因は黒魔術師の「呪い」によるものではないかと村人たちは勘繰るようになるという。かつての中世ヨーロッパであった「魔女狩り」のように、その黒魔術師は誰なのかと、マーライ狩りが始まるというのだ。
2000年以上昔から、その「存在」が信じられてきた首だけ妖怪、マーライ。SNSの時代にあっても、その「妖怪」の生命力の強さは驚異的でさえある。
新妻東一
ベトナム在住でメディアコーディネート、ライター、通訳・翻訳などに従事。ベトナムと日本の近現代史、特に仏領インドシナ、仏印進駐時代の美術・文化交流史、鉄道史に通じる。配偶者はベトナム人。
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