「ケンムン」怪談:車と相撲をとる! 意識を乗っ取られた友人の異常行動/西浦和也・UMA怪談

文・イラストレーション=西浦和也 協力:吉田猛々(ナナフシギ)

関連キーワード:
地域:

    無気味な姿形の正体不明の謎の生き物UMA。UMAと遭遇し、恐怖の体験をした人は多い。忘れようにも忘れられない、そんな恐怖体験の数々を紹介しよう。

    3月の川で泳ぐ異様に手足の長い男

     今では妖怪とされている「ケンムン」は、鹿児島県の奄美大島に生息する河童によく似た生物といわれている。
     水の精でもあり木の精でもあるケンムンは、体の大きさに不釣り合いな足や腕を持っており、足は立て膝になると膝頭が頭を超えるほど長い。
     江戸末期の文献『南島雑話』にも「ケンモン/カワタロ/ヤマワロ」という名前で登場しており、頭の上についた皿や人間と相撲をとるのが好きなど、河童のような特徴がいくつも記述されている。
     おそらく本当にいた河童と情報が入り混じっていたからだと思われ、明治以降は時代を経るごとに河童の親しみある特徴は消え、ケンムンと目が合うと意識を乗っ取られたり、意識を失うという怖い面の特徴だけが伝わるようになった。 
     戦後の一時期までは多くの目撃談があったが、1970年を過ぎるころから、目撃例も次第に少なくなり、近年ではほとんど聞かないという。

     ケンムンは、奄美大島の南の湯湾岳ゆわんだけの森に棲むとされていて、あたり一帯に生い茂るマングローブの森は、今もなお人を寄せつけない。周辺の村を訪れると、あたりにはいくつものケンムンの像や標識などが設置されていて、ここがケンムンの故郷だと強く感じられる。

     M子さんが不思議な体験をしたのは、今から25年ほど前のこと。大学の卒業旅行で友人とふたり奄美大島へ出かけたときのことだ。
     当時はまだ今ほどケンムンを島の観光にしていなかったこともあり、M子さんもケンムンの存在は知らなかったという。
     船で島に着くと、友人のC子さんとふたりでレンタカーを借りた。早速ガイドブックを片手にあらかじめ調べてきた島内の観光地をチェックすると、車を走らせた。
     まずはマングローブの林が一望できるという展望台に立ち寄ることにした。展望台に着くと、早速眼下に広がるマングローブの林をパチパチとカメラに収めた。初めて見るマングローブの林は広大で、迷い込んだら出てこられそうもない。林の間には幾筋もの川が流れ、まさに本土とは違う風景が広がっていた。
     そのとき、不意にC子さんが「まだこんな時期なのに、泳いでいる男の人がいるよ」と川を指さした。
    「どこどこ?」
     M子さんが指さす方向を見ると、確かに頭が川の中を出たり入ったりしながらだれかが泳いでいる。季節は3月。奄美大島が暖かいとはいえ、泳ぐにはまだ早すぎる。
    「まだ寒いのにだれなんだろう?」
     しかし、泳いでいる人物までは距離があるため、男の顔まではわからない。男は驚いて見ているふたりの目の前で、気持ちよさそうに泳いでいる。ところがその手足は体の大きさに対して異様に長く見えたという。

    男が水に沈んだまま浮かんでこない!

     ふたりはしばらくその光景を見ていたが、不意に男がこちらを向くとふたりを認識したのか、頭をコポンと水面に沈めると、そのまま浮かび上がらなくなった。
    「た、大変、溺れちゃったよー」
     思わず手すりに両手をつき、乗りだすようにM子さんは川を覗き込んだ。
    少しの間潜っているだけなのかもしれないと淡い期待をしたが、いつまでたっても男は浮かび上がってこない。

    (大変だ! すぐに助けを呼ばなきゃ!)

     慌てて助けを呼ぼうとしていると、隣にいたC子さんが「早く行こう!」と、M子さんの手を摑むと車を止めてある駐車場へ走りはじめた。
     駐車場へ着くとM子さんは、どこかに電話がないかとあたりをキョロキョロと捜した。当時は携帯電話がまだ普及していない時代。一般人が外で助けを呼ぶには、公衆電話か個人宅の家しか手段はない。
     大慌てしながら駐車場を見渡していると、突然C子さんが乗ってきた車の前方に立ちふさがった。そして、いきなり車のボンネットに手をつくと、「早く早く」と大きな声で叫びだした。
    「何やってるのよ? 電話を捜さなきゃ」
     M子さんは、C子さんをたしなめたが、C子さんは気にすることもなく車に両手をかけると、ゆさゆさと大きく揺すりはじめた。
    「早く押して、押して」
     どうやら早く動かせとせっついているらしい。
     最初は車に乗って近くの公衆電話を捜そうといっているのかと思った。しかしどうも違う。C子さんはどうやら本気で、車と相撲をとるつもりなのだ。
     呆れたM子さんはC子さんのもとへ駆け寄ると、「何やってるのよ」と大きく両肩を揺さぶった。次の瞬間、C子さんは急にきょとんとした表情になると、「あれ? いつのまに駐車場に戻ったの?」とM子さんを見つめた。

     その夜、泊まった民宿でそのことを宿の人に話すと、「そりゃ、ケンムンに魅入られたんだよ」といわれた。
     そのとき初めてM子さんたちは、ケンムンという河童に似た生き物がいるということを知った。
    「ケンムンと目が合ったら、意識を失ったり、乗っ取られたりするんだよ」 どうやら、C子さんはケンムンに魅入られて、車と相撲をとろうとしたのだろうといわれた。
    「そんなバカなこと……」
     M子さんは笑ったが、C子さんは「あのとき……泳いでいる男の人と目が合ったような気がする」と青ざめていたという。

     C子さんとは今もつきあいが続いているが、あれ以来、彼女が車と相撲をとる仕草をすることはない。

    画像

    西浦和也

    不思議&怪談蒐集家。実話怪談の調査・考察を各種メディアを通じて発信。心霊番組「北野誠のおまえら行くな。」や怪談トークライブ、自身のYouTubeなどで活動する。

    関連記事

    おすすめ記事