「天眼」が導く大衆救済は降霊術で始まった! ベトナム「カオダイ教」の世界/新妻東一
フランス占領下で生まれ、社会主義政権下でも活動が認められているベトナムの大衆宗教・カオダイ教。その始まりは降霊術だった。
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「第三の眼」でカードを透視し、目隠しで運転さえできるという驚異の超能力者。 彼女はその能力を用い、密林に倒れた戦死者の霊と語り、その遺骨を収集する活動を続けている。 かつてその能力を目の当たりにした現地ジャーナリストが本人に話を聞いた。
「お父様が降りてこられたようね」
ハノイ近郊の英雄戦士墓地での納骨式に参列していたうら若い女性が、突如その場でくずれるように倒れた。それを見た超能力者ホアン・ティ・ティエムは私にそうささやいた。
みなが驚いてたちすくんでいると、その女性は意識を取り戻したかのように立ち上がり、年配の男性が5、6名立ち並んでいるところへ、しっかりとした足取りで近づいた。そして、彼らひとりひとりの「名前」を呼びながら、なつかしそうに手を差し出し、握手をもとめ、今日はよく来てくれた、なつかしい、などといいはじめたのだ。
男性たちは、最初あっけにとられていたが、しかし、それがうら若い女性ではなく「彼」だとわかると、だれもがなつかしそうに肩をだきあい、「戦争」当時のことを語り合いはじめた。
「少し長いわね。お父様には帰っていただかないと、彼女がもどってこれなくなってしまう」
そうひとりつぶやくと、ティエムは「彼」に静かに近づいて、その肩に手をおいた。するとつきものがおちたように「彼」に憑依されていた若い女性はふたたびその場に倒れ込んだ。
何秒かたったのち、女性はぱっちり目をひらき、そして何事がおきたのか、なぜ皆が私のことを不思議そうにみているのかわからないというふうにゆっくりと立ち上がり、身繕いをはじめた。
超能力者ホアン・ティ・ティエムと出会ったのは今から16年前の2007年、私がはじめてテレビの取材コーディネートという仕事を請け負ったときのことだ。日本テレビの木曜スペシャル、略称「モクスペ」という番組で、ベトナムの超能力者を紹介する仕事の中であった。彼女は第三の眼をもつ透視能力者として、番組で紹介された。
私もハノイ現地での実験に立ち会った。布を何重にもかさね、かなり大きな眼帯をしてもらい、彼女がたったひとりの部屋にディレクター、カメラマン、そして通訳である私が数字やローマ字を書いたカードを示して、それを当ててもらうのだ。眼帯は私もしてみたが、わきから眼をどのような向きにしても見えないおおぶりなものだ。
彼女はその眼帯をしても、いとも簡単に数字やローマ字をいいあてる。なにか考えたり、間違ったりすることがない。瞬時に文字や数字をいいあてるのだ。
彼女にはしっかり見えているのだとしか思えない。彼女に協力者が近くにいて、なんらかの合図を送っているとかいうこともない。耳にイヤホンや受信機などもない。
彼女によれば、能力が最高のときには新聞も読むことができるのだという。彼女の住むホアビン省にいったとき、目隠しをしてもオートバイに乗れるのよ、というので山道をくだってから、あがってきてもらったが、まるで危なげがない。彼女は、そのふたつの眼に覆いがあっても、第三の眼で目がみえているとしか思えないのだ。
彼女は日本のスタジオにも招待され、日本人タレントの前でその能力を披露した。
AからZまでアルファベット26文字が並べられた丸テープル。その脇にティエムが目の端や隙間からも外を覗くことができない、大ぶりの特製のアイマスクをして立つ。女性タレントも同じもうひと組のカードを並べた別の四角テーブルから「Q」のカードを選ぶ。するとティエムは迷うことなく、自分の前に並べられたカードから「Q」のカードを選んだのだ。
次に出演者のある男性タレントが「L」のカードを選び、指で一部を押さえて「I」の字のように見せかけた。それでも、また逡巡することなしにティエムは「L」のカードを選び、出演者はまた驚くことになる。
最後には出演者5名のうちのひとりに手をあげさせ、その人を見つけだすゲームを行うが、目隠しをしたままのティエムはこれも迷うことなく、手をあげた出演者のひとりを目指して歩いていった。目の前にやってきたティエムをその人物は驚きながら抱きしめた。
ホアン・ティ・ティエムは子どものころ、中越国境近くの山のなかの入植者だった両親のもとで育ち、その後縁あってベトナム北部のホアビン省の男性のもとへ嫁いだ。原因不明の病に冒され、働くことも家事をすることもならず、どの医者にかかっても、薬を飲んでもなおらない。最後には精神修養を受け、そこで彼女は自分自身の特殊能力に気がついたという。その能力とは透視と死者との交信する能力であった。
ティエムはその後、UIA科学連合という、政府の認可を受け、人間のもつ超能力・特殊能力を研究する機関で検査をうけ、その能力はホンモノであるとして、主に戦死者の遺骨を探索する仕事に従事していた。
ベトナムでは日本同様、遺骨を大切にする。自分の夫や子ども、恋人だったひとがベトナム戦争で兵士として戦場におもむくが、その場で戦死し、遺骨を持ち帰ることができず、やむなく、その場で埋葬されたケースも多い。戦後、数十年が経過した今も親族の戦死者の遺骨捜しは行われている。不十分な戦争の記録から戦死した場所を割り出したところで、ジャングルの中では目印があるはずもなく、遺骨がどこに埋められているかはわからない。そこで超能力者の登場となる。
UIA科学連合の霊媒師たちは死者のたましいと交信し、その居場所をききだして、遺骨捜査をする人々にその場所を教える。現地に赴くこともあるし、電話を使って遠隔から、その場所をいい当てることもするという。遺骨が見つかってもだれのものかもわからないが、その周辺に戦死者の慰留品が残されていることもあり、当人の遺骨だと確認できることも多いのだというから驚きだ。
UIA科学連合では、遺骨捜し以外にも死者との交信、すなわち「くちよせ」も行っていた。はじめてUIAを訪れた際には数名の霊媒師が親族十数名に取り囲まれて、死者の降霊術を行い、霊媒師自身、あるいは親族のだれかに霊を降ろして、死者と会話しているところを見学させてもらった。
ホアン・ティ・ティエムによれば、彼女自身は自らが霊媒となることは少なく、集まった親族のなかのだれか、それも死者の息子や娘などの直属の親族よりは、息子の嫁や娘の婿など、死者と直接の血のつながりのない人に降りてくることが多いのだと説明してくれた。冒頭、死んだ父親が憑依した若い女性も死者の息子の嫁、すなわち義理の娘であった。
ベトナムはその国名にも社会主義とある。マルクスは、「宗教はアヘンである」といい残している。
ベトナムの憲法では「信教の自由」を保護しているが、政府の管理のもとでの宗教活動が許されているのみで、迷信や占いの類を公式には否定しているのが現状だ。またUIA科学連合の霊媒師たちも詐欺ではないのかと疑いの眼をかけられた。ティエム自身もそのような心ない非難を受けたこともあるようだ。
しかし、死んだ息子や父親、夫の遺骨を探し出したいという親族の願いは今も変わらない。そして死者たちの霊であっても、ふたたび会話をしたいと考える人たちは後をたたない。大金をはたいて霊媒師たちに死者と交信してもらい、遺骨を捜しだそうという人もまだ存在するのだ。
本稿の冒頭紹介した例は、父親がベトナム南部の激戦地で戦死し、死体を埋めた場所がわからず、最後にホアン・ティ・ティエムの霊能力を使って捜しだすことができたのだという。遺骨と一緒に彼の遺品すら見つかったというのだからティエムの能力のすごさを感じざるをえない。さらにその戦死者の父の納骨式で、息子の嫁に父親の霊が降りてきて、戦友たちの名前を呼び、そして感謝をのべたという。私はその一部始終を目の当たりにした。
納骨式に集まった戦友たちと納骨式後の会食で話を伺った。彼らは一様にティエムさんの能力に疑いをもっていたという。遺骨も戦友のものだといわれたが、それがだれのものかは本当はわからない。近くに彼の遺品があったというから信じもしようと思った。しかし、今日、亡くなった「彼」が義理の娘の身体を借りて、あの世から降りてきて、自分の名前を呼んで感謝されたときに、あの遺骨は「彼」に違いないと確信したと一様に答えるのだ。
その言葉をきいて私はティエムの能力がホンモノかニセモノかを問うことにどれほどの価値があるのかと、そう思えた。少なくとも彼女の「能力」によって、戦争で生き残ってしまった人たちの負い目をはらし、遺族が自分の愛するものたちが自分のもとへ戻ってきたのだと自らを安んじることができるのであれば、その真贋を問うことの意味はないと思わずにいられなかった。
2017年、彼女は自伝を出版した。出版記念会に私も招かれた。拙いスピーチで彼女との出会いを語った。ティエムはすごく喜んでくれた。その後、彼女とは会うことはかなわなかったが、ベトナムでコロナが終息したのを機会に彼女と久しぶりに再会した。
彼女の自宅はハノイから約1時間30分の距離にあるホアビン省にある。そこへ私は招かれた。
ホアビン省はハノイの西にあって、山がちな場所だ。少数民族も多く住み、温泉も出るので、ハノイ近郊のリゾートとしても開発が進む。彼女の家の近くには工場も建設され、土砂を積載した大型のダンプトラックが何台もすれ違った。
今から16年前にもテレビ番組の撮影のため彼女の自宅を訪ねた。当時は小さな家があるだけだったが、今は広い敷地に家は2棟あって、白い自家用車も置いてある。
当時、彼女は農村でよくみかける女性向けのアースカラーの野良着を着ていた。今はスカイブルーに薄いピンクの花柄のブラウスに、同じく薄いブルーのプリーツの入ったロングスカートをはいていた。16年前より若返ったかのようだ。
彼女の家の客間に通された。壁にはボー・グエン・ザップ将軍をはじめ、ベトナムの政府高官と一緒に映った写真や賞状が所狭しと飾られている。
「最近は、目隠しして数字や文字を当てるようなことはもうしてないのよ。あれは遊びみたいなものでね、私の仕事はいまも戦死者の遺骨捜し。先日も北部ハザン省の山奥で遺骨を見つけたのよ」と彼女はいう。中越国境紛争の被害者か? と尋ねると「そうだ」と彼女はうなずく。
「最近は作詞、作曲もして、音楽も作っているのよ。まだどこにも発表していない歌だけどね」そういいながら、彼女は自作の歌をうたいだした。ベトナムは龍と仙女の子孫、ああ祖国ベトナムよ、といったとても愛国的な歌だった。
すると思い出したように「そういえば、これを見てほしいの」そういって小学校で使うような学習ノートを取り出した。1ページ目には日本語が書いてある。2021年の日付がベトナム語で書かれてあり、その下には丁寧な字ではあるものの、明らかに外国人が書いたと思われる漢字仮名混じりの文字が並んでいる。
その文章の冒頭は私にはこう読めた。
「私はフノク県に住む日本人の高橋です。貿易と商売のためにベトナムに行きましたが、残念ながら亡くなりました。日本に帰りたいです。オーナーに何も求めません。オーナーナーがほしいだけです」
彼女がいうには、自分は日本語も知らないし、勉強したこともない。しかし、これは自分が書いたものだ、それも依頼を受けて、ある人の遺骨を探しだした際に書いたもの、そう主張するのだ。
彼女によれば、最近はベトナム人の遺骨ばかりか、外国人の遺骨の捜索を頼まれることがあり、そうした際に自分が知らない国の言葉で筆記をするようになったのだという。その数は日本語などを含めて11か国語になる。彼女は書いた文字の意味がわからないので、それを言葉のわかる人に見せて、内容を知ることになるのだそうだ。私もにわかには信じられなかった。彼女を霊媒として、死んだ霊魂が文字を書かせているとでもいうのだろうか?
私が日本語を読みとり、それをベトナム語に翻訳をしてほしいとせがまれた。書かれた文章をベトナム語に翻訳した。日付と私の名前を署名した。
食事を食べていけ、と誘われ、お昼をご馳走になった。鶏肉の煮つけと、青菜を茹でたもの、サウという実で少し酸っぱい味つけをしたスープと白米ごはんをいただく。田舎の料理でシンプルなものだが、味はおいしかった。
テレビの取材で知り合ってから16年、再会してみれば、再び不思議な経験をさせてもらった。
彼女の能力は衰えるばかりか、さらにパワーアップしているのだろうか。不思議な思いを抱きながら、彼女の家を後にした。
(月刊「ムー」2023年12月号)
新妻東一
ベトナム在住でメディアコーディネート、ライター、通訳・翻訳などに従事。ベトナムと日本の近現代史、特に仏領インドシナ、仏印進駐時代の美術・文化交流史、鉄道史に通じる。配偶者はベトナム人。
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